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第7章 平穏は遥か遠く
259話 戦いの終わり
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敵に背を向けるガブリエル。クシナダは驚き、リコリスは不敵な笑みを浮かべる中、伊佐凪竜一だけは一切動じず、無防備なリコリスの背中に強襲、両手に握り締めた刀を力一杯に振り下ろした。
が、聞こえたのはヒュン、と刀が空を切る虚しい音。不意打ちに近い一撃をリコリスは視認すらせず、まるで見えていると言わんばかりに紙一重で回避した。だというのに、女は自らの直ぐ後ろに迫る伊佐凪竜一の気配を感じ取るとゆるりと振り返った。男の睨み付ける様な鋭い視線に、理性を熔かす女の吐息がぶつかり、絡まり合う。
「あら、後ろから?そう言うのが好きなのね?」
「さっきから随分と余裕だなッ!!」
「だあって、愛しい人が私の傍に来てくれたんですもの。嬉しい以外の感情なんて無いでしょう?」
「お前はッ!!」
相変わらずこの女は変わらない。直撃すれば死は免れないというのに、それでもリコリスは伊佐凪竜一に熱を籠める。彼にだけ。一方、そんなふざけた性格への嫌悪か、あるいは偽ルミナの死に全く感情を揺り動かさない冷徹さへの怒りか、伊佐凪竜一は熱情を帯びた言葉を明確に拒絶すると振り抜いた刀を即座に切り返し、逆方向から再度横薙ぎに斬り捨てた。
「ざぁんねん」
刀が空を切る鋭い音に女の甘い声が重なる。やはり結果は変わらず、紙一重で回避されるに終わった。間一髪、軽やかに一歩後ろに飛び退きながら鈍色の輝きを見送った女は口元に笑みを浮かべる。命のやり取りの最中にも笑みを絶やさない女の態度は、まるで子供の遊びに付き合う大人といった雰囲気すら感じ、緊張感どころか死の恐怖すら微塵も感じさせない。そう感じる原因はその女の感覚が麻痺しているとか狂気的な性格では無い。自らの強さへの自負と自信がそうさせているのだと、そう直感した。
現にこの女は桁違いのカグツチを操る伊佐凪竜一を完全に手玉に取っている。見たところ防壁の様な防御機構は装備しておらず、肌を露わにするドレスにも異常な点は見られない点を総合すれば、彼の剣戟を受けようものなら間違いなく両断されるし、掠ったとしても重傷は免れない。
なのにこの女は伊佐凪竜一を挑発し、その攻撃を回避しながら自らも果敢に攻撃を行う。どんな心胆をすればこうも強くなるのか、いやそもそもタダの人間がこの境地に辿り着けるのかと言った疑問さえ浮かぶ異常さだ。出鱈目すぎる、なんでこんな人間が今の今まで連合に捕捉されなかったのだ。
「ウフフッ、楽しいわね?」
「何処がッ!!」
「あらそう?私はとても楽しいわ。貴方を見るのが、その目を見るのが。偽物が甘言を囁こうが、死の恐怖に襲われようが、悍ましい悪意に晒されようが、それでも迷い無く自らの決断に命を掛ける貴方を見るのが堪らなく好きなのよ」
「何をどう語ろうがお前は止めるッ!!」
「えぇ、それでいいわ。フフッ……やはり素敵よ、貴方は」
女は彼の決意にありったけの熱情で応える。マスクで隠され表情の半分以上が窺い知れないが、その目は欲情で潤み、顔は紅潮しているだろう。多分。だけど、何を考えれば殺し合いの最中に殺し合う相手に熱を向けられるのか。しかも肝心の相手は全く感情が動いていないと来れば尚更。
「発情するなら誰も居ない場所でやってろ!!」
次の瞬間、今にも崩れ落ちそうな聖堂を怒号が揺さぶった。伊佐凪竜一とリコリスが仲良く声の方向を振り向けば、悠然と立つ黒雷が巨大な銃を構える姿。
「ぶっ飛べ!!」
再びの絶叫。同時、黒雷は躊躇いなく引き金を引いた。バンッという大きな衝撃は聖堂を更に揺さぶり、天井から瓦礫が崩落し、四方の壁が崩れ落ちる。
「アラ、でも残念」
凡そ人に向けるべきではない威力の実弾は躊躇いなくリコリスへと向かう。あの物言いと声質、黒雷を制御しているのはクシナダ。黒雷の巨大な脚部の傍に引き摺り下ろされたであろう操縦者が白目を剥いて昏倒しているところから見ても間違いない。
が、女は又もその攻撃を余裕で回避して見せる。弾丸は僅か一瞬前に女が立っていた地点を通り過ぎると、その背後の祭壇を破壊しながら夜の闇へと消え去った。
「クッソ、チョロチョロとすばしっこいわねアンタ!!」
「冷静になって下さい。黒雷を奪ったのは戦いに加勢する為ではありません。伊佐凪竜一、聞こえますか?撤退します」
しかし何時の間に、しかもどうやって機体を強奪したのか。そんな疑問は直ぐ後に聞こえた声が明らかにした。声の主はガブリエル。どうやら協力して黒雷を無力化したところで機体の制御を奪ったようだ。リコリスに背を向けたガブリエルの意図を瞬時に察しなければこうも容易く奪い取れなかっただろう。無論、信用していないという言に偽りは無いだろうが。いや、それよりも逐一伊佐凪竜一を誘惑するリコリスへの怒りの方が近そうだ。
「何ッ?」
「女の言動に惑わされず、現状を正しく把握して下さい」
手際良く、無傷の黒雷を強奪した真意を端的に語るガブリエルの言葉を伊佐凪竜一は即座に解した。運命の時までもうあと僅か。敵の狙いは英雄を疲弊させ、意志と力を削り取ること。ならば逃げるしかないと。
「そうか……わかった」
「あら、逃げるの?」
「そうです。私達の目的は今ココでアナタ達と戦い消耗する事ではありません。最終的に明日の儀で起こる何かを阻止出来れば良いのです」
「ツー訳でぇ、じゃあ行くよ!!」
名残惜しそうな言葉をクシナダが遮り、同時に猛スピードで佐凪竜一の元へと向かうと彼を握り締め、リコリスを後目に崩落寸前の祭壇側の壁を破壊しながら消え去った。あっと言う間の出来事に黒雷は呆然と見送り、また不幸にも戦闘に巻き込まれた大勢の信者もまた同じく遠巻きから様子を窺う。そんな中、リコリスだけは大聖堂の祭壇に開いた穴の奥から覗く夜の闇に不敵な笑みを向け続ける。
「も、申し訳ありません」
黒雷から放り出された操縦者らしき男がリコリスに向け、敬礼と共に謝罪を口に出した。直後、灰色の輝きから数機の黒雷が出現すると全機が女に傅くように片膝を付いた。
「いいえ。いいわ。それよりも、例のヤツは?」
「は、はい。確かにインストール済みですが、しかし宜しいのでしょうか?」
「えぇ。彼らは目ざといから絶対に見つけてくれるわ」
「では、私は手筈通りに奴等の追跡に向かいます」
「お願いするわ」
女は気だるげに指示を出すと再び祭壇に開いた穴へと顔を向けた。マスクの下に隠された目は、闇の向こうに消失した伊佐凪竜一を追いかけている様な、そんな気がする。
「どうされました?」
「ううん、何でもない。さ、撤収しましょう」
「承知しました。ところで、アイツ等はどうしましょうか?」
「あぁ……アレね」
アレ、とリコリスは吐き捨てた。伊佐凪竜一に向ける情熱とは真逆の冷めた感情は今にも崩壊を始めそうな聖堂内外を隔てる壁、その向こうに蠢く信者達に向かう。戦闘に巻き込まれる恐怖から我を返った誰もが何も語らず、何をするでもなく、ただ女の言葉を待つ。
が、聞こえたのはヒュン、と刀が空を切る虚しい音。不意打ちに近い一撃をリコリスは視認すらせず、まるで見えていると言わんばかりに紙一重で回避した。だというのに、女は自らの直ぐ後ろに迫る伊佐凪竜一の気配を感じ取るとゆるりと振り返った。男の睨み付ける様な鋭い視線に、理性を熔かす女の吐息がぶつかり、絡まり合う。
「あら、後ろから?そう言うのが好きなのね?」
「さっきから随分と余裕だなッ!!」
「だあって、愛しい人が私の傍に来てくれたんですもの。嬉しい以外の感情なんて無いでしょう?」
「お前はッ!!」
相変わらずこの女は変わらない。直撃すれば死は免れないというのに、それでもリコリスは伊佐凪竜一に熱を籠める。彼にだけ。一方、そんなふざけた性格への嫌悪か、あるいは偽ルミナの死に全く感情を揺り動かさない冷徹さへの怒りか、伊佐凪竜一は熱情を帯びた言葉を明確に拒絶すると振り抜いた刀を即座に切り返し、逆方向から再度横薙ぎに斬り捨てた。
「ざぁんねん」
刀が空を切る鋭い音に女の甘い声が重なる。やはり結果は変わらず、紙一重で回避されるに終わった。間一髪、軽やかに一歩後ろに飛び退きながら鈍色の輝きを見送った女は口元に笑みを浮かべる。命のやり取りの最中にも笑みを絶やさない女の態度は、まるで子供の遊びに付き合う大人といった雰囲気すら感じ、緊張感どころか死の恐怖すら微塵も感じさせない。そう感じる原因はその女の感覚が麻痺しているとか狂気的な性格では無い。自らの強さへの自負と自信がそうさせているのだと、そう直感した。
現にこの女は桁違いのカグツチを操る伊佐凪竜一を完全に手玉に取っている。見たところ防壁の様な防御機構は装備しておらず、肌を露わにするドレスにも異常な点は見られない点を総合すれば、彼の剣戟を受けようものなら間違いなく両断されるし、掠ったとしても重傷は免れない。
なのにこの女は伊佐凪竜一を挑発し、その攻撃を回避しながら自らも果敢に攻撃を行う。どんな心胆をすればこうも強くなるのか、いやそもそもタダの人間がこの境地に辿り着けるのかと言った疑問さえ浮かぶ異常さだ。出鱈目すぎる、なんでこんな人間が今の今まで連合に捕捉されなかったのだ。
「ウフフッ、楽しいわね?」
「何処がッ!!」
「あらそう?私はとても楽しいわ。貴方を見るのが、その目を見るのが。偽物が甘言を囁こうが、死の恐怖に襲われようが、悍ましい悪意に晒されようが、それでも迷い無く自らの決断に命を掛ける貴方を見るのが堪らなく好きなのよ」
「何をどう語ろうがお前は止めるッ!!」
「えぇ、それでいいわ。フフッ……やはり素敵よ、貴方は」
女は彼の決意にありったけの熱情で応える。マスクで隠され表情の半分以上が窺い知れないが、その目は欲情で潤み、顔は紅潮しているだろう。多分。だけど、何を考えれば殺し合いの最中に殺し合う相手に熱を向けられるのか。しかも肝心の相手は全く感情が動いていないと来れば尚更。
「発情するなら誰も居ない場所でやってろ!!」
次の瞬間、今にも崩れ落ちそうな聖堂を怒号が揺さぶった。伊佐凪竜一とリコリスが仲良く声の方向を振り向けば、悠然と立つ黒雷が巨大な銃を構える姿。
「ぶっ飛べ!!」
再びの絶叫。同時、黒雷は躊躇いなく引き金を引いた。バンッという大きな衝撃は聖堂を更に揺さぶり、天井から瓦礫が崩落し、四方の壁が崩れ落ちる。
「アラ、でも残念」
凡そ人に向けるべきではない威力の実弾は躊躇いなくリコリスへと向かう。あの物言いと声質、黒雷を制御しているのはクシナダ。黒雷の巨大な脚部の傍に引き摺り下ろされたであろう操縦者が白目を剥いて昏倒しているところから見ても間違いない。
が、女は又もその攻撃を余裕で回避して見せる。弾丸は僅か一瞬前に女が立っていた地点を通り過ぎると、その背後の祭壇を破壊しながら夜の闇へと消え去った。
「クッソ、チョロチョロとすばしっこいわねアンタ!!」
「冷静になって下さい。黒雷を奪ったのは戦いに加勢する為ではありません。伊佐凪竜一、聞こえますか?撤退します」
しかし何時の間に、しかもどうやって機体を強奪したのか。そんな疑問は直ぐ後に聞こえた声が明らかにした。声の主はガブリエル。どうやら協力して黒雷を無力化したところで機体の制御を奪ったようだ。リコリスに背を向けたガブリエルの意図を瞬時に察しなければこうも容易く奪い取れなかっただろう。無論、信用していないという言に偽りは無いだろうが。いや、それよりも逐一伊佐凪竜一を誘惑するリコリスへの怒りの方が近そうだ。
「何ッ?」
「女の言動に惑わされず、現状を正しく把握して下さい」
手際良く、無傷の黒雷を強奪した真意を端的に語るガブリエルの言葉を伊佐凪竜一は即座に解した。運命の時までもうあと僅か。敵の狙いは英雄を疲弊させ、意志と力を削り取ること。ならば逃げるしかないと。
「そうか……わかった」
「あら、逃げるの?」
「そうです。私達の目的は今ココでアナタ達と戦い消耗する事ではありません。最終的に明日の儀で起こる何かを阻止出来れば良いのです」
「ツー訳でぇ、じゃあ行くよ!!」
名残惜しそうな言葉をクシナダが遮り、同時に猛スピードで佐凪竜一の元へと向かうと彼を握り締め、リコリスを後目に崩落寸前の祭壇側の壁を破壊しながら消え去った。あっと言う間の出来事に黒雷は呆然と見送り、また不幸にも戦闘に巻き込まれた大勢の信者もまた同じく遠巻きから様子を窺う。そんな中、リコリスだけは大聖堂の祭壇に開いた穴の奥から覗く夜の闇に不敵な笑みを向け続ける。
「も、申し訳ありません」
黒雷から放り出された操縦者らしき男がリコリスに向け、敬礼と共に謝罪を口に出した。直後、灰色の輝きから数機の黒雷が出現すると全機が女に傅くように片膝を付いた。
「いいえ。いいわ。それよりも、例のヤツは?」
「は、はい。確かにインストール済みですが、しかし宜しいのでしょうか?」
「えぇ。彼らは目ざといから絶対に見つけてくれるわ」
「では、私は手筈通りに奴等の追跡に向かいます」
「お願いするわ」
女は気だるげに指示を出すと再び祭壇に開いた穴へと顔を向けた。マスクの下に隠された目は、闇の向こうに消失した伊佐凪竜一を追いかけている様な、そんな気がする。
「どうされました?」
「ううん、何でもない。さ、撤収しましょう」
「承知しました。ところで、アイツ等はどうしましょうか?」
「あぁ……アレね」
アレ、とリコリスは吐き捨てた。伊佐凪竜一に向ける情熱とは真逆の冷めた感情は今にも崩壊を始めそうな聖堂内外を隔てる壁、その向こうに蠢く信者達に向かう。戦闘に巻き込まれる恐怖から我を返った誰もが何も語らず、何をするでもなく、ただ女の言葉を待つ。
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