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第4章 凶兆

108話 休息

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 ――旧清雅市外

 閉ざされた廃墟から外へと走り出した先に広がるのは黄昏時に沈む整然とした街並み。が、ソコに且つて世界の中心とまで謳われた面影は無い。見渡す限りに人影はなく、街中だというのに街灯以外の灯りも殆どついていない。有体に旧清雅市と同じゴーストタウンが広がる。

 全ては神の不在。清雅一族の元で栄えた清雅市とG県は、そこに住むと言う事自体が絶大なステータスだったが、それも今は昔の話。

 半年前までの絶対的な価値基準は瞬く間に崩れ、無価値と断ぜられ、寂れた廃墟と化すのに時間は掛からなかった。この光景は現在の世界は勿論のこと、清雅一族の末路をも如実に物語る。

 清雅一族とは神の傀儡。神であるツクヨミこそが重要であり、その彼女の加護があっての清雅一族だという真実が露見した。有象無象を束ねた当代の清雅源蔵は別格だったが、当人は暴走した末に2人の英雄に討たれ死亡。後に残されたのはメッキの剥げた清雅一族とだったただの人間。

 神の加護を盾に傲岸不遜に振る舞った連中をを守る者など当然おらず、財産一切を捨てて逃げ去る者、隠し続けた罪の露見により逮捕された者、恨みを買い過ぎたが為に惨殺された者、謂れの無い罪を被せられた挙句に襲撃された者等々、大半は自業自得の末路を辿り、見逃された者はごく僅かだった。

 また清雅の労働者達も同じく、清雅と言う求心力と地球最先端という魅力の喪失に謂れの無い罪を被せられる恐怖が重なり我先にと去った。悲しい話だ。住み慣れた土地を捨てる人も、そうせざるを得なかった理由も、元を正せば一つの出来事が切っ掛けに過ぎなかった。

 ほんの僅か、水面に落ちた一滴の波紋は幾つもの事象を経て巨大な波となり地球の運命を激変させた。人通りの少ない閑散とした街は"コレがお前の罪"だと突きつけられているようで、だから……私は気が付けば夕暮れに沈む寂れた街から目をそらしていた。

「おーやまぁ、いらっしゃいませ」

 私がハッと意識を取り戻した切っ掛けは映像からの聞き慣れない声。視界に入るのは闇の中に灯る灯りの中に消えゆく4人の背中。

 外の駐車場に停まる車の数から予想出来たが、店内を見回しても客は彼等意外に誰もいない。寂れた街では客足など見込めないだろうに。が、そんな立地にも関わらず店の中は隅々にまで清掃され清潔感に溢れており、店主の人柄と性格の良さが窺えた。そんな店の奥から店主と思われる老婆が暖簾をくぐり姿を見せると、4人に眩い笑顔と共に挨拶した。

「ソバの実という種子から作った蕎麦粉を用いて加工した麺類です。健康効果も高く、また日本には馴染のある料理でとても人気がありますよ」

 セオが木製の椅子を引きフォルトゥナ姫を座らせると、アレムが素早くメニュー表を渡しつつこの店の説明を行う。流石に秘書だけあってよく気が回る上に行動も的確、更に淀みなく素早い。

 日本に住んだ経験があるならばその和風の佇まいと"蕎麦"という店の看板で何を提供する店か一発で理解できるが、海外を通り越し他の文明圏から来たとなれば理解出来なくとも仕方が無い。

 故にセオもアレムも献身的に立ち回るが、やはりというか……その反応は芳しくない。稀に小さく頷いている仕草を見るに異星の文化への関心は失っていない様だが、雰囲気や態度はあからさまなまでに拒絶や否定を含んでいる。

 が、やがて少女はメニューに記された一つを無言で指差した。他の3人と同じく蕎麦を注文した姫はペコリと頭を下げると無言で席を立ち、店主の元へと向かい何かを質問した。恐らくトイレと悟った3人は軽く声を掛けたが、悲しいかな姫の反応はなかった。

「あの気持ちの落ち方は異常です、ファイヤーウッドという惑星で何があったのです?」

「えぇ、まるで他人を拒絶する様な……初めて会った時の印象とはまるで違う、別人みたいです」

 姫の姿が見えなくなった途端、セオとアレムは身を乗り出しかねない勢いで伊佐凪竜一を問いただした。彼もその言葉に惑星ファイヤーウッドで起きた出来事を簡潔に説明した。

 アックスと呼ばれる男との出会い、特区へ向かう旅の途中で発生した襲撃、特区において誘拐犯と断じられスサノヲと交戦、特区から逃げ出し大雷の元へと向かおうとした矢先に起きた再度の襲撃、悪意と害意に満ちた敵との邂逅、虐殺、そして……最後はツクヨミとアックスを置き去りにする形で再び地球へと戻って来た。

 淡々と話す彼の口調と表情には悔しさと怒りが滲む。

「そうですか、俺やアレムならばいざ知らず、あんな少女が目撃するには余りにも凄惨です」

「だからこそ落ち着ける場所が必要でしょう。何時までも気が休まらねばああもなります」

「あぁ、だから早く関さんと合流して今後を相談したい。正直言えば旗艦アマテラスも危ない様で、だけど何処に逃げればいいか見当もつかない」

「でしょうね」

「それよりも、地球の状況が悪いって?」

「その件、正直なところ我々も困惑していまして。掻い摘んで説明すると……・」

 3人が現状の地球へと話題を切り替えた直後、店の奥からフォルトゥナ姫が姿を見せた。その様子は先程までとほとんど変わらない様だが、それでもアレム一人が少女の僅かな変化に気付いた。その小さな手は通信用の端末を握り締めていた。

「何か良い事でもありましたか?」

「え……あ、はい。友達がいるんです、通信越しでしかお話しした事がないのですが……」

 姫はアレムの問いかけに小さく、だがほんの少しだが和らいだ表情で答えた。セオとアレムは互いを見つめ合い、"そうですか、大事になさってください"と、そう声を掛けた。

 しかしその表情はとても硬い。どんな理由にせよ姫の機嫌が上向いたのは喜ぶべき事態……と素直に認められない心境の根源にあるのは通信(あるいは端末)から居場所を特定される危険性だが、何より"通信端末そんなモノを持っているならばどうして素直に助けを求めないのか"という疑問に支配されたからだ。

 が、さりとて取り上げる事など出来る筈もない。"大事になさってください"、2人が絞り出した台詞には予断を許さない危機的状況と姫の精神状態を秤に掛けねばならぬ苦悩が表出している。

「はーい、お待たせ」

 重苦しい雰囲気は不意に吹き飛んだ。威勢のいい声と共に店主が店の奥から人数分の蕎麦を手に現れた。

 目の前に置かれた食事は正しく天の助け。様々な具材が乗せられた木製の椀から立ち昇る湯気に乗る香りと匂いは映像を通しても伝わる程に食欲をそそり、嫌でも意識が向かう。

「さ、どうぞどうぞ。って、みーんな黙りこくってどうしたんだい?」

 久しぶりの客だからか、それとも4人の異様な雰囲気を察したのか、店主は4人に取って代わる形でしゃべり始めた。

「私なんかこんな有様だけどこうして元気にやっておるってのに、若いモンが元気出さんでどうするね?」

「は、はぁ」

「あー、あの此方のお二人は長旅で少々お疲れでして」

「ありゃあ、そうなの?」

「まぁ……ね」

「そ、そうですね。はい……」

 歳を感じさせない快活な語り口は話し辛い雰囲気を強引に変え、4人はやがて老女を経由してポツリポツリと会話をし始めた。

「でもまぁ良くもまぁこんな辺鄙な場所に来たもんだ。あの戦い以降、寂れる一方だってのにねぇ」

「え、えぇ。そ、そうですね、ハハ……」

 しかしその言葉は姫以外の3人には地雷だ。当人は夢にも思わないだろうが、彼等は先の戦いに何らか形で人生を歪められていたのだ。しかもその内の一人が英雄などとは考えもしないだろう。

「あの……差し出がましいようですが、どうして貴女はココから離れないのでしょうか?大切な場所なのですか?」

 暫しの間、蕎麦を啜る音だけが静かな店内に木霊していたのだが、その無言の間を破ったのはフォルトゥナ=デウス・マキナだった。不器用ながらも箸を操りながら少しずつ蕎麦を啜っていた姫は、店主の何が気になったのか唐突に疑問をぶつけた。

「そうだよ。随分と寂れちまったけどね。つい半年前が嘘のようさ。だけどね、寂れていようが人がいようがいまいが世界の中心だろうと隅っこだろうと私はまだ生きてるんだ。あの戦いで死んじまった人も大勢いるけど私はまだ生きてる。生きてるなら頑張れるさ。それに息子も生きてるんだよ、もう二度と会えないけどね」

「出身を理由に拒絶されるからではなく、明確な意志で残っておられるのですか?」

「どんなに変わってもココは私の故郷だからね。それに息子の為でもあるんだよ。あの子、清雅の一員としてあの戦いを影から支えたって理由で二度と地球に戻れないんだ。だけど生きてる。あの子はでっかい空の向こうで確かに生きてるんだよ。仕方なかったとはいえ、それでも自らの行動に責任を取る為に踏ん張ってるんだ。私も負けてられんでしょう?ココからあの子は見えないけど、でも向こうの技術なら私の家を見つけられる。だから私を見つけられる様に、まだ私はくたばってないよって教える為にココで頑張ってるんだよ」

 その言葉はとても力強かった。とても老齢とは思えないその意志と、何より彼女自身も間接的とは言えあの戦いの犠牲になっていた事実を知った私は何とも言えない気持ちになった。

 それは姫以外の3人も同じだった。あの戦いにより人生に影を落とす事となったのは自分達だけではないと知った。偶然会った店の店主もまた犠牲者だった。しかし自らと比較した老女の余りの快活さに3人は驚き、同時にその意志に触発されたかの如く瞳に輝きが戻っていった。
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