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ヲシマイ
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不意に、資料を読む背後から声が聞こえてきた。
「災いに名前を付け、漢字を宛がい、封じる。不幸を退けるこの一連の手順、呪いは、そもそもそんな効力はなかった。儚い、惰弱な願いでしかなかった。それでも村人たちは愚直に、どれだけ犠牲が出ようとも実行し続けた。願いを込め続けた。封じ、忘れる事で不幸を抑えられると。そうして長い月日が経過したある日ある時、夥しい数の犠牲と意志、怨念染みた狂気が折り重なった果てに呪いは効力を持つに至った」
背後に何者かがいる。だが、この部屋には誰もいなかった筈だ。厳重に封印された資料のコピーを安置する、たったそれだけの大きな部屋には誰一人としていなかった筈だ。計器類は異常を示さず、あらゆる監視カメラと監視員は資料室に存在するのは僅か一人であると誤認し続ける。
「理解できないのも無理はない、理などないのだから。意味不明と嘆くのも無理はない、端から意味などないのだから。しかし、村人たちは知らなかった、呪いに籠めた祈りなどとうに霧散していた事を。甘く見た、呪いを。折り重なった狂気を。呪いは確かに効力を持った。呪いが成功すれば不幸は起きなくなる。不幸を、封じたい事象を見た、知った、あるいは経験した人間を殺す事で無にする歪んだ呪いはこうして生まれた。人の手に余る、人が作り出した悍ましい呪い」
尚も語る声の主は、同時に少しずつ近づく。
「呪いではなく呪いを生み出したと知った村人達はあらゆる手段を講じたが何らの成果も出せず、進退窮まった末にハコの中の怪異に頼った。自らが作った結界に己を封じていた怪異に願い、歪な呪いを封じてもらう代わりに共生関係を持った。歪んだ関係の始まりだ。こうして村人達は呪いを封じた怪異に餌を運ぶ役目を担い、怪異は戯れに呪いの代わりに不幸も喰らった」
カラン カラン――
部屋の中に不相応な下駄の音が木霊する。が、それでも尚、誰も、何も、己以外の全てが一切の異常を感知しない。認めない。異常、異様な空気は周囲を侵食し、やがて口から取り込まれると肺を経由し身体の隅々までを汚染する。恐怖だ。
「どちらも共生関係が永久に続くとは考えていなかった。特に村人達は約束を反故にする機会を虎視眈々と狙っていた。そんな折、とある外的要因により約束が守れなくなってしまった。ほんのちょっと、100年位前に大きな地震があったでしょう?その余波で封じられた呪いの封は綻びてしまった。惰性で続いていた関係は、たった一度の自然現象で瓦解した。丁度良い機会だと、一時の暇潰しに飽きた怪異は壊れたハコから抜け出した。だが、村人達はソレと知らず不幸を捧げ続けた結果、ソレ等を糧に呪いは力を取り戻し、長い時を超えて現実世界へと現出した」
カラン――
足音は不意に止まる。声はもう直ぐ、耳元で聞こえている。凛とした、美しい鈴のような声は、だからこそより一層に恐怖を煽る。動かなければ。だが、身体が動かない。何故か、全く微動だにせず。
「アレは知ってはならない。知るというただその行為が呪いをより強く現世に顕現させる為の手段。負の連鎖の始点。だけどアナタは知ってしまった。だからもう手遅れ。呪いはアナタを侵食し、喰らい、糧とする。だからアナタはもうお終い……ところで、私も同じ力があるんですよ?どうやって手に入れたのかって?ソレは秘密。さて、私の名前はでしょうか?どんな漢字を引き金に選んだと思う?」
背後から問いかける女の声は何処までも無機質で無感情で。あぁ、そうだコレは小さい頃の思い出に重なる。羽虫を捕まえると残虐に、残酷に羽を毟り、いたぶり、最後には殺した思い出。無邪気で、無関心で、空っぽの敵意だ。
「正解はね、口。でも正しい読み方を知らないでしょう?クチ?ハコ?いいえ、外れ。この四角の中にはちゃあんと入っているんですよ。私が、ユキノヨウニシロイ私が。何もない真っ白。コレが私、私を指す言葉」
「ほら、後ろを見て?」
「見えるでしょう?貴方を食もうとする大きな口が……」
「災いに名前を付け、漢字を宛がい、封じる。不幸を退けるこの一連の手順、呪いは、そもそもそんな効力はなかった。儚い、惰弱な願いでしかなかった。それでも村人たちは愚直に、どれだけ犠牲が出ようとも実行し続けた。願いを込め続けた。封じ、忘れる事で不幸を抑えられると。そうして長い月日が経過したある日ある時、夥しい数の犠牲と意志、怨念染みた狂気が折り重なった果てに呪いは効力を持つに至った」
背後に何者かがいる。だが、この部屋には誰もいなかった筈だ。厳重に封印された資料のコピーを安置する、たったそれだけの大きな部屋には誰一人としていなかった筈だ。計器類は異常を示さず、あらゆる監視カメラと監視員は資料室に存在するのは僅か一人であると誤認し続ける。
「理解できないのも無理はない、理などないのだから。意味不明と嘆くのも無理はない、端から意味などないのだから。しかし、村人たちは知らなかった、呪いに籠めた祈りなどとうに霧散していた事を。甘く見た、呪いを。折り重なった狂気を。呪いは確かに効力を持った。呪いが成功すれば不幸は起きなくなる。不幸を、封じたい事象を見た、知った、あるいは経験した人間を殺す事で無にする歪んだ呪いはこうして生まれた。人の手に余る、人が作り出した悍ましい呪い」
尚も語る声の主は、同時に少しずつ近づく。
「呪いではなく呪いを生み出したと知った村人達はあらゆる手段を講じたが何らの成果も出せず、進退窮まった末にハコの中の怪異に頼った。自らが作った結界に己を封じていた怪異に願い、歪な呪いを封じてもらう代わりに共生関係を持った。歪んだ関係の始まりだ。こうして村人達は呪いを封じた怪異に餌を運ぶ役目を担い、怪異は戯れに呪いの代わりに不幸も喰らった」
カラン カラン――
部屋の中に不相応な下駄の音が木霊する。が、それでも尚、誰も、何も、己以外の全てが一切の異常を感知しない。認めない。異常、異様な空気は周囲を侵食し、やがて口から取り込まれると肺を経由し身体の隅々までを汚染する。恐怖だ。
「どちらも共生関係が永久に続くとは考えていなかった。特に村人達は約束を反故にする機会を虎視眈々と狙っていた。そんな折、とある外的要因により約束が守れなくなってしまった。ほんのちょっと、100年位前に大きな地震があったでしょう?その余波で封じられた呪いの封は綻びてしまった。惰性で続いていた関係は、たった一度の自然現象で瓦解した。丁度良い機会だと、一時の暇潰しに飽きた怪異は壊れたハコから抜け出した。だが、村人達はソレと知らず不幸を捧げ続けた結果、ソレ等を糧に呪いは力を取り戻し、長い時を超えて現実世界へと現出した」
カラン――
足音は不意に止まる。声はもう直ぐ、耳元で聞こえている。凛とした、美しい鈴のような声は、だからこそより一層に恐怖を煽る。動かなければ。だが、身体が動かない。何故か、全く微動だにせず。
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「見えるでしょう?貴方を食もうとする大きな口が……」
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