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第3章 邂逅

45話 夕日の沈まぬ世界で 其の1 ~ カガセオ連合下第12惑星ファイヤーウッド

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  ――ファイヤーウッドの監視記録。記録者、監視者N-10。時刻、連合標準時刻:火の節 82日目の午後

 男が一人立っている。小高い丘の上に立つ男は"この場所が好きだ"というそれだけを理由にこの何も無い荒涼とした丘の上から風に吹かれながら街を見下ろすようになった。初めにそうしたのは何時だろうか、ソレから何年が過ぎたのか。

「今日も大した成果が出なかったか、クソがッ!!」

 映像からそう愚痴る声が聞こえた。それなりの数の部下を抱える男は、当初こそ部下を前にしても気兼ねなく愚痴を吐いていたものだった。しかし今はそうしていない、出来ないのだ。立場の変化や男が作り上げた組織の拡大に伴い言い辛くなった愚痴を吐き出す為、男は時折1人孤独にこの場所で過ごすようになった。
 
 男が寂しく愚痴を言わねばならない理由は至極単純で、ここ最近の情勢悪化が原因だった。ソレは道ならぬ仕事を生業とする男の元にも容赦なく押し寄せ、結果としてこんな辺鄙な場所に来ては1人寂しく過ごすのだ。

 男は腰に下げたホルスターから愛銃を取り出し、そして黒色に輝くソレをまるで愛おしい女性を見るかの様にまじまじと眺めた。真っ黒な銃と帽子をかぶった男が真っ赤な恒星に照らされるその姿は、それまで辿って来た激動の人生が刻んだ精悍な顔つきと相まってちょっとした映画のワンシーンの様に見えたが……だがそのシーンは直ぐに切り替わった。

 まるで夕日に吸い込まれる様な強い風が男の元を吹き抜けていった。

 男は銃を手早くしまうと帽子を手で押さえながら、同時に吹きつける風を運ぶ西側を睨みつけた。まるで獰猛な獣だ。夕陽目掛けて吹き抜けていくこの風はこの星特有の環境によるもの。原因は地軸の傾きが一般的な惑星とは違う為であり、常に惑星の片側が恒星を向く形となる独特な公転軌道は恒星に対し常に向かい合う面は桁違いに暑く、その反対側は逆に日の光が届かない為に極めて温度が低いという極端な環境を形成する。故にこの星は極寒と灼熱という両極端な面の中間地点、生物の存在を拒絶する過酷な両端の間に生まれたグリーンベルトと呼ばれる場所にしか生存圏が無い。

 遥か昔、神々の間で戦いが起こった。鋼鉄の神と人の神、その戦いにおいて自らの故郷である"カラビ・ヤウ"を失った神々は散り散りに新天地を目指し、そしてその一柱がこの星へとやって来た。神の手により不毛の大地だったこの星に生命が生まれ育つ土壌が出来上ると、神はその最後に人の種子を蒔いた。

 そこから先の神話は幾つかに派生しているが、概ねどれも同じだ。人が理を外れた進化をした為に神が罰を下したというよく聞く話だ。炎帝えんてい漆黒しっこく女帝じょてい。人々を見守るが道を外れれば審判を下すとされる2つの巨大な力が人に裁きを与えた結果が今のこの星の有様という昔話は、子供ならば誰でも聞かされる御伽噺であり、同時に人に自然への驚異と畏怖、そしてけっして驕ってはならないと戒める為に先人が受け継ぎ後世へと伝えさせた話でもある。

 それは夕日を眺める男も同じであるが、しかし男は神学で教えられた昔話には全く興味を示さず、当初から今現在に至るまで"馬鹿じゃないのか"とか"宇宙船が飛び交う時代にそんな子供だましを教える意味があるのか"、等といった反感を持っていた。

 しかし当初はカビの生えた昔の話に興味を欠片も持たなかった男は、ある種族との出会いとそれなりに歳を取る事で経験した幾多の出来事を経てその考えを改めるに至った。

『歴史は俺達の土台。どれだけ不便であれ、先人が知恵を出し生き抜いてきたそれまでの流れが断ち切れる。人が作り上げた歴史と言う土台は人の精神を無意識に支えているのだがそれを失うのは誇りを失うのと同じ。だから……誰もが必死でカビの生えた神学に縋るんだな』

 男は過去にそう呟いた。そしてそれは今でも間違っていないと考える。ある種族、それはカガセオ連合の中心であるアマツミカボシだ。特定の惑星を持たず、旗艦アマテラスと言う超巨大艦と共に宇宙を流離さすらう種族の有り様を見た男はそう口ずさまずにはいられなかった。
 
 歴史を持たない種族、そして桁違いに高性能な神による加護はその種族の精神を極限まで弱めた。何処かの誰かさんはその有様を"連合で最も規律ある美しい世界"などとうそぶいたが、しかし私を含めた仲間の誰もがその言葉を嘲笑した。最も表立って言えやしなかったのだが。
 
 男は自らの土台となるこの世界を未だ呆然と眺めている。女帝の吐息と呼ばれる寒冷地帯から吹き付ける一際強い風に吹かれながら、沈まない夕日を眺めながら何を考えているのか。だがその思考が鈍らせる何かが男の視界を横切った。列車だ。また同時、真っ赤な恒星が見せる幻想的な景色を切り割く汽笛が鳴り響いた。

「チッ」

 けたたましい音を上げて走る列車を忌々しく見つめながら、男は呆然とした表情を一変させた。明らかに不快感と苛立ちを隠せないその険しい表情は、思いだしたくも無いし関わりたくも無いといった嫌悪感に似た感情と、だが嫌でも意識しなければならないし関わらないなんてもっと出来ない事を知っているが故の怒りに満ちている。

 あの列車はこの星を実質的に動かす大企業、ノースト鉄道所有の最高峰超豪華観光列車であり、この星で最大の外貨獲得手段でもある。北部の経済特区から発車してこの星をぐるりと縦断する様に一周する。途中で数度の下車を挟まざるを得ないが、それ以外は常に快適な列車の旅を提供する最上級の観光列車であり、主な顧客は連合の富豪達。

 この星で人が生きる事を許されるグリーンベルトの大半は恒星との位置関係により常に夕日となるからであり、観光列車はその景色を目当てとするごく一部の為だけに無遠慮な咆哮を鳴らす。

 真っ赤な夕日、真っ赤な世界。何もかもが赤く染まった世界。それはこの星に住む者ならば親の顔以上に見慣れたウンザリする景色なのだが、他星系からしてみればとても"ロマンチック"あるいは"幻想的"と好評だった。誰もがバカバカしいと思いつつも、しかしそんなロマンチズムがこの星の経済に貢献しているのだから価値感という物はとても奇妙で不思議なモノだと訝しがった。何せあそこに乗ってる連中ならば、態々不便な列車なんて代物に乗らずとも個人所有の小型艦などで目的地まで直ぐに到着できるからだ。事実、観光列車の宿泊費用諸々の合計を見れば誰もが閉口する位の数字が並ぶのだ。

 男はそんな金持ち御用達の列車を忌々しそうに眺め続けている。不快感を催すならば視界から外せばよいのだが、そう出来ないのは男の生い立ちにも関係がある。だがやがて男は視界を列車の反対側、小高い丘の滑らかな下り坂に目をやった。ソコには男の部下が急いで坂を上る光景が見えた。

「アックスの兄貴ぃ!!」

「落ち着けよ、何があった?」
 
「ゼェゼェ……そ、それがですね……」

 男の傍にやって来た部下はゼーハーと呼吸を荒げながら何かひそひそと耳打ちを行うと、その内容に男の顔色が露骨なまでに変わった。それまで漠然とした不満と苛立ちに取って替わる様に不敵な笑みを浮かべた男は部下と共に何処かへと消えていった。
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