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第6章 運命の時は近い

222話 神算鬼謀

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「危険だと思うが?」

 無遠慮な質問が静寂を塗り潰した。声の主はタケル。ヤハタに付き纏う疑念を払拭しきれない彼の言葉はルミナへと向かう。

「信用はする。ただ、全面的に信用するという訳ではないというだけ。彼、どうも思い込んだらそれ以外が見えない性格みたいだけど、だからこそ裏は無いと思う。はかりごとをするには余りにも不向きだ」

「名前を公表しなかったくだりか?」

「あぁ。最終的な判断は司法局だし私の提案も却下されたんだけど。なのになんであんな勘違いをしたんだろう?」

「成程。自らに都合よく物事を捉える盲目的な性格は長期的な計画の実行に不向きか。タナトスが切ったのも頷ける。が、それでも確実とは言えなイ。やはり危険では?」

 タケルはまだ食い下がる。ルミナの護衛として、これ以上の危険に晒せないという彼の判断は間違っていない。先行きが全く不透明な現状において最も優先されるべきは旗艦最強の英雄ルミナの心労を極力排除する事なのだから。無論、ヤハタへの不信も大きいだろうが。

「今のままでは後手に回り続けるだけ。守護者とタナトスが何かを企んでいるのは間違いないが、それを止めようと思うならばやはり先手を取りたいし、可能ならば計画の一部でも知っておきたい」

「その為に危険を冒すと?」

「安全ばかりでは活路は開けない」

「演技の可能性は?」

「さっきの話もそうだし、裁判で素直に全てを語った事もそうだけど、普通に考えればそんな程度で過去は帳消しにならないし、信用してもらえるとも考えない。そういう性格なんだろう」

 矢継ぎ早の質問にルミナは淀みなく答える。確かに彼女はヤハタを信用したのだが、その決め手となったのは思い込みの激しい性格だと暗に零した。

「そりゃあ、配偶者にしたいと言う思いが暴走したってアレか?ワシらには理解出来んなぁ、見合いの何が気に喰わんのだ?」

 一方、ルミナの言から裁判時の証言を思い出したイスルギは己とかけ離れた若者の心情に唸る。

 徐々に減少する配偶率改善の為、あらゆるデータを元に相性の良い人物同士をマッチングするシステムは優遇措置などの併用により高い効果を出し、今では旗艦の文化ともいえる程に浸透した。しかし、半年前の神魔戦役を契機にその価値観は揺らぎつつある。

 もしや、そんな激変する価値観に背中を押される形でヤハタは行動を起こしたのではと、ふとそんな考えが私の頭を過った。

「その件ですが、どうやら彼の見合い候補の中に私が居たようです。スサノヲになった際に一旦抹消されたようですけど、半年前に私を見て思い出したとか」

「成程。本来ならば自分が有利だが、ルミナの傍には苦境を支え合ったもう1人の英雄が居る。分が悪いと判断したヤツはタナトスの計画を利用してルミナに近づき、あわよくば……と考えた訳か?ハァ、とんだ大馬鹿者だ」

 ヤハタの行動理由が余程に情けなかったのか、イスルギは大馬鹿とストレートにこき下ろすとソファの背に体重を預けた。ギシ、と軋む音に"確かに"と漏らしたタケルの相槌が重なる。何も語らないが、恐らく彼等以外も同じ心証を抱いているだろう。

「私も傍聴したのですが、あの時に見せた尊大な態度が演技だと思える位には素直に全てを認めていました。でも、普通に考えれば先ず断られるか話し合いの場にさえ立てないと考えます」

「確かに分が悪すぎるな。賭けどころでは無イ」

「監視報告書の方は?目は通しているんだろう?」

「特に問題はありません。財産処分も隠し分を含め速やかに整理、補填に回す手配を整えていたそうですから。タケルの懸念も分かるけどソコまで悪い人物ではない。極端な考え方をする危険性がある反面、謀略とか根回し方面の才能は無いというのが私の評価です。計画が破綻した時の事を想定していない甘さもそうですが、そもそも私と配偶者になりたいなら被害者とか後方支援的な立場から近づいた方がまだマシでしょうし」

「つまり、一連の発言はこの事態を想定した計画では無く本心だと?確かに……だがなぁ」

 まだ心の何処かに何かが引っ掛かるタケルはルミナの評価に訝しむ。人の心に目覚めたばかりの彼に恋愛感情が絡んだ問題を正しく理解しろというのはやや酷な話だ。

「本音を言えば、危ない橋を渡るにしても誰か信用できる人に任せたいというのもある。だけど今の私に適任がいるかと言われると、ね」

 そんな彼の心情を察したルミナが補足を入れると……

「俺達は駄目ですか?」

 協力出来る機会を探っていた用心棒達が声を上げる。確かに彼等ならばうってつけだろうが……

「君達が用心棒になる前の経歴を知らなイが、恐らく相当数が退役からある程度の時間が経過してイる筈だ。その状態でタナトスと鉢合わせれば、先に待つのは拷問と確実な死だ。済まないが、気持ちだけ受け取らせてくれ」

 無常な現実をタケルが突きつけた。

「そ……そうですか」

「相手はどんな手段に出るか分からん危険な連中だ。ソレに忘れたか?且つての神魔戦役における退役兵の死因は、その大半が退役から復帰までの長大な空白期間ブランクを埋められなかった事だ。お前達には後方支援という仕事がある。無暗に命を落とされると前線で戦うルミナやタケルが全力を出せん。お前達の仕事も目立たないだけで十分に重要だ」

 詰まるところ足手纏いと、遠回しに指摘された彼等の落胆振りは想像していた以上に酷く、すかさずイスルギがフォローを入れた。

「は、はい!!」

「さて、色々と起きて時間を掛けちまったがそろそろ動こうか。2人共頼むぞ」

「ええ」

「任せてくれ」

 想定外の来客により長引いた話は終わりを迎えると、入口へ向け規則正しく床を叩く音がホールに響いた。ルミナとタケルが人目を避け、監視網を潜り抜けながら向かう先は黄泉へと繋がるミハシラより約10キロ離れた建造物の屋上。短時間でイスルギが見つけた狙撃地点。

 ※※※

 ココまでが伊佐凪竜一救出作戦開始数時間前の出来事である。顛末を知れば良くヤハタを信じる気になったものだと思う。あの男はどれだけ憎悪を向けられたとしても仕方がない行いをしたのだ。一方、ルミナの決断とその理由にも納得は出来る。彼女の言う通り、確かに危険を冒さねば情報を手に入れることは叶わない。しかし果たして信用できるのかと言う疑問が何時までも付き纏う。

 最大の理由はタナトスの存在そのもの。且つてオオゲツの名でアラハバキに接触したその女は従順な素振りの裏で謀略と策謀の牙を研ぎ続け、状況が想定を超えるや否や無能極まりなかったアラハバキに躊躇いなく突き立てた。散々に利用した挙句、タケミカヅチ計画のデータを持ち出し、己だけは見事に逃げおおせた。

 だがソレでは終わらず、自らが関与した痕跡の全てを強引に消去した。タナトスの逃走を許した僅か数分後、アラハバキの自宅、別邸、管轄する工場その他ありとあらゆる場所が同時に爆破された。暴力的だが、しかし美しく鮮やかな手並とは後に映像を見たスクナの評価であり、また急行したスサノヲとヤタガラス達も何もかもを消し去る爆風に、濛々と立ち昇る炎の中に神さえ嘲笑う女の姿を重ねたと言う。

 だからこそ、なのだ、タナトスと一時でも接触したというたったそれだけでヤハタと言う男は危険極まりない存在となる。例え本当に無害で無能だったとしても、あの女と知り合いと言うだけで不信感は際限なく募る。

 あの女は、その姿を現さずとも私達の行動を縛り、阻害する。
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