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第6章 運命の時は近い

221話 提案

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『お久しぶりです』

 映像の向こうの男は最初にそう語り掛けた。その表情は極めて真面目で、何処か悲壮な気配を漂わせる。が、イスルギも、用心棒達も、タケルでさえも現れた顔に激しい拒絶反応を示した。表情も、睨み付ける視線も一様に鋭く冷たい。

 一方、ルミナだけは違った。その表情には何らの感情も一切窺わせない。無反応、あるいは無関心。ソレは顔見知りに見せる優しさや伊佐凪竜一に見せる笑顔とは真逆、まるで能面の様な冷たい表情で男を出迎えた。

『お久しぶりです。どの面を下げてと言われれば返す言葉も無いですし、何より接触禁止命令も出ている身です』

「何となく、そんな気がしたよ。ヤハタ」

 映像からの開口一番の挨拶に、ルミナは男の名を絞り出した。そう、彼女に会いたいと訴えた人物とは且つて旗艦を混乱に落とし大多数の犠牲者を出した山県令子の反乱を補佐したヤハタだった。

 ルミナの表情は相も変わらず無表情のままだが、その感情はとても読み易い。関わりたくない。仮定の話に意味など無いが、それでもこの男が初めて接触した際に計画の一切合切を素直に打ち明けていればココまで拗れる事は無かったかもしれないと、彼女はそう考える。いや、彼女だけではない。大小の差はあれども苦境に陥る誰もがヤハタの軽率な判断を恨み、あの時に話していればこうはならなかったと都合の良い妄想に浸っている筈だ。

『今は挨拶の時間も惜しい。本題だ。コイツがどうしても君と話したいと言い出した。接触幇助も処罰対象となるのは重々承知しているが、内容が内容だけにこうして秘密裏に場を設けさせてもらった訳だ』

「イヅナ?そうか、君が監視役なのか」

 そんな彼女の固い表情はヤハタを監視する仲間の顔に気付くや僅かに綻んだ。また、釣られる様にイヅナも表情を崩す。今になって気付いたのか、なんて無粋な一言が無い辺り、恐らく彼も今朝方のデモが彼女に与える負担を気に掛けているようだ。

「今更、しかも接触禁止命令を無視してまで何を考えてイるッ!!」

 ルミナが再び口を開く前、らしくない強い口調でタケルが吠えた。明らかな怒りに満ちた表情を見れば、目の前にいたならば殴り飛ばしていたであろう気迫に満ちている。が、彼以外も概ね同じ感情に支配されている。あからさまな敵意を映像の男に向ける各々の表情を見れば犠牲者の中に知己が混ざっていたのは明白。

「落ち着いて。そう威圧しては向こうも話し辛い」

 流石にこのままでは時間を無駄にするばかりと、比較的冷静なルミナが仲裁に入る。

「しかしッ!!」

「そうですよッ。ソイツが匿ってた山県ナントカって地球人が原因でどれだけ犠牲が出たかッ!!」

「それに今もなお苦しみ続ける遠因にもなっているでしょう?ソレを許せって言うんですか!!こんなクソ野郎に俺の、俺のッ!!」

 が、タケルの怒りに当てられ昂った用心棒達がその程度では落ち着く筈もなく。極一部からとめどなく溢れ続ける声は次第に大きさを増し、やがて怨嗟と共に口汚くヤハタを罵り始める。

「落ち着かんか馬鹿者共がッ!!」

 直後、老兵の一喝が全てを押し流した。正しく落雷の如き怒号にホテルのホールは水を打ったように静まり返る。

「今この場で過去を蒸し返す利も、時間も無い。どうしても納得できないならこの作戦から離れろ。済まない、続けてくれ」

『御好意、痛み入ります』

『分かっていると思うが、もし彼女が話を切り上げたい意志を示したらそこで終わり。無理矢理にでも引っ張ってくからな』

『君にも感謝を、イズナ。大丈夫、全て承知しています。では……単刀直入に用件を伝えたい。今朝方の報道番組は見ただろうか?デモの勢いはかなり広範囲に渡り、一部では暴動に発展している。今、旗艦は酷く不安定だ』

「知っている、それで?」

『情報を引き出す為に参加者と接触したい。年齢も性別も立場も全部バラバラに見えたのだが、10代20代の数が比較的多い印象を受けた。こういう事を言うのは決して自惚れではないが、僕は若年層に大きな影響力を持っている』

 ヤハタはそこまで語るといったん言葉を止め、反応を待った。彼に注がれる視線と表情を見れば未だ否定、拒絶、憎悪、憤怒の感情が滲み出している。が、反して行動として発露させる様子は無い。話を聞く価値はある。誰もがそう判断し、負の感情を抑え込む。

『下心があった事実、その為に行った分不相応な真似により大被害を与えた事実から逃げるつもりもない。だから、贖罪の機会を与えて欲しい。こんな事を言う性格でもないが、必ず成果を持ち帰ると約束する。そもそも山県令子の一件は完全な偶然の産物。つまり、本来ならばココまで旗艦内の情勢が荒れるのは想定外。となればデモと言う大がかりな行動も同じで、だから何処かに綻びがあるかも知れない。それに、君が僕の持つ影響力を考えて名を公表しなかった恩義もある。愚かな僕を救ってくれた君の意志に報いたい。未だに見えてこない真相に少しでも近づく為に協力したい。これが偽りない僕の本音だ』

 男が接触した理由の次に語ったのは、己が行動を起こした心情。しかし、真っ直ぐな目でそう言い切ったものの周囲の空気は変わらず。特に用心棒達は頑として認めない。恐らく、ヤハタが山県令子の反乱に関わっていたという情報含めた一切が非公開とされた事が原因だろう。連合におけるヤハタの評価は依然として生まれ育ち顔立ちの全てにおいて完璧な青年実業家のまま。世間的な評価と真実との乖離への苦悩は僅か一度の行動で薄らぐものではない。

 とは言え、彼等の心情がどうであれヤハタは正しく罰を受けている。黄泉へと収監され、解放された頃には全財産は整理、没収され無一文となっていた。更に就業、金銭授受、日常品や食糧含む製品の購入、公的私的な連絡、各区内外の移動に至る全てに厳しい制限と監視がつけられ、自由とプライバシーは一切ない。また当人が語った通り、直接間接含むルミナへの接触禁止命令も含まれている。

 信用すべきか否か。ヤハタの言葉を聞いた全員の胸中はその一点に支配される。本来ならば信ずる必要も理由もないのだが、その提案は先行き不透明な現状に射した僅かな光明であり、非常に魅力的であり、故に迷いを生む。

『やはり信用するのは危険か。今のところ特に問題は起こしていないが、お前への疑惑が完全に晴れた訳では無いしな。この件はコチラから断って……』

 無言を貫き、ひたすらに思考を続けるルミナに先んじて監視役のイヅナが強引に話を切り上げようと動き出すと……

『待ってくれ、彼女の返答がまだだ!!』

 当然、ヤハタは食い下がる。不退転か策謀か、如何なる理由であれ違法を承知で接触を図ったのだから自然な行動だ。

「待て。その提案、受け入れる」

『えっ?』

『本当かッ!!』

 映像の向こうで男2人が争い始めた矢先、ルミナは意を決した。イヅナは驚き、ヤハタは露骨に喜びに満ちた表情を浮かべ、用心棒達は彼女の決断ならばと引き下がり、この流れを予測していたと思われるタケルとイスルギは互いの顔を見合わせた。

『感謝します。では移動許可を出す様に指示してくれないでしょうか?知っての通り、僕が移動する為には監視役の許可が居るのですが、どうにも貴女の頼みしか聞かないと頑として譲らなくて』

『当然だろう?』

「私はもう艦長ではないし、公表しなかったのは司法側の判断だよ」

『そうなんですか?ま、まぁソレは置いておき、スサノヲにとって貴女は別格なのです。艦長を辞し、守護者より汚名を着せられている状態であってもスサノヲの大半が絶大な信頼を寄せている』

「有り難い話だな。ではイヅナ。彼の監視と、必要なら護衛もお願いします」

『承知した。しかし、コイツに何か怪しい動きがあれば即座に中断させて貰う。其処だけは譲れない』

「ありがとう、頼りにしている」

『今の俺はこれ位しか出来ないからな』

『期待に沿えるよう最善を尽くします。では僕はコレで』

『あ、オイ。コラ勝手に行動するな!!』

『場所は若年労働者層が一番多い第12区域だ。急ごう』

 許可を貰った、信用して貰えた事実に感情が昂ったヤハタは即座に行動を開始、映像から姿を消し……

『だからお前が仕切るな!!では艦長、失礼します。それから、コレは同僚としてだが……何かあったら誰でもいいから頼ってくれ。じゃあ、また後で』

 ルミナが許可を出すと想定していなかったイヅナも僅かに遅れる形でヤハタを追うように姿を消した。信じるべきか否か。各々に渦巻く疑問は未だ晴れず、さりとて現状のままでは何も分からず。しかしルミナは、彼女だけはあの真っ直ぐなヤハタの眼差しを信じた。彼の行動が事態を打開すると、そう信じた。

 果たしてこの決断が吉と出るか、凶と出るか……
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