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第3章 邂逅

82話 過去 ~ 地球篇 其の12

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 関宗太郎邸での戦闘は、標的としていた伊佐凪竜一の消失によりカーティスと山県大地が驚くほどアッサリ撤退した事で終わりを告げた。E-12から送られてきた映像データを確認すれば、戦場となった閑静な街は見るも無残に破壊され、かつての面影を全く残さない有様へと変貌していた。
 
「あーもう!!またしても不覚を取るなんてッ!!」

 苛烈な戦闘により辛うじて原形を留める程度にまで破壊された関宗太郎邸にクシナダの叫び声が木霊した。10人以上の兵士と互角以上に戦っていた彼女だが、恐らくはもっと早くに片づけて彼に同行する算段だったのだろう。台詞にはソレが叶わなかった無念さが滲み出ている。

「申し訳ありません。俺達の力が足らないばかりに」

「あ、別に怒ってる訳じゃないよ。だーけどまいったなぁ、直接連絡とろうとココの場所教えて貰って自力で向かうまでは良い案だと思ったんだけどなぁ」

 自力。息を切らしながらココに来た経緯を語るクシナダから飛び出した思わぬ一言に全員が驚き固まり……

「え……お嬢さんつかぬことを窺うが、一体どうやって此処まで?地球の知識は頭に入ってるってぇ話だが"自力"ってぇどういう意味だい?」

「はい、走ってきました」

「「「は?」」」

 仲良く素っ頓狂な声を上げた。私も大いに呆れた。時空を超えた瞬間移動を実現する超高度な文化文明を享受する彼女が、まさか目的地まで走って来るなど普通は考えない。

 ちなみに旧清雅市からこの場所までの距離は直線で約260キロ。まさかそんな長距離を自力で走破する力技に出るとは思いもしなかったが、一方でその柔軟な思考と実際にやってのけた実力に私は関心した。しかし、スサノヲの地力を知らない地球人には全く理解し難いようで、皆一様に唖然呆然と小柄な女性を見つめる。

「いや、だから走って。っていっても途中で物資運搬用の車の上でこっそり休ませて貰ったりしたけどね。あ、コレ犯罪かな?」

「まぁ列車じゃなけりゃあ、多分。仮に何かあったとしても俺の名前を出しておけば良い。何なら後で口を利いておくよ。それよりも……」

「そうまでしてどうしてこの場所にいらしたのです?まさか、通信が出来ない件と関係あるのでしょうか?」

「そうよ。もしあの通信機能の不調が意図的ならばナギ君達の居る場所付近でのみ通信が使えなくなる可能性がある。それでも旗艦アマテラスからでも現在位置の把握はできるんだけど、万が一"位置も分からない"なんて事態になったらと考えて。だから地上からも行方を追うって事にしたの。でも、ナギ君が居るどころか襲撃されてるなんて予想出来なかったわ。ハァ、疲れてなきゃあパパっと片づけられたんだけどな」

 成程……いや寧ろその可能性を失念していた。どうしてスサノヲであるクシナダが僅か10数名程度の兵士相手に苦戦したかと言えば、単純に長距離を走った事で疲弊していたからだった。非常識なタフネスを差し引いたとしても、十全な状態の彼女ならば難なく制圧出来ていた筈だ。

「ってぇ事は相変わらず地球と通信が繋がらないのかい?」

「より正確にはこの周囲一帯でしょうね」

「その件ですが、一体何が原因なのか分かったのでしょうか?私達も何が何だかサッパリです」

「そうですね。先生の指示で俺達も分かる範囲で調査したんですが、原因が全く分かりませんでした」

 3名は心中の疑問をクシナダにぶつけると彼女の表情を窺う。が、彼女は即座にこう言い返した。"でも、みなさん心当たりありますよね"と。その言葉を聞いて全員が押し黙った。

「まさか、フォルと名乗った少女が原因だとでも?」

 しばしの沈黙の後、アレムが意を決した様に口を開いた。

「間違いなく」

「しかし、彼女のお世話をしていましたがとてもそんな力がある様には見えませんでしたし、少し自信なさげな態度が気にはなりましたが平和的で穏やかな性格でしたよ。そんな真似をするように見えません」

「そうでしょうね、でもあの方のお力ならばこの程度は造作も無く行えます。ただ、何を理由にしてかまでは分かりませんけど」

「"あのお方"って、あの少女は誰なんだい?」

「あの方はカガセオ連合の頂点、運命傅く幸運の姫。フォルトゥナ=デウス・マキナ様。搭乗する機体は且つて天才と呼ばれた男がデウス家の為に製造したとされる儀式機"大雷(オオイカヅチ)"。それが使用されるのは……姫とその伴侶で執り行う婚姻の儀のみです」

 連合の頂点、フォルトゥナ=デウス・マキナ。謎に包まれた少女の素性を聞いた全員が絶句し、その後の言葉に混乱する。

「あの少女が旗艦アマテラスを含むカガセオ連合の頂点?いや、でもちょっと待った。今なんて……婚姻の儀!?婚姻って、要は夫婦になる為のアレですよね?」

「えぇ」

「"えぇ"って、おい不味いだろ!!そんな大切な時期に姫様が男と2人で消えたなんて事が公になってみろ、ナギ坊主の立場が危ういどころじゃないぞ!!」

「はい、ですから何としてもアイツ等よりも先に見つけないと」

「そうですね、急いで行方を追わないと……ってアイツ等?クシナダさん達以外に誰が追ってるんです?」

 クシナダの口から語られた正体に3名は驚きを隠せない。当然だ。その人物は本来であればこんな場所をウロチョロしていい人物では無いし、ましてや戦禍も癒えず治安悪化を辿る地球などもっての外だ。

 事実、彼女は戦いに巻き込まれたのだ。が、幾ら治安が悪化しているからと言ってもこうもピンポイントに襲撃するなど出来るのだろうか。まだ何かある。そう感じるのは私だけではなく、映像の向こうの4人も強く感じ取っている。誰もが言葉を発せないままほぼ廃墟と化した関宗太郎邸を眺める。が……

『だーかーらーなーんで繋がらないんですかー!!』

 何とも間の抜けた声が虚空から聞こえると同時、全員の顔から緊張の色が一気に消えた。

「イクシィ、今丁度繋がったわよ。後あーんたねぇ、もうちょっとちゃんと喋りなさいって言ってるでしょ」

『アレ?あー、でもよかったぁ。ってそんな事をクシナダさんに言われたくないですよぉ。そうそう!!それよりも大変なんです、今すぐに戻ってください!!』

「何が有ったの?」

『主星から守護者が大挙して押し寄せてきたんです。それまでも結構な規模が物資提供の円滑化とか治安維持を理由にこっちに駐在してたじゃないですか?でもアイツ等、多分ほぼ全戦力って位の人数でいきなり押しかけて来たんですよ!!そんでその人達、そこかしこで我が物顔するわ調べ物と称して引っ掻き回すわもうコッチてんやわんやで』

「主星……間違いなく姫の件でしょうね」

 クシナダは眼前に浮かぶディスプレイからの報告に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。守護者。連合の頂点、フォルトゥナ=デウス・マキナを護衛する主星最強の戦闘部隊。スサノヲの対となり、常に彼等と均衡するだけの戦力と権限を保持する実力組織。それが守護者。

『そうそう。で、姫様はどうされたんです?守護者の皆さんその件でもピリピリしっ放しなんですよぉ』

「ルミナに伝えて。二人は見失った、だけどアケドリを開いたから本……」

『どうしたんです?』

 クシナダは中途半端なところで言葉を止めると何事かを考え始め……

「俺もお嬢さんの考えに賛成だ」

 語らずとも何かを察した関宗太郎が彼女の背中を押した。

「関さんが太鼓判押してくれるなら。とは言ってもほんの少しだけしか稼げないか。イクシィ、ルミナにこう伝えて。二人は見失った、アケドリを開いたから主星で開門時間を調査すれば行き先が分かる。だけど戦闘の最中に突然転移を行ったので正確な開門時間は不明、データは戦闘の最中にロスト。以上、よろしく」

 ディスプレイの向こうで怪訝そうな表情を浮かべるオペレーターにクシナダはそう依頼した。その明らかに嘘を聞いた私は色々と察した。彼女が偽るべき相手は当然ルミナではなく、その背後に立つ守護者。はっきりとは見えてこないが、どうやら旗艦アマテラスは想像以上にマズイ事態に陥っている可能性がある。彼女の一言はソレを物語っている、そんな気がする。

『承知しました。じゃあハイドリ開きますねー』

「イクシィさん、次いでといっちゃあなんだがルミナ君に一つ伝言を頼んでも良いかな?」

 今度は関宗太郎か。恐らく彼は私よりもはっきりと何かを感じ取っている筈だ。何せ渦中の旗艦アマテラスで働いているのだから。

『首相が、ですか?はい、どうぞぉ』

「頼まれたお土産……上等なメロンなんだけどよぉ、買いに行ったら虫に喰われてボロボロに食い荒らされたってンで売ってもらえなかったんだ。すまねぇな、虫かは分からんが楽しみにしてるところを申し訳ない。そんな感じで一つ頼む」

『は、はぁ……お土産ですか?分かりました、そう伝えときますね。あ、開門準備整いました。それではその場所に門を開きまーす』

 関宗太郎がオペレーターに伝言を頼み終えると、その直後まるで見計らったかの様なタイミングで灰色の円が現れた。広大な庭先の中央に現れたソレの淡い光が周囲を照らす。

「では私は一旦これで失礼します。ですが情報収集の為に入れ違いでヤタの鑑識とスサノヲの護衛が到着します。関さん、もし今すぐ戻るつもりがないならば暫定政府専用緊急避難路を使ってください。確かルミナから使用許可が下りていた筈ですよね?」

「あぁ、そう言えばテスト運用頼まれていたっけか。有難く使わせてもらうよ」

「コチラこそ、では」

 クシナダはそう言うと灰色の光の中に消えていった。灰色の光はそのまま暫くの間夜の庭を照らし続け、やがてクシナダの言葉通りに調査部隊が護衛を伴って出現した。

「うわぁ、またこれは派手にやられましたね」

「では、調査を宜しくお願いします。それとこんな有様です、調査名目ならば壊すなり好きな様にしてもらって構いません」

「ありがとうございます。それじゃあ始めるぞ。先ずは残存粒子の回収から……」

 調査部隊は速やかに周囲へ散り調査を始める。戦闘の中心地である関宗太郎邸の周囲は大勢の人物が調査に使用する機材とソレ等が生む光により照らし出される。そうして見る事で初めて悲惨な戦闘状況が浮かび上がった。

 それなりの規模の邸宅には大きな穴が幾つも空き、爆破により抉り取られ見る影もない。そんな悲惨な状況を持ち主とその秘書達は無言で見つめるが、やがてセオが思い立ったように口を開いた。

「先生……」

「結局起きちまうか……こうなると四の五の言ってられねぇな。お前達の本職、決別したいだろうが頼りにさせて貰うぞ」

「勿論です」

「且つての恩をやっと返す時が来ました」

 その言葉にセオとアレムは即断で返答を返した。例え無力だとしても、彼等は命を投げ捨てる覚悟で伊佐凪竜一を援護するだろう。やがて3人は調査部隊でごった返す邸宅からその向こうの闇の中へと消えていった。

 ※※※

 余談。ボロボロとなった関宗太郎の2階の客室の襖からハシマが見つかったそうだ。しかも……

「オマエ……オマエ本当に何処で何やってたんだよ!!」

 驚くべきことに彼は生きているどころか無傷だった。調査部隊からの報告を受け、慌てて引き返した関宗太郎は開口一番に怒号を発したが無理もない。彼とくれば階下での戦闘を他所に、なんと襖の中で寝ていたというのだ。数時間振りの再会に寝間着姿で欠伸をぶちかますハシマを見た関宗太郎とセオ、アレムはその何とも間の抜けた、且つ何の苦労も恐怖も知らない男の様子に呆れ頭を抱えた。

 しかし実際、見れば見る程に本当に間の抜けた姿なのだから仕方ない。私も盛大に脱力した。

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過去 ~ 惑星エクレシアゼニス編へ続く
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