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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

131話 守護者 其の2

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 幾つもの呻き声と拳が肉体を痛めつける鈍い音がドーム状の空間に響き渡る。一方的な暴力。姫を連れ戻せなかったという負い目があったとしても許される行為ではないが、スサノヲ達はタガミが受ける懲罰と言う名目の暴行に対し何らの行動もとれない。

 此方から手を出す事は出来ない。守護者達との力関係の変化がそれを許さない。此方から手を出せばその事実を利用される。アレは懲罰であり、挑発だ。

 今現在、双方の力関係は非常に不安定な状態に陥っている。原因は至って単純、両者の力関係を均衡させていた神が退いたから。連合内におけるパワーバランス役を担うアマテラスオオカミの消失は、神の予測を遥かに超える問題を生み出した。

 人は神になる事は出来ないし、機械の代わりになれる程の正確性も持っていない。新たな政権が漸く発足したものの、旗艦の政治家の殆どは雑事しかこなしていない名ばかりの存在。地球から来た関宗太郎と比較すれば赤子に等しい彼等は、結局のところ何一つ決められず、はっきり言ってしまえば無駄に時間を使うだけの給料泥棒でしかなかった。

 地球や連合内からも協力者を募り政治のイロハを叩き込んで貰ったのだが、結果はご覧の有様。早期復興を願いながらも一向にその時が訪れない。政権がそんな有様では煽りを受ける市民達は当然苦境に喘ぐ。不満は瞬く間に堆積し、デモや暴動という形で発露し始めた。暫定政権発足から一月も経たない間の出来事だ。

 ただでさえ解決しなければならない問題が山積する中で頻発するデモに各部門は頭を痛めた。市民から絶大な支持を得るルミナ=AZ1をどうにかこうにか説得して旗艦アマテラスの頂点"艦長"という急造の役職に就任させたのは不満の解消と彼女の能力に頼った結果なのだが、それでも日増しに激しさを増す市民感情を抑えるには不十分だった。

 進退窮まった旗艦の政治家達の提案を受け、関係悪化を承知で主星と姫に助力を求めたのはそう言った理由からだった。喧々囂々けんけんごうごうの議論は夜通し続いたそうだ。誰もが理解していた。連合を守るもう一柱の神、現人神"フォルトゥナ=デウス・マキナ"に苦境の打開を願う行為はアマテラスオオカミの懺悔を無にする行為だと百も承知していたが、最終的には未だ纏まれぬ現状を前にそんな余裕は何処にもないという情けない結論に帰結した。

 しかし、そんなこんなの陳情に対する主星からの返答は好ましくなかった。理由は幾つかあるが、取り分け大きな理由は"そんな余裕は無い"だった。カガセオ連合の内情は、二柱の神が存在してこそ安定する状態だった。

 超常の力を持ち人を導くフォルトゥナ=デウス・マキナと桁違いの演算能力を持つアマテラスオオカミにより保たれていた安定は、一方の神が不在となった事でたちまち不安定となった。

 幾つかの惑星が連合からの独立を企てており連合内での折り合いが極端に悪い状態となったそうだが、そう言った惑星はたちの悪い事に技術の流入を積極的に受け入れてきた。恐らく時が来れば離反するつもりだったのだろうが、予想以上に早く連合の状況が悪化した、あるいは邪魔な神の片方が消失した事を理由に行動を移し始めた。

 一方で友好的な惑星も存在するのだが、殆どは土着の宗教なり信仰なりを理由に文明の流入を避けている状態だ。そう言った惑星は個人レベルの戦闘力に大きな隔たりがあり、高い者は高いが低い者は極端に低い。詰まるところ、分が悪い。連合が対マガツヒを想定し研鑽してきた幾つもの技術が今、諸刃の刃として連合の頂点たる神の喉元に突き付けられている、コレが理由だというのだ。

 だが……例えそうであったとしてもフォルトゥナ=デウス・マキナの前では些末な事象に過ぎない。もう一つ大きな理由がある。それが理由で主星は姫の協力を渋っており、代替案として守護者達が出張る事になった。

 彼らの行動力は確かに素晴らしかった。助力を求めてから僅か数日、ごく短期間の内に必要な物資を大量に運び込んで来た。悪化する治安も彼らのやや強引な介入により沈静化した。依然として安定には程遠いが、それでも一時と比較しデモも暴動も不自然な程に減少したものだから市民達の感情は一気に守護者側に傾いた。

 そうなってしまえばスサノヲやヤタガラスは必然的に動きづらくなってしまうのだが、嫌らしい事に彼らは変化しつつある市民感情、傾きつつある民意を利用する形で旗艦アマテラスに干渉を始めた。

 まだ覚束ない暫定政権を強引に動かし一つの法案を強制的に可決させた。"情勢が安定するまでの一定期間の間、旗艦アマテラスにおける守護者の権利を拡大する"、要約すればそんな内容だ。どう考えても内政干渉であり成立させてはマズいのだが、復興支援を円滑に進めるという理由を掲げられては止められる筈も無く、圧倒的大多数の賛成と言う形で成立、施行されてしまった。

 その日を境に守護者達の言動は変わった。自由と大義名分を得た守護者達は、それまで隠していた牙と悪意を剝き出すかの如く傲慢に振る舞い始めた。姫の助力を得られたならばこうはならなかったかも知れないと誰もがそう思いながら、しかし協力しかねる理由を知っているが為に口をつぐんだ。

 そんな事態が今の今まで続いていたのだが、今日、駄目押しとなる出来事が起きた。

 姫を救うと言う名目で惑星ファイヤーウッドに降り立ったルミナ達は、アックス=G・ノーストと言う男が言い放った"お前達が襲った"という言葉を聞いて二つ目の計画を実行に移した。

 守護者への違和感の源泉は伊佐凪竜一を誘拐犯と決めつけた事。関宗太郎邸で襲撃された伊佐凪竜一を助けたクシナダの報告に目を通したならば誘拐犯にするという判断を下せる訳がない。彼を犯罪者に仕立て上げる強引な決定にスサノヲが強く反発するのは当然だったが、守護者達は全てを握り潰した。

 そんな状況下においてアックスが言い放った台詞に演技やその場しのぎではない気迫を感じ取ったスサノヲ達は覚悟を決めた。守護者達がふんぞり返る旗艦アマテラスと惑星ファイヤーウッド。遠く離れた二点を繋ぐ"伊佐凪竜一の立場を極めて不利にする"という不気味な共通項は、兼ねてから守護者に思うところがあった彼等の心を突き動かした。 

 が、その選択の末が今目の前で起きている。無抵抗なタガミに対し守護者達は容赦なく拳を振るう。それは本来ならば有り得ない光景であり、それもまたルミナ達の違和感を掻き立てる。

「もういいだろう?」

 見かねたルミナが堪らず声を上げた。暴行を受けるタガミを見ればまだ余裕があると言った風に振る舞っているが、明らかに虚勢だ。相手は自分と同じくカグツチを扱う戦闘集団でその辺のチンピラとは格が違う、流石に何十発も殴られれば堪えるようで足元が少しふらついている。間違っても軽傷で済むはずがない。

 ルミナは懲罰と呼ぶには余りに苛烈な暴力を行う一行に鋭い視線を向けた。が、その視線が余計な反感を買った。

「じゃあ次はアンタか?」

 率先してタガミに拳を振るっていた強面で一際ガタイの良い守護者が厭味ったらしくルミナに近づきながら、同時にまとわりつくような視線を送る。

「それで気が済むならそうすると良い」

「へぇ、言うねぇ。じゃあ遠慮なく……」

 彼女の気丈な反応は守護者達の加虐心に火をつけたようだ。誰も彼もが全く無遠慮にルミナの元へと近づくが、しかしその瞬間……周囲に白い輝きが舞い始めた。彼女に最も近かった守護者は"うぉッ"っと情けない声を出しながらその場に尻もちを付き、その後ろにいた残りの守護者達も尋常では無い輝きに戸惑い困惑した。

 理解した。目の前の相手が自分よりも数段、あるいは桁違いの力を秘めていると瞬時に理解した彼等は驚き、狼狽えた。特に一番近くにいるガタイの良い守護者の変化は顕著だった。間近にいるからこそ感じ取ったようだ。

 もし、己が尻もちをつかずもう一歩前に進んでいたらどうなっていたか、恐らく全力の攻撃でも傷一つ付けられず、それどころか威圧だけで……手を出さずとも戦意喪失したであろう結末をリアルに想像した男の表情は一変、余裕に満ちた薄っぺらい笑みは消え失せると恐怖一色に染まった。

 いや違う。ルミナが守護者を射抜くような目で見つめると、その目を見た全員がは何故か震え、怯えだした。"化け物"、ドーム内に鋭利で心無い呟きが木霊した。直後……

「何をグズグズしているッ、はやく連れ出せッ!!」

 悪意に満ちた言葉を掻き消す怒号が全てを塗りつぶした。守護者達は我に返り入口を見つめ、瞬間的に身体を震わせた。視線の先には端整な顔をした男が怒気を噴出させていた。端正で整った顔は隠しきれない苛立ちに歪む。

「も、申し訳ありません」

「お、オイ。早くこっちへ来い」

 守護者達はその表情にルミナ以上の恐怖感を覚えたのか、震える様な声と手つきでスサノヲ達を引っ張る。

「時間が無いと言っただろうが。急げッ!!」

 やがてファイヤーウッドで命令違反を犯したスサノヲ達と共に、彼らを監督する立場であったルミナ=AZ1も連行されていった。

 "こんな有様では"と、私は……そう呟いていた。民意の傾倒、英雄の凋落、刻一刻と悪化を続ける状況はまるで真綿で首を少しずつ締められるように少しずつ、ジワジワと私達を追い詰める。なのに光明が射す気配は全くない。誰の心にも暗い影が落ちる。絶望と言う、暗い影だ。
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