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第1章 日常 夢現(ゆめうつつ)

16話 ルミナ=AZ1の日常 其の3  連合標準時刻:木の節 50日目

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 ――陽光の間。

 且つては旗艦アマテラスを管理する人造神の為に用意された部屋であり、神の封印以後はアラハバキの執務室となった場所でもある。

 天蓋を見上げれば肉眼で宇宙を眺める事が出来る数少ない場所でもあるその部屋には、現在の主の意向により寒色系統や黒色などの落ち着いた質素な色合いの調度品が持ち込まれた為に以前の面影は全く無い。

 入口から一番奥まった場所には執務用の机と椅子のセット、中央付近には来賓用のソファ、部屋の壁を見れば各惑星のニュースから些末な情報までを流すディスプレイ等々、彼女の執務を補佐するに必要最低限の物が整然と並ぶ。

 今、その部屋の中央には一人の女性が座っており、殊更に渋い表情を浮かべながら幾つものデータとソレを寄越す球体を交互に見つめる。一方、当の球体はそんな視線などどこ吹く風とばかりにデータの説明を行う。

「次。旗艦アマテラスから、始祖8族の1つ。シンの血筋を引くヤハタ=SIN3-2178349165。23歳」

「却下」

「では次。同盟惑星ラリーから来たレヴィウス=トレノ。31歳。同惑星のプロドライバーで昨年の獲得賞金総額は軽く50億Sシェル(連合標準通貨単位。1円=約10S)を超えている」

「却下」

「では次、同盟惑星エクゼスレシアからガルディア楽団座長ロウ=リュート。22歳。同盟惑星中にパトロンを抱える新興劇団の看板役者だ」

「あの……」

「どうしました?」

 ソファに深く腰を下ろす女性……この部屋の主となったルミナは対面で淡々と話す球形をした機械に声を掛けた。その表情はもうウンザリという位に呆れており、これ以上の話をしたくないという感情が露骨なまでに溢れている。

「これは何?」

「君に会いたいという人物のリスト」

「だから、会うつもりは無いと頼んだ筈だ。アマテラスオオカミ」

「今はヒルメと呼んで頂きたい」
 
 ルミナは少々語気を強めながら対面の球体……アマテラスオオカミに不満を漏らすが、ソレは元神らしく淡々と冷静に彼女の現状を語る。その回答は女の予想していた通りの様で、彼女は長く美しい銀色の髪を鬱陶しそうにかきあげると天蓋の向こうに見える暗い宇宙へと視線を移し、そして大きなため息を漏らした。

「止むを得まいよ。君の活躍は今や連合中に知れ渡ってしまった」
 
 やはり淡々と現状を語る無機質な声に心底から深いため息を付いた女は、対面の椅子で資料を広げるヒルメへと視線を戻した。

 ルミナ=AZ1。伊佐凪竜一と同じく地球と旗艦アマテラスの戦いを終息に導いたもう一人の英雄。だが伊佐凪竜一とは違い彼女の正体は早々に露見してしまい、更に幸か不幸かその出鱈目な美貌が衆目の関心を引いてしまった。

「分かってはいるが、彼方此方から引っ切り無しに尋ねられては落ち着けやしない」

 その結果が今この有様という訳で、今日も今日とて連合中から彼女に一目会おうと連日の様に押し寄せている。故に彼女が愚痴るのは仕方が無い。これもまた幸か不幸か分からないが、各惑星から旗艦アマテラスへと赴くには決して安くない料金を支払う必要がある為、誰でも彼でも会いに来る事が出来る訳ではないのが救いとなっている。しかし金に物を言わせる人物というのは何処にでも居るもので、そういった連中にとって見れば相応の渡航費など何の障害にもならない。

「今の状況はそこまで良くない……強引に事を進める連中を押し返せるだけの威光はもう無いのか?」

 視線を戻したルミナはため息交じりの質問を神に投げかけた。が……
 
「そうでもない。要は今の雰囲気を少しでも和らげたいのだ」

 彼女の予測は外れていたようで、神は即断で否定すると真意を口に出した。"雰囲気を良くしたい"、その言葉の意図をしばし考えたルミナだが、やがて呆れたように対面の神を見つめた。

「つまり私は客寄せか」

「済まない。勿論、警備も審査も入念に行っている」

 神の回答を聞いたルミナは大いに呆れながら、再び天蓋の宇宙へと視線を移した。
 
「確かにこうでもなければ連合各惑星の著名人が一堂に会するなど無いだろうし。だけど……彼等も恐らく利用されているとで来ている筈だ。現に大半が私に会うことなく追い返されている。なのによく文句を言わないな?」

 ルミナが呆れた理由。それは"旗艦アマテラスを救った英雄と会える"という餌で連合のトップスターを集めていると理解したから。今現在の旗艦の状況は最悪こそ脱したが、戦いの傷跡は色濃く残っている。その上で更に神がその座を退いたのだから何処も彼処も混乱しっぱなしでいる。必然的に市民感情は悪化しており、その改善に何処も躍起になっているのが現状だった。

 各惑星のスター達の慰問はそんな状況を少しでも中和してくれるイベントだと神は考えたが、一方で彼等を動かすとなれば容易ではない。楽園と呼ばれたのは昔の話で、そんな場所に態々危険を冒してまで来るスターが居る訳も無く、呼び込むには相応の理由が必要となる。

 確かに合理的ではあるが、しかし当の本人からしてみれば堪ったものではないし、いい様に使われる側もまた同じく。ルミナもその点を懸念しているが、一方で当人達が揃いも揃って神の魂胆に気づいているのにノコノコと来艦すると現実に違和感を覚えている。

「あぁ。簡単な話だ」

 神はルミナの疑問を察すると1枚の映像データを彼女に寄越した。ソレは望遠ではあるが一組の男女が仲睦まじく歩く様子がはっきりと映っているだけであり、一見すれば何の変哲もないが……しかしさながら恋人のような雰囲気さえ感じるその写真を見たルミナの顔が一気に冷めた。神は全く気付かない。渡したソレが彼女の地雷を的確にピンポイントに踏み抜いてしまった事に気づかない。

「コレ、何?」

 その口調は英雄らしからぬ程に底知れない冷たさを纏っていた。

「何、とは?ソコに映っているのは伊佐凪竜一とクシナダだ」

 一方、彼女の心情など何も知らぬ解さぬ神はそう説明する。もし、ここに第三者が居たならば誰もがこう助言しただろう。"違う、そうじゃない"と。

「いやそうじゃなく」

 よって彼女がそう答えるのは必然。神は人の心に疎い故に、その写真を見たルミナがどう感じているかを正確に理解できていない。

「その反応だよ。君と同じくその写真を見たスター達はこう考えたのだ。"伊佐凪竜一とクシナダは深い関係になっている"と。君を目当てとする連中が目下最大の障害と認識しているのは伊佐凪竜一なのだが、この写真により障害が取り払われたと考えた。だから躊躇いなく、無謀を承知で来艦したのだ。下心を隠し、英雄を労うという表向きの理由で着飾ってね」

 ヒルメの言葉を要約すれば、"ルミナと伊佐凪竜一は深い仲ではないと誤認したスター達は他星のライバルに先駆け彼女に接触したいと考え、その為に無茶を通して来艦した"という訳らしい。ヒルメの説明を聞いたルミナは得心がいったのか、写真を見つめながら"成程"と呟いた。

「分かってもらえたようで何より。確かに君には申し訳なく思う。だが市民感情の悪化は想像以上に進行していて、コレを止めねば復興もままならない。英雄たる君に対する扱いではないと重々承知しているが……」

「つまりまだクシナダとは何も無いんだな?」

 当然の如く彼女の関心はソコには無かった。伊佐凪竜一の記憶はまだ完全に戻っておらず、だからルミナはマメに時間を作っては彼の元に通っていたのだが、しかしその裏で楽しそうに女と逢引きされていては堪ったものではないと考えているのだろう。
 
「え?アレぇ?いや、あのぉ……」

 そんな彼女の思考を読み取れなかった神は盛大に焦り……

「そうなんだな?」

 ルミナはかつての上司である神を冷たく睨みつけながらそう尋ねた。

「は、はい。あの、彼女は伊佐凪竜一のメンタルケアも兼ねてまして……医療機関のお墨付きですよ」

 しどろもどろな神の言質を取ったルミナは少しだけ安堵したが、しかしその答えに満足していないのは明白。事実、仲良さそうにする二人の写真に射抜くような視線を向け続けている。一方、何がどうしてそうなったのか全く分からないヒルメは混乱するばかり。

 神が人の心を計算から除外したのは爆発的に増加するアマツミカボシの民を正しく管理、不幸から守る為だった。しかしその管理が逆に不幸を呼んだ。神はその事実を学び、だからこそ自らが管理する世界を自らで否定したのだが、その座から退いたら直ぐに人の心が理解できるようになる訳ではない。故に神の苦悩は続き、そんな神と行動を共にするルミナもまた苦悩する。

 しかも彼女に限ればさらに面倒事を押し付けられようとしている。旗艦アマテラスという超々巨大航宙艦の艦長。お飾りとは言え、体の良い神輿として利用しようとしているのは明白だった。

 旗艦の内にも外にも彼女の悩みの種は多い。2か月ほど前にツクヨミの強奪作戦に参加させられ、地球を伊佐凪竜一と逃げ回り、その最後に起きた地球と旗艦の趨勢を左右する戦いを死力を尽くして止めた彼女は、戦いが終わって以降もなお心が休まる日が来ない……そんな現実を知った私は彼女に酷く同情してしまった。
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