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第1章 日常 夢現(ゆめうつつ)

15話 ルミナ=AZ1の日常 其の2  連合標準時刻:木の節 45日目 アメノトリフネ第1番艦

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 古巣への帰還は彼女にとっても喜ばしい出来事の筈。今より約2か月前、"クズリュウ"という組織の思い付きにより後方支援担当のルミナが地球で活動するツクヨミの強奪作戦に回され、その末に地球に取り残され、伊佐凪竜一と地球を逃げ回りながら事態の収束に努め、その最後にハバキリと合一し暴走した清雅一族の長を捨て身で討伐するという、言葉にするには短いが語るには余りにも長い出来事を経て漸く戻ってきたのだ。

 なのにルミナの足取りは重い。何が彼女の足を止めているのか、それは彼女にしか分からない。

「遠慮することは無い」

 不意に足元から聞こえた声に彼女は足元へと視線を落とすと、ソコにはコロコロと転がる球体がある。ソレは"元"旗艦の神アマテラスオオカミの今現在の姿。ルミナの体内から摘出された神の新たな依代。かつて、最も安全な場所であった英雄の体内に隠された核……神の中枢、神を神足らしめる自我が内包された演算ユニットは、ルミナの本格的なスサノヲ復帰に合わせる形で体内から取り出された。

 が、かつてヒルメ(タケミカヅチ参号機)として使用していた体躯は終戦後に核を取り出されると特兵研の奥に一旦封印された。活動するには余りにも目立ちすぎたからだ。一方、本来の依代である人型の体躯はカギの1つを奪われ解除が行えない天岩戸の中に眠っているので取り出す事は不可能。

 という訳で彼女を極秘裏に補佐する専用の体躯が必要となり、且つて使用していた参号機の代替となる新たな体躯が彼女の足元を転がる球形の式守、神の仮初の肉体として特兵研が本来の研究の片手間に作り上げた代物だ。

 まるで本当の親の如く振る舞う神の言葉に彼女は意を決して前へと進む。巨大な門を潜りエントランスを通り抜けロビーへと進めば、ソコに待ち構えていたのは1000名近いスサノヲからの祝福と賛辞の声だった。

 誰もがルミナの復帰と無事を心から喜んでおり、緊張していた彼女の表情も周囲と同じく自然と綻んでいったのだが、しかし喜ばしい報告だけでは無かったようだ。やがてスサノヲをかき分けるように一人の男がルミナの前にやって来た。

「無事の退院おめでとう。と、素直に祝福したいのだがね……」

 只1人、険しい表情を浮かべるスクナは杓子定規に彼女を労おうと努めるが、どうも心中に面倒な問題を抱えているような煮え切らない態度を取る。

「どうされたのです?」
 
 スサノヲ一同はそんなスクナの状態を知るや怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて意を決したルミナがスクナに尋ねた。

「いや……まぁ遅かれ早かれ連絡が行くだろうがな」
 
「何のです?」
 
「まぁ、要は地球と旗艦を救った"ルミナ=AZ1"という英雄には、それに相応しい席が必要ではないかという話が出ておってな」
 
「なんか煮え切らない表現ですね」
 
「英雄と言えば聞こえはいいが、じゃがそう言った事を願う連中が考えるのは1つしか無い。要は退いた神の代わりになって欲しい、そう言う事でな」
 
「私が神に?」
 
「まぁ本当に神になれと言う訳では無い。英雄たる者が座るに相応しい新たな役職、旗艦アマテラスという超巨大艦の艦長になってくれと説得してこいと、まぁそういう訳だ」

「誰にです?」
 
「主に旗艦の政治家連中じゃな」

 スクナとのやり取りにより自身に面倒事が降りかかりそうであると理解した彼女は、深いため息をつきながら自らの足元に寄り添う球体を見つめた。球体はその視線に気付くと中央部分に据え付けられたカメラ部分を動かし、まるで見つめ返すように彼女の顔へと向けた。が、それ以上の何もしない。

 神はルミナの視線に気づいているが、一度は向けた筈の視線を再び下げると何も答えずただ足元を転がり始めた。自らが答えを出すべき問題である、素っ気ない態度の神はそう言いたげであると理解したルミナはもう一度深いため息をつくと視線を上げ、スクナを見つめる。

「それは……つまり私を盾代わりに使いたいと言う事でしょうか?いや、そのつもりでしょうね」
 
「あぁ、ソウタロウ殿も同じ結論を出しておったよ。口当たりの良い事を言っているが、此処の政治家連中は碌な経験が無いのは知る通り。大した責任を追わない些事しか決めず、それすらも何かあれば神が尻拭いをした過去とは違うとなれば早急にその代理を立てると考えても致し方無い……訳ないじゃろうがあの馬鹿者共が。ともかく、話しだけは伝えた。どうするかは任せるが、今後の状況を考えれば断った方が無難だ」

「承知しました、取りあえず頭の片隅にでも入れておきます」

 旗艦の艦長。確かに今後を考えれば誰かがその役職に就くべきだろう。が、旗艦の政治家連中は本気で言っているのか?旗艦アマテラスを散々引っ掻き回したオオゲツは結局逃げおおせていているのだ。ソレに地球からツクヨミを奪ってこいという指示には一番肝心な部分、"何故奪う必要があったのか"という部分が欠落している。そうなれば何らかの計画の一環である可能性が高く、詰まるところ戦いは終わっていない。

 そんな状態で旗艦アマテラスの最高戦力を艦長に据えるという決断は、幾ら何でも無謀すぎるし無能すぎる。アイツ等、ホントに自分達が楽する事しか考えていない。だからスクナも断れと助言を入れたのだし、ルミナも半ば呆れつつ返答を保留にした。

「ウム、では今後の予定を伝える」
 
「はい」
 
「お前は当面の間、内勤として旗艦の艦橋に出向して貰う。主な役目はアマテラ……おっと、ヒルメと呼んだ方が良いか。そのヒルメと共に滅茶苦茶になった旗艦内の監視システムの復旧を手伝え。それ自体は既に着手しているが如何せん人手が足らんのでな。また出向期間中の戦闘訓練一切を禁止する。コレはサクヤからの申し出でもあるから断る事は許さん、良いな?」
 
「承知しました」

 スクナは本題となる彼女の今後について幾つか指示を出した。何れも彼女の体調を慮っての事だ。彼女の肉体を構成するナノマシンとハバキリの性能は未知数ながらも完璧に機能しているが、だからと言って無茶して怪我でもされたらただでさえ安定しない旗艦アマテラスの情勢を余計に悪化させる懸念もある。

 勿論、医療担当から何を言われるか分かったものではないという理由もありそうだが、しかし今のルミナはそれ程の存在になっているのだ。その辺りの事情を良く理解しているスクナだけあって、実に的確で彼女への思いやりに溢れた指示だ。


「就業時間については特に決めておらんからある程度好きに決めると良い。ソレから……」
 
「それから?」
 
「ナギ君との面会についてだが、お前だけは特例で許可するからワシかヒルメに伝えなさい。会いたいじゃろう?」

 この爺さん……いきなり何を言い出すんだ。私は呆れ、映像のルミナは唐突な提案に驚いた。

「ちょっとオォォォ!!」
 
「黙れイヅナ」
 
「ンなッ!!って、連絡先は聞き出したので別にそこまででもないですよ」
 
「そうか?ではワシはコレで失礼する、この後も特兵研やら地球からの政治家との会合やら色々と控えておるのでな」

 スクナからの提案にルミナと(何故か)イヅナが凄い勢いで反応を返したが、言われた本人はそれを一蹴すると部屋を後にした。残されたスサノヲ達はそれぞれの持ち場に戻り、そしてルミナもスクナの言葉を頼りに艦橋へと向かう。

 伊佐凪竜一に時間が取れないならばルミナもまた同じく。肉体の復元治療を伊佐凪竜一に譲った彼女は一足早く一時退院すると神という柱を失った旗艦こきょうを立て直す道を選んだ。が、そんな彼女の選択を邪魔するかのように旗艦内のまつりごとを担当する政治家連中が挙って彼女を艦長に押し始めた。

 混乱する現状の打開には目立つ旗頭が必要というのは理解できるが……しかし現状においてその役目を果たそうとする人物は少ない。本当に頭の痛いことだ。
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