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第6章 運命の時は近い

226話 脱出 其の2

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 約3時間後。ミハシラ入り口前――

「よう、終わったのか?中の様子はどうだ?」

 再びミハシラの巨大な門から姿を現した業者の一団に守護者達は高揚、持ち場を離れすっ飛んでくるや気さくに声を掛けた。明日の儀に影響を及ぼす柱の状況が気になって仕方が無いようだ。

 が、彼等は気付かない。服と生体認証を入れ替えに加え帽子やら変装用のナノマシンやらで入念に誤魔化している事もあるし、そもそも大量の業者の顔を一々覚えておらず、ましてや事前の調査は責任者しか行わなかったのだから尚の事だが、実は業者の一部はスサノヲと入れ替わっているのだ。

「様子も何も無いですよ。結構派手に壊してくれたみたいですが、ちょいと想定外でしたね。端的に、ちょっとマズいですよ」

「何ッ、そんなにか!?」

 "マズい"と、現状をストレートに表現した業者の言葉に守護者達はまたしても青ざめた。口数が極端に減り、時折無意味に空を見上げる様子を見れば想像し得る最悪の事態に頭を埋め尽くされているのだろう。

「えぇ。取りあえず応急処置を行って、後は崩れないように破損個所を中心に補強を行いました。ですがあくまで応急的な処置、極めてデリケートなエネルギー供給部分にまで破損が及んでいましたからね。このまま放置すれば最悪、ってな訳で専用機器搬入して破損部分全交換ですね。本格的な復旧作業は今夜以降になりそうですよ」

「そうか……間に合わんのか?」

「スイマセンね。流石に規模が大き過ぎまして。しっかし、こりゃあ久方ぶりの大仕事ですよ。良いですねぇ、皆さんは数十年に一度の一大イベントを特等席で見れて」

「俺達みたいなは大聖堂に回されない。お前達と同じで映像越しさ。それに堕ちた英雄の襲撃もあるから、特等席なんて寧ろ喜んでられんよ」

「それもそうでしたね。それでは今日のところはこれで。また明日以降もお願いしますよ」

「わかった」

「お前達も難儀だな。折角のイベントが仕事で潰れちまって」

「仕方ないですよ。こんな状況ですから、それに誰も彼もが都合よく休みを取れる訳じゃありません」

 実に他愛ない会話だ。が、しかし実を言えば何の気なしに守護者と駄弁りまくる業者の男、実はタガミだ。普通ならば適当に会話して切り上げるものだが、長々と話すコイツの精神は一体どうなっているのか。バレてしまっては全てが台無しになるし、会話の端々から正体を見抜かれる可能性だって無きにしも非ず。なのにこの男はまるで久方ぶりに再会した友人の如く守護者と話し続ける。

 この男が舌禍と呼べるほどに口が軽いのは周知の事実。特に被害を被っているのが伊佐凪竜一とルミナ。タガミが両者の噂を誇張して周囲に喋りまくってくれたお陰であらぬ噂が流れ、翻弄されたのは記憶に新しい。本人は"ついうっかり"と言い訳していたが、伊佐凪竜一と距離を置く白川水希とルミナが伊佐凪竜一を奪い合っているという迷惑千万な噂の出処は他ならぬタガミだし、そう言えば伊佐凪竜一に白川水希の存命を教えたのもそうだった。そんな経緯もあり、この男は白川水希から特に恨まれている。

 一方で度胸があり、状況に応じ柔軟に手段を変える頭も持ち、実力も十分に持ち合わせるのも事実。だからこそ半年前の神魔戦役時に神の補佐役として抜擢され、想定以上に貢献したからこそ特例でスサノヲに昇格出来た筈なのだが、その口の軽さを含む性格だけで周囲からの評価を最低レベルに落としている。私もそう判断しよう、もうコイツ最低評価でいいよ。

「ところで、何時までも話していていいのか?もう全員帰る準備出来たみたいだぞ?」

「こりゃ失敬。それではまた今度、運が悪ければお会いしましょう」

「あぁ、アンタもな」

 業者の振りをしたタガミが守護者達に軽く手を振りながら自動運転車に飛び乗ると、何も知らぬ守護者達は堂々と脱出するスサノヲ達を乗せた車を見送った後、遥か上空へと視線を移す。

 無能を晒す結果となった彼等が見上げるのはミハシラにぽっかりと空いた大穴。激しい戦闘が行われた事を物語る傷跡としてミハシラに刻まれたその穴の周辺には無数の修理用式守が這い回りながら資材を組み上げ、更に散布されたナノマシンが穴と資材を癒着する光景。淡い光と共に大きな穴が少しずつ小さくなる様子に安堵の溜息を零す守護者達だったが……

『聞こえるかね?』

 不意に聞こえた不快な声に視線を落とす。直後、彼等の視界を占有したのは訝し気な表情で部下を見つめるアイアースの顔。

「そ、総代!!ど、どうされました?」

『何時間か前に連絡を入れただろう?遅れて済まないな、今しがた会議が終わったところでね。が、本題は別だ。オレステスから報告があったのだが、内容が余りにもお粗末すぎて話にならんので直接聞こうと思ってな。本来ならばヤツに聞けば早いのだが、全く連絡がつかん。一体何があったのだ?』

「ハッ!!伊佐凪竜一を脱出させる作戦を止めたまでは良かったのですが、向こうもそれを想定した援軍を用意しておりまして。総代補佐を追い詰める程の実力から相手は英雄ルミナ=AZ1で間違いないなく、あの女の出鱈目な援護射撃とスサノヲ決死の反撃により伊佐凪竜一の逃走を許しました。失態については弁明の余地もありません」

『成程、向こうが一枚上手か。追い詰めたと思ったのだが……この程度では折れんとは、敵ながら見事だな。で、スサノヲ達はどうなった?』

 守護者の報告にアイアースの眉がピクリと動いた。が、この程度では揺らがないどころか敵を高く評価する姿勢さえ見せた。圧倒的な余裕は計画の全てが順調だと暗に示し、そんな泰然自若な姿勢に守護者達も余裕を取り戻す。

「はい、オレステス総代補佐がスサノヲに其処から出ない様に恫喝、彼らは今のところ素直に従っています」

『恫喝だと?まさか全員……誰も見張らせていないのか?』

「は、はい。申し訳ありません。その、誰も口を挟めず」

 しかし、その余裕は脆くも崩れる。流石に聞き流せない程の杜撰な対応にアイアースの表情が険しさを増した。怒りと焦りと混乱がない交ぜになった複雑な表情が映像に浮かぶと、守護者達の表情も自然と強張る。

「それから事後の連絡となり申し訳ありませんが、破損したミハシラの修復を業者が行っております。本来ならば報告すべきところでしたが、柱が折れれば高天原の一部が落下してくる可能性があるとの事で、万が一そんな事態になれば明日執り行われる婚姻の儀に影響が出ると判断しました」

『何ッ!?』

 どうやらバレたようだ。守護者からの最期の報告にアイアースは露骨に表情と態度を崩した。業者と入れ替わる形でスサノヲ達が乗り込んだ自動運転車は遥か遠くとはいえ、まだ視界内に収まっている。黒雷が急行すれば、即座に捕捉される。

「な、何か問題が?」

『ミハシラを直接攻撃した中にルミナは含まれているか?』

「え?あ、はい。ですが侵入する為に黒雷も……」

『それ以上はいい。今すぐ中に入れ。恐らくその業者、スサノヲの息が掛かった連中だ。恐らく、中には誰もいない』

「えっ!?」

「そんなまさかッ!?」

『冷静に考えろ。貶めたとしてもあの女は未だ英雄だ。そんな女が旗艦を危機に陥れるような真似を実行すると思うか?高天原はその程度では落ちんよ。最も、多少不安定にはなるだろうがな』

 アイアースの説明に漸く己が過ちに気付いた守護者達は絶句した。

「た、度重なる失態、申し訳ありません」

『味方を減らす為に信頼を奪い市民感情を悪化させたのだが、予想以上に結束は固いか』

 アイアースの言葉に私は守護者が今まで行って来た行動に隠された理由を見た。全てが繋がったと言う訳では無いが、英雄を威光を地に落とした理由がはっきりと語られた。信頼を奪う、味方を減らすという一点の為に英雄達は裏切者に祭り上げられたのだ。

『あぁ、少々迂闊な判断ではあるが気に病む必要は無いぞ。全ては君達を監督できなかった私の責任であるし、元を正せばミハシラに入る権限どころか旗艦に関する知識さえ持たぬ君達を監視役に残したオレステスの責任だ。しかし、状況を見るに主力全員を追撃に回しているのか?一体何があった?奴はどうしてこんなミスを犯したのだ?』

「あ、あの。ソレに付いて総代補佐を責めるのは難しいと思われます」

 守護者の言い訳にアイアースは困惑する。

『ウン?アイツが寄越した子供の感想文みたいな報告書には何も書いてなかったが、何かあったのか?』

「直接現場を見ていないのですが、どうやら中の連中の一部が暴走して女を……その、襲おうとしたらしいです。それで、その……総代補佐も相当頭に血が上っている様でして」

 もし私の顔を誰かが見ていたら、気持ちの悪い笑みだと嘲笑っただろう。守護者から内部で起きた経緯を聞いたアイアースの顔がこれ以上ない苦悶に歪むのを見て私の中の留飲が少しだけ下がった。ざまぁミロ、そう叫びたかった。

「何という事だ!?意志薄弱な人間とはどうしてこうも御し難いのか、いっそ去勢しておくべきだったか。いや、それは後に回す。とにかく急いで戦闘区域に向かえ。恐らく……いや、奴等がこの好機を見逃す訳がないか。とにかく、速やかに状況を確認、報告しろ」

 どうやら中で起きた出来事は完全に想定外らしいが、一方で迅速且つ的確に指示を飛ばす。

「「ハッ」」

「では私は逃げた連中の追跡に向かいます」

『良し。だが振りだけに止め、適当に捜索したら引き返せ。これ程に手際よく脱出の準備を整えたのだから逃げる算段も付けている筈だ。我々はお前達の追跡を諦めていない、そう思わせる事だけに注力しろ。今後の行動を牽制出来るからな。いいか、くれぐれも深追いして消耗する様な真似は避けるんだぞ』

「しかしッ」

『確実に逃がすつもりならば迎撃に隊長クラスが出るのは間違いない、黒雷など容易く撃墜する化け物が相手では分が悪すぎる。万が一、遭遇しても交戦は絶対に避けろ。明日に響く様な真似はくれぐれも慎むように』

「承知しました。では私はこれで」

 忌々しく、実に的確で隙の無い指示に再び鬱憤が溜まる。が、それ以上の僥倖ぎょうこうに私は高揚した。確信と、そう呼んでいい。アイアースの言動から察するにオレステスの行動は完全に計画の想定外、言い換えるならば綻びだ。ソレは全て敵の良いように操られてきた私達に訪れた明確な希望。

 質の低下した守護者、オレステスの苛烈な性格、ルミナの援護。あらゆる要素が混じった結果、それまで完璧に進んでいた敵の計画に初めて小さな穴が開いた。後はこの好機を生かせるか否か。私の視線は自然と豆粒のように小さくなった自動運転車を追跡する黒雷へと向かった。
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