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第7章 平穏は遥か遠く

288話 そして、夜が明ける 其の9

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 広大な中庭が焦土と化すほどの攻撃が全く意味を成さない。誰もが生存者をゼロと見積もった反動は大きく、故に……

『ば、馬鹿なッ!!』

『貴様もだと!?』

「私達と戦った経験が無いのかぁ。となると、誰なのかしら?」

 意識を逸らした。その僅かな隙を縫う閃光に貫かれ、換装したばかりの武器を根こそぎ破壊された黒雷は驚愕し、恐怖する。

『……各自散開、腕部交換後に再攻撃』

 が、この男だけはやはり動じない。想定外に次ぐ想定外に浮足立つ他の連中とは違い、少々の間はあれども即座に指示を出した。努めて冷静に振る舞う男の落ち着いた淀みない指示に他の黒雷は即座に反応、スクナとリリスを視界に収めつつ空中へ切り返しながら武器諸共に破損した腕部を切り離し、再転送された新たな腕部を装着する。この間、僅か10秒。

『まだまだァ!!』

 空を踊る黒雷の誰かが今度こそ油断はしないと、そんな感情を込めた雄たけびを上げるが……

 ドン――

 直後、大きな衝撃に掻き消される。

『まさかッ!?』

「油断したな」

 闇に吠えた黒雷の背後から強襲したのは猛攻を無傷で凌いだタケル。黒雷は気付けず、またしても無様を晒した。いや、気づいたとて桁違いの速さに対処が追い付かなかっただろう。

『どうなってんだ!?』

『貴様等ッ、貴様等まさかッ!!』

「「逃げた」」

「耐えた」

「「「簡単な話だ」」」

 3人が同じ回答を重ねた。一言、そのたった一言に上空から見下ろす黒雷はどれだけ混乱しただろうか。"見殺しにしやがった"、だの"人殺し"だの散々に罵るが、動揺した声色は罵倒の体を成さず。

「そんな真似はしなイ」

「少しは他の惑星の歴史も調べた方が良いよ?ウチ、革命とか戦争とかつい最近まで血生臭戦い繰り広げてたもんで、彼方此方に防御機能を備えた部屋があるのよねぇ。で、旗艦ココの神様が律儀に同じ構造と仕掛けを再現してくれて、ネ。後は分かるでしょ?」

『そうか。つまり、何もかもが……』

「ま、そう言う事だ。では続きと行こう。時間が惜しい」

 スクナの声を合図に3人は臨戦態勢を取った。上空を睨むタケル、スクナ、リリスが、夜空から冷たく見下ろす黒雷が、互いが互いを睨み合う。

 交差する視線が隙を窺い合う中、先に動いたのは黒雷。痺れを切らした1人が喚きながら巨大な銃の引き金を引いた。銃口から銃弾が飛び出し、着弾すると衝撃を伴い周辺を抉る。震撼する地面、震える空気を合図に再び双方が動く。無数の銃弾やミサイルが空から降り注ぎ始めると、その合間を縫う様に3人が空へと駆けあがる。

『正気かッ!?』

 誰かが叫んだ。防壁の存在を考慮したとて、巨大な銃弾のくぐり抜けながら接近するなど正気ではない。次に聞こえたのは叫び声、次いで爆発音、最後に何かが地面に落着する重く鈍い音と振動。黒雷達が仲間の一機が派手にバラバラにされたと気付くのにそう時間は掛からなかった。しかも胴体部分も諸共に、だ。

 機体の制御が集中する胴体部を破壊されれば如何に黒雷とて継戦不可能。生身で行うとなれば桁違いの技量と火力が必要となるが、スクナは涼しい顔でやってのけた。軽薄な軽口はもう叩けない。目の前の相手は黒雷など物の数ではないと、圧倒的な実力で理解させられた。心をねじ伏せられた。

『うおぉぉぉッ!!』

 容易く撃墜された事実に驚き、黒雷は動揺と共に仲間がいたであろう地点に銃口を向ける。が、もうその場所には誰もいない。

『畜生がァッ!!』

 断末魔が上がった。声の位置へと反射的に振り向いた黒雷が目撃したのは、防壁をタケルに相殺され無防備状態となった黒雷がスクナよって滅多切りにされる光景。極めて優れた能力を持った人間の中には、その知識、状況把握能力を最大限に活用し、即断で適切な行動を取るという。連携らしい連携を取った記録は無い2人が即席の連携を初見で、しかも完璧に実行する光景は先の言葉の信憑性を強く裏付ける。

「質が低いと言う訳ではないが、結果的には同じだな」

「練度は高イが出身が違うせいで連携に僅かな齟齬が生じているようだが、それで勝てると思うなッ」

『問題ない、火力で押し潰す。やるぞ』

 スクナとタケルの挑発は、量を圧倒する質を目の当たりにした黒雷を意志を揺さぶる。が、揺らぐ意志を鼓舞する声、少し掠れた低音が響いた。あの男だ。素性不明のしゃがれた声は仲間を鼓舞し、落ち着かせる。

「そうやって道具に頼りっきりなのが弱点だって気付かないの?」

 刹那、今度は上空から女の声が木霊した。即席の連携を披露した2人が駆ける闇夜の上には、星空を背に浮かぶリリスの姿。揺らめく銀髪が、淡い輝きに照らされる。星の灯りではない、彼女の更に上空に展開された魔法陣の輝きに、だ。エクゼスレシア最強の大魔導士は既に詠唱を完了させていた。

 連携は2人ではなかった。詠唱するリリスから意識を逸らすタケルとスクナの挑発的な言動に、黒雷は全員が引っ掛かった。いや、一機目を鮮やかに切り刻んだスクナの技量を目の当たりにしたのだから、僅かでも視線を逸らす真似など出来る筈もなく。それが高い技量を持っているならば尚の事だ。

『チィッ、早い!!』

 冷静な中にほんの僅かな焦りが滲む声は、しかし同時に響いた号砲にかき消された。男が、視認すらしないまま上空に銃口を向けるや即座に引き金を引いた。放たれた銃弾が正確に女に向かう光景は並外れた技量を証明する。が、見誤っていた。圧倒的な詠唱速度と火力を。

 黒雷の号砲が轟く直前、上空に展開された魔法陣から激しい音と閃光を伴いながら雷が一直線に飛び出し、大気を震わせながら銃弾を容易く砕くと手近な黒雷に喰らいつき、防壁を容易く貫通すると腕部から胴体部を破壊した。

 が、雷は止まらない。破壊しながら次の機体へと伝う超高火力の雷撃は勢いも威力も全く衰えず、近くに滞空していた二機目に喰らいつくと瞬く間に破壊してしまった。その様はまるで雷の鎖、あるいは生き物の様にさえ思えた。

 集積したカグツチを魔力へと変換、大量に消費する事でマガツヒに探知されない大火力を生み出す技術、長い寿命と絶え間ない鍛錬、連綿と受け継がれた知識が生み出す力は文明の産物を嘲笑いながら、更に勢いを増しながら次の獲物へと狙いを定めるが、その途中で進路上に投げ込まれた連想式のロケット砲の前に容易く動きを止めた。

 何者かが投げつけた武器は、激しい爆発と衝撃波を生み出しながら雷撃をかき消した。スクナは武器を投げ込んだであろう機体に視線を睨みつける。この場で一番冷静に物事を判断する、正体不明の男が搭乗する黒雷に。

「小童共とは明らかに違う。お主だけは随分と冷静だな。ワシ等と戦った経験が無いが高い操縦適性を持つとなれば、オラトリオのエース辺りか?」

『知ってどうなる訳でも無いだろう?では続けよう、暫く同じ攻撃は出来ない筈だ』

 低く落ち着いた男の声は断言した、一瞥すらせずに。的確だ。地上へと降りたリリスは軽く息を切らしており、次撃を行う様子を見せない。恐らく蓄積した魔力を使い切ったらしいが、大火力の魔導を四連続で使用すれば致し方ない話だ。

「目的を果たせると思ってイるのか?」

『問題ない。既に半分は果たした』

「つまり、時間稼ぎか?」

『流石にスサノヲ最強のご老人はよく理解している。そう、俺達の目的はお前達に無駄な時間を使わせる事だ』

「やはり、彼らは俺達をココにおびき出す為に利用されたのか」

『そうだ。あぁ、案ずるな。例え来なかったところで状況は変わらない』

「成程、もしワシ等がココに来なければ彼等を殺した犯人として旗艦中に喧伝するつもりだった訳か」 

『当たりだよ。いい加減に理解したか?希望など、何処にもないと』

「それは諦める理由には成りえなイ」

『お前達ならばそう言うと思っていた。では続き……ッ』

 低く冷静な声は此処に至るまの全てがアデス、あるいはタナトスの計画の一端である事を教えた。来なければスサノヲ達の境遇はさらに悪化し、かといって馬鹿正直にやって来れば疲弊し時間を浪費させられる。何をどうしようが敵の掌の上という事実がスクナとタケルに重く圧し掛かる。

 だが、再び戦闘態勢を取った男は全てを語る事なく口を閉ざした。背後から攻撃を受けたからだ。静かで、強力でありながら同時に正確無比な攻撃。何時の間にか、男の搭乗する黒雷の胴体部分に鋭利な剣状の飛び道具が突き刺さっていた。

『今度は何だ!?』

 それまで冷静を維持し続けた男が、初めて露骨な感情を見せた。

「故あって助太刀に参った」

 全員が見上げる先、人工の夜空に浮かぶ星明かりの後光に照らされたのは、何とも表現し難い歪な姿をした一機の式守シキガミらしき何か。

 凸凹で全く統一性の無い右腕部は大型の人型兵器を無理矢理小型化させたと表現する他ない程度に異様に巨大で、左腕と脚部はそれなりに人型を維持しているが、まるで様に別々の規格を繋ぎ合わせたかの様な歪な形状をしている。

 頭部は辛うじて右眼部分だけが露出しており、それ以外は市販の布製品とテープで包帯状にグルグル巻きにされている。胴体は特に問題なく、スサノヲやヤタガラスの標準装備となった地球製のスーツを着用しているが、前述の凸凹で継ぎ接ぎされた身体のせいでシルエットは酷く歪だ。

 しかし何より目を引くのは背部に浮かぶ巨大な一対の翼状推進機構。継ぎ接ぎしたかの様に歪な形状に加え彼方此方にひび割れている鈍色の翼は、セラフが装備する代物とよく似ていた。とは言え、セラフかと問われると回答に困る。こんな不格好なセラフは存在しないし、何より財団は四機しか保有していないと明言している。

 一方、防壁をあっさりと貫通する攻撃力はセラフと判断して差し支えない程に高い。何者かは不明だが、少なくとも武骨で歪な見た目通りとは限らないようだ。少なくとも敵ではない謎の存在の介入に、戦場が静まり返る。
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