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第4章 凶兆

107話 廃墟の街で 其の2

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 ――廃墟となった施設

 あれから数時間が経過した。食事を取り幾分か元気を取り戻したフォルトゥナ姫は施設内に存在する幾つもの店舗を見て回っていた。未知の文化を目の前に目を輝かせる様子は歳相応で微笑ましく、ファッションに始まりインテリア、雑貨などを見て回る姫の関心を特に引いたのは本だった。

 異文化の内情を知るに一番重要であり、更に連合内に出身であるフタゴミカボシにおいてはもう見る事すら叶わない紙製の本は、歴史の授業でしかその存在を知らない姫を一際興奮させたようであり、現に少女は書籍コーナーの一角に腰を下ろすと埃を被った本を自らの隣に積み上げ、ものすごい速度で読み始めた。

 その様子はどう見てもごく普通の少女であり、連合の頂点でありアマテラスオオカミと対を成す神と崇められる存在だと誰も思わない程だ。まだ年若いのに連合を支える神としての役目を背負わされた少女は"姫"と呼び敬愛されてはいるものの、その実態は公務と勉学に大半の時間を割く毎日を送っているそうだ。

 有り余る金と権力を持つのに自由は無く、またその出自により同年代との交流も取れない少女にしてみれば、(不謹慎ではあろうが)ココまで体験して来た全ての出来事は値千金に違いない。

 何せ今の今まで外の世界を知らなかったのだから、例えソレが命の危険に満ちた旅であったとしてもだ。と、ふと其処まで考えた私はそれが誤りであると悟った。

 もしその力が情報通りならば、少女の身に宿る"幸運の星"と呼ばれる超常の力が守ってくれるだろうし、その事実は先代である母親から知識として教えられている筈だ。何せアックス=G・ノーストと言う男とのカード勝負において圧倒的な不利を容易く引っ繰り返したのだから。

 だとするならば……ファイヤーウッドの映像を見返した私の脳裏に一つの疑問が生まれた。が、それ以上に時間を割く余裕は無くなった。

 監視映像の一つに巨大複合商業施設の外に停止した車とその助手席側から飛び出した女性が大急ぎで中へと駆け込んでいく光景。更に暫く待っていれば、伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫が足早に車へと駆け込む様子が映った。関宗太郎の秘書が漸く合流したようだ。

 まだとても安心できる状態では無いが、一先ずは危機を脱した。大分落ち着いたとはいえ姫の精神状態は未だ劣悪に近い。

 静かに本を読んでいたとは言え、戦闘への恐怖と嫌悪に心を苛まれているであろう事実は物音に一際敏感に反応する様子からも明らか。だから伊佐凪竜一は暴走するロボットを静かに、物音一つ立てず破壊して回っていたのだ。彼も随分と苦労しただろうが、でもそれもココまで。

 監視映像で周囲を見回してみれば、青一色の晴天の中に少しずつ赤い色が滲み始めていた。忌々しい思い出と共に逃げ出した惑星ファイヤーウッドと同じく恒星が空を赤く染め始める。一行の搭乗する車は黄昏時を切り裂く様に何処かへと向かっていった。

 ※※※

 ――旧清雅市 ~ 旧清雅市中央道

「地球から離れた場所で何があったかは分かりませんが、ご無事で何よりです」

「はい、私どもも心配しておりました。地球も安全とは言い難くなってしまいましたが、それでもお二方は命懸けでお守りし……」

「結構です」

 旧清雅市外を目指して走る車の中は酷く冷めていた。英雄、連合の頂点、そして元テロリストと言う経歴を持つ政治家秘書。チグハグな面々に共通の会話などある筈も無いが、それでも何とか場を和ませようと努めるアレムは果敢に会話を試みるが、フォルトゥナ姫の態度は極めて冷淡。か細く小さいながらも明確に他者の好意を拒絶する姫の一言にアレムはそれ以上を語れなかった。

「ど、何処かで食事でもとりましょうか?空腹は精神状態にも良くありませんし」

「そ、そうですね。市外に出ればお店もあるでしょうし」

 つい数日前、地球を離れる前に見た物静かで柔和な少女とまるでかけ離れた棘のあるその口調に俯き目を合わせようともしない態度は、まだ十代中頃の少女の雰囲気とは思えない程に冷めきっている。が、現状を良しとするわけにもいかないセオが咄嗟に食事を提案すると、後部座席で姫に寄り添うアレムは即座に端末を操作し食事を取れる店を探し始めた。

 一方、助手席に座る伊佐凪竜一はセオとアレムに感謝の言葉を投げるとバックミラー越しにジッと少女を見つめ始めた。彼は秘書達に対し"疲れているんだ"と大雑把に説明した。数時間前に姫が目撃した惨状を説明するという行為は未だ癒えぬ心の傷を抉る行為に等しいとの判断であろうし、セオとアレムならば言わずとも察してくれるとの期待もあるだろう。

 実際、両者共に彼の思考を良く汲み取っている。が、三者が三様に気に掛ける姫は心を閉ざし何も語らない。姫が負った傷を理解できるのは当人のみ、誰もがその心中を推し量ろうとしても出来るものではない。車内の一幕は人間同士が理解し合う困難さを雄弁に物語っていた。

 ※※※

 ――旧清雅市外出入口

 旧清雅市内から外へと繋がる道は全て関門が設置され人の出入りが厳しく制限される。それは且つて日本から世界を支配した清雅一族が作り上げた"マジン"なる兵器を流出させない為。当時の旗艦アマテラスを守護したクズリュウとスサノヲを相手にする為に連合の保有するナノマシン技術を地球人が改良し、更にハバキリというバランスブレイカーを組み合わせたマジンが流出すればかつての惨劇が蘇る。

 奪われる事を絶対に避けねばならない武器弾薬や清雅本社地下の聖殿に安置された脱出艇などはキッチリと回収したが、ナノサイズのマシンを一欠片も残さず、しかも短時間で全て回収するのは流石に困難を極める。

 更にアマテラスオオカミの消失に伴うゴタゴタにより封鎖までに時間が掛かった影響が重なった。市内各所の清雅関連企業やら商業施設への対応が大きく後れ、大挙して押し寄せた企業スパイやら火事場泥棒がめぼしい物を奪い尽くした。

 現物はオークションに出品される程度で済むが、個人や企業が保持する情報は水面下での取引に利用されたり暴露されたりと大きな被害と混乱を呼び、これ以上の事態悪化を懸念した国家連合がカガセオ連合に打診、速やかに激戦区であった旧清雅市は完全封鎖され、更に立ち入りにも厳しい制限が課された。

「お疲れ様です」

「関与一様よりお話は伺っております。ちょっとお待ちください、まだコレの操作に慣れていないもので」

 セオは市内外を繋ぐ道路に検問を張る国家連合から派遣された治安維持部隊員に軽く声を掛けると、彼らは覚束ない手つきで道路の両端にそびえ立つ黒い柱状の物体を操作し始めた。

 旗艦アマテラスから提供された装置は通常の防壁がカグツチを増幅しあらゆるエネルギーを相殺するスサノヲ専用、且つ特兵研の秘匿技術で製造された特殊兵器とは全く違う。この大型防壁発生装置は、装置同士の間に重力制御技術を応用した防壁を発生させ一定区間内を完全封鎖する。複雑な機能を排し、解析されても問題ない既存技術を使用したこの装置は、実は旗艦内の企業が製造販売を行う商品なのだ。

 能力は当然ながらスサノヲが装備する防壁と比較すれば大きく落ちるが、それでも並大抵の労力ではコレを突破する事は出来ないし、ソレが地球人となれば尚更だ。旗艦より無償提供されたこの防壁発生装置は市内をグルリと囲うように約千本も設置され、その上で更に上空を小型監視機が定期的に巡回しており文字通り蟻一匹通さない。

 が、今は更に国家連合軍が周辺を厳重に警備している。先日から報告され始めた警備ロボの暴走は防壁によって完全に堰き止められているが、万が一にも被害が市外に拡大する事を防ぐ為の措置。旧清雅市の外にはまだ人が住んでいるのだ。

 車外を見れば正しくゴーストタウンと呼べる景色が終わりを迎えようとしていた。人の気配が全くない荒れ放題の旧清雅市の終わり、巨大な柱状の防壁発生装置へと近づくに連れ、人の気配と整然とした街並みが見え始める。

「防壁解除確認、どうぞお通り下さい」

「ありがとう」

「そうそう、例の連中が近づいているそうです」

「そう……そうですか。こんな有様なら市内の方がまだ安全ですね」

「えぇ、ここまでも大変でしたでしょうが、道中もお気を付けください」

 セオは隊員との会話に含まれていた"例の連中"という言葉に苛立ち露骨に表情を曇らせ、隣でその話を聞いていたアレムも大きな溜息をついた。ココに来るまでの間に襲撃してきた暴走ロボを苦も無く撃退した2人が苦悶の表情を浮かべる相手は相当以上に厄介で、治安維持部隊員達も同じく誰もが一糸乱れぬ動きで敬礼しながら車を見送るが、誰の表情を見てもセオ以上の苦悶を浮かべている。

 そんな雰囲気になれば当然助手席の伊佐凪竜一も察するが、ただならない雰囲気を感じながらも言葉一つ漏らす事は無かった。彼が気に掛けるのは後部座席で無言を貫くフォルトゥナ姫。少女の心情に余計な負担を掛けたくない彼は黙り込んだまま、黄昏時に沈む街並みをジッと睨みつけるように見つめる。

 車内は再び重苦しい空気に支配された。ソレは市外の街灯に備え付けられた監視カメラから遠目に監視するだけでも十分に伝わる位に重苦しく、息苦しい。まるで車の中まで黄昏時に沈んでしまったかのようだ。
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