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第2章 日常の終わり 大乱の始まり
19話 終わりの始まり 其の3 連合標準時刻:木の節 57日目
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「髪ですよ」
それまで無言を貫いていた男はポツリとそう漏らしながらルミナの美しい銀色の髪へと視線を移した。
「潜性遺伝。その中でも髪色は多種多様で、特に独立種と呼ばれる惑星固有種族の中には人類とは違う極めて珍しい髪の色を持つ種族も多い」
「遺伝学は子供の時に学んでいるので知っていますよ」
「流石です。ではその銀色に輝く美しい髪を持つ人間が生まれる確率はご存じでしょうか?約60億分の1。旗艦に限れば1人いるかいないか、そんなレベルの髪を持つ人間がリストに載れば誰だって目を惹きます。実は14、5歳位の時ですかね、両親に無理を言ってリストを見せてもらったんですよ。そしてその中にひと際目を惹きつける女性がいた。誰も彼もが優秀な出自を持っている中にあって特兵研という商売事とは無縁の場所で働く両親を持つ貴女が、ね」
男は饒舌に、そして情熱的に語る。それはまるでつい最近の出来事のように、ルミナを見初めた時のことを語った。気が付けば男の視線は銀色の髪から再びルミナの目へと戻っていた。じっと見つめるその視線は相も変わらず情熱的なのだろうが、対する彼女はその視線に微塵も動じず"では続けて質問にお答えください"と、淡々とした様子でそれを往なす。
どうやら会話を続けるつもりらしい。そう察したタガミとイヅナは無言で一歩後ろに下がると再び案山子の如く直立不動の姿勢を取り、そんな背後の様子を察したヤハタはにこやかな笑みを浮かべながら続きを話し始めた。
「ええ、目を惹きましたよ。その美しさと、それ以上に目立つ髪の色は忘れようと思ってもできるものではありません。随分と昔の話ですが、しかしこう見えても記憶力には自信がありましてね。だから一度リストに記載された配偶者の名前を忘れません。そしてその名が忽然と消えた事も。父は"この年齢ならば死亡したのだろうから珍しい話では無い"と私を説得し、僕も一時はソレで納得していたのですが、しかし終戦して程なく貴女の情報が暴露された。その時、過去の記憶と貴女の存在が結びついたのです。だからこうして訪れた。我が財閥の配偶者に選ばれる位だ、なにがしかの高い才能を有している可能性は十二分にあると考えるのは不思議ではない。僕達は"番"の運命にあると、そうは思いませんか?」
そう言い終えたヤハタの言葉に大多数の視線が1人に向く。ヤハタ以外は口の軽いお調子者を睨み付け、ヤハタはにこやかに微笑みかける。一方、全員の視線の先に立つ男……タガミは1人バツの悪そうな顔を浮かべながら"悪かったよ"とボヤいた。
コイツがルミナの情報をベラベラと話さなければ今こんな面倒な事態に陥っていない訳だが、当の本人が反省しているかどうかは甚だ疑問だ。それよりも2人の話題に上がった配偶者選定の件だ。ヤハタの話が真実であるかどうかを見抜くには選定条件を知らねばならない。
私は端末からそれらしいデータを引っ張り出した。条件は大別すると3つあるようだ。
①配偶者リストの当人【以下、対象者と記載】への公開は対象者が就労ないし成人するまで原則禁止され、例外的に保護者にのみ開示される。
②配偶者候補【以下、候補者と記載】選択条件における年齢の幅は上下5歳まで。それ以上は価値観の乖離が大きいとの理由で選定されない。1人の対象者に対し複数の候補者がリストアップされるが、不公平感を生まない為に上限は5までと決められている。また、リスト登録以後は所謂早い者勝ちが採用されている。
③様々な要因により候補者の数は減少するが、原則として対象者に割り振られた候補者の数がゼロにならない限り新たな候補者の補充は行われない。対象者自身が候補者を任意で削除する事も可能、任意削除した人物が再び候補者に選択される事はない。
更に①について捕捉がある。対象者にリスト開示されるのは就労か成人が原則条件であるのだが、この年齢は全員一様に固定ではなく保護者次第という一面を持つ。基本的に教育熱心な富裕層や極一部の有識者は早ければ早い程に良いと考える……要は教育段階から配偶者の顔合わせを望む傾向があるからだ。
候補者は出身や専攻に遺伝子情報と言った様々な要因を元にシステム的に決定しているのだが、最も懸念すべきは性格だ。幼少時の性格形勢にも遺伝的な要素が影響するにはするのだが、こればかりは後天的な要素が大きく、早期に配偶者を決める際の不確定要素となる。
ならば互いの利点欠点を早くから見せておく事でよりスムーズな共同生活をおくれるようにと考えるのだが、対象者に早期から相手を知らせるには就労と言う条件を満たさなければならない。そこで富裕層は就学と並行し自分達が経営する会社に対象者を入社させると言う強引な手段を考え付き、実行に移した。
いずれ会社を受け継ぐのだから早期に覚えさせるという尤もらしい名目を掲げた不公平な対応だが、ルールの範囲内ならば神も教育機関側も反対する理由は無く(というか出生率低下に伴い反対する余裕が消えた)、寧ろそういった動きを後押しさえしている。
こうなれば最早本人同士の話では無く親同士の利益が絡んだ政略結婚、言い換えるならば自由を与えたのに不自由極まりない配偶者選択を強いられるのが一般層と乖離した富裕層の見合いの特徴でもある。そうした事実から鑑みれば、このヤハタという男の言葉に偽りが無いと考えられる。
②についての捕捉。候補者がリストから消失する条件は幾つもある。最たる条件はリストに記載された候補者が他の対象者と配偶者関係となった場合、次いで死亡した場合、犯罪を犯した場合、そして最後にスサノヲに編入された場合。
死亡は説明するに及ばず、犯罪を犯した場合も無用なトラブルを避ける為に取られる措置であるが、候補者が望まなくても相手が候補から削除する場合が大半。最も犯罪者側に余程汲み取るべき事情があればこの限りではないのだが、それでも大抵は犯歴=リストからの削除は常識となっている。そして最も重要で特異な条件がスサノヲに編入された場合。
危険で重要度の高い仕事を請け負うスサノヲは存在そのもののが極めて重要。つまり最強たるスサノヲに配偶者という弱点がある事は当人達にとっても良くないという判断だ。人質に取られたり、あるいは家族か任務かという非情な決断を迫られる可能性を考慮したアマテラスオオカミの勅令を受け、スサノヲへと編入される全ての人間は強制的に配偶者候補から外され、また家族関係を含む情報一切も抹消された上で専用の生体認証を与えらえる。
それは退役するまで継続し、退役で持って漸く人並みの権利を取り戻せる。余談となるが、極めて優秀と判断されたスサノヲは条件①をある程度無視する事が許される。それは現役時は配偶者を選ぶ自由がない代償と、極めて危険な任務へと当たった報奨という2つの面を持った処置。
因みに"元スサノヲ"という肩書は人気が高く、相応の年齢差であっても配偶者が決まるケースが高いというデータがある。退役後の待遇も良ければ現役時の給与面も破格である為に苦労をする可能性が低い、退役に際し能力制限措置が施されるが、それでも並み以上の極めて高い身体能力を持っている故に危険にあっても生き残れるなどがその理由だ。
一方で逆風もある。この優遇措置を口さがない一部の人間が差別のやり玉として挙げることもあるし、能力制限が施されたとはいえ人外の力を行使出来る事実に変わりはなく、要は恐怖の対象と見做される場合もある。神が退役後の平穏を願っての措置だが、現状はそれが約束されるとは限らない世知辛い現状が存在するのだ。
それまで無言を貫いていた男はポツリとそう漏らしながらルミナの美しい銀色の髪へと視線を移した。
「潜性遺伝。その中でも髪色は多種多様で、特に独立種と呼ばれる惑星固有種族の中には人類とは違う極めて珍しい髪の色を持つ種族も多い」
「遺伝学は子供の時に学んでいるので知っていますよ」
「流石です。ではその銀色に輝く美しい髪を持つ人間が生まれる確率はご存じでしょうか?約60億分の1。旗艦に限れば1人いるかいないか、そんなレベルの髪を持つ人間がリストに載れば誰だって目を惹きます。実は14、5歳位の時ですかね、両親に無理を言ってリストを見せてもらったんですよ。そしてその中にひと際目を惹きつける女性がいた。誰も彼もが優秀な出自を持っている中にあって特兵研という商売事とは無縁の場所で働く両親を持つ貴女が、ね」
男は饒舌に、そして情熱的に語る。それはまるでつい最近の出来事のように、ルミナを見初めた時のことを語った。気が付けば男の視線は銀色の髪から再びルミナの目へと戻っていた。じっと見つめるその視線は相も変わらず情熱的なのだろうが、対する彼女はその視線に微塵も動じず"では続けて質問にお答えください"と、淡々とした様子でそれを往なす。
どうやら会話を続けるつもりらしい。そう察したタガミとイヅナは無言で一歩後ろに下がると再び案山子の如く直立不動の姿勢を取り、そんな背後の様子を察したヤハタはにこやかな笑みを浮かべながら続きを話し始めた。
「ええ、目を惹きましたよ。その美しさと、それ以上に目立つ髪の色は忘れようと思ってもできるものではありません。随分と昔の話ですが、しかしこう見えても記憶力には自信がありましてね。だから一度リストに記載された配偶者の名前を忘れません。そしてその名が忽然と消えた事も。父は"この年齢ならば死亡したのだろうから珍しい話では無い"と私を説得し、僕も一時はソレで納得していたのですが、しかし終戦して程なく貴女の情報が暴露された。その時、過去の記憶と貴女の存在が結びついたのです。だからこうして訪れた。我が財閥の配偶者に選ばれる位だ、なにがしかの高い才能を有している可能性は十二分にあると考えるのは不思議ではない。僕達は"番"の運命にあると、そうは思いませんか?」
そう言い終えたヤハタの言葉に大多数の視線が1人に向く。ヤハタ以外は口の軽いお調子者を睨み付け、ヤハタはにこやかに微笑みかける。一方、全員の視線の先に立つ男……タガミは1人バツの悪そうな顔を浮かべながら"悪かったよ"とボヤいた。
コイツがルミナの情報をベラベラと話さなければ今こんな面倒な事態に陥っていない訳だが、当の本人が反省しているかどうかは甚だ疑問だ。それよりも2人の話題に上がった配偶者選定の件だ。ヤハタの話が真実であるかどうかを見抜くには選定条件を知らねばならない。
私は端末からそれらしいデータを引っ張り出した。条件は大別すると3つあるようだ。
①配偶者リストの当人【以下、対象者と記載】への公開は対象者が就労ないし成人するまで原則禁止され、例外的に保護者にのみ開示される。
②配偶者候補【以下、候補者と記載】選択条件における年齢の幅は上下5歳まで。それ以上は価値観の乖離が大きいとの理由で選定されない。1人の対象者に対し複数の候補者がリストアップされるが、不公平感を生まない為に上限は5までと決められている。また、リスト登録以後は所謂早い者勝ちが採用されている。
③様々な要因により候補者の数は減少するが、原則として対象者に割り振られた候補者の数がゼロにならない限り新たな候補者の補充は行われない。対象者自身が候補者を任意で削除する事も可能、任意削除した人物が再び候補者に選択される事はない。
更に①について捕捉がある。対象者にリスト開示されるのは就労か成人が原則条件であるのだが、この年齢は全員一様に固定ではなく保護者次第という一面を持つ。基本的に教育熱心な富裕層や極一部の有識者は早ければ早い程に良いと考える……要は教育段階から配偶者の顔合わせを望む傾向があるからだ。
候補者は出身や専攻に遺伝子情報と言った様々な要因を元にシステム的に決定しているのだが、最も懸念すべきは性格だ。幼少時の性格形勢にも遺伝的な要素が影響するにはするのだが、こればかりは後天的な要素が大きく、早期に配偶者を決める際の不確定要素となる。
ならば互いの利点欠点を早くから見せておく事でよりスムーズな共同生活をおくれるようにと考えるのだが、対象者に早期から相手を知らせるには就労と言う条件を満たさなければならない。そこで富裕層は就学と並行し自分達が経営する会社に対象者を入社させると言う強引な手段を考え付き、実行に移した。
いずれ会社を受け継ぐのだから早期に覚えさせるという尤もらしい名目を掲げた不公平な対応だが、ルールの範囲内ならば神も教育機関側も反対する理由は無く(というか出生率低下に伴い反対する余裕が消えた)、寧ろそういった動きを後押しさえしている。
こうなれば最早本人同士の話では無く親同士の利益が絡んだ政略結婚、言い換えるならば自由を与えたのに不自由極まりない配偶者選択を強いられるのが一般層と乖離した富裕層の見合いの特徴でもある。そうした事実から鑑みれば、このヤハタという男の言葉に偽りが無いと考えられる。
②についての捕捉。候補者がリストから消失する条件は幾つもある。最たる条件はリストに記載された候補者が他の対象者と配偶者関係となった場合、次いで死亡した場合、犯罪を犯した場合、そして最後にスサノヲに編入された場合。
死亡は説明するに及ばず、犯罪を犯した場合も無用なトラブルを避ける為に取られる措置であるが、候補者が望まなくても相手が候補から削除する場合が大半。最も犯罪者側に余程汲み取るべき事情があればこの限りではないのだが、それでも大抵は犯歴=リストからの削除は常識となっている。そして最も重要で特異な条件がスサノヲに編入された場合。
危険で重要度の高い仕事を請け負うスサノヲは存在そのもののが極めて重要。つまり最強たるスサノヲに配偶者という弱点がある事は当人達にとっても良くないという判断だ。人質に取られたり、あるいは家族か任務かという非情な決断を迫られる可能性を考慮したアマテラスオオカミの勅令を受け、スサノヲへと編入される全ての人間は強制的に配偶者候補から外され、また家族関係を含む情報一切も抹消された上で専用の生体認証を与えらえる。
それは退役するまで継続し、退役で持って漸く人並みの権利を取り戻せる。余談となるが、極めて優秀と判断されたスサノヲは条件①をある程度無視する事が許される。それは現役時は配偶者を選ぶ自由がない代償と、極めて危険な任務へと当たった報奨という2つの面を持った処置。
因みに"元スサノヲ"という肩書は人気が高く、相応の年齢差であっても配偶者が決まるケースが高いというデータがある。退役後の待遇も良ければ現役時の給与面も破格である為に苦労をする可能性が低い、退役に際し能力制限措置が施されるが、それでも並み以上の極めて高い身体能力を持っている故に危険にあっても生き残れるなどがその理由だ。
一方で逆風もある。この優遇措置を口さがない一部の人間が差別のやり玉として挙げることもあるし、能力制限が施されたとはいえ人外の力を行使出来る事実に変わりはなく、要は恐怖の対象と見做される場合もある。神が退役後の平穏を願っての措置だが、現状はそれが約束されるとは限らない世知辛い現状が存在するのだ。
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