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第6章 運命の時は近い
185話 激闘 其の2
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ミハシラの内側、戦闘禁止区域では総代補佐オレステスとスサノヲ達の戦いが続く。約30人のスサノヲに対する相手はたった1人。そう遠くない内に増援が来るだろうが、それでも数の優位は覆らない。が……結果は全くの逆。
精鋭たるスサノヲは誰が相手でも、いかなる戦力差であろうとも決して油断などしないよう教えられ、またあらゆる状況を想定した訓練を重ねている。なのに、そんな彼らがたった1人に苦戦する。私にも、スサノヲ達にとっても信じ難い光景が実現象として目の前に広がる。
瞬く間にクシナダとタガミを劣勢に追い込んだオレステスは、ルミナが穿った大穴から雪崩れ込んだスサノヲ達と相対する。タガミはともかくクシナダがアッサリと敗北した異常事態に大きな衝撃を受けたスサノヲ達だが、しかし怯む事なく攻撃を開始しようと引き金に手を掛けた次の瞬間……
「疾風迅雷!!」
言霊を纏う女の声がフロアに反響したかと思えば、直後……
ガキィン――
映像に一瞬輝く何かが映ると同時に硬い何かが激突する凄まじい音と衝撃にオレステスは大きく後退させられた。輝きの正体は鈍色の刀。ソレを成したのはクシナダ。彼女が目にも止まらぬ速度から放った渾身の一撃は刀諸共にオレステスとその身体を大きく弾き飛ばす。
「やってくれたなッ!!」
疾風迅雷。刀身と自己の瞬間的な超絶強化、及びその状態から放つ神速の居合切りは彼女の得意とする高機動と組み合わせることにより視認不可能の一撃となった。反応すら出来なかったオレステスは瞬時に体勢を整えつつ前方の女に殺意交じりの視線を送れば、クシナダもまた同じく抜き身の刀を鞘に納めながら眼前の男を睨み返す。
ドォン――
大きな音に続いて、周囲を震わせる振動が発生した。外部で行われる戦闘の余波は、ソコに居合わせた大半の意識を僅かに逸らす。
が、互いを睨むオレステスとクシナダは動じない。次の瞬間、両者の姿が消えたかと思えば衝撃波を伴う激しい鍔迫り合いと共に姿を見せ、そしてまた姿を消した。
「グッ!!」
……が、ほんの1,2秒の後、呻き声と共にクシナダが青い床を滑る姿が視界に映った。速度においてオレステスを圧倒するクシナダが行う桁違いの斬撃を男は完璧に見切るに止まらず、すれ違いざまに蹴り飛ばした。吹き飛ばされたクシナダは膝を付き、床に突き刺した刀を支えに辛うじて転倒を防ぐ。が、敵ながら見事としか言いようのないカウンターを真面に受けたせいで立ち上がれない。震える手は腹を押さえ、離そうと踏ん張るものの膝は床から離れる様子がない。
「化け物かよテメェ!!」
オレステスの攻撃を受けた事で漸く彼女の姿を視認したタガミ達は、手酷いダメージを受けて立ち上がれぬ様子に自分達の番が来たとばかりに銃を構え、邪魔をすまいと抑えていた鬱憤を晴らすかの如く激しい銃撃を始めたのだが……
「貴様等が弱いんだよォ!!」
無数の銃撃による波状攻撃でさえも一度として当たる事はなかった。誘導性が備わった弾丸は全て回避されるか叩き落とされ、あまつさえそのまま反撃の剣閃を叩き込まれる。振り抜かれた刀の軌跡が生む白い太刀筋は遥か遠方を切り裂き、スサノヲ諸共に背後の壁に巨大な傷跡を残す。
ならばと数名が接近戦を仕掛けるが、しかしオレステスは近接戦闘も見越しており全くアドバンテージを許さない。まだ年若いと言うのに全く隙らしい隙を見せないオレステスは全ての攻撃をいなし、反撃を叩き込み、無力化したスサノヲを盾にすると言うやり方で銃撃をやり過ごしながら、瞬く間に残るスサノヲさえも打倒してしまった。
正しく、あの男はテンサイだ。そう、テンサイ。その意味は天賦の才、あるいは天与の才を指す言葉ではないし、そもそも敬称ですらない。監視者が決めた正しい呼び名は天災。マガツヒを呼び寄せかねない程に高濃度のカグツチを引き寄せる事が出来る人間に与えた蔑称がその始まり。
最初は私達だけが呼んでいたのだが、仲間の誰かが人間にその言葉を教えた結果、時と共に世界に広まる過程で意味が大きく捻じ曲がってしまった仇名。人類を絶滅させかねない災害級の強さを持つ人間を指す筈が、何時しか天に愛された才能を指す人間と言う意味に変わってしまった。
多分、勝てない。テンサイに分類されるオレステスの圧倒的な強さを見た私の頭にはっきりとその可能性が過った。テンサイとスサノヲには浅からぬ関係がある。そもそもスサノヲとは、量産型のテンサイを作りだす事がその始まりだった。高い能力を持つ人間の安定した供給、スサノヲはそう言う目的で生み出したのだ。次の絶望を乗り越える為の希望の1つとして、旗艦の神たるアマテラスオオカミを頂点とする戦闘部隊として、私が神に指示を出した。
だが、時折スクナの様にスサノヲからもテンサイが出現する事もあるが、基本的に安定と引き換えに突出した才能が生まれない、その可能性が極めて低い上に土壌もない。それに、そもそもマガツヒを呼び込む可能性のある人間など私達から見れば諸刃の剣そのもの。
最初はそれでも良かったのだ。しかし、連合の拡大に伴いスサノヲの弱さを許容する事は出来なくなった。だが突出した才能は生まれない。だから実力差を補う為に幾つもの武装を作らせた。その最たる例が防壁。スサノヲを最強たらしめるのは高いカグツチ適正と戦技を扱う技量に特兵研という連合最高峰の研究所が生み出した武装の数々。
そう、スサノヲにもまだアドバンテージがある。勝てないという予測は正しいかも知れない。だけど、防壁を持つスサノヲが易々と敗北する事は無いだろうと、今は劣勢だが直ぐに互角に持ち込んでくれると、そう思っていた。
スサノヲが装備する防壁に改良が施された頑強なスーツが加われば、即座に致命傷を負う事はない。防壁は万能ではないが、桁違いの堅牢性がスサノヲを守ると、オレステスとの力量差を埋めてくれると、そう思っていた。
なのに……その男はその防壁を容易く貫通する程の攻撃力を際限なく振るい、遂にはこの場にいるスサノヲを無力化してしまった。しかもたった1人で、だ。
化け物染みている。
こんな人間がいるのか、と私は酷く狼狽した。確かに守護者にはスサノヲと同等の技術がある。だが、それにしても此処までの力量差が生まれるとは思えない。それこそ寝食以外の全てを、強くなる為だけに人生の全てを注ぎ込まねば辿り着けない。
いや、それでもまだ足りない。もっと、悍ましい意志と覚悟が無ければ辿り着くなど不可能だ。一体どんな覚悟があれば、どんな思考の果てに、どんな狂気を内包すれば、タダの人間がこの境地に辿り着ける……
不意に、思考が途切れた。私は見た。見てしまった。少なくとも戦技に加え恐らく魔導さえも完璧に扱って見せるであろう男の目を私は見た。ソレは憎悪と怒りと憎しみの塊。人間ならば誰でも持つ感情の内、負の感情だけを煮詰めた様なドス黒い目だった。
アレは、テンサイと呼称される才能を持つ人間が更に狂気的な憎悪に身を委ねる事で手にした力だ。負の感情を糧に人を超えた力を発揮しているのだと、そう直感した。そう考えればあの桁違いの力も、意志に反応するカグツチという未知の粒子が成す業なのかもしれないと納得出来る。だが、その生き方の先には何もない。
短い攻防が終わってみれば、無傷のオレステスに対しスサノヲ達の大半が負傷するという信じ難い決着を迎えた。床にはまばらに血が滴り、一部を朱く染める。
数をものともしない才能。目の前にいるオレステスと言う男は、力の根源こそ違うが伊佐凪竜一やルミナと同種の存在と認識するには十分だった。男は刀に手を掛け無言で一歩を踏み出した。体験する者には長く、見る者には短い攻防が再び始まる。
精鋭たるスサノヲは誰が相手でも、いかなる戦力差であろうとも決して油断などしないよう教えられ、またあらゆる状況を想定した訓練を重ねている。なのに、そんな彼らがたった1人に苦戦する。私にも、スサノヲ達にとっても信じ難い光景が実現象として目の前に広がる。
瞬く間にクシナダとタガミを劣勢に追い込んだオレステスは、ルミナが穿った大穴から雪崩れ込んだスサノヲ達と相対する。タガミはともかくクシナダがアッサリと敗北した異常事態に大きな衝撃を受けたスサノヲ達だが、しかし怯む事なく攻撃を開始しようと引き金に手を掛けた次の瞬間……
「疾風迅雷!!」
言霊を纏う女の声がフロアに反響したかと思えば、直後……
ガキィン――
映像に一瞬輝く何かが映ると同時に硬い何かが激突する凄まじい音と衝撃にオレステスは大きく後退させられた。輝きの正体は鈍色の刀。ソレを成したのはクシナダ。彼女が目にも止まらぬ速度から放った渾身の一撃は刀諸共にオレステスとその身体を大きく弾き飛ばす。
「やってくれたなッ!!」
疾風迅雷。刀身と自己の瞬間的な超絶強化、及びその状態から放つ神速の居合切りは彼女の得意とする高機動と組み合わせることにより視認不可能の一撃となった。反応すら出来なかったオレステスは瞬時に体勢を整えつつ前方の女に殺意交じりの視線を送れば、クシナダもまた同じく抜き身の刀を鞘に納めながら眼前の男を睨み返す。
ドォン――
大きな音に続いて、周囲を震わせる振動が発生した。外部で行われる戦闘の余波は、ソコに居合わせた大半の意識を僅かに逸らす。
が、互いを睨むオレステスとクシナダは動じない。次の瞬間、両者の姿が消えたかと思えば衝撃波を伴う激しい鍔迫り合いと共に姿を見せ、そしてまた姿を消した。
「グッ!!」
……が、ほんの1,2秒の後、呻き声と共にクシナダが青い床を滑る姿が視界に映った。速度においてオレステスを圧倒するクシナダが行う桁違いの斬撃を男は完璧に見切るに止まらず、すれ違いざまに蹴り飛ばした。吹き飛ばされたクシナダは膝を付き、床に突き刺した刀を支えに辛うじて転倒を防ぐ。が、敵ながら見事としか言いようのないカウンターを真面に受けたせいで立ち上がれない。震える手は腹を押さえ、離そうと踏ん張るものの膝は床から離れる様子がない。
「化け物かよテメェ!!」
オレステスの攻撃を受けた事で漸く彼女の姿を視認したタガミ達は、手酷いダメージを受けて立ち上がれぬ様子に自分達の番が来たとばかりに銃を構え、邪魔をすまいと抑えていた鬱憤を晴らすかの如く激しい銃撃を始めたのだが……
「貴様等が弱いんだよォ!!」
無数の銃撃による波状攻撃でさえも一度として当たる事はなかった。誘導性が備わった弾丸は全て回避されるか叩き落とされ、あまつさえそのまま反撃の剣閃を叩き込まれる。振り抜かれた刀の軌跡が生む白い太刀筋は遥か遠方を切り裂き、スサノヲ諸共に背後の壁に巨大な傷跡を残す。
ならばと数名が接近戦を仕掛けるが、しかしオレステスは近接戦闘も見越しており全くアドバンテージを許さない。まだ年若いと言うのに全く隙らしい隙を見せないオレステスは全ての攻撃をいなし、反撃を叩き込み、無力化したスサノヲを盾にすると言うやり方で銃撃をやり過ごしながら、瞬く間に残るスサノヲさえも打倒してしまった。
正しく、あの男はテンサイだ。そう、テンサイ。その意味は天賦の才、あるいは天与の才を指す言葉ではないし、そもそも敬称ですらない。監視者が決めた正しい呼び名は天災。マガツヒを呼び寄せかねない程に高濃度のカグツチを引き寄せる事が出来る人間に与えた蔑称がその始まり。
最初は私達だけが呼んでいたのだが、仲間の誰かが人間にその言葉を教えた結果、時と共に世界に広まる過程で意味が大きく捻じ曲がってしまった仇名。人類を絶滅させかねない災害級の強さを持つ人間を指す筈が、何時しか天に愛された才能を指す人間と言う意味に変わってしまった。
多分、勝てない。テンサイに分類されるオレステスの圧倒的な強さを見た私の頭にはっきりとその可能性が過った。テンサイとスサノヲには浅からぬ関係がある。そもそもスサノヲとは、量産型のテンサイを作りだす事がその始まりだった。高い能力を持つ人間の安定した供給、スサノヲはそう言う目的で生み出したのだ。次の絶望を乗り越える為の希望の1つとして、旗艦の神たるアマテラスオオカミを頂点とする戦闘部隊として、私が神に指示を出した。
だが、時折スクナの様にスサノヲからもテンサイが出現する事もあるが、基本的に安定と引き換えに突出した才能が生まれない、その可能性が極めて低い上に土壌もない。それに、そもそもマガツヒを呼び込む可能性のある人間など私達から見れば諸刃の剣そのもの。
最初はそれでも良かったのだ。しかし、連合の拡大に伴いスサノヲの弱さを許容する事は出来なくなった。だが突出した才能は生まれない。だから実力差を補う為に幾つもの武装を作らせた。その最たる例が防壁。スサノヲを最強たらしめるのは高いカグツチ適正と戦技を扱う技量に特兵研という連合最高峰の研究所が生み出した武装の数々。
そう、スサノヲにもまだアドバンテージがある。勝てないという予測は正しいかも知れない。だけど、防壁を持つスサノヲが易々と敗北する事は無いだろうと、今は劣勢だが直ぐに互角に持ち込んでくれると、そう思っていた。
スサノヲが装備する防壁に改良が施された頑強なスーツが加われば、即座に致命傷を負う事はない。防壁は万能ではないが、桁違いの堅牢性がスサノヲを守ると、オレステスとの力量差を埋めてくれると、そう思っていた。
なのに……その男はその防壁を容易く貫通する程の攻撃力を際限なく振るい、遂にはこの場にいるスサノヲを無力化してしまった。しかもたった1人で、だ。
化け物染みている。
こんな人間がいるのか、と私は酷く狼狽した。確かに守護者にはスサノヲと同等の技術がある。だが、それにしても此処までの力量差が生まれるとは思えない。それこそ寝食以外の全てを、強くなる為だけに人生の全てを注ぎ込まねば辿り着けない。
いや、それでもまだ足りない。もっと、悍ましい意志と覚悟が無ければ辿り着くなど不可能だ。一体どんな覚悟があれば、どんな思考の果てに、どんな狂気を内包すれば、タダの人間がこの境地に辿り着ける……
不意に、思考が途切れた。私は見た。見てしまった。少なくとも戦技に加え恐らく魔導さえも完璧に扱って見せるであろう男の目を私は見た。ソレは憎悪と怒りと憎しみの塊。人間ならば誰でも持つ感情の内、負の感情だけを煮詰めた様なドス黒い目だった。
アレは、テンサイと呼称される才能を持つ人間が更に狂気的な憎悪に身を委ねる事で手にした力だ。負の感情を糧に人を超えた力を発揮しているのだと、そう直感した。そう考えればあの桁違いの力も、意志に反応するカグツチという未知の粒子が成す業なのかもしれないと納得出来る。だが、その生き方の先には何もない。
短い攻防が終わってみれば、無傷のオレステスに対しスサノヲ達の大半が負傷するという信じ難い決着を迎えた。床にはまばらに血が滴り、一部を朱く染める。
数をものともしない才能。目の前にいるオレステスと言う男は、力の根源こそ違うが伊佐凪竜一やルミナと同種の存在と認識するには十分だった。男は刀に手を掛け無言で一歩を踏み出した。体験する者には長く、見る者には短い攻防が再び始まる。
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