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第9章 ウイスキーの街

6 歩み寄り

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「なあ、今日こっちで寝てもいいか?」

 私を抱きしめてる黒猫君が私の顔を覗き込みながら聞いてきた。
 ちょっと迷ったけど頷いて答える。

「いいよ」

 だって私だって一人で寝るのはすごく寂しかった。
 ナンシーですっかり一緒にいるのが当たり前になってて隣の部屋に黒猫君がいるって分かってても落ち着かなくて。今朝一緒に横になってるとスッと心が落ち着いた。
 でも、本当は別の部屋で寝た方がいいのかもしれない。黒猫君にとっては逆に辛くなるのかもしれないし。

「いいけど……お願いだから声が出るような事、しないでね」

 一言釘を刺す。だってキールさんがここはちゃんと見回りしてるって言ってたし、よく考えるとメリッサさんはいつもここのどこかにいるんだし。
 私は普通に黒猫君と一緒にいたいだけだ。
 私の言葉を聞いた黒猫君が大きなため息をついてベッドから出てっちゃった。
 え? 部屋に戻っちゃうのかな?
 そう思ってズキンと胸が痛んだけど、黒猫君はそのまま私の部屋の戸棚に向かった。

「服着替えねーと寝れねーよな。ちょっと待ってろ」

 帰ってきてすぐ私の荷物はクロエさんが解いて全て戸棚にしまってくれてる。黒猫君はその中からナンシーで使ってた寝巻を探し当てて私に手渡してくれた。
 そのまま自分の部屋に戻っていっちゃう。
 これ、戻ってきてくれるって事かな?
 私はドキドキしながら急いで服を着替える。ここに戻ってきて最初の日はそのままナンシーで使ってたドレスを着てたけど、ここなら人目も少ないし、今日は久しぶりに見習い兵士の服で済ませてしまった。着替えも簡単だし実はこれも楽でいいんだよね。
 そのままベッドに入って布団にくるまる。
 すぐに服を着替えた黒猫君が戻ってきた。ベッドの前で一瞬躊躇したみたいだったけどすぐに私の横に入ってきた。
 ナンシーのベッドに比べるとかなり狭い私のベッドは一緒に入ると嫌でも距離が凄く縮まる。なにもしてなくても黒猫君の体温が布団の中で伝わってきた。それだけで私の心臓は破裂しそうだ。

「やっぱり兵士の服だと着替えは楽そうだな」
「うん。自分一人で着替えられるから見た目を気にしなければこっちの方が断然良いよね」
「……手伝ってやるからドレスも着ろよ。似合うから」
「……うん」

 そう言った黒猫君はなんかやっぱり赤くなってる。それを見たら私も頭に血がのぼってきちゃった。
 そこで黒猫君が思い出した、っというように私に向かい合うように横向きになって枕に肘をついて話し始める。

「あゆみ。念の為注意しとくけどな、お前の生理結構近いと思うぞ。このままだと旅の途中もその際中になるだろうけど大丈夫そうか?」

 うう、その話か。したくないけどしないわけにはいかないよね。こんな話をすること自体恥ずかしくて本当は避けてたんだけど。でもキールさん経由でテリースさんに『排泄物処理』の魔術を教えるようにお願いしてくれたのは黒猫君だ。そんな黒猫君に隠し事してもしょうがないよね。

「テリースさんに教えてもらってるから多分大丈夫だと思うけど」
「今回お前の体調が万全じゃないのに連れて行くのは完全に俺の我儘だ。だから無理はしないで俺に頼ってくれ。服が汚れるとかそんな事だけじゃなく動くのがしんどいとか何でもいい。辛い時は正直に言ってくれ」

 黒猫君、一緒に連れてくって最初っから決めてくれてたんだ。前回ナンシーに向かうときは当たり前のように私を気遣っておいてこうとしてたのに。これってそれだけ私と一緒にいたいって思ってくれるようになったって考えていいのだろうか?
 それとも私を一人で置いてくのはやっぱり同じくらい心配だからなんだろうか。
 どちらにしても黒猫君の表情はすごく真剣で真摯で。私はじんわりと心が熱くなるのを感じて俯いてしまった。
 声を出して答える事も出来なくて小さく数回頷いた。そんな私の顎に黒猫君の指が掛かる。驚くと黒猫君に顔をあげさせられた。

「あのなあゆみ。恥ずかしいのも分かるけどちゃんと答えろ。でないと安心できない」

 は、恥ずかしくて俯いてるのにそう言う事するのか。
 余裕でそんな事する黒猫君をちょっと悔しくて睨み気味になっちゃったけど、それでもそれが黒猫君の本心なのはよくわかったから私も頑張って返事をする。

「わ、わかったから。ちゃんと相談するから」

 私の返事を聞いて満足そうな黒猫君にちょっとムカついて手を振り払ってもう一度顔を伏せた。
 でもちょっと待って。
 いつもちゃんと言ってくれないのは黒猫君だって同罪だ。
 今日の固有魔法の事もあったし。っていうかあの時の事の顛末だってキールさんからしか聞いてないし。
 チロリと見上げると黒猫君が何故か一人赤くなってる。
 私はいたたまれないついでに思い切って顔をあげて黒猫君に話し始めた。

「でもじゃあ黒猫君も隠し事しないでね。今日の固有魔法のこと以外にも今まで私に隠してた事があったんじゃないの?」

 そう言って見つめてると黒猫君の視線が明後日の方向にずれていく。やっぱりね。

「それが黒猫君なりの優しさから来てるのはなんとなく分かったけどね、私全然嬉しくないから」

 すっとぼけようとしてるのが分かってちょっとムカついた。

「私の知らない所で黒猫君や私の知ってる人が危険な目に合うのは嫌だよ。私にだって出来ることあるかもしれない。例えなくてもせめて一緒に悩みたい。お願いだからそういう重要なことから仲間外れにしないで」

 この前のナンシーでの戦闘だってそうだ。まあ、私が研究研究で籠っちゃってたのも確かに悪いけど、当日まで結局その日の予定さえ聞かされてなかった。
 キールさんからは手ごろな戦闘力の包弾が欲しいって言われてたから火魔法のそれは早くから準備出来たけど、ギリギリになって黒猫君が領城と教会、両方で戦闘しなきゃならないって聞いて慌ててせめていつでも脱出出来るようにって光魔法の包弾(改)と飛行物体Bを仕上げて。せめてもう少し早く話を知ってればそう言う研究に集中する事だって出来たよね。しかもキールさんの館でただただ戦闘の音を聞いてるのはどうしようもなく心細かった。
 思い出してちょっとだけ目頭が熱くなってくる。
 それを見てた黒猫君が情けない顔で私を見返してきた。

「分かった。これからは時間が許す限りちゃんと話すって約束するよ」

 そう言った黒猫君の目には少しも偽る物を感じなくて。ようやく少し安心した。

「私もなるべく口にするように努力するね。分かってはいるの。今まで人と真っ直ぐ向き合ってこなかったから曖昧に済ます癖がついてるって。その点黒猫君は分かりやすくて嬉しい」

 黒猫君だけじゃない、私だけじゃない。一緒にやっていくって決めたんだからお互いに少しずつ歩調を合わせていく必要がある。多分そう言う事なんだと思う。
 そう思うとフッと力が抜けて私は素直に目の前にいる黒猫君を抱きしめた。

「やっぱり一緒の方が落ち着くね」

 思った事がそのまま口から零れ出た。なんか一瞬黒猫君のしっぽが跳ねた気がしたけど自信ない。
 でもやっぱり黒猫君の体温は気持ちを落ち着かせてくれる。前みたいなドキドキが無くなっちゃったわけじゃないんだけど、これが無い時の不安が大きすぎて、与えられる安心感に心が安らぐ方がよっぽど大きかった。

「おやすみ」

 私がそう言うと黒猫君も優しく私を抱き寄せてくれる。そのまま私を寝かしつけるように背中を軽く撫でながら布団をかけなおしてくれた。

「おやすみ」

 そう言った黒猫君の声を最後に私は気持ちよく眠りの世界へと旅立った。 
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