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第6章 運命の時は近い

224話 全ては明日、その時に分かる

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 連合標準時刻 火の節88日目 正午

「どうです、ボス?」

「やはりタケルの言葉通り、覚悟を決めた方が良いか」

「そんなッ!?」

「まだ借金残ってるのに……」

 ルミナ達が必死で逃走するその数時間前。イスルギが拠点とする第5居住区域の高級バーを確認すれば、誰もが地球製の携帯端末を沈痛な面持ちで睨む奇異な光景が映し出された。陰鬱とした空気の正体は定時の連絡がこない現実。誰もが最悪の結末を空想し、心が沈む。

「駄目か」

 豪放磊落なイスルギから彼らしからぬ台詞が零れる。いよいよ覚悟を決めねばならないと、誰もが後ろ向きな感情に支配されようとした刹那、静まり返ったホールに無機質な電子音が響いた。

『こちら救出班、聞こえますかボス?お待たせして申し訳ありません』

 覚束ない手つきでイスルギが端末を操作すると、浮かび上がったディスプレイにスサノヲの1人が映った。膨れ上がる仲間の死という空想に張り裂けそうだった全員の意識は、生存を告げる吉報により歓喜に染まる。

「随分と遅かったな?心配したぞ。戦闘があった事ぁ分かっているが、具体的に何があった?」

『はい。では簡潔に、計画は筒抜けでした。伊佐凪竜一を偽物と入れ替える作戦はオレステスに見抜かれており、エレベーター内での戦闘に発展。敗北間際まで追い込まれたのですが……』

「どうした?」

『はい。守護者達で同士討ちを始めた挙句に私達を置いて引き上げたのです』

「ハァ!?」

 説明通り簡潔な説明にイスルギは素っ頓狂な声を上げた。無理も無い。守護者が伊佐凪竜一の存在を疎ましいと考えているのは明白、だから計画を察知して待ち伏せていた。亡き者にする為に。が、千歳一隅の機会を投げ捨て同士討ちしたと聞かされたならば普通は混乱する。

『我々も何が何だかさっぱりで。しかも、今その同士討ちで傷ついた守護者も居ます。一先ずクシナダ隊長の指示で応急処置をした上で拘束していますが』

「益々もって訳が分からん!!」

 調子が戻って来たのか、イスルギは豪快に本心をぶちまけた。が、彼以外の全員が同じ気持ちだ。無論、私も。

『ご心配なく、恐らく誰もこの状況を説明できませんよ。本題です。今後の為にもココから脱出したいのですが、その手段に予備案の"四番"を使用して欲しいのです。それも可能な限り早く、お願いできますか?』

「分かった。オイ聞いたか、"四番"だ。片っ端から業者に連絡入れろ!!」

「「はい、ボス!!」」

 老獪な老兵は即座に行動を始める。その先見の明に私の心は崇敬で満たされた。"四番"なる言葉の正しい意味は分からないが、双方の会話から不測の事態を想定した脱出、あるいは移動手段を用意していたという、ソレだけは理解出来る。

 用心棒達は一斉に何処かへと連絡を始め、繋がるや一言"お願いします"と、簡潔に用件を伝える。一方、相手からの要件もまた簡潔で、"分かりました"、あるいは"無理だ"と、ソレだけを返す。そんな、極めて簡潔なやり取りは何度も何度も繰り返された。無理の割合が余りにも多いからだ。

 断られてはまた別へ連絡し、やはり断れるので別の何処かへ。手際の良さを鑑みれば相当前からこのような事態を想定していたようであり、周囲の企業と緊密な関係を築いていた様子が窺える。何とも用意が良い事だが、1つ想定外があった。スサノヲへの心象悪化は流石に織り込まれていなかった、という事だ。

「今、用意させている。早けりゃ数十分でそちらに向かえる」

『ありがとうございます。それからタガミとクシナダに代わりますので少々お待ちを』

 その言葉にイスルギの表情が露骨に変わり……

「お、やっぱり生きていたな?」

『オイオイオイ、簡単に殺すなよ』

『そーですよ。とは言っても手酷くやられました』

 映像に映る五体満足な姿に胸を撫で下ろした。

『あぁ、何ちゅうかスクナのジーサンと模擬戦やってる時と同じ感覚だったなアレは』

「悪いがその辺全部後回しだ。時間が惜しいから本題に移ってくれ」

『どうして私達が無事かという理由ですね?』

「ウム。正直まるで理解が出来んぞ」

『そりゃ俺達が聞きたい位だからなァ』

『えぇ。事の始まりは尋問の為に私を含む女性数人を集めて守護者達が……まぁこの後の展開は言わずとも分かると思いますが……』

 クシナダが思い出したくない当時を語り始めるやイスルギの眉が吊り上がった。顔には青筋が浮かび、服の上からでも主張する筋肉は一層隆起する。憤怒。しかも抑えきれない程に猛っているようで、用心棒達は皆一様に押し黙る。

「問答無用のコード発令中となればそう考える奴が居ても不思議ではないんだが、それはあくまで一般的な軍隊の話。相手は守護者、その辺の有象無象とは訳が違う。聞き辛いんだが、本当に守護者か?」

 強張った用心棒達の表情にハッと我を取り戻したイスルギは、即座に平静を取り戻すと落ち着いた口調でタガミに問いかける。一連に関する情報を殆ど持たないイスルギが報告に疑念を持つのも無理はない。何せ、守護者達はそれ程の事をやらかそうとしたのだ。

『嘘な訳ねぇだろ。俺も最初は怒りでナンも疑問に思わなかったけどよ、だけど冷静になると確かにおかしいぜ?だって明日は婚姻の儀。幾らコード発令中だからって守護者が数人掛かりで女を無理矢理襲おうとするかよ?』

「うぅむ。お前達が実際に見たと言うなら真実なのだろうが、俄かに信じ難い事実だ」

『えぇ。その相手がよりにもよってスサノヲというのも馬鹿だと思いますけど、何より問題なのは鹿が守護者にいる事実です』

「質が落ちた、という訳か?」

『はい。第一印象と戦闘時の動きから判断すれば、オレステスを除けばそこまで練度は高くないと感じました。勿論、その男が桁違いなせいで相対的に評価が低くなっている印象も踏まえた上です』

 クシナダの結論にイスルギは唸る。守護者の質が落ちたと仮定すれば、あの出鱈目な行動には一応の納得がいく。

「つまり何らかの理由で大量に守護者が必要となり、その結果として練度や知識、果ては倫理観が低い輩が混じったという訳か?」

『だがジーサン、それも有り得ねぇだろ?向こうの守護者って、要はこっちのスサノヲと同じで、姫とフタゴミカボシを護る剣であり盾だ。だからこそ実力と同じ位に精神性が重んじられ、それを理由に落ちる奴だってゴマンといる。それにさっきも言った通り、今は婚姻の儀を控えた超が付く重要時期だぜ?』

 珍しくタガミが冴える。そう、最大の問題点はというその一点に集約される。

『そんな時に守護者が女絡みで問題起こしましたなんて事件が公になれば対外的な印象は最悪で、下手すりゃあ婚姻の儀すら危うい。もしそうなれば姫様のメンツは丸潰れで、半年前の神魔戦役の比じゃない打撃を受けるなんて誰だって想像出来る。奴等が何を考えてるかはともかく、よりにもよって儀の直前にそんなアホな問題起こそうと考えて、更に行動にまで移すかね?どう考えたって異常だ』

「問題を隠蔽できる自信がある……・いや違うな。だから同士討ち、か?」

 与えられた情報からイスルギは独自にオレステスの行動理由を推測する。確かに、そう考えれば全てが腑に落ちる。儀の主役であるオレステスの立場から考えれば、部下が女を襲うのを黙って見過ごすなど不可能。姫、そして連合に与える印象は最悪レベルに落ち込む事を考えれば、同士討ちをしてでも制止するのは理に適っている。

『はい。だからオレステスは同士討ちしてまで蛮行を止めた、そう考える事も出来るんですが……』

 クシナダはイスルギの推測にある程度の理解を示すが……

『その予測は違うと感じました』

 意を決し、反論した。

「そりゃあ何だ?個人的に許せなかったとか、そう言うアレか?」

『俺も同感だ。あの怒り様は儀を台無しにされるとかそんな理由じゃねぇ。もっと単純な、ムカついたとか許せないとか、そんな簡単な理由に思えたぜ。もう感情剥き出しだったからなぁ』

 タガミも彼女の意見に追従した。怒りが行動の理由だと、そう考えれば確かにあの時のオレステスの激高振りは演技とは思えない程に鬼気迫っていた。もしアレが演技なら俳優を目指した方が良い。抜きんでた顔立ちだからさぞ人気も出るだろう。

「……分かった。合流場所、ワシが指定してもいいか?」

 クシナダだけではなくタガミまでが自身の推測を否定した事実に伸び放題の無精髭をさすり続けたイスルギは、不意に守護者に会ってみたいと、暗にそう告げた。

『勿論、構いませんよ』

『アンだよ?って、まさか拷問!?』

「違うわバカモン!!その守護者から直接話を聞いてみたくなった。それに話を聞くってェなら腕の立つ医者も必要だ。1人信用できるヤツを知ってるから声を掛けておく」

『ありがとうございます』

「うむ。クシナダの嬢ちゃんは素直で可愛くて大変に宜しい。そこへ来ると隣のハゲはもうホントに……」

『こりゃ剃ってるんだよッ、それに頭は関係無いだろうが!!爺さん、もう切るぞッ!!』

「クックッ、あい分かった。お前は元気で良いな。では迎えが来たらちゃんと指示に従えよぉ」

『へいよー』

『重ねてありがとうございます。っつーかアンタ相手は先輩なんだからさぁ……』

『俺にしたら顔馴染の爺さんなんだよ』

 随分と神妙な顔つきで話をしていたかと思えば、タガミは陽気に振る舞い、クシナダはそんなタガミに呆れ、イスルギは心底楽しそうに笑う。僅か数分前までの葬儀みたいな空気は嘘のように霧散している。

「ボス、お待たせしました。幾つかは対外的、もしくは社員達への体裁を理由に断られましたが、必要最低限の協力は取りつけました」

「そうか。予想通りだが、しかし協力してくれる企業に感謝しよう」

 だがタガミ達との通信を切り、計画の進捗を報告した用心棒の方へと振り向いたその顔に先程までの笑顔はもうない。

「タガミ達は何と?」

「話を聞いたが分からない事だらけだが、幸い守護者の数人を拘束したらしい」

「成程。では詳しい情報は合流した後になりそうですね」

「そう言うこった。ではお前達、手筈通りに頼むぞ。合流地点とダミーは追って伝える」

「「ハッ!!」」

 そう用心棒達に指示を出したイスルギの足は部屋の奥と向かう。落ち着いた色合いの部屋の最奥に位置する扉の向こうは小さな小部屋になっており、奥には旗艦では極めて珍しい古風な黒い木目調のクローゼットが幾つも並んでいた。

「ボスも戦われるのですか?」

 最後まで部屋に残っていた用心棒の1人がクローゼットの扉を乱雑に開けるイスルギの背中に尋ねれば、しゃがれた声は"当たり前だ"とぶっきらぼうに叫ぶ。

 クローゼットには大小様々な銃が丁寧に収められていた。しかも分類からメーカーに至るまで多種多様で、更に何れもよく手入れされており、武器コレクターと言う単語が頭を過る位だ。が、彼は恐らくその類ではない。よく見ればどれもこれもコレクターアイテムとは程遠い傷が確認できる。観賞用では無く実戦用であり、定期的な手入れを行っている証左だ。

 彼はズラリと並べられた銃器を眺めると、その内の幾つかを持ち出しクローゼット下部に積み上げられたケースの中に丁寧に詰め始めた。

「歳を理由に後ろで高見の見物なんぞ趣味じゃねぇし主義でもねぇからな。お前も戦うか?」

「勿論です。ですが、予備案に戦闘は……」

「万が一だ。ワシも全部が全部完璧に上手くいくなんて考えちゃあいない。分かってると思うが、気ィ抜くなよ」

「承知しました」

 やがて幾つものケースを持った男達は部屋を後にした。救出班は伊佐凪竜一を黄泉から解放し、逃走班はその彼を身を挺して逃した。そして今しがた出発したイスルギ達はミハシラ内から動けないタガミ達の救出に向かう。

 役者が揃い、舞台もの準備も終えつつある雰囲気を感じる。それは私だけでは無く多くの者が感じ取っているだろう。何かが起こる、何かが起きる、誰かが起こす。役者の配置が終わり、全ての準備が整い終えた時、最後の舞台の幕が開く。

 悲しいかな、舞台を安全な場所から眺める大多数の一般市民は一笑に伏すだろう。しかし伊佐凪竜一も、ルミナも、スサノヲ達も、自らの意志で舞台へと上ったアックス、白川水希、タケル、イスルギ達も、主役から端役に至る全て役者達が婚姻の儀で何かが起きると理解している。

 全ては明日、その時に分かる。
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