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第6章 運命の時は近い

205話 熾天使

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「なぁ、俺も仲間だよな?」

 不意にそんな声が聞こえた。2人の視線吸い寄せられるように声の主へと向かうと、ソコには後部座席の窓際から恨めしそうな顔で睨むアックス。車内の空気を換える為か、はたまた拗ねているのか、この男の心情は本当に読めないから困る。

「当たり前だろ?」

「へへ、なら良いけどよ」

 伊佐凪竜一から引き出した満足のいく返答に彼は得意満面とばかりにニヤリと口の端を歪めた。直後、"まるで子供ね"と呆れる声。私も同感で、全く呑気なものだと思う。

 が、一方でアックスの功績は想像よりも遥かに大きい。逃避行に同行する事となった経緯は正しく偶然の出会い、成り行きでしか無かったが、身銭を切って支援を行うに止まらず、時に命を懸けて共に戦いもしたのだから。

 故にその中で生まれた目に見えない何か、友情の存在を伊佐凪竜一の言葉から確信したアックスが子供のように喜ぶのも無理はない。それは恐らく白川水希には理解しがたい感情なのだろう。

「後、アンタも程々にしとけよ。良い歳した大人が子供みたいに相手の言葉に一喜一憂とか……」

 しかし、だ。余程に嬉しかったのか、其れとも口が滑ったのか、はたまたそういう性格なのか、直後に口を滑らせた。雰囲気は一変、車内の空気は更に冷え込む。元凶である白川水希は鉄面皮から一転、露骨な怒り交じりの表情をうっかり者に向ける。余計な事を言うな、そう言わんばかりに睨み付ける彼女の視線に耐えられなくなったアックスは再び窓の外を眺めた、寧ろ眺めざるを得なくなった。

 そもそも、"相手の言葉に一喜一憂"はお前も同じだろう……

「違うと言ったでしょう?」

 車内にドスの利いた声が静かに響き、暫しの後"ハイ、ソウデシタネ"と呻くような男の声が重なった。

 ※※※

 車内の様子は大きく二分する。アックスが1人ぼやきながら窓の外を眺める一方、白川水希から休めと言われた伊佐凪竜一はずっと彼女と話し込んでいた。情報収集と言うよりは、旗艦の内情を全く知らない危機感からの行動だろう。白川水希を通して知った旗艦の現状に彼は驚き、それ以上に落胆した。

 英雄の凋落、離れる民意、跋扈する守護者の影、その他諸々の情報は何れも知るべきではない。が、知っておかねばならない。何れ知る位ならば今知っておくべき。そう判断した白川水希は聞かれた事に対し淡々と、無表情で受け答えをする。

 車内の空気はとても穏やかで、ほんの少し前まで必死で逃げてきたのが嘘のように落ち着いている。要因の一つは白川水希が持ってきた音楽だ。

「無理言って買ってきてもらった甲斐があったわ」

「そっか。でも、俺がコレ好きって言ったっけ?」

「え!?ま、まぁ人づてに……ね」

 車内を彩る音色はどうやら伊佐凪竜一の好きな歌手らしく、"懐かしい"と話を結んだ彼は暫し歌声に聞き入った。

 興味本位で調べたところ、日本では名の知れたミュージシャンだと判明した。リラックスしたその様子から判断すれば、恐らく地球に居た頃に好んで聞いていたのだろう。地球の交流は一時断絶状態となっているが、その間の交流が無かった事になる訳ではない。

 白川水希の言葉を借りるならば、地球の文化文明の幾つかの内、特に悪影響が無いだろうと判断された幾つかが旗艦に持ち込まれた。映画、ドラマ、歌、ファッション、その他諸々。その内の幾つかは爆発的な人気を博し、市井を席巻していったがそれは少し前の話だそうだ。

 現在、双方の文化と交流は断絶され、同時に発生した関係性の悪化により旗艦側から地球の情報は粗方撤去された。だがそれでも文化交流の痕跡は一部に色濃く残る。顕著なのはファッションの内、白川水希と伊佐凪竜一が今も着るスーツの類だ。

 地球では労働者層が好んで着用する服でしかないソレが旗艦の文化に喰いこんだ理由はひとえに英雄ルミナの影響によるもの。神魔戦役の終局、清雅源蔵との戦いを止めた彼女の雄姿と共に身に纏う服も大勢の記憶に焼き付いた結果、終戦からそれ程時間が経過しない状況であるにも拘らず地球製のスーツを求める声が各所で上がり始めた。

 この声に企業がいち早く答え、次に英雄の情報を医療機関に止められた報道機関がその代わりと食いついた事により一気に流行した、とは白川水希の言。そう言えばルミナが"私達が着ていたすーつなる服が爆発的に流行ってどうにも居心地が悪い"と愚痴っていたのが記憶に新しい。

 彼女から話を聞く伊佐凪竜一はその情報を興味深げに聞き入る。ある程度はツクヨミから聞いているようだが、過酷な訓練を日課とする生活の中では情報の質も量もたかが知れている。聞きたくない情報も多いが、地球とは全く違う旗艦独自の習慣や常識は彼の知的好奇心を大いに刺激したようで、歌を皮切りに次から次へと彼女に質問を重ねる。対する白川水希も無表情は何処へやら、気が付けば満更では無いと言った雰囲気で受け答えを行う。

 一方、悲しいかな蚊帳の外のアックスはそんな2人の様子を邪魔しまいとするが、しかし狭い車内で出来る事などある筈も無く、必然的に窓の外の景色を眺めるに終始する。ファイヤーウッドでは見られない景色はそれなりに興味関心を引いたようだが、しかしその表情は暗いと言うよりも少々不機嫌と言った様子であり、時折何事かブツブツと呟く。

 さながら恋人の如く談笑する2人と捨て置かれた大きな子供。何とも表現し難い緩い空気が車内を支配する。

 聞こえるのは伊佐凪竜一と白川水希の他愛ない会話に車内を流れる地球の音楽。しかし、程なくその歌も終わりを迎え、車内に暫し静寂が訪れる。アックスもそれとなく聞き入っていたのか、音の消失に合わせる形で車内へと視線を戻そうとしたその矢先……

「あ!?」

 素っ頓狂な声を上げた。自然、談笑する声が止まり、視線が声の主を捉える。が、アックスは車外を流れる景色の一点を睨みつけたまま微動だにしない。

 その視線を追えば隣を走る自動運転車。車体側面と上面が強化ガラスで出来たその車に乗る子供を凝視している。より正確には子供が見せる奇妙な行動だ。

 その子供が何をしているかと言えば、後方をキラキラとした眼差しで眺めながら、更に無意味に手を振っているのだ。後方を見ても車の群れが無機質に走るだけ。しかし、アックスは子供の無垢な視線が自動運転車ではなくその遥か上空を見ている事に気付き……

「不味いッ、見つかった!!」

 次の瞬間、目一杯に叫んだ。流れ始めた次の楽曲を掻き消すアックスの怒号に車内が支配されると、反射的に伊佐凪竜一と白川水希も窓に詰め寄り同じ光景を見る。

「アレは!?」

 3人が見つめる先、距離にして1キロ程度先の空には3つの人影と1つの巨大な機体が飛翔する光景。それぞれの背後にまるで純白の翼に見える巨大な推進機関を6枚備えたその姿は正しく天使そのもの。最悪だ。彼等の追撃は確定的であったが、何故ルミナではなく伊佐凪竜一の追撃に向かうのか分からないが、いずれにせよ最悪の相手に違いない。

「飛行機能を有する4機の式守シキガミ、反重力の発生制御をおこなう6枚の翼。そんな!?」

「オイ、最悪じゃないか!!」

「知ってるのか?」

「だからなんでお前が知らねぇんだよナギ。良いかよく聞け、アレはザルヴァートル財団が誇る最高戦力"熾天使セラフ"だ!!」

 セラフと、そう吐き捨てたアックスの言葉に伊佐凪竜一は呆然とする。スサノヲ、守護者等と並び連合最強の一角と称されるザルヴァートル財団が誇る最高戦力に補足された。伊佐凪竜一に許された穏やかな時間はほんの僅か、当て所ない再び逃避行が始まる。
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