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第3章 邂逅

48話 夕日の沈まぬ世界で 其の4

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 ――南部首都サウスウエスト=ウッド郊外

「不思議な場所だ、空を見上げても大凡の時間が分からない」

 青年は不意に空を見上げながらそう呟いた。店を出た一行は暫く道沿いを歩いていた。明確な目的地は無く、誰も自らの向かう先に何があるか知らない。しかし、さりとて行動しなければ現状は打開できない。そうやって当て所なく歩き回った一行は、やがて大きな橋の傍までやって来た。彼等の目に映るのは故郷とは全く違う異邦の景色、夕日が沈まぬ世界。そして沈まぬ夕日を反射して輝く黄金色の川。

 相も変わらず赤く染まる空模様から時間の経過が分からないのはさぞ不便だろうが、それがこの星の現状なのだ。従って鐘の音が時を正確に告げる。遠方の教会が鳴らす鐘が規則正しく6回鳴り響く音を聞けば、この星の誰もが18時であると瞬時に理解する。

「現地時刻で丁度18時ですね。あれから1時間、残念ですが大きな成果はありませんでした」

 青年の足元を転がる機械がそう呟きながら空中に現在の時刻を表示させると、刻一刻と進む数字を見た青年は大きなため息を洩らすと"人がいない筈だ"と呟いた。彼の言葉通り、今、大きな石造りの橋の傍には2人と1機以外の人影は見えない。

 誰かに会えば何か情報を得られただろうが、この時刻でソレは期待できず、碌な成果が無かった現状と合わせれば野宿が確定するのだから気が重くなろうというものだ。いや、この青年が気を掛けているのは野宿をしなければならないと言う問題よりも、後ろの少女にソレを強いてしまう事だろう。

「あの……とても、とてもいい人でしたね」

 隣を歩く少女が不意にそう声を掛けた。青年が驚いて少女を見つめれば、見知らぬ土地に放り出されたというのに、少女はそれでも健気に微笑んでいた。

「あぁ、金にならないのに色々と教えてくれたし。あの人にもちゃんと恩返ししなきゃあな」
 
「そう、そうですね」
 
「あぁ、いいよ。俺が代わりにやっておくよ。ともかくこの後の事だな。あの人の話ではこの辺りを根城にするガラの悪い連中は基本的に金目的でしか動かないゴロツキが大半らしいな」
 
「そうですね。そしてその中に1人だけ、分別の付く組織がある」
 
「あぁ、だけど上手い事ソイツを探し出せるかどうか……あの人も何処にいるのか分からないし探し回るのは危険だって教えてくたけど、逆側に行ってみようか。もしかしたら見つかるかも知れない」

 何の根拠もないが、しかし青年はそう提案した。迷うよりも行動、ソレが彼の信条なのだろう。彼の目は無謀や行き当たりばったりといった否定的な要素は見られず、ただ純粋に少女を救いたいという一心、真っ直ぐな心情を反映するかの様に輝いていた。

「そうですね。迷うよりも行動しましょうか。とはいえ、路銀が無いという状態はやはり問題ですよね。その人、見つかれば良いのですけど」
 
「申し訳ありません。電子マネーならば十二分にあるのですが、どうやらこの星は一部の思惑により思うほど文化流入が進んでいないようです。この星で電子マネーが使用できるのは現状では特区か、さもなくば"黄金郷"なる観光列車の中だけのようです」

「それに働き口を探したけど何処も人手は足りてるって突っぱねられるし、見つからなければ今夜は野宿か」
 
 青年はそう呟くと隣を歩く少女を見つめた。自分1人ならば問題無い、だが隣の少女はとてもそんな野性的な真似は出来そうにない。身形を見ればどこぞのお嬢様と形容するのが相応しいし、健気に振る舞ってはいるが歩き通した疲労が歩き方に現れている。

 が、その一方でその少女はと言うと何か周囲をぐるりと見まわしている。それは今日の食事どころか寝る場所すら危ういと言う状況の中にありながらとても興奮しており……疲れよりももっと重要な何か、あるいは単純にこの状況を楽しんでさえいると言った雰囲気さえ感じさせる。

 少女はおもむろにしゃがみ込んだ。青年を気遣う優しさを見せたかと思えば歳相応な無邪気さを見せたかと思えば、足元に転がる紙切れを拾い上げ興味深そうに見入った。それはこの星の情報収集手段として使用される紙媒体、新聞だ。

 連合において紙媒体の新聞を刊行する星系は多くは無い。例えばアヴァロン等の魔導、魔術が生活基盤を支えるまでに浸透した文明においては、旗艦アマテラスやザルヴァートルが提供する科学技術を忌避する傾向が極めて高い。両者と共存する様に発展する場合もあるが稀なケースであり、現状では惑星はフタゴミカボシのみだ。

 連合に加入した惑星であっても基本的にその星独自の在り方を尊重する方針により、連合内においても文化文明に大きな差が生じているのは神が主導した結果であるのだが、この星は参入したばかりという事情もあり他星系と比較しても特にそれが顕著なのだ。ともすればつい最近連合に準加盟した地球と言う惑星よりも文明が進んでいないこの星の有り様は、少女から見ればさぞ珍しかったのだろう。少なくともそんな風に見えた。

「何か興味深い情報を見つけましたか?」
 
「え!!いえ……御免なさい。そう言う訳では……」
 
「そうですか。いえ、失礼をお許しください。早合点をしてしまったようですね。それよりも……」
 
「それよりも?」
 
「隠れてないで出て来い!!」

 少女が不思議そうに首を傾げると同時、青年が暗闇に向けて声を荒げた。やや怒気をはらんだ声は橋を通り過ぎ、その奥に見える看板やら木造の粗末な建物の奥にまで木霊する。

 が、反応は無い。時刻は夕暮れ時、就業時間が終わった労働者の大半は駅近くに居並ぶ料理屋で腹を満たしているからだ。この時間帯は誰も彼もが人の多い場所に誘われる様に出向いており、家に帰るのはもう少し遅い時間帯となる。よって青年が声を荒げようが人が殆どいないのだから真面な反応は返ってこないし、数少ない人間もゴロツキ同士の揉め事と判断してやはり反応を返さない。

 だが青年とその足元に転がる機械はそれでも尚、橋の向こうを睨み続ける。只一人、状況を飲み込めない少女がオロオロと青年を見上げると、彼は少女に逃げるよう促し、また自身もジリジリと橋から距離を取る。現状で無用なトラブルに首を突っ込む理由は何処にもないから当然の判断だ。

 一方、賢明で利口な判断を取る2人と1機の行動を牽制するかの如く橋の向こうに動きが見られた。青年が鋭い目つきで睨む先、橋を渡った直後の十字路に建つ木造の建物の奥側、一向の死角となる路地裏から一人の男がゆっくりとしたペースで夕焼けの下に姿を現した。見た目は30歳位、見た目だけならばまだまだ若輩者の雰囲気だがその面構えには程ほど以上の苦労を背負っており、その証である皺と幾つかの傷が刻まれている。

「へぇ……よく分かったモンだ、平々凡々な見た目通り頼りないって訳じゃなさそうだな」

 そう叫んだ男の声に反応するように暗闇から数人の男達がゾロゾロと姿を見せた。光に照らされた男達の姿は誰もが粗暴の悪さを窺わせる身形をしている。ジーンズも上着も埃で汚れ、所々に破れや穴が幾つも空いており、トレードマークなのか全員が揃いの帽子を被っている。高いクラウンと幅広でツバの左右が大きく上方向にめくれ上がった革製のソレを目深に被った最前列の男は、石造りの橋を堂々と歩きながらスーツ姿の青年に歩み寄ると……おもむろに帽子を外し素顔を晒した。

 顔を見せ目を合わせる事で僅かでも信頼を得ようと言う試みだ、そうしなければスーツの青年は自分達に飛びかかったであろう雰囲気を察した結果だ。

「悪いが後を付けさせてもらった。あぁ、悪かったと思ってるよ。何せこんな場所には珍しい身綺麗な服、てっきり観光客か何かかと思ってね。そしてどうもお困りのようだ、そうだろ?」

「さぁどうかな?」

 今度は青年が飄々とした態度を見せた。隙を晒せば喰われる。青年もまた帽子の男が発する並々ならぬ雰囲気を警戒している。ビュウと、両者の間に強い風が吹き抜けた。

「とぼけなさんな」

 暫し睨み合う両者だったが、先に動いたのは帽子の男の方だった。

「観光に来る客は皆知ってるぜ?駅から離れた郊外は治安が良くないから近寄るなってな。だけどアンタ達は躊躇いなくその場所に足を踏み入れた」
 
「この程度の修羅場には慣れている」

 その言葉を聞いた帽子の男は鋭い目つきで青年を睨んだ。この男も青年と同じかそれ以上に修羅場を潜っているからであり、その中で培われた直感が男の言葉を真実だと判断したようだ。男はニヤリと笑みを浮かべると"そりゃあ頼もしいこった"と皮肉めいた言葉を浴びせた。

「だが、だ。後ろのお嬢さんはどうかな?見たところアンタ達は何らかの理由で……そうだな、例えばゆっくり観光している内に列車に乗り遅れちまった。そして身分を証明する物も金も持っていない……盗られたか列車に置いてきたかは分からんが。そうなりゃ次の列車に乗る事も出来ねぇ。で、当面の食い扶持と宿を探す為にこんな危険な場所にまで足を踏み入れた、そんなトコだろ?」
 
「そうです」

 が、慎重に事を進めていた男は足元から不意に聞こえた言葉に驚き戸惑った。

「うわッ、おいホントに喋ったよ。コレもアレか、連合の発明か?全く妙なモンを意味も無く作るよなぁ」

「妙とは失敬ですね。これでも家事程度なら造作も無くこなせますよ」

「へいへい、そりゃ凄いですね。でもこの状況はどうにも出来ないだろ?」

 少々ペースを崩されたようだが、帽子の男は不敵な態度を崩さない。理解しているからだ。文明の差など今この状況では何の意味も成さない事、そして何より如何に語気を強めようが青年は弱点である後ろの少女の為に最後は折れてこちらの要求を呑むと、そう理解している。

「つまり貴方達は我々に寝食を提供できると言いたいのですね?」

「勿論。だがちょいと長話になるぜ?それにこれ以上ココに止まるのも不味い、この辺りはちょいと乱暴な連中が縄張りににしてるんだ。ってぇ訳で俺達のアジトに案内したい。いいか?」

「分かりました」

 突如現れた男達の提案に小さな機械は即答するが、スーツの青年はその提案に乗り気でない様子だ。が、それも僅かの時間。現状は野宿か胡散臭い提案に乗るかの2つしか選択肢はなく、何方にも相応の危険性がある。

「良いのか?」

「選択肢はありません、ココから特区まで向かうとなれば相当な距離を歩かねばなりません。アナタだけならばそう難しい話ではないのですが……」

「ヨシ決まりだな。大丈夫だよ、殺して喰うなんて獣みたいな野蛮な真似しねぇよ。さ、行こうぜ?」

 最前列で交渉役を務めた男は未だ納得し兼ねるといった雰囲気を露骨に見せる青年に並ぶと肩に手を置き、次に背中を軽く叩いた。その顔は交渉を始めた時と同じく屈託ない笑顔を浮かべているが、しかし次の瞬間には隣に気取られない様に少しだけ険しい顔色へと表情を変えた。
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