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第3章 邂逅

56話 黄金郷 其の2

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――連合標準時刻:火の節 83日目 夜

 他星系からこの星に初めて観光に訪れた客が必ず驚き感嘆の声を上げる光景が窓の外に広がっている。連合標準時刻ではとっくに夜となっている時間帯にも関わらず外は何事も無く夕陽が輝き続けるという光景だ。

 赤い空を鳥の群れと灰色の雲が横切り、地平線近くに変わらず存在する恒星の姿を僅かに隠す。眼下に広がる海もまた夕陽に染められ赤く染まる、とても幻想的と絶賛される風景は、列車の進行に伴い街並や山岳地帯や海など目まぐるしく変えるものの、基本的に見渡す限り真っ赤な背景はどれだけ時刻を経ても変わる事は無い。

 カラーン……そんな風景を切り裂く鐘の音が9回鳴り響いた。

 この星の空は常に夕焼けであり朝も無ければ夜も無い。鐘の音を使う前はざっくばらんに星の動きで時間の流れを把握していたのだが、一次産業の発展と共に正確な時間で労働者を管理する必要が生じた為に星の動きを元にした大まかな時刻と定刻を告げる鐘の音が作り出され、時を経て連合への加入に伴い連合標準時刻が導入された事で現在へと至る。

 歴史の変遷と共に時間の観測方法が変われども、あの鐘の音はこの星が今の環境になってからずっと変わらず鳴り響く、この星の生活と密接に関わる音色なのだ。それは他星系とは違い空を見上げても時間の流れを感じる事が出来ない環境故だ。直感的に時刻の推移を知る手段が無く、また日時計も機能しないファイヤーウッドには時刻を告げる何かが必要だった。それが鐘の音であり、この列車内においてもそれは変わる事無く、こうして連合標準時刻の0時を基準に3時間刻みで時刻を告げる。(市井に降りれば鐘の鳴るタイミングが違ってくるのだが、この列車に搭乗する客は基本的に他星系の人間しかいないので連合標準時刻の時間を告げる。)

 "もうそろそろ寝る時間か"、誰ともなく呟いた一言に部屋の空気が緩やかに変化した。特にそれまで食い入るように窓の外を眺めていたフォルと名乗った少女の変化は顕著で、我慢しているものの眠たそうな雰囲気を隠そうともしなくなった。まだ年若い少女であり、それ以上に昨晩はまともに眠れなかったであろうから致し方のない話だ。

「じゃあそろそろ寝ようかね。目的地まではまだ丸一日以上掛かるとは言え、眠れる時に眠っておくもんだ」

 少女の変化を察したアックスは読んでいた新聞から目を離すと部屋の後片付けを始め……

「ツクヨミ、フォルと寝室までついていってあげてくれ」

 伊佐凪竜一は膝の上を占拠するツクヨミに指示を出し……

「あ、ありがとうございます。では参りましょうか」

 少女は2人の男の好意を素直に受け取り立ち上がった。が、ツクヨミだけは何らの反応も返さなかった。伊佐凪竜一の膝の上から微動だにせず、ただ何かを調べているかの如く周囲に何枚ものディスプレイヲ浮かべている。フォルはその様子を見て"壊れたとか?"と、素っ頓狂な推測をすると未だ彼の膝から動かないツクヨミをツンツンと小突いた。

 何とも緩やかな空気だが、しかし男2人は違う。いや、漸く気づいたと言った方が正しい。伊佐凪竜一は胸元からプレートを取り出し、アックスは腰のホルスターに手を掛けた。その光景を見たフォルが何かを察したその瞬間……ドーン、という巨大な音が何処か遠くから聞こえ、そしてほんの僅かに遅れる形で彼等の客室を振動が襲った。

「「敵かッ!!」」

「だけど一体誰が……」

「出鱈目です、この星の数少ない外貨獲得手段である観光列車を狙うなど正気とは思えません。事が大きくなるだけですよ」

 ツクヨミはそう呟きながら、既に開いていた幾つものディスプレイを空中に拡大表示させた。ソコには"黄金郷"の全車両の最後尾に何か巨大なエネルギー反応を確認した様子が映し出されている。

「クソッ、だが何でココだと分かった!!」

「それは考えても仕方が無いです。衝撃は合計13両存在する一等客室の最後尾付近と判明。熱源の降下を確認、数は10」

「10人か、それ位なら俺が片づけてきてやるよ」

 しかも既に複数の人影が強引に侵入した痕跡も確認された。アックスは表示された熱源反応の数を見るや護衛然とした発言と共に銃を引き抜き撃鉄を起こした。

「駄目です」

 が、臨戦態勢を取るアックスの足元へと転がって来たツクヨミは淡々とした一言でその行動を制止した。

「アンだよ?もしかして俺の事心配してるのか?」
 
「断じて違います」
 
「はっきり言うなよ、ツクヨミちゃん」
 
「恐らく貴方の攻撃は通りません。防壁の展開を確認しました」

 その言葉を聞きフォルと伊佐凪竜一は絶句した。一方のアックスは怪訝そうな表情を浮かべていたが、やがて1つの事実に気付いた。

「ボウヘキ?ボウヘキ……オイ、まさか!!」
 
「敵は連合……旗艦アマテラスから来た誰か、らしい」

 伊佐凪竜一の答えにアックスは"マジかよ"と呟き、フォルは言葉を発する事が出来ないのか悲し気な表情を浮かべている。

「ナギ、それは憶測にすぎません。旗艦アマテラスが独占した防壁に関する技術は既に流出したと考えて良いでしょう。なにせ神の不在が長期間続いたのですから。何処の組織も圧倒的な防御性能を持つ"ヤサカニノマガタマ"の入手を企てても不思議ではありません」
 
「楽園崩壊か、ソイツも話題になったな。最も当人達には悪いがコッチじゃ娯楽の種だったけどな」
 
「情報の整理は後にしましょう。フォルは私と隠れて下さい、私の展開する防壁なら熱源反応も生体反応も遮断できます。ナギはその間に敵を撃退して下さい。幸い列車は徐行していますが停止まではしていませんし、敵を列車に送り込んだと思われる正体不明の機体は既にこの空域を離脱しているようですから車外に放り出せばそれで事足ります」

「あぁ、行ってくる」

「あ、オイッ待てよ。俺も付いて行くぞ!!」

 ツクヨミの指示に伊佐凪竜一は躊躇く事無く正体不明の敵へと向かい、そしてその後ろを頭数に入れられなかったアックスが果敢に追いかける。自らの力が通らないと知りながらそれでも戦いへと赴くその後ろ姿を私は頼もしく思ったが、一方で心中には漠然とした不安が膨れ上がっている。

 "一体何が起ころうとしているのだ"、最後尾へと目指す2人を映像越しに見つめる私は気付けばそんな事を呟いていた。半年前、地球と連合最強たるスサノヲを擁する旗艦アマテラスとの間で勃発した戦い以後、確実に何かが変わり始めている。

 楽園崩壊。楽園と評された旗艦アマテラスの凋落もそうだし、ソレまで盤石であった二柱の神の片方が落ち、もう片方だけで維持している連合現体制もそうだ。目に見える場所でさえ劇的に変わったのだ、目に見えない場所も大きく変わっているだろう。いや、あるいはもう……

 今しがた起きた黄金郷の襲撃という有り得ない事件は連合崩壊の序曲ではないだろうか。地球と言う銀河の端で起きた戦いの火の粉は連合の各地に落着し、人知れず燻り、何時か世界を燃やす業火となる日を待っている……私にはそんな気がしてならなかった。
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