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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

20話 終わりの始まり 其の4  連合標準時刻:木の節 57日目

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 ヤハタを見るルミナの視線は相変わらず険しい。その目には明確な不信と疑惑が渦巻いている。ヤハタが相当早い段階から配偶者リストを見ており、そしてその中にルミナが記載されていたとしても、その時点では有象無象の一人にすぎない。

 だがそれ以上の問題として、アマテラスオオカミの勅令により早期にスサノヲへと編入された彼女がリストに記載されていた期間は相当に短かった筈だ。そうした事情がこの男とルミナの間にある奇縁に疑問符を持たせる。

 私の予想でしかないが、寧ろヤハタ側から見ればスサノヲに選ばれたルミナは真っ先に排除されるべき相手だ。確かに相応以上に自頭は良く、だからこそ地球という未開の惑星を逃げ延びる事が出来たのも事実だが、果たしてその事実だけでこの男は配偶者に迎え入れるだろうか?男の両親も納得するだろうか?しかも彼女の過去から予想される専攻分野は兵器開発関係、ソレに加えスサノヲとして身に着けた戦闘技能が今の彼女の知識の大半を占めている。

 それに確率から考えてもこの男がルミナを覚えていたと言うのは少々無理筋。とするならば、英雄という絶大なネームバリューと抜きんでた容姿しか評価していないのではないだろうか?或いは本当に、顔に見合わず運命の相手……"ツガイ"という言葉を口走った通り、ロマンチズム的な感情に陶酔するタイプなのだろうか?それとも若さ故に無謀な事もするという噂は真実なのか?

 過去には自発的に艦を離れザルヴァートルに教えを乞いに向かった経験もあるそうで、そう考えればかなり強引な形で艦橋にまでやって来たのも納得のいく話だが、しかしどの推論も決定打に欠ける。

「疑うならば調べてもらっても構いませんが、キクリヒメが選んだ配偶者リストの中に貴女がいたのは疑いようのない事実ですよ。運命。そう呼ぶには陳腐とお思いでしょうが、僕はそう思いません。しかし立場をわきまえず貴女を配偶者に迎え入れよう、その心を射止めようと考える者は実に多い。ですので早急に行動に移したという訳です」
 
「そうですか、その話はいったん置いておきましょう。次の質問に答えて頂けますか?」

 怪しいが証拠が無い。ルミナの視線はそう物語っており、故にそんな疑念を感じ取ったヤハタは疑惑を払しょくするかのように流暢な説明を行ったが、彼女は全くブレない。私が再びルミナを見れば、彼女はヤハタの熱の籠った視線に全く揺り動かされる様子は無く、一貫して冷徹な視線を向けている。その態度を見れば男の言葉や容姿に絆される様子など微塵も感じられない。

 何処までも冷静冷徹に相手を観察するその視線を見たヤハタは仕方ないと観念したのか、それとも強情な性格に呆れたのか、大きな溜息を1つ漏らすと有象無象ならば簡単に篭絡できるであろう柔和な笑みを浮かべながら話を続ける。

「分かりました。確かに僕は旗艦内の文化を見直そうという運動の旗頭ではありますが、しかし祭り上げられたと言うのが正しい表現です。最初は若者向けの世辞……リップサービスのつもりだったんですよ。ところが僕の思う以上に不満が堆積していて引くに引けなくなった、そしてそこに貴女が現れた」
 
「神魔戦役ですか?」
 
「はい。貴女もご存知の通り、あの戦いによりとりわけ恋愛に関する文化に大きな変化が訪れました。同盟惑星の大半は自由恋愛を良しとしていて、そう言ったテーマが織り込まれた娯楽も連合への加入と共に増加しました。しかし、そんな有象無象よりも同胞である貴女が地球の男性と手を取り合い奇跡を起こしたという事実が若者達の心に強く焼き付いたようです。僕は何時の間にか運動の旗頭に祭り上げられていた事は先程お話しましたが、熱量を見誤ったばかりにその役回りを全うせざるを得なくなったと言うのが真相です」
 
「成程、つまりあなた自身は改革に消極的であり、旧態依然とした見合いで相手を選ぶ事に疑問を持っていない。そして私がどの程度持っているか分からない影響力が欲しいという事で……」
 
「それは違います!!」

 ヤハタが突然叫んだ。艦長は突然の行動が予想外だった様子で僅かに驚き、次に目をしかめた。睨み付ける様なその目はあきらかな不快感に満ちており、ヤハタはその視線に慌てて襟を正すと弁明を始めた。

「失礼……私は少なくともそんな下賤な考えは持ち合わせていません。本気です、それだけはご理解頂きたい」
 
「そうですか、しかし現状の答えは却下です。申し訳ありませんが以後同様の話題にお答えするつもりはありません」
 
「彼ですか?」
 
「違います」

 ルミナは半ば呆れた様に溜息をついた。彼女がこうやって男をあしらう度、男達は口を揃えてこう尋ねるのだからいい加減にして欲しいのだろう。

「ならば彼女……オオゲツですか?」
 
「えぇ、そうです」
 
「成程、素性のしれない女性があのオオゲツ氏に成りすましていた件。なるほど、つまり僕が彼女の手先である可能性を危惧していると」
 
「その女を知っているのですか?」

 初めてだ。ヤハタの言葉にルミナの心がほんの僅かだけ動いた。オオゲツという女……アラハバキを先導する形で先の戦いを引き起こし、終戦間際に1人だけ逃げおおせた女の名前を聞いたルミナは初めて面と向かって会話する男に意識を向けた。

「いえ、元になった女性の方ですがよ。密な交流はありませんでしたが、それなりの規模のパーティで何度かお話をさせて頂いた事はあります。実に聡明で、同時に芯の強い方でした。2年前に彼女が旗艦を訪れたと知り一度ご挨拶に伺ったのですが、恥ずかしながら正体を見抜けませんでしたよ」
 
「気にすることは有りません、相手は神すら出し抜く相手です」
 
「そう言ってもらえるとこちらも気が楽になります」

 ヤハタはそこまで言うと静かに席を立ち……

「今日はここまでとしておきましょう。短い時間でしたがとても有意義で楽しい時間でした。それでは続きはまた何時か」

 釣られる形で立ち上がったルミナを見つめながらにこやかにほほ笑み、そして踵を返した。が、そこには明らかに相手を威圧せんばかりに睨みつける2人の男が立っている。

「オホンッ!!艦長は忙しいのだ。お前と話す時間など断じて無いッ」
 
「それに1度きりの約束だと道すがら説明した筈だ。男なら黙って引き下がる事も覚えるべきではなイか?」

 1人はイヅナ、もう1人はタケル。両者はごく自然に再び艦長と会う約束を取り付けようとするヤハタを粗暴に柔和にけん制する。

「承知しているよ。しかしそれを決めるのは君達ではない。彼女が自らの意志で決めることだ。では、失礼します」

 しかし男はスサノヲの威圧などどこ吹く風とばかり、優雅にその場を去った。一方のルミナ達は扉の向こうに消えゆく背中をただジッと追い続ける。不審。ヤハタという男の言動を見た誰の目にもその感情が強く滲み出ている。
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