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第6章 運命の時は近い

237話 夢が語る原風景

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 ――またこの夢だ。全く記憶にない風景と状況の中に放り出されるのはもう何度目になるか。

「済まない」

 心に浮かんだ僅かな苛立ちに夢が反応を返した。コレも何度も経験しているが、やはりいつも通り一方的だ。意味不明な夢と必ずセットで感じる人の気配に何かを語り掛けようとしても、まるで縫い付けられた様に口が動かない。

「聞こえるか!!残存する兵力と生き残りを全て旗艦に集めた。総勢で10万にも満たないが……」

 夢特有の不自由感ともどかしさに支配される私の意識を覚えのない誰かの声が掠めた。同時、私の周囲に無数の映像が浮かぶ。爆発、残骸、無数の亡骸。映像は何かと激しく争っている様子をありありと映すが、状況を見るに酷く劣勢のようだ。

「嘘だ……どうして!?」

「※※※※は?」

「確認出来ない。いや違う、私達の遥か後方だと!?」

「アイツッ!!まさか逃げたのかッ!!クソッ、それなら※※※※※は?アイツは其処に居るのか?」

「彼らならあの黒く変色した星の何処かに……」

「助けなかったのかッ!!※※ッ!!お前ともあろう者がッ!!」

「出来なかったんだよ!!誰が好き好んで見殺すか!!」

 闇に吞み込まれる仲間への哀悼、そして理不尽な死への怒り。抑えきれない感情が噴出し、怒りのはけ口を仲間に向ける声が無数に重なる。

「皆、辛いだろうが落ち着こう。感情的に互いを責めても散った者達は戻らない」

「そもそも、アレは一体何なんだ!?」

「解明出来たかい、カイン?」

 様々な感情がない交ぜになった混乱は、穏やかな声の主が発した一言で終息した。同時、まるで声の主に導かれる様に無数の視線が、まるで救いを求めるように私を見つめる。

「アレはカラビ・ヤウが発する光と反対側の力だ。アレの発生以降、常に我らを照らしてきた輝きに揺らぎが生じた事実は知っての通り。つまり、ヤツはカラビ・ヤウと相克関係にある」

 違う。と、そう否定したい心とは無関係に私の口は滑らかに動き、知らぬ知識と単語を交えながら敵の正体を無数の視線に語って聞かせた。どうやらこの夢において、私はカインという名前の存在らしい。

「なら!!」

「残念だが時間が無い。ヤツの侵略速度から考えれば兵器完成前に全滅する」

「じゃあどうすればいいんだ!?」

 カインの絶望的な回答に、全員が沈黙した。

「方法はある。アレをカラビ・ヤウにぶつければ、あるいは」

 沈黙を破り、再びカインが語り出した。現状取り得る唯一の解を絞り出すような口調で伝える。が、誰もが困惑の色を隠さない。大半が端折られているが、要約すれば誰かが犠牲になれと言っているのだ。しかし問題は闇との間に横たわる、死を覚悟した程度では到底覆せない絶望的な実力差。

「無茶だ!!アレを押し込むだとッ……カラビ・ヤウよりも桁違いに高密度高質量のアレをどうやってだッ!!」

「残存する戦艦を連鎖的に誘爆させれば不可能ではない」

「だとしても、我らが力を合わせ誘爆と戦闘に超高熱にも耐えうる防壁を展開出来る時間は精々5分。誰が選ばれるにせよ、戦い、重力圏から逃げ出すには余りにも足りない」

「下手をすれば全滅。しかも勝てる保証だって無いんだろ?」

「しかし、誰かが成さねばならない。そうだろう?もう、何処にも逃げ場はないのだから。逃げたとて先には何もないのだから」

「だからと言って、無駄死にしろというのかッ!!」

 喧々囂々けんけんごうごう。しかし議論の風向きは圧倒的に悪く、やがて大半が反対へと回った。年齢も性別もバラバラな全員の心は一様に挫け、折れ、絶望へ、闇へと沈み込む。誰もが理解する。映像に映る闇を前に出来る事など何もないと。勝利を手繰り寄せるには、文字通りの奇跡を何度も起こさねば到底不可能だと。

「僕等は強かった。だけど、それでもアレの前では無に等しかった。強いだけで、逆にそれ以外のなんでもなかったから。そう、成長できなかった。もしその概念があればと誰もが臍を噛み、あるいは恨んだ。生まれながらに支配され、逆らう事すら許されなかったこの世界に。全ては確定していて、何をどうしても変えられない、一つの道だけを歩む事を僕達に強要した運命の終点がコレなのかと、誰もが絶望した」

 私の耳元で誰かが語る。抑揚をない言葉だが、しかし何処か悲壮な気配を感じる。未だ姿を見せない素性不明の何者かの心情が言葉を通し私に伝わる。

「コレは過去、遠い昔に起きた実際の出来事だ。この後、1組の男女が正体不明の敵と戦うと申し出た。私達の仲間、一番最後に生まれた最も強い力を持つ2人の人類。そのうちの1人、※※※と名付けられた男が自らの命と引き換えに奴を光り輝くカラビ・ヤウに叩きつけた。君はもう分かっているだろう、その敵こそがマガツヒ。僕達と敵対する勢力が呼び込んだ別次元の敵性存在。あの巨大な闇はマガツヒを統括する最上位個体。驚異的な学習能力により僅かな時間で僕達の言語を理解した上位個体は自らを八柱はっちゅうの女王の1つ、拒絶の大罪レージーナ=アウローラ、悪魔王ザルガディエル、終末の鐘の最後に全てを消し去る者と語った。何れも別次元に召喚された際に呼ばれた仇名だそうだが、どれも仰々しい彼女の本質を現している」

 驚愕した。マガツヒの上位個体は神たるアマテラスオオカミが予言していたと記録にあったが、それが本当に存在していて、しかも意志疎通まで行うとは全く持って想像だに出来なかった。つまり私達が戦っているのは女王が引き連れてきた配下――

「少し違う。確かに女王にくっついてきた小さな小さな配下、兵隊が一体いた。しかし君達が知るマガツヒは兵隊そのものではない。ソレが生み出した複製だ。君達は女王の配下が無数に作りだした劣化複製品にすら勝てない。これが、今の宇宙の正しい状況だ」

 その言葉を聞いた私はどんな顔をしていただろうか。3000年を超える私達の歴史において幾度も登場し、その度に夥しい死を築き上げたマガツヒは女王という最上位個体の下に存在する兵隊が作り出した複製品で、本体に何らダメージを与えていないのだという。

 私達の歴史は、マガツヒ殲滅を夢に邁進したこれまでの足跡は儚い幻でしかなかった。こんな化け物が宇宙を巡り、人を殲滅して回っているのか。ならば、この戦いに仮に勝ったとして、その後に何をどうすれば良いのだ。遠からず滅びる未来を前に、それでも前を向く意味があるのか。渦巻く疑問に、私は何らの回答も出せなかった。

「君がどの様な道を進むか、どんな選択を下し、何者になるか。全てはまだ何も決まっていない。かつての宇宙は安定と引き換えに変化も未来も可能性も確率さえも存在しなかった。あらゆる生命は神たる光、カラビ・ヤウが決めた通りに生きる。其れは穏やかな川の流れそのものだが、その実"流れに沿う事"を強制した。故に僕たちは反乱を起こした。例え勝てないと分かっていても、それでも戦うと決めた。その結果が今だ」

 声の主は混乱する私に構わず語り続けた。何を思っているのか、私に何を願っているのか、何を託したいのか。しかし、答えは今の話の中にあるのだろうと言う確信はある。"私の命を捨ててヤツ等を殲滅しろと言うのか"、私は思考の末にそう結論した。過去、何者かがマガツヒの女王と刺し違えた様に、生き残った兵隊の本体を倒せと言っているようだ。

「今すぐに答えを出す必要はないし、焦る必要もない。その時が訪れれば答えは自然と自らの内から湧き出してくるものだ。そして其れはきっと……」

 不意に耳元からの声が急に聞き取れなくなった。意識が遠のく。まだ、肝心な部分が聞けていないのに、だが言葉を全て聞き終わる前に私の意識は途絶え――
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