幼馴染でマジカルなアレが固くなる

余るガム

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第二部 高校生編

世界が広がる度にしんどくなる

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 俺たちの目の前で悶絶する謎の胡散臭い男を見て、俺たちは当然不審者を眺める目で彼を見た。

 そんな中、部長が気丈にも俺へ問いかける。

「安心院君、僕はいま彼が言った言葉が半分も分からなかったんだが、君はどうだい?」
「大雑把な意訳で良ければ」
「聞かせてくれ」
「要するに『素数を数えて落ち着くんだ』と『マザーファッカー』の中間に存在するどれかです」
「ふむ、なるほど・・・全く分からん!」

 安心して欲しい、俺もよくわかっていない。

「元気な僕っ娘合法ロリと天然クールイケメン・・・ぐふっ」
「なんか追撃喰らってますね」
「余波で僕にまでダメージが波及している気がするよ」
「今更なんですけど、こういう不審者に絡まれたら『キャー』とか言って逃げ出すべきでは?」
「僕がそんな可愛らしいタイプの女性だとでも?」
「失言でしたな。部長なら金的を蹴り上げて男の象徴を踏み潰して、その靴で顔を蹴ってお逃げする事でしょうな。ちょっと玉ヒュンしたので離れていただけますか?」
「相変わらず君は・・・」

 今こそ俺の腹筋をぶち抜けなかったあの足刀蹴りを発動するときではなかろうか。
 いや、部長はまさか・・・。

「部長・・・気づきませんでしたよ」
「え? 何が?」
「まさかそんな秘密兵器を隠し持っていたとは・・・」
「秘密兵器? 何それ?」
「あの時に一度概要を述べただけですが、それだけで会得なさってしまうとは」
「概要・・・?」
「しかし今こそあの必殺技を・・・共振パンチを!」
「出来るかッ!」
「水月ッ!?」
「阿吽の呼吸ッ!?」

 また変態に余波が。

「なんだなんなんだ君たちは! 性癖のデパートか!? この私を仰げば尊死させるつもりか!?」
「いよいよ意味不明だ。元々そうだったが。若干理解できる単語がある分、余計不気味に感じる」
「いざとなれば俺が適当に転がしておくので、安心してください」
「僕『が』彼『を』守る様な事態にはさせないでくれよ?」
「大丈夫です。『手加減』は得意ですから」
「そういう意味ではなくてだね」
「無限に聞いていられるな君たちの掛け合いは!」

 無限に元気になるな、この変態は。

「だがしかし! この甘美なる時間もそろそろ終幕にしなければならない! 嗚呼無情!」
「変態に絡まれる無情は誰に投げ捨てればいいのか」
「改めて聞くが!」

 へこたれないなぁ。

「君たちは音楽をしているね!?」
「はい」
「まあ・・・」
「そして君たちの阿吽っぷりからわかる。頻繁にセッションもしていると!」
「はい」
「してる、が・・・」
「是非その旋律を私の耳に届けて欲しいのだ!」
「なぜ?」
「そもそも誰なんだアナタ」
「勿論! スター性のある有望なバンドを青田買いするためさ! ちなみに私はこういうものだ!」

 そういうと変態は名刺を差し出してきた。

「『甘水手水あまみずてみずスカウトマン 木崎 信也きざき しんや』?」
「はあ、スカウトさんで・・・」

 スカウトに声を掛けられたが、部長は乗り気という訳でもなさそうだ。
 何なら俺も乗り気ではないが。

「で?」
「で? って君たち知らないの!? 知らないよね!? この感じだと!」

 一応部長に目線をやってみるが、部長は無言で首を横に振るばかり。

「甘水手水! 芸能プロダクション! 有名なアーティストをたくさん輩出してる大手! 知らない!?」
「知らない」
「知りませんね」
「嘘だろ!? 清水秋長! ROKI-ROKI! クアドロセプト!」
「知りませんね」
「あ、あー・・・ああ! うん」
「社交辞令的な首肯なんて要らない!」

 部長の気遣いはかえって彼を傷つけてしまったようだ。
 正直に知らないと告白した俺の方が彼的にはマシらしい。

「ふっ・・・ここまで自分のネームバリューが通用しなかったのは新人の時以来だよ。音楽をやってる人なら特にね」
「そんな事言われましても・・・」
「僕ら、自己満足でしかやってませんし・・・実家の宣伝も兼ねたストリートならありますけど」

 社会的地位があり、変態ではないという事で、部長が敬語を使うようになった。
 それでも一人称は『僕』らしいが。

 というかあの時のストリートミュージックって宣伝でもあったのか。

「ならばなおの事! 私という太陽に君たちの旋律に光を当てる事を許してくれ給え!」

 もうなんか色々めんどくさくなった俺は、すべてを判断を部長に丸投げじゃなくて放棄じゃなくて委託することにした。
 組織図的には上司なのだし、目上の人間にお伺いを立てるのは部下の役目である。

 ふいっと向けた視線だけで部長はすべてを理解し、そして嫌そうな表情をして。

「まあ・・・楽器のある部室まで来てくれるんなら・・・ちゃんと入館許可? みたいなの取ってくれれば・・・」

 自分より上の学校に判断を委託した。
 なんとなくたらい回しにされる部下と責任を取りたくない上司の複雑な想いを実感した。

 だが彼の言う社会的地位が確かなものであるなら、入館許可ぐらい出されそうなものである。
 なにせウチは私立だし、文化系の部活に力を入れているし。

 部長がその事実に気付いて頭を抱えるまで、後15分。



 部長がこのスカウトマンに乗り気でない理由も分かる。仮に俺たちがこのナントカの事務所を熟知したファンだったとしてもだ。

 そもそもこの男は何故声を掛けてきたのだろうか。
 確かに俺たちは音楽関係の店から出てきたし、それなりに軽快なやり取りはしていた。

 しかしそこでかの男が俺たちから音楽絡みのセンスを見分けることは出来ないはずなのだ。
 スター性のあるバンドがどうこう、なんて言っていたが、少なくともあの時点でバンドとしてのスター性は一切表出していなかった。

 ではなぜ俺たちに声が掛けられたのか。
 音楽関係の店から出てきたというのもまあ一要因ではあるのだろうが、少し考えればわかる事。

 自分で言うのもなんだが、俺はなじみに釣り合いが取れるだけの美男子で、180に届こうかという長身。しかも体を鍛えているので姿勢も良い。
 部長とて整った目鼻立ちをしているし、明らかに合法ロリな低身長を加味すれば俺とはまた違った意味で注目を浴びるだろう。

 要するにあの木崎とやらが俺たちに見出したのはミュージシャンやアーティストとしてのスター性ではなく、賑やかしのタレントとしてのスター性なのだ。
 まあ有名人芸能人というのは大抵美男美女であり、ついでに目立つ特徴を併せ持つものなので、そういう要素でスカウトするしないを判定するのはある種当然であるかもしれない。

 しかし木崎は『音楽がーバンドがー』などと言っている。

 論理的に考えれば何のことは無い。
 木崎は俺たちの顔から外見について褒められることはある程度慣れているだろうと予測し、頭が茹だる様に内面を褒めようと適当な要素、今回は音楽を絡めてきただけという訳だ。
 スマホで調べたら甘水手水って音楽無関係な芸能人多かったし。

 言動や立ち振る舞いから生まれる個人的胡散臭さを撤廃しても『嘘をついている』というだけで信用できない。
 勿論世の中には『あるべくしてある必要悪的な嘘』が存在するが、こいつの偽証はそれではない、もっと利己的なものだ。

 部長がここまで考えているかは知らないが、乗り気でないのは間違いない。

「どっちから行く?」
「では部長から。レディーファースト、という事で」
「OK」

 弦を張り替え、調律を済ませた部長がいつもの椅子に座る。

「ギターとピアノ?」

 無粋な変態が居る事を除けば、いつも通りの部室だ。
 適当に調子を外してお帰り頂くとしよう。律義に曝け出す必要もあるまい。例え彼が嘘をついていなかったとしても。
 何、本心ではタレントを求めているとしたって、建前では違うのだ。きっちり盾にしていこうじゃないか。

 部長が弦を一つ一つ、探る様に引っ掻いていく。
 小さく弾ける音をゆったりと楽しみ、流れに沿うようにピアノを弾く。

 他人に見られているという事もあっての緊張か、部長の音は少し伸びが悪い。
 その伸びの悪さまで含めて合わせていくのが楽しいのだが、今日はそういう趣ではない。

 基本的に部長へ合わせつつ、適当に調子っぱずれな旋律を差し込んでいく。
 調和を乱す高音、場違いな低音、リズムの遅延や先走り。次にどういう流れが来るのかわかるのだから、その流れに沿うも反るも自由自在。

 しばらく不調和なセッションを続けていると、部長が突如後手に回る。
 そしてなんと、俺の外した調子へと更に調子を合わせてきたのだ。

 そのことに驚いている中、フィナーレを迎えた。

 俺の騒音は部長の『合わせ』によって音楽へと昇華されたままで。

「部長、なぜ・・・」

 それだけで彼女は何を問われたのか理解した。

「すまない。しかしやっぱり僕にはできなかった。君との演奏を悪いものになんてしたくなかったんだ。例え後々面倒になるとしてもね」

 申し訳なさと、そしてある種の決意が、その表情と声色には宿っていた。
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