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第4章 凶兆

120話 魔女と神父 其の3

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 A-24なかまから貰った資料から窺える性格と僅かなやり取りから感じ取った印象の差に私は困惑した。過去を恥じ、真っ当な生き方を模索する魔女と神父の生き様は過去の経歴とまるで一致しない。

 が、その2人は伊佐凪竜一を宇宙に戻すという違法行為に躊躇いなく協力すると言った。理由は魔女が語った言葉で全て。他人が聞けば一笑に付すような理由で彼女は再びその手を犯罪に染める覚悟を決めた。だけど、私はソレを矛盾だとは思わなかったし思えなかった。

 贖罪の為に犯罪行為に加担すると言う矛盾を呑みこんでまで神に会いたいというある種の信仰に似た感情が今の魔女にはあり、それは確固たる意志と共に身体を突き動かしていると……そう見えた。

「会わせるだけでいいのか?」

 A-24から受領した情報を反芻する私の耳が魔女の真意を理解し兼ねる伊佐凪竜一の声を捉えた。何せ命の危険がある仕事の報酬が"ツクヨミに会いたい"というだけでは、どう考えても割に合わないと考えるのが自然だ。

 しかし、条件を出した当人は至って真面目そのもので冗談を言っているという雰囲気は微塵もない。秘匿資料にさえ記載されていない何かが彼女を突き動かしている、そんな確信がある。

『構わない、アタシが望む報酬だ』

 魔女はそう言い切った。その言動にセオとアレムは互いを見合わせると……

「どんな事情かまでは知りませんが、嘘は言っていません」

「赤い太陽から数年程度の付き合いですけど、信用しても良いです」

 伊佐凪竜一にそう助言した。彼はその問いかけに"分かった"と頷き、魔女はその答えに満足そうな笑みを浮かべ……直後、再び凄い勢いで映像から姿を消した。

『じゃあ次僕ね、セオー、アレム―どっか連れてって。遊びに行こう!!』

 魔女を勢いよく突き飛ばして映像のど真ん中に映るのは神父。"アタシはデリケートなんだぞ"とか、"もっと優しく扱え"と愚痴る声が映像に映らない場所から聞こえてくるが、当の本人は全く意に介さず屈託ない満面の笑顔で返答を待つ。

 ある程度は理解しているつもりだったが、それでも改めて子供っぽいなぁという感想が私の心の中心にドカッと居座る。実年齢相応の反応なのだが、とはいっても魔女とは正反対で対照的な性格は正しく水と油で、正直よくもまぁコレ面倒見れるなと私は驚き呆れたし、何なら私以外の全員も同じ気持ちでいるようだ。誰もが何とも形容しがたい視線で彼を見つめるが、相も変わらず当人は全く意に介さずマイペースに騒ぎ続ける。

「あー、君それでいいの?」

『イイよイイよ。それで返事は?』

「これから君に頼む仕事は恐らく今までとは比較しようが無い位に危険だ。今の君達の立場を失う可能性が高いが、それでも構わないのか?」

『勿論、オーケー貰ったからって手は抜かないよ』

 その態度は特にセオの不安感を強く煽った。両者の間に目に見えない大きな亀裂、あるいは壁が生まれる。短い付き合いながらも相応に知った仲とは言え、魔女と比較すれば余りにも軽薄すぎると判断したセオは極めて真面目な表情で神父を見つめると……

「返答の前に男同士腹を割って話そう。理由をちゃんと聞かせてくれるか?」

 映像でキョトンとする神父を"少年"ではなく"男"と呼んだ。自分を対等な関係として扱うセオに信用されていない、画面からひしひしと伝わるその雰囲気を察した神父は一転、真面目な表情と共にセオを見つめ返し……

『義姉さんを助けてくれた命の恩人の恩人だからだよ。それ以上の理由は無いし、僕も命を賭けるよ。セオに嘘は言わないよ、勿論アレムにもね』

 危険を冒す理由を告げた。が、その一言にセオとアレムは面食らう。映像の向こうのあどけなさが残る眼差しは魔女同様に真剣そのものだが、一方でその理由が全く要領を得ない。

 ……とは言え、これもまた仕方のない話。魔女と神父、ツクヨミを繋いだ出来事は地球の常識では余りにも信じられない話だからだ。

 この情報もA-24アイツが資料に記述して居なが予測は容易い。神父がウィチェット家の文献から再現に成功した中に恐らく転移魔術が含まれていた。しかし、文献に抜けがあった為かは定かでは無いが不完全な魔術故に制御に失敗、魔女はツクヨミ清雅まで飛ばされた。

 ツクヨミに会ったという話から判断すれば転移先は恐らく清雅の聖域、片陰かたかげの間かその付近。両者の邂逅が神に何をもたらしたのかは定かでは無いにせよ良好な関係が築かれたのは間違いなく、神の計らいにより安全な形で日本を脱出させて貰った、そんなところだろう。

 もし助けるつもりがないならば清雅の研究施設に放り込むか、交渉か脅迫でもって現人偽神としたか、さもなくば始末したか、何れにせよ悲惨な運命を辿った筈だ。

 しかし魔女は生き延び今も自由を謳歌している。神父はその事実一つでツクヨミを信頼し、信仰した。神父という呼称は、もしかしたらツクヨミに対するアイビス=ウィチェットの感情の現れなのかもしれない。

「また訳の分からない話を……」

『今は時間が無いし、話しても信じて貰えないかも知れないし、何なら僕も信じられない話だからね。だから落ち着いたら証拠と一緒に全部話すよ』

「はぁ。しかし何処か連れて行けって……君も魔女もマイペース過ぎて時々考え方に付いて行けないなぁ」

「呆れてる場合じゃないでしょセオ。分かりました、お互い生きていたら必ず迎えに行きます」

 しかしそんな裏情報をセオとアレムが知る由もなく、よって怪訝な表情で少年を見つめる以外に何もできない。だが何時までもそうしている訳にも行かず、腹を括った両名が条件に同意すると神父はそれまでの雰囲気から一転、PCから"ヤッホ~"と子供っぽい音声を出力させながら瞬く間に映像から姿を消した。

 背後からバタンと扉を勢いよく閉める音が響くと同時に映像がほんの僅かに揺れ、ソレが収まる頃に再び魔女が姿を見せた。頬を摩っている辺り余程良い一撃を貰ったようだ。

『済まないね。アットホームに憧れがあるのさ。アタシお姉さん、アンタ達は父親と母親って具合にね』

「あの……私達まだそんな年齢じゃないんですけど。何ならそんなに歳も離れてないでしょ?」

『あぁ、そういやそうだったァ。だけど本人の要望だし、悪いが未来の家族サービスの練習だと思って付き合ってやってくれ。さて、口頭だが契約は成立した。準備が出来たら連絡をくれ。それから念の為に関宗太郎の連絡先も頼む』

「万が一の時ですね?」

『お前等に連絡つかなくなったら何も出来んからね。ソレからこの仕事が終わったら暫く行方を眩ます。連絡は関宗太郎を経由するから待っててくれよ』

「ありがとう」

『止せよ、歪んだ目的で集ったとは言え同じ釜の飯を喰った仲だろ?じゃあね』

 魔女とセオは互いに笑顔を見せ、互いに通信を切った。反清雅組織というテロ紛いの行動を容認する組織に一時とは言え所属していたのだからもう少し性格が悪いのではと警戒したが、終わってみれば杞憂でしかなかった。

 資料から朧げに浮かんでくる人物像と実像に大きな差異があるところを見れば、秘匿された最高レベルの機密とは言え所詮は文字と情報の羅列でしかなく、寧ろどうして反清雅組織に身を委ねたのか理解に苦しむ程度には真っ直ぐな人格をしていた。

 知識を持つ生命体は特定の目的の元に複数の構成者を集め一つの組織を作る事を学んだが、同時にその構成者達に特定のレッテルを付けたがる事も学んでしまった。

 且つて存在したツクヨミ清雅を例に挙げれば"金持ち"、"エリート"、"強欲な連中"、"世界の支配者"など悪辣あくらつ極まりないレッテルが社員全員に例外なく貼りつけられ、という曖昧極まりない理由で信じ、憎んだ。そうではない者も大勢いる事実から目を逸らし、空虚な妄想を何の根拠もなく盲信した。

 ハハと、気づけば冷笑が口から零れ落ちていた……なんだ、私も同じじゃないか。 

 監視者として人の上から人を監視すると言う役目は、何時の間にか私という存在を大きく歪め、誇張させていた。彼女達に勝手なレッテルを貼る私もまた人と変わらないタダの知性を持つ一個体なのだと、私は私の身の程を思い知り、同時に恥じた。

「さて、では目途がついたところで本題に移りましょう。地球最高レベルと目される神父の実力は折り紙付きとは言え、宇宙へと繋がる重要拠点の制御を即座に奪えるとは思いません。何より制御方法すら知らない状態です。彼が施設のコントロールを奪い、制御方法を習熟するまでどれだけ時間を要するか分かりません。そして、恐らくその間に常駐する戦力との戦闘になるでしょう」

「分かった、俺が出る」

「いえ。貴方はハイドリの前で待機して、門が開き次第即座に飛び込んでください。時間は私達が稼ぎます」

 セオの予測はほぼ確実に起こり得る未来を正確に予測、既に頭の中に描いていた。戦闘は間違いなく起こる。制御施設の乗っ取りから開門するまでには最低でも10分は掛かるが、常駐するヤタガラスとスサノヲ、そして国家連合軍の混成部隊が施設の起動を見逃す訳がない。

 その中で最も警戒するべきは当然ながらスサノヲ。門は閉じられているとはいえ唯一旗艦アマテラスに通じる場所に彼等は絶対に存在する上に、その覚悟は他のいかなる任務よりも強い。

 門を抜けられれば旗艦アマテラスへと侵入されてしまうからであり、故に門の死守はスサノヲの命よりも優先される。つまり、門を開いて旗艦へ行くと言う事は彼らを殺すのと同義だ。よってスサノヲは死に物狂いで止めに来る。だから……こう言っては悪いが、高々地球人2人にどうにかできる相手ではない。命を捨ててまで止めるつもりなのだろうが、戦力としての桁が違い過ぎる。

 一方、伊佐凪竜一はその話を黙って聞いている。心中を察する事は出来ないが、このまま進めばセオとアレムに加えかつての仲間、ハイドリを守護するスサノヲの何人かが確実に命を落とす。だがこれまでとは違い……今度は紛れもなく自分自身の意志で殺す事になる事実が頭を過っているのは確かだ。

「先ず俺が先行する。確実にスサノヲが居るから、だからソレが条件だ」

 暫し考え込んでいた伊佐凪竜一は、閉じた目を開けると視界の先に座る2人にそう告げた。彼は戦う覚悟を決めた、いや既に決めていた。ならばその意味も重々承知している。仲間同士で戦う意味と、それ以上にハイドリを守るスサノヲを退けると言う意味を彼はよく理解していて、それでも自らの意志を曲げない。

 彼は戻ってくる。

「承知しました。私達では露払い程度にしかならないでしょうが、それでも何としても必ず貴方だけは旗艦にお送りします」

 アレムの言葉を聞いた伊佐凪竜一は無言で頷いた。目的は決まり、後はその場所に付くだけ。

 ……次の戦いは近い。
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