天国か地獄

田原摩耶

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√β:ep. 3『王座取りゲーム』

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 十勝と一緒に部屋を出る。
 俺が逃げる気がないとわかったのだろう。十勝は拘束はしなかった。
 灘は準備をしてからすぐに向かうと言っていた。
 今日の会議も以前と同じ場所、校舎側の会議室で行われるという。
 十勝のカードキーを使い、生徒会専用の通路から校舎へと向かう。
 長くはない通路を渡り終え、校舎へと繋がる扉を解錠して最上階へと出たときだった。

「……やっと来た」

 扉を出た瞬間、聞こえてきたその声に血の気が引いた。
 隣を歩いていた十勝は俺の手を掴み、咄嗟に庇った。扉の前、壁にもたれ掛かるようにして待ち伏せていたその男は俺達の姿をみるなり微笑んだ。

「随分と勝手な真似をしてくれたよねえ、君も。……けど、よかった。その顔を見るなり乱暴な真似はされてなかったみたいだね、齋藤君」

 縁方人はまるで世間話でもするかのように気さくな笑顔を携えたまま歩み寄ってくる。
 あまりの動揺に動けなくなる俺と縁の前に、割り込むように十勝が出た。

「こいつに近付くな!」
「……おお、怖いな。そんなに吠えなくても俺はどうこうするつもりはないよ、齋藤君に」
「……っ」

 その言葉の意図はすぐに理解できた。嫌な予感がして、俺は咄嗟に十勝の腕を掴む。落ち着いてくれ、と宥めるように目を向ければ十勝は険しい表情のまま、縁を睨んだ。

「その様子、自分たちがしたことくらい理解してるんだろ?」
「だとしても、お前には関係ねえだろ」
「あるよ。俺達の計画邪魔されたんだ、せっかくお膳立てしてやってなのに全部台無し。……本当悲しいよ、あともう少しだったのに」

 言い終わるよりも先に、縁が一歩踏み込むのを見て、俺は咄嗟に十勝の腕を引いた。そして、慌てて十勝を背に庇った瞬間、腹部に衝撃が走る。
 内臓の詰まってる部分を守る肋、その隙間を掻い潜って内臓をえぐってくるその拳に、痛みなんて感じる暇もなかった。汗が、体液がぶわりと溢れる。目の前が真っ白になって、前のめりになった体はそのまま傾いた。

「……っ、う゛ぷ」
「あ、ごめん、間違えちゃった」

「佑樹!」と言う十勝の声がやけに遠くから聞こえた。お腹を抑えたまま、俺は、動けなかった。膝に力が入らない。口から唾液が溢れる。
 そんな俺を抱きかかえた縁は悪びれもなく言うのだ。
 前にも、こんなことがあった気がする。
 けれどあのときとは比にならない。痛み。弱っていた身体には強烈な一発だった。

「まあいいや。ちょっと悪いことしちゃったけど目的は果たせたし」
「佑樹を離せこの……ッ」
「あーっと、ストップ。それ以上近付いたら君たちのお姫様も無傷じゃ済まないから」
「……っ!」
「…………まあ、これがどうなってもいいってなら好きにしなよ。どうせ、お前らにとっては邪魔者なんだろ」

 ぐらぐらと揺れる思考の中、縁の声が響く。
 気持ちが悪い。痛い。苦しい。それ以上に、こちらを見る十勝と目あって、心が張り裂けそうになる。
 俺のことはいいから、早く、どこかへ。そう思うのに、肺からはガス欠みたいな咳しか出ない。
 なのに、十勝は。

「うるせぇんだよ、引っ込んでろ部外者が!」

 一瞬、何が起こってるのかわからなかった。
 縁の舌打ちが聞こえたと思った瞬間、視界が、体が大きく揺さぶられる。
 十勝が縁を殴ったのだと知ったのはその後だった。
 乱暴に縁の腕から俺を引き離した十勝に肩を掴まれ、「佑樹、立てるか」と声を掛けられる。
 一瞬何が起きたのかわからなくて、目を白黒させながらも俺は数回頷いた。

「……本当、君の血の気の多さと脳筋っぷりは変わらないなぁ」
「佑樹、さっさと行け!会議室に他の人たちがいるから助けに……っぐ……ッ!」

 言い終わるよりも先に縁の膝蹴りが十勝の腹部に入るのを見て血の気が引いた。
 その隙を狙って間髪入れずに十勝の前髪を掴み上げる縁は躊躇なくその頭部を壁に叩きつけた。

「十勝君!」

 一発まだならまだしも、二発、三発と躊躇なく叩きつける縁に足が震えた。縁の口元に変わらない笑みが浮かんだままだ。縁の腕を掴んだ十勝は、顔を歪め、こちらを睨む。早くいけ。そう言ってるかのように。
 行けるか、こんな状況で十勝を残して。

「……っ、やめてください……ッ!それ以上は、十勝君が……っ!」

 震える足を無理やり動かし、俺は縁の腕を掴む。
 その一瞬、縁の目がたしかにこちらを向いた。

「馬鹿だなぁ、君は……こいつは君を裏切り者として売ろうとしてるんだよ?それなのに、こいつを庇うんだ」
「っそれは……」
「それとも……君がそれを望んだの?」

 いつもと変わらない柔らかな声。けれど、どこまで気付いてるのか核心を突くような縁の問に何も答えられなかった。
 その一瞬だった。

「この野郎……ッ!」

 ぐったりとしていたはずの十勝の頭突きが縁の顎に入った。それはほんの一瞬のことのように思えた。
 縁の手が緩んだのを見た瞬間、十勝はやつの手を振り払い、そのまま俺の腕を掴んで走り出す。

「テメェ……ぶっ殺す!」

 背後から聞こえてくる、初めて聞くような縁の声に血の気が引いた。
 けれど十勝は足を緩めない。通ってきた生徒会専用の扉を解錠し、すぐに俺を押し戻した。そして閉まる扉の隙間から追ってくる縁が見えたが、やつが手を伸ばすよりも先に扉は閉まった。そして施錠される。

「っ、とか、ちくん……っ頭……血が……!」
「良いから走れ!時間稼ぎにしかなんねーから、とにかくここから離れるぞ!」

 痛いはずなのに、俺なんかよりもきついはずなのに、手はがっしりと俺を掴んで離さない。
 ものすごい力に引っ張られるようにして俺たちは学生寮へと戻ってくる。それから、人目を避けるようにしてやってきたのは十勝の部屋だった。

 十勝の部屋……志摩との相部屋であるが、同室者は幸いいないらしい。ホッとするのも束の間、扉を施錠した十勝がそのままずるりと扉に凭れるのを見て青褪める。

「っ、は……と、かちくん……傷……」

 大丈夫、と言う言葉は飲み込んだ。大丈夫なわけがないのだ。あんな殴られ方して。
 無我夢中で走ってきたせいで息が続かない俺に対し、十勝は顔をしかめ、それからガシガシと自分の髪を掻き上げる。

「……っクソ……通りで痛えわけだよなぁ……」

 そして手のひらを見た十勝は苛ついたように吐き出した。
 そこにべっとりとついた赤い血を見て俺は思わず息を飲んだ。

「っ、救急車……」
「大丈夫だって、冷やしときゃなんとかなるから。……それよりも、佑樹の方が心配なんだけど」
「……っ、俺は、大丈夫だよ……十勝君に比べたら、こんなの……」

 ……少し強がった。
 走るときはとにかく逃げなきゃって思ってたからそんな余裕なかったけど、ここに来て立ち止まるとどっと内側から押し上げてくるような痛みに脂汗が滲む。

「――佑樹」

 きっと、十勝にはすぐ見抜かれてるのだろう。
 本当は死ぬほど緊張したし、怖かった。もう怖いものなんてないって思ったのに、全身の痛みも、十勝が殴られるのを見たときの熱も、全部現実のもので。

「……お前ってすごいよな」

 十勝がポツリと口にする。
 一瞬、それが誰に向けられたものかわからなかったがこちらを見るその哀れみすら滲んだ目にそれが自分に向けられたものだと気付いた。

「すげーよ、お前。よく、俺なんかの心配できるよな」
「……っ、そんなの……十勝君だって……」
「だって佑樹があまりにも変わらず俺と接してくれるし……俺だってわけわかんねえよもう」

 自嘲染みた笑いを浮かべ、それから十勝はそのままずるずると座り込む。濃い血の匂いの中、倒れやしないかと思わず動きそうになった俺に「ほら」と十勝はまた笑った。

「今なら逃げられるとか思わねーの、普通」
「十勝君たちと、約束したから……ちゃんと証言するって」

 それが俺もいいと思ったから。
 そういったところで十勝に信じてもらえるかわからない。
 それでも、こうして十勝がちゃんと俺の言葉を聞いて返してくれるのが嬉しかった。
 ……単純なんだろう、俺も。

「俺、もうわけわかんねえわ」
「……」
「佑樹のせいだって思いたいのに、佑樹だってそう認めるのに、それなのに、まだ信じらんねえ。……お前が俺たちを、会長を裏切るわけねえって」

 体操座りをし、膝小僧に額を擦り付けるように俯いた十勝は吐き出す。
 それは俺に対する言葉というよりも、独り言のようなもののようにも聞こえた。

 十勝も、十勝の中で葛藤があったのだと思うと、何も言えなかった。

「……佑樹は、これでいいのかよ」

 それは、迷子の子供のような声に聞こえた。
 最後通牒。十勝の優しさなのだろう。それは、覚悟を決めた俺にとってなんの意味も為さなかった。
 いいわけないだろう、けれど、そうするしかないのだ。

「いいよ」

 こうすることで十勝が、生徒会の皆が報われるのならいいと思えた。
 いいよ、もう一度口の中で呟く。十勝は何も言わなかった。ただ、息を吐き出すように呼吸をし、それから、俺の手を掴んだ。

「佑樹は……本当馬鹿だな」
「……十勝君」
「……けど、俺はもっと馬鹿だ。……本当、最低だ」

 俯いたまま、十勝は俺の手を握り締めた。その冷たい指先が微かに震えてるのを感じ、俺は、それに気づかないふりをしてその手を握り返した。
 俺は誰かを助けたつもりでいて、誰かを陥れてるのだろう。本当はこんな風にさせたかったわけじゃない。ただ今までと同じように笑ってほしかった。
 けれど、今の俺にそれを言う資格はない。

「と、かち……くん……」

 慰める言葉すら出なかった。
 何を言っても空々しく響いてしまいそうで、ただ名前を呼ぶことしかできなくて。

「……会議は俺だけで行ってくる、佑樹は……ここにいろ」
「っ、でも、それじゃあ……」

 俺は、自分の役目を果たせない。
 意味がないだろう、と続けるよりも先に、十勝が引き攣ったような笑みを浮かべる。生傷や腫れが痛々しくて、胸の奥が詰まりそうになる。そんな俺の顔を撫で、慰めるように、大丈夫だというかのように目を細めた。

「俺は、生徒会役員に選んでもらって嬉しかったし、面倒臭いこともあったけど……楽しかったし、五味さんも、和真も会長も、……平佑のことも好きだったよ」
「なら……っ」
「けど、佑樹……全部お前のせいにして無理矢理元通りにしようとしても、無理だ。俺は、そんなの全然嬉しくない」

 そう言い切る十勝の目に、さっきまでの不安や迷いはない。ただ、真っ直ぐなその目に見据えられ、俺は、咄嗟に口籠る。

「……っ、どうして……」

 どうして、どうしてだ。
 バラバラになるよりかはましだろう、元通りにならなくたって終わるわけではない。またやり直すことだってできるのに。
 なんで。

「……俺は、嫌だ……生徒会が……皆が、俺のせいでバラバラになるのは……」

 嫌だよ、と続けるよりも先に、伸びてきた腕に抱き締められる。

「っ、十勝君」
「っそんなの、俺だって嫌だよ」

「けど、そのまま居座ってたって意味ない……そもそも、間違ってたんだよ」五味さんの言ってた通りだな、と顔を上げた十勝は悲しそうに笑う。痛々しいその笑顔に、俺はこれっぽっちも笑えなかった。
 抱き締められた胸から流れ込んでくる体温は温かいのに、十勝の存在がまるで遠い。

 俺にはどうして、十勝がなんでそんな風に笑えるのか分からなかった。

「十勝君……っ」
「和真には……他の奴らには、俺から伝えておく。俺が、お前を無理矢理連れ出したって」
「……だめだ、そんなの……そんなこと言ったら……」

 十勝が責められる。会長も、裕斗も、敵に回したことになってしまう。それだけは絶対に駄目だ。
 そんなことしたら、本当に、もう後戻りができなくなる。
 ――俺のせいで、十勝の居場所がなくなるなんて。
 それなのに、十勝は怖がるどころか寧ろ先程までよりもスッキリした顔で笑って俺の頭を撫でてくるのだ。

「佑樹、お前はなんも悪くねえ。……悪くねえんだよ、佑樹」

 優しい声に、目に、胸の奥が苦しくなる。ずっと、ずっと押し殺してきた、見てみぬふりしてきた何かが腹の底から込み上げてくるような、吐き気を伴うほどの、強烈ななにか。
 だめだ、駄目だ、駄目だ。
 十勝を離すな、行かせるな、こんなことになったら、生徒会は――会長はどうなる?
 離れる腕。咄嗟に俺は縋り付こうと手を伸ばす。

「十勝君、待って、十勝君っ!」

 けれど、届かなかった。

「――後で迎えに来る」

 それだけを言い残し、十勝は俺を残して部屋を出ていった。
「十勝君!」と、慌ててそのあとを追いかけようとするが、扉が開かない。外からロックを掛けられたと気付いたときにはもう遅い。

 扉を叩く。「十勝君!」と何度も名前を呼んだが、反応はなかった。
 そして、そこが開いたのは十勝が出ていってから一時間後のことだった。

 内側から開けようとしても開かない、窓のない部屋の中、勝手に部屋のものを漁ることもできなくてただ玄関口に座り込んで扉の向こうの物音や気配で十勝が戻ってくるのを待つことしかできなかった。
 そしてようやく足音が近付いてきた時、俺は慌てて扉から離れる。鍵が開く音。そして、目の前の扉がゆっくりと開くとき、俺は咄嗟にドアノブを掴み、部屋から飛び出そうとして――そこにいた人物とぶつかりそうになる。
 十勝には言いたいことが山ほどあった、どうして俺を置いていったのだとか、どうするつもりなのかとか、色々だ。けれど、そこにいたのは十勝ではなかった。

「――齋藤?」

 志摩は、血相変えて出てきた俺を見て驚いたように目を見開く。
 息が止まりそうだった。どうして志摩が、と思ったのも一瞬。ここは十勝と志摩の部屋だ、志摩が帰ってくるのはおかしなことではない。
 けれど、俺にはあまり嬉しくない再会だった。
 それは、志摩も同じだろう。

「し、ま……」
「…………ここで、何してるの?」
「それは……」

 言葉に詰まる。
 その目の冷たさに思考停止しかけ、俺は口を噤んだ。

「その、十勝君に……」
「あの馬鹿に閉じ込められたってこと?」
「っ、十勝君……十勝君は……どこに……っ」
「そんなこと俺が知るわけないでしょ。というか、知ってたとしてもなんで齋藤に教えなきゃいけないの?」
「……っ、志摩……」

 正直に話してくれるとは思っていなかったが、案の定不機嫌になる志摩に俺は何も言えなくなる。
 とにかく、ここから逃げなきゃ。
 そう思って扉に目を向けるが、それよりも先に志摩は扉を閉める。当たり前のように内鍵を掛ける志摩に思わず息を飲んだ。

「志摩、鍵……どうして……」
「邪魔が入らないようにだよ」
「邪魔って……」

 そう志摩が言いかけたと同時に、扉の外からノックされる。数回の乱暴なノック。

『おい、亮太!いるんだろ!鍵を開けろ!』

 ドンドンドンと叩かれる扉とその音にびっくりして思わず身体が竦む。後退りする俺に、志摩は「ほら邪魔なのがきた」と笑う。
 この声は……裕斗か?

「無視していいよ」
「でも、お兄さんじゃ……」
「あながち齋藤のことでも探してるんじゃないの?……十勝の馬鹿が齋藤をここに連れ込んだってことは、あいつ生徒会にも他の連中にも喧嘩売ったってことでしょ」

 志摩は、どこまで知ってるのか。俺よりも状況把握してるのではないかと慄く俺に、志摩は呆れたように息を吐いた。

「齋藤って本当に顔に出る癖、直しなよ。ただのカマ掛けのつもりだったのにここまでわかり易いと逆に心配になるんだけど」
「っ、カマ……掛け……?」
「それで?……会長さんの次はあの女たらしねえ、本当に齋藤ってモテモテだよねえ。そりゃそうか、あの不能の会長さんに囲われるくらいなんだから女たらしくらい難でもないか」
「十勝君は、そんなんじゃ……っ」
「……『十勝君は』ねえ、」

 しまった、と思ったときには遅かった。俺の目の前、立つ志摩に肩を掴まれる。
 痛い、と顔を顰めれば、その口元に薄く笑みが浮かぶ。

「助けてあげようか」

 ……一瞬、この男が何を言ってるのかわからなかった。
 助ける?誰を……まさか、俺をか?
 何から助けるというのか、意味がわからなかった。

「……正直見てらんないよ、今の齋藤。……ふにゃふにゃの腑抜けで、あいつらに好き勝手利用されて挙げ句の果に針の筵にされるなんて。……悔しくないの?それとも、ドMっていうのはこんなゴミみたいな扱い受けても嬉しいわけ?」
「……っ」

 侮辱され、顔がカッと熱くなる。
 志摩は俺と会長のことを知ってる、知っててそんな言い方をしてくることが不愉快だった。
 けれど、志摩の言葉は汚いが、その真意は痛いところばかりを突いてくる。そう感じるのは俺自身がそう思っているからと認めたくなかった。

「助ける、って……」
「だから、俺が助けてあげるって言ってるの。……簡単だよ。生徒会をリコールして芳川を潰せば全部終わりなんだからね」
「な、に言って……そんなこと、駄目だ……っ!」
「なんで?」
「な、んで……って……」
「死ぬわけじゃないんだから良いでしょ。それに、少なくとも芳川知憲は覚悟してたはずでしょ。一般生徒囲った時点でさ、こうなることになるなんて」 

「それともセックスしすぎて馬鹿になったのかな、あの秀才さんは」なんて、見も蓋もないことを言い出す志摩に俺は、血の気が引いた。
 一瞬でも志摩の言葉に反応してしまった自分が憎たらしい。わかってたはずだ、この男が俺を、会長たちを本当に助けてくれるわけがないと。

「……離して」
「離さないよ」
「……っ俺は、助けてほしいなんて言ってない」
「嘘つき。齋藤はいつだって本当のことを言わないよね」
「……志摩……っ」
「あいつ庇うために『生徒会長を誘ってセックスしまくってました』って自分のせいにしてそれで処分受けて周りからは指差されてさ、肝心の会長さんは『全部あいつが誘ってきたから悪いんだ』って自分は行儀よく席についたままでさ、それで満足なの?齋藤だけが悪者扱いされてそれでのうのうとしてるあいつら見て『これでよかった』なんてどん底から見上げてんの?自分はこっ恥ずかしい汚名まで着せられて指咥えてるんでしょ?」

「それって馬鹿でしょ」ぐさぐさぐさと音を立てて言葉のナイフが刺さる。耳を塞ぎたかった。目を逸したかった。目の前の志摩を突き飛ばそうとするが、突き出した手首ごと掴まれ、壁に押し付けられる。

「っ、ぐ……っ」
「見ててスゲームカつくんだよ。なんで言いなりになってるの。そこまでする価値があるの?あの男に」
「ほっといてくれ……っ、もう、俺のことなんて……志摩には関係ないだろっ!」
「ああ……そうだね、関係ないよ。どこで笑われようが野垂れ死にしようが全部齋藤の自業自得だ、俺はあんだけ何度も何度も忠告してきたんだ……っ、こうならないようにさ!」

 志摩の笑みが引き攣る。強い力で手首を壁に押し付けられ、思わず呻いた。すぐ目と鼻の先には志摩の顔があった。
 見たことのないその表情に、息が止まる。

「もうどうだっていいと思ってるよ、齋藤がどうなろうが……このまま堕ちていけばいいよ。勝手に。俺にはどうでもいいことだし……もう関係ない」

 じゃあ、なんでこの手を離してくれないんだ。
 勝手にしてくれないんだ。
 言い返したかったのに、その目に見詰められると何も言い返せなかった。
 自分で自分の感情を制御できていないようなその挙動に、俺も、志摩も、お互いに困惑していた。

「……齋藤、俺に助けてほしいって言いなよ」
「……っ言わない」
「言えって」
「……っ、俺は、助けてほしいなんて思ってない……」

 少なくともこれでいいと思っていた、今だってその考えは変わっていない。真正面から志摩を睨む。
 怖かった。また、殴られるかもしれない。犯されるかも知れない。もっと酷いことされるかもしれない。
 震えが止まらなかった。けれど、その言葉は思いの外すんなりと口から出た。
 ……出てしまったのだ。
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