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第6章 運命の時は近い
174話 脱獄 其の2
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「どうして分かったかと言うとですね……」
意を決し話し始めたスミヨシは口ごもった。露骨に曇る彼の表情は当人に聞かせるには酷だと、そう語っている。"余り聞きたくはないでしょうが"、僅かの無言から覚悟を問うような前置きと共にスミヨシは再び口を開いた。
「地上にいたスサノヲの遺体は損傷が激し過ぎて殆ど人の形を残っていなかったんですが、武器に登録されていた個人情報とか、後は僅かながらも遺伝情報が残っていたので個人特定が完了しまして。で、地球でハイドリの警護をしていた第7部隊の5人全員……その、実はアナタのスサノヲ暫定昇格に断固反対していたんです。それはもう派手に。だから何となく察してしまった次第です。その、申し訳ありません、聞きたくない話だとは思いましたが」
一通りを簡潔に説明したその最後を謝罪で結んだ彼の表情には後悔の念が滲み出していた。やはり説明すべきでは無かったという、その思いが顔を歪める。戦闘による怪我が原因で逃げられなかった、あるいは死亡したのではという自責の念に支配される懸念もそうだが、それ以上にスサノヲへの昇格に反対していたという事実は彼の心に暗い影を落としかねない。
「まぁそう言うコト。でも変だよね?」
「えぇ、なんでそんな連中が揃いも揃って地球勤務になったんでしょうね?そもそも彼等、元は第11部隊の後方支援担当なんですよね」
「そーなんだよねぇ。スミヨシ君も異動の話、聞いてないよね?」
「勿論。寧ろ、部隊長のクシナダさんが聞いてないなら誰も聞いていないんじゃないですかね?」
が、どうにもキナ臭い話になっているようだ。伊佐凪竜一のスサノヲ昇格を強固に反対した5人異動が余りにも不自然だという。しかし、暫定という形でスサノヲに昇格した伊佐凪竜一とタガミは話に付いていけず、”知ってたか?”と互いの顔を見ながら訴えかける。
スサノヲは神が直轄する組織であり、迅速な作戦行動を行う為に直属の上司たる神の命を受け活動するという極めてシンプルな構造をしている。その時が訪れたならば神が最初の指示を出し、後方支援部隊の援護を受けながら前線のスサノヲが速やかに作戦を遂行する。また年に数度ある連合会議への出席に伴い神が不在となる場合は、各部隊長の指示により各個人が最適な行動を取る様に常に訓練を行っている。一部隊は80名を基本とし、また大雑把に以下の様に分類される。
第1~6部隊。主力であり、対マガツヒを専門とする実働部隊。有事でなければそれ以外の手伝いも行う。
第7~10部隊。戦闘行動を含む治安維持、要人警護、重要施設警備等を担当する実働部隊。第6部隊よりも実力が劣る面子で構成され、有事の場合は対マガツヒも兼ねる。
第11、及び第12部隊。先の実働部隊の後方での戦闘補佐、情報収集や物資運搬等を含む雑多な補佐を専門とする。また予備兵も兼ねており、何らかの事情で欠員が出た場合は前線と交代する形で直接戦闘も行うが、主たる任務が後方支援である関係上、その戦闘能力は他の部隊と比較すると最も低い。
余談だが、スミヨシを含む支援専門の部隊の存在、その場の判断で適宜作戦を修正ないし変更する権利の存在によりスサノヲは基本的に他と連携を取る事は無い。が、戦力と人手不足が重なった為、後方支援限定で暫定的に艦橋のオペレーターが補佐している。
「まぁこっちも大分キナ臭いけど今は置いておきましょう」
「ソッチも重要だろうがが今はそれどころじゃねぇしな」
不審極まりない……スサノヲ内部関係者ですら与り知らない人事異動も確かに喫緊の問題なのだが、今重要なのは伊佐凪竜一の進退だ。クシナダは頭を過る違和感の正体、恐らく守護者の介入を頭の片隅に追いやると伊佐凪竜一の目を真っ直ぐに見つめ……
「ナギ君、今は私を信じて」
真っ直ぐに訴えた。
「私達、だろうが。良いかナギ、済まねぇが俺達も一枚岩じゃねぇ。だけど少なくとも今日ここに集まった奴らはお前を裏切ったりはしねぇ。ソコだけは信用してくれや」
クシナダの視線に合わせタガミも真っ直ぐに彼を見つめると信用してくれと、そう訴えた。この2人もそうだしそれ以外の大勢も同じく、今何らかの事態が水面下で進行しており、その解決に伊佐凪竜一の力が必要だと感じ取っている。
「皆、何か嫌な予感を感じてるから……だけどアイツ等はぁ。もう死んじゃったから文句言えないけどホントに泣きたいやら怒りたいやら……」
「ですねぇ。連中、ああやって文句ばっか言ってる割にノルマギリギリの訓練しかしてないですからね」
「一日最低10時間、理想は寝食トイレと風呂以外全て特訓。コレがスサノヲの理想だからね」
「ブラックだ……」
一方、期待を集める伊佐凪竜一はクシナダの言葉に色んな意味で驚いていた。ブラック。翻訳が間違っていなければ地球の一地方言語で"黒"という意味らしいが、さてどう言う意味だろうか。
よく分からないが、スサノヲが理想とする生活を知って何かに例えた事だけは理解できる。とは言ってもそれは何ら不思議では無い、旗艦を守る最後の柱、アマツミカボシの希望たるスサノヲたる者が特訓程度で根を上げられては困るからだ。
何より彼らが戦う敵はこの世界の物理法則が通用しない敵だ。その敵と戦い得る唯一の手段"カグツチ"をその身に宿す彼らは常に死と隣り合わせであるが、彼等がマガツヒとの戦いで敗北すればソレは旗艦アマテラスに生きる全知的生命体の絶滅と同義。
伊佐凪竜一に課せられた特訓メニューは、何も知らない人間から見ればちょっと厳し過ぎると思う程度だろうが、スサノヲから見ればまだ足りないというレベルなのだ。だから彼は自らが知る訓練時間との乖離に驚かされたのだろう。
「まぁ、そんな寝食以外を切り詰めた極端な生活を毎日できるのは極一部でしょうけど……ですが、少なくとも地球に降りたあの5人の訓練時間に少々問題があったのは周知の事実でして。多分、怖かったんでしょうね。ナギさんの件を切っ掛けにスサノヲ昇格の基準が緩和されて、今よりも大所帯になった時に自分達の居場所がなくなるかも知れないって」
「あるいは単純に楽してスサノヲになったのが嫌だったとか、かな?」
何という事だ。ほんの僅かに神が目を離しただけでこうも問題が起きるのか。連合最強と目されるスサノヲであっても所詮は人間で、楽な選択肢に流される事だってあるからこそ過度に厳しい試験で弾いていたというのに。
「だがよ。そんな連中であってもスサノヲに変わりないんだぜ?幾らナギと戦って疲弊していたって、誰が何したら5人纏めて殺せるんだ?半年以上前はオーバーワークが原因だったが今回は真正面からって、どう考えても異常だぜ?」
「えぇ、勿論それもある。だからナギ君、一緒に来て。君の助けが必要なの」
クシナダは真っ直ぐな目で再び訴える、助けて欲しいと。気が付けばタガミもスミヨシも同じ眼差しを向けていた。特にタガミは少し前までのふざけた雰囲気など微塵も感じさせない。真面目に出来るならずっとそうしていてくれ、私はその禿げ頭にそんな願いを込めた。が、多分駄目だろうなコイツ。
一方の伊佐凪竜一は回答を保留した。無言を貫く彼の心中を察すれば、行動を起こす意志に陰りがある様に見える。スサノヲの件は納得できたかもしれないが、しかし自分の行動が大勢を死に至らしめた事実は未だ彼を責めたてているのではないか。平時の彼ならば即断したであろう問いかけに未だ無言でいる事が何よりの証拠。彼は……これ以上戦えるのだろうか。そんな不安が私の心を締め付ける。
意を決し話し始めたスミヨシは口ごもった。露骨に曇る彼の表情は当人に聞かせるには酷だと、そう語っている。"余り聞きたくはないでしょうが"、僅かの無言から覚悟を問うような前置きと共にスミヨシは再び口を開いた。
「地上にいたスサノヲの遺体は損傷が激し過ぎて殆ど人の形を残っていなかったんですが、武器に登録されていた個人情報とか、後は僅かながらも遺伝情報が残っていたので個人特定が完了しまして。で、地球でハイドリの警護をしていた第7部隊の5人全員……その、実はアナタのスサノヲ暫定昇格に断固反対していたんです。それはもう派手に。だから何となく察してしまった次第です。その、申し訳ありません、聞きたくない話だとは思いましたが」
一通りを簡潔に説明したその最後を謝罪で結んだ彼の表情には後悔の念が滲み出していた。やはり説明すべきでは無かったという、その思いが顔を歪める。戦闘による怪我が原因で逃げられなかった、あるいは死亡したのではという自責の念に支配される懸念もそうだが、それ以上にスサノヲへの昇格に反対していたという事実は彼の心に暗い影を落としかねない。
「まぁそう言うコト。でも変だよね?」
「えぇ、なんでそんな連中が揃いも揃って地球勤務になったんでしょうね?そもそも彼等、元は第11部隊の後方支援担当なんですよね」
「そーなんだよねぇ。スミヨシ君も異動の話、聞いてないよね?」
「勿論。寧ろ、部隊長のクシナダさんが聞いてないなら誰も聞いていないんじゃないですかね?」
が、どうにもキナ臭い話になっているようだ。伊佐凪竜一のスサノヲ昇格を強固に反対した5人異動が余りにも不自然だという。しかし、暫定という形でスサノヲに昇格した伊佐凪竜一とタガミは話に付いていけず、”知ってたか?”と互いの顔を見ながら訴えかける。
スサノヲは神が直轄する組織であり、迅速な作戦行動を行う為に直属の上司たる神の命を受け活動するという極めてシンプルな構造をしている。その時が訪れたならば神が最初の指示を出し、後方支援部隊の援護を受けながら前線のスサノヲが速やかに作戦を遂行する。また年に数度ある連合会議への出席に伴い神が不在となる場合は、各部隊長の指示により各個人が最適な行動を取る様に常に訓練を行っている。一部隊は80名を基本とし、また大雑把に以下の様に分類される。
第1~6部隊。主力であり、対マガツヒを専門とする実働部隊。有事でなければそれ以外の手伝いも行う。
第7~10部隊。戦闘行動を含む治安維持、要人警護、重要施設警備等を担当する実働部隊。第6部隊よりも実力が劣る面子で構成され、有事の場合は対マガツヒも兼ねる。
第11、及び第12部隊。先の実働部隊の後方での戦闘補佐、情報収集や物資運搬等を含む雑多な補佐を専門とする。また予備兵も兼ねており、何らかの事情で欠員が出た場合は前線と交代する形で直接戦闘も行うが、主たる任務が後方支援である関係上、その戦闘能力は他の部隊と比較すると最も低い。
余談だが、スミヨシを含む支援専門の部隊の存在、その場の判断で適宜作戦を修正ないし変更する権利の存在によりスサノヲは基本的に他と連携を取る事は無い。が、戦力と人手不足が重なった為、後方支援限定で暫定的に艦橋のオペレーターが補佐している。
「まぁこっちも大分キナ臭いけど今は置いておきましょう」
「ソッチも重要だろうがが今はそれどころじゃねぇしな」
不審極まりない……スサノヲ内部関係者ですら与り知らない人事異動も確かに喫緊の問題なのだが、今重要なのは伊佐凪竜一の進退だ。クシナダは頭を過る違和感の正体、恐らく守護者の介入を頭の片隅に追いやると伊佐凪竜一の目を真っ直ぐに見つめ……
「ナギ君、今は私を信じて」
真っ直ぐに訴えた。
「私達、だろうが。良いかナギ、済まねぇが俺達も一枚岩じゃねぇ。だけど少なくとも今日ここに集まった奴らはお前を裏切ったりはしねぇ。ソコだけは信用してくれや」
クシナダの視線に合わせタガミも真っ直ぐに彼を見つめると信用してくれと、そう訴えた。この2人もそうだしそれ以外の大勢も同じく、今何らかの事態が水面下で進行しており、その解決に伊佐凪竜一の力が必要だと感じ取っている。
「皆、何か嫌な予感を感じてるから……だけどアイツ等はぁ。もう死んじゃったから文句言えないけどホントに泣きたいやら怒りたいやら……」
「ですねぇ。連中、ああやって文句ばっか言ってる割にノルマギリギリの訓練しかしてないですからね」
「一日最低10時間、理想は寝食トイレと風呂以外全て特訓。コレがスサノヲの理想だからね」
「ブラックだ……」
一方、期待を集める伊佐凪竜一はクシナダの言葉に色んな意味で驚いていた。ブラック。翻訳が間違っていなければ地球の一地方言語で"黒"という意味らしいが、さてどう言う意味だろうか。
よく分からないが、スサノヲが理想とする生活を知って何かに例えた事だけは理解できる。とは言ってもそれは何ら不思議では無い、旗艦を守る最後の柱、アマツミカボシの希望たるスサノヲたる者が特訓程度で根を上げられては困るからだ。
何より彼らが戦う敵はこの世界の物理法則が通用しない敵だ。その敵と戦い得る唯一の手段"カグツチ"をその身に宿す彼らは常に死と隣り合わせであるが、彼等がマガツヒとの戦いで敗北すればソレは旗艦アマテラスに生きる全知的生命体の絶滅と同義。
伊佐凪竜一に課せられた特訓メニューは、何も知らない人間から見ればちょっと厳し過ぎると思う程度だろうが、スサノヲから見ればまだ足りないというレベルなのだ。だから彼は自らが知る訓練時間との乖離に驚かされたのだろう。
「まぁ、そんな寝食以外を切り詰めた極端な生活を毎日できるのは極一部でしょうけど……ですが、少なくとも地球に降りたあの5人の訓練時間に少々問題があったのは周知の事実でして。多分、怖かったんでしょうね。ナギさんの件を切っ掛けにスサノヲ昇格の基準が緩和されて、今よりも大所帯になった時に自分達の居場所がなくなるかも知れないって」
「あるいは単純に楽してスサノヲになったのが嫌だったとか、かな?」
何という事だ。ほんの僅かに神が目を離しただけでこうも問題が起きるのか。連合最強と目されるスサノヲであっても所詮は人間で、楽な選択肢に流される事だってあるからこそ過度に厳しい試験で弾いていたというのに。
「だがよ。そんな連中であってもスサノヲに変わりないんだぜ?幾らナギと戦って疲弊していたって、誰が何したら5人纏めて殺せるんだ?半年以上前はオーバーワークが原因だったが今回は真正面からって、どう考えても異常だぜ?」
「えぇ、勿論それもある。だからナギ君、一緒に来て。君の助けが必要なの」
クシナダは真っ直ぐな目で再び訴える、助けて欲しいと。気が付けばタガミもスミヨシも同じ眼差しを向けていた。特にタガミは少し前までのふざけた雰囲気など微塵も感じさせない。真面目に出来るならずっとそうしていてくれ、私はその禿げ頭にそんな願いを込めた。が、多分駄目だろうなコイツ。
一方の伊佐凪竜一は回答を保留した。無言を貫く彼の心中を察すれば、行動を起こす意志に陰りがある様に見える。スサノヲの件は納得できたかもしれないが、しかし自分の行動が大勢を死に至らしめた事実は未だ彼を責めたてているのではないか。平時の彼ならば即断したであろう問いかけに未だ無言でいる事が何よりの証拠。彼は……これ以上戦えるのだろうか。そんな不安が私の心を締め付ける。
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