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第3章 邂逅

83話 過去 ~ 見知らぬ惑星 ※一部修正

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 ――連合標準時刻:火の節 82日目 午前

 鬱蒼とした森林の中を歩くのはどう見てもそんな場所を歩くには相応しくない恰好をした伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫、そしてその前方を浮遊する球体型の式守シキガミであるツクヨミ。

 地球から飛び立った大雷は制御不能のままアケドリへと突入し、次に姿を現したのは見知らぬ惑星の衛星軌道上だった。

 眼下に映るのは地球と同じように見える青い星、機内の誰もが見知らぬその星に向け急降下をした辺りで生身の2人はそのまま仲良く意識を失い、そしてつい数分前にこれまた仲良く起き、そして今へと至る。映像では当て所なく彷徨っているように見えるが、長い森を突っ切り一番近くの街へと向かう最中なのだろう。

 事実、球体のボディを与えられた元地球の神は率先して2人の前を進んでいる。旗艦の神と同等以上の能力を持つ神が曖昧な行動をとるとは思えないが、何よりこれから先に起こりうる事態を考えれば機体の中に閉じこもっているわけにもいかない事情もある。

 何せ彼等は正規の手順で惑星に降り立っていないのだから。そう考えれば足早に去るべきなのだろうが一行の進みは遅い。殿しんがりを務める伊佐凪竜一がその前を歩くフォルトゥナ=デウス・マキナの歩調に合わせているからだ。しかしそれは余り宜しくない事態を招く。

 ゆっくり歩けばそれだけ魔獣|(※魔力に対し高い適合性を示し、かつ体内に高密度の魔力を保持する獣の総称)に遭遇する可能性が高まるからだ。

 人に害成す獣の群れは本来ならば駆除されて然るべきなのだが、少し前にツクヨミが零した台詞によればどうやらこの周辺は禁猟区らしい。人が住まう都市部農村部付近にまで近寄れば当然駆除されるのは必然だが、魔獣を含む危険生物の完全駆除には幾つものハードルが存在する為に絶滅には至っていない。

 最も知られた理由は、魔獣も食物連鎖の一部に組み込まれているので駆除すべきではないという比較的真っ当なもの。が、真っ当な理由もあれば不当な理由も存在する。その中でも極めて厄介なのが"魔獣にも命があるのだから"という安直な理由と、現地住民の生命を無視したその根拠を元に駆除に反対する勢力の存在だ。

 危険に晒される側からすればたまったものではないが、そうした連中は往々にして安全圏から綺麗事を宣う……と、いうよりも高額な星間転移費用を捻出してまで現地に出向いて調査を行う、または反対運動を行う熱量を持たない為に現地の実情を全くと言って良いほど知らず、故に会話が噛み合わず、現地住民側の"連合法における魔獣の駆除については特に記されておらず、よって各惑星に一任されている"という言い分を野蛮と批判している。

 どちらが野蛮なのかはさておき、幾つもの面倒な理由が重なっている事情により魔獣の群れはその数を減らしながらもいまだ根絶には至っておらず、そしてその内の数十体近い個体が伊佐凪竜一達の前に姿を現してしまった。目の前には灰色から茶褐色まで様々な毛色を持つ魔狼という種族。

 その姿の通りに狼に近い姿と習性を持つ魔狼は群れで狩りを行うのだが、極だった特徴として人間レベルの知性を持っており、時に罠を作って獲物を嵌める事もあるのだそうだ。何時の間にか囲まれた2人と1機を睨む無数の獣の目、そして重なり響く唸り声。恐らく映像から伝わらないだろうが、獣特有の匂いも漂っているだろう。

 こうなってしまえば通常の人間ならばもう終わり、行先は獣達の腹の中が相場となるのだが……ツクヨミがフォルトゥナ姫のそばに近寄ると自分を抱きかかえるように指示を出し、姫がその通りに行動するとその前に伊佐凪竜一が陣取る。

 魔狼の群れは低い唸り声を上げながら少しずつにじり寄り、取り囲む様に動く。ゆっくりと慎重なその光景は獲物を捕らえる直前の行動に酷似している。ジリジリと距離を詰めながら、時に林立する樹木や鬱蒼うっそうと生い茂る雑草に隠れながら、同時に相手の退路を断つように位置取りを行う。

 全ては魔狼の知性の賜物。本能と知性を駆使しながら獲物を追い詰める。が、おおよそ5メートルという距離にまで近づいた途端にその動きはピタリと停止する。相変わらず唸り声を上げるが、一方で確実に攻撃できる圏内に入るその直前で全てが一様に動きを止め、そしてただジッと獲物を睨みつけるに終始する。

 相手が只者ではないことを察したようだ。しかし、直後に小型の魔狼が生い茂る藪の中から猛然と飛び出した。どうやら群れの下位に属するらしく、酷く植えている様子が身体つきから窺える。如何に研ぎ澄まされた直感と知性を持っていようが空腹には抗えないらしい。

 しなやかで強靭な筋力を使ったその動きは極めて直線的だが同時に桁違いに速く、さながら巨大な弾丸か大砲の弾と表現するに近い。しかし、その獣は瞬きする程の間に藪の中に叩き返されていた。

 伊佐凪竜一の仕業だった。出鱈目な速度過ぎて映像では残像という形でしか残らない魔狼の攻撃は、それ以上に出鱈目な速度で繰り出された伊佐凪竜一の拳の前には児戯に等しかった。群れ全体からすれば比較的小柄のまだ年若い魔狼は、相対する人間がどういう存在なのか理解する暇もなくぶっ飛ばされた。

 直後、映像が小刻みに震え始めた。草むらの向こうから聞こえたドスンという音と僅かな振動が原因ではない。フォルトゥナ姫が恐怖に震えているからだ。ツクヨミが捉えた映像には残った魔狼の群れが一斉に飛び掛かる光景……

 ※※※

「こんなモンかな」

 魔狼の群れが一斉に飛び掛かってから1分も経過しない内、映像から呑気な言葉が聞こえた。伊佐凪竜一の声だ。周囲を見渡せば魔狼の姿は1匹たりとも見えない。群れは波状攻撃を仕掛けるまでは良かったが、予測通り彼に叩きのめされ続け、約半数がぶっ飛ばされた辺りで脱兎のごとく逃げ去った。

 ソレはもはや戦いではなかった。数をモノともしないワンサイドゲーム、あるいは子供の遊び。事実、"大丈夫かい?"と呑気な口調で尋ねる彼の口調に危機感など微塵も無い。

「はい。あ、ありがとうございます」

 姫は目の前で見た光景に特に驚きもせず、ただ伊佐凪竜一の顔を見上げながらおずおずと呟き、そしてその次に周囲を見回した。地面や樹木に残る爪痕は鋭く深く残るだけ、魔狼の群れはかつてそこにいたという形跡はあるがその姿はやはり見えない。

 姫は安堵のため息を漏らすとその呼吸音と共に映像が僅かに上下するが、次の瞬間ガサッと藪がざわめく音に肩を震わせた。しかし、そこにいたのは毛ダルマの様な姿をした小動物。見事なまでにモフっとした毛皮に覆われた球体の様な胴体から飛び出した長い耳とつぶらな二つの瞳、地球でいえばウサギに近い種類の原生生物が急いでこの場から逃げ出すまさにその瞬間が映像に映った。

 姫はずんぐりとした丸っこい胴体をした生物の群れを見るや先ほどまでとは打って変わり、その様子をにこやかに目で追い始めた。一方、伊佐凪竜一は鋭い目つきで周囲を見回し、ツクヨミもまた内蔵された小型遠隔端末を上空に飛ばし周囲の様子を窺う。

「いないみたいだな?」

「はい。上空から獣の様子を確認しましたが、一際大きな個体……おそらく群れのボスがここから離れる様子を捉えました」

「そうか。じゃあ一安心だな」

「はい、お疲れさまでした。では参りましょうか?」

 気配察知と上空からの調査により周辺の安全を確認した両者は意識を姫に向けるが、当の本人は相変わらず呑気に原生生物を目で追っている。

「あの?」

「あ、は……はい。あの、ごめんなさい。何せ初めて目にしたものですのでつい」

「いいよ。気にしない。それに実際結構可愛らしい姿だったしね」

「そうですね。アレはこの星の原生生物"マルウサギ"という種です」

「知っております。元々は原生生物に魔力を注ぎ込んで誕生させた魔獣。なんでも体内で猛毒を生成するそうですが、それが野生に帰り他種との交雑の末に付与された能力を喪失し愛玩用の可愛らしい容姿だけが残ったそうですよ」

「よく知ってるね」

 まだ年端もいかない少女が披露した知識の一端に伊佐凪竜一は感嘆の声を漏らし、裏表のない素直な感想を目の当たりにしたフォルトゥナ姫も年相応の笑みで返す。その雰囲気だけを見れば博識なだけの十代前半の少女にしか見えず、この時点でフォルトゥナ姫の素性を知らぬ伊佐凪竜一とツクヨミはそれ以上の言葉を掛けず、ただ年相応に喜ぶ少女の好きなようにさせた。

「さてと、落ち着いたところでそもそもココってどこなんだ?」

 マルウサギの群れが移動する光景を微笑ましく見守る少女から足元に視線を向けた伊佐凪竜一は、彼の足元をさながらマルウサギの如く転がりまわるツクヨミに質問をぶつけた。

「ここは惑星はエクレシアゼニス。公転周期 365.024738263日。衛星の数、1。赤道面での直径、1385km。自転周期、23時間58分1秒。赤道傾斜角13.65。誕生から約30億年。大気の性質、大気圧102.789kPa。気温、最低気温マイナス100度、最高気温プラス60度。 体積比に対する各元素割合。窒素、約76%。酸素、約22%。二酸化炭素、約0.02%。その他 約1.98%。主星を標準重力とした当該惑星の表面重力は1.08。大気中に於けるカグツチ濃度は約0.065です」

 頼られて余程嬉しかったのか、彼の目線の高さにまでフワリと浮かび上がったツクヨミは極めて饒舌に質問への回答を始めた。

「えーと、つまり?」

「人口及びカグツチ濃度は大きく違いますが、それ以外は地球とほぼ同じ環境と言って差し支えありません」

「成程。でも不思議だな、地球とほとんど変わらない惑星なんて」

「より正確にはこういう環境の惑星にしか生命が繁殖しないと言う事でしょう……ハァ」

 そんなやり取りに少女の声が混ざった。露骨なまでに色濃い落胆の声色から判断すれば、どうやらマルウサギの群れが視界外に消えてしまったようだ。

「確かにそう考えればまぁ納得いくか。じゃあ行こうか?」

「は、はい。あの、ごめんなさい。つい……その、立ち止まってしまって」

 少女はそれまでの雰囲気から一転、謝罪を口に出した。道なき道を進んでいた中で起きた不測の事態により足を止めざるを得なかった訳だが、本来ならばもっと急がねばならない。

 魔獣がさしたる脅威ではないとなれば、目下最大の問題は連合法に違反する形での惑星移動となり、故に先ずは手近な街に移動し動向を窺わねばならない。何かが不法な手順で惑星に転移したとなれば然るべき機関が実力行使で彼らを捕縛にくるのは明白であり、馬鹿正直に説明するにせよ逃げ回るにせよ情報が集まる場所に移動しないことには行動の指針を立てることなどできないからだ。

「でも疲れてたでしょ?」

「は、はい。あの、そ、そうです」

 伊佐凪竜一の言葉にフォルトゥナ姫は申し訳なさげな視線を上に向けながら答えた。それは彼なりの優しさが滲み出る一言だ。ある程度人の手が入っているとは言え、ここまでの道のりは少女が歩くには少々酷だが、更におまけとばかりに魔獣の強襲とくれば精神的な疲労も考えられる。

 彼もそれを理解しているからこそそれ以上を何も言わず、ただ少女を労わる。しかしそんな彼の思いに対する少女の反応はと言えば、思う以上に疲労が蓄積している為に受け取れていないようだった。その足取りは先ほどよりも重く、鈍い。

「大丈夫かい?ツクヨミ、街までどれ位ある?」

「もうすぐそこです、ホラ」

 ツクヨミはそう言うやフワリと浮かび上がり、おもむろに振り返った。2人がツクヨミの浮かぶ地点を見つめれば、木々の隙間の向こう、凡そ1キロ程度先には明らかに人の手が入っていると思われる石造りの壁が目に入った。

「街、ですね」

「はい、記録が正しければあの街はテンペスト領トライブ。中央の銀行に行けば電子マネーを現地通貨に交換する事も出来ます」

「なら取りあえず食事にありつけるって事だな。もう少し頑張れる?」

 伊佐凪竜一の言葉に少女は力無く頷いた。

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戦禍の残る街、テンペスト領トライブへ

※第3章の用語辞典に一部情報を追加しました。

※230102:本文中の「早朝」との記載が間違っていので削除、正しい文章に修正
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