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A しばしのお別れ

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「それじゃあ、あなた、健康には気をつけてくださいね」
「ああ、楓にもよろしく伝えておいてくれ」

 翌日の昼過ぎ、私は美乃梨を見送るために駅のホームにいた。もう少し長くいることもできたが、やはり楓を1人にしたままにしておくわけにはいかないということで、少し早めに帰ることになった。
 午前中は、お互い少し早めに起き、駅からさほど遠くない観光スポットを少しだけ巡った。そこから、近くにある全国的にも有名だというカフェでブランチをとった。
 あまりゆっくりする暇はなかったが、とても良い時間だった。仕事と家を往復してばかりだったので、この街の新しい一面を知れたと思う。

「ふふふ。久しぶりのデート、楽しかったです」

 そして何より、美乃梨と久々に2人きりでゆっくりと過ごせた。デートなんて、楓が産まれてからほとんどしてこなかった。とても照れ臭い響きではあるが、いいじゃないか。

「なあ、美乃梨…これからは定期的にデートしよう」

 いい歳をしてこんなことを言うのも恥ずかしいが、言葉にしなければ伝わらない。思い切って私は今の気持ちを素直に言葉にした。
 一方の美乃梨はそんな私を見てくすくすと笑っている。

「ふふふ、そんなに恥ずかしそうに言わなくても…もちろん、これからはたくさんデートしましょう」

 そう言うと美乃梨は人目も憚らず、私の胸に飛び込むように抱きついた。

「おっ、おい…!こんなところで…!」

不意の行動に、人目を気にしながらも心臓がトクントクンと高鳴ってしまう。

「…昨日のお返し」

 美乃梨は小さくそう言うと私から離れた。

「あなた、それじゃあ」
「あ、ああ。またな」
「ええ、また」

 そして別れの挨拶をさっとして、改札口を通り、人混みの中へと消えていった。
 ダラダラと別れを惜しむそぶりを見せなかったのはきっと、美乃梨なりの愛情表現なのだろう。私には不思議とそう思えた。
 そして、私の体には抱きついてきた美乃梨の感触がまだ残っていた。
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