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第7章 平穏は遥か遠く

287話 そして、夜が明ける 其の8

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 僅か3人。しかし相手がクロス・スプレッド最強、スサノヲ最強、連合最新鋭の式守シキガミとなれば、全長20メートルを超える人型機動兵器など動く鉄屑同然。既に優位は完全に崩れた証左と、上空の黒雷は眼下を見下ろすばかりで一向に攻撃する様子を見せない。

「まだだッ!!」

 一方、アデスだけは諦めない。気勢を吐くとスクナから距離を置き、同時に通信を行った。直後、中庭を取り囲むように灰色の光が幾つも灯ると、奥から10機以上の黒雷が姿を現した。

「やれやれ」

 巨大な剣に銃器に広範囲殲滅兵器まで携える姿が漲る殺意を証明する。が、スクナは冷静な態度に僅かな苦笑を浮かべた。巨躯の群れを前に微塵も揺らがない。

「何時までその余裕が持つ?」

「気に入らんというなら、さっさと切り札を切れ。この程度ではあるまい?」

「貴様ぁ!!」

 対照的にアデスは感情を剥き出す。スクナの挑発に容易く激怒すると、漸く復活を果たしたアメーバ状のマジンをけしかけた。如何にスサノヲと言えど、掠れば死を免れないマジンという兵器の恐ろしさは直に見て知っている筈だが、それでもスクナは変わらず挑発を重ねる。

「なら死ねいッ!!」

 不敵に口の端を歪めたスクナにアデスは殺意を言葉に出すと、その意志に呼応したマジンがスクナを飲み込もうと粘性を持った茶褐色の身体を限界まで押し広げながら飛びかかった。が、直ぐに異変が襲う。スクナを飲み込もうという動きが急激に鈍った。

「何だこの寒気は!?」

 映像が、美術館に起こった変化を克明に伝える。一番最初に反応したのはアデス。その男は、まるで極寒の中に放り出されたかの様に震え始めた。吐く息が、急激に白くなる。

「こういう事も出来るのよ」

 次の変化は淡々と語るリリスの背後、植えこまれた植物が一斉に凍結を始める光景。彼女の足元に敷かれた巨大な魔法陣が、周囲に向け極低温の冷気を放射し始めた影響だ。凍てついた空気が周辺を白く染め、勢いを増しながら全てを凍り付かせる様はさながら氷獄の如き無慈悲さを想起させる。

「これも魔導か?」

「その通りよ色男サン。じゃあ、アレ宜しくね」

「直に見るまでは信じられなかったが、ともかく感謝する」

 初めて魔導を見たタケルは彼女の洗練された魔導、エクゼスレシアが磨き上げた戦闘技術に感嘆しつつも、直ぐにマジンへと視線を向けると懐に下げたホルスターから対マジン用の弾丸が装填された銃を抜いた。

 限界まで身体を広げた状態はさながら巨大な的。最新鋭のタケルが外す訳もなく、子気味良い破裂音と共に撃ち出された実体弾はマジンに触れるとまるで溶ける様に吸い込まれ、次の瞬間に激しく発光しながら身体の隅々にまで広がり、粉々に砕いた。

 無害化され霧散するナノマシンは粉雪の如く周囲に舞い散り、魔法陣から吹き付ける風に霧散、消滅した。その光景にタケルは目を閉じ、哀悼を呟いた。まるで、人間の様だ。

「さて、随分と優位に立ったな」

「覚悟してネ」

「そうか……マジンがこうもあっさりと。えぇい、始めろ!!奴らを生かして返すな!!」

 僅か一瞬で更なる劣勢へと追い込まれたアデスだが、しかし左程驚くでもなく、まるで想定通りとばかりに黒雷に指示を飛ばすと自らは灰色の光の奥へと逃げ去った。忌々しい程に切り替えが早い。マジンの無力化まで想定していたのか定かではないが、倒されるや否や圧倒的な火力による殲滅へと方針を転換した。

『承知した』

 殊更に冷めた声が1つ、廃墟と化した美術館に木霊した。と、同時に圧倒的な火力を誇る黒雷の武装全て火を噴いた。中庭は瞬く間に爆炎と衝撃に包み込まれる。巨大な銃口から放たれる銃撃、多連装式ロケット砲の一斉発射、空間転送式の広範囲殲滅破壊兵器の投下。何れも人に向けて良い代物でもないし、量もまた同じく。

 余程に生きていてもらっては困る、そんな殺意と悪意と執念を感じる攻撃は全機が全弾を撃ち尽くすまで続いた。熱風と衝撃波で美術館は完全に崩壊、相応の時間と資金を投入した歴史的遺物やら伝統的絵画などの模造品は全てが木っ端みじんに破壊され、爆風が消え去った後に原形を留めていたのは二号館だけとなった。元が旧会議場という重要な場所からか、随分と頑丈だ。

『ここまでやりゃあ流石に死んでるだろ?』

『ロートルとポンコツとよく分からん女を始末するだけに此処までする必要があったかって言われると、ちょいと疑問が残るがな』

『じゃあ帰投しますか?』

『駄目だ。死体を確認してからでなければ認めない』

『そりゃ無理でしょ?あそこまで派手にやって生きてたら化け物だって。幾ら弐号機の防壁が凄いって言ったって……なぁ?』

『念の為、そういう指示だ。逆らえばどうなるか、分からん訳ではないだろう?』

 黒雷に搭乗している連中は破壊されつくした美術館を見下ろしながら優越感に浸る。1人を除いて。明らかに他とは違う、冷静沈着な男がいる。それ以外も高い能力の片鱗は垣間見えたが、この男だけは明らかに別格という雰囲気が声を通し伝わる。しゃがれた声の男が操縦する黒雷が"一応"、"指示"という名目でゆっくりと中庭に降下し始めると、残った全機も渋々といった様子で追従する。

 が、だ。出身が違うのか指示に対する動きに統一性が無い。個々は有能な反面、リーダーと思しき男の指示に悪態を突いたり"無駄"と言ってのけるに止まらず、挙句に全く反応しない機体まで存在する。

『……ってオイ、オマエ。聞いてるか?』

『早く降りて来いよ馬鹿野郎』

『何だァ?ぼくもう寝る時間です、ってかぁ?』

 "欠片でも残った遺体を確認する"という指示を無視する一機に向けた軽薄な対応に、私は半年前に旧アラハバキが結成した九頭龍クズリュウを思い出した。戦闘経験豊富な退役スサノヲ、あるいはヤタガラスに市民から募った新兵を混ぜた急造の混成部隊。量産型のタケミカヅチが完成するまでの……いやその隠れ蓑にされた、の方が正しいか。

 拙い連携、未熟な新兵への訓練に時間を割かれた結果、マジンを駆る清雅社員に敗北した過去が、今の黒雷に重なる。昨日今日チームを組んだばかりと言わんばかりに協調性も敬意も見られない様子は寄せ集め、各惑星から有能な人間を雑多に集めただけの急造チームと考えるのが妥当だ。

『おいッ!!』

 尚も無反応を貫く黒雷に、漂い始めた不穏な気配を振り払おうと誰かが語気を強めた。刹那……

『ば、化け物』

 微動だにしなかった黒雷は、断末魔と共に落下し始めた。しかも無数に斬り刻まれ、バラバラになりながら、だ。しかし彼等は更に驚く。崩壊する黒雷から離脱する1人の老兵の姿に、彼等は酷く動揺した。

『馬鹿なッ!!』

「だから言ったろう?素直に引き下がれとな」

 黒雷の背後に居たのはスクナ。どうやって移動したかと言えば、特製IDによる転移以外に考えられない。この状況を覆す為に躊躇いなく使用する切り札は、何処からでも何処にでも移動できる代物。それにスサノヲ最強の腕前が加われば相手の背後から気付かれずに強襲するなど容易い。予想外の展開に、黒雷の思考は搔き乱される。

『落ち着け。この程度、想定の内だ。周囲警戒しつつ散開』

 しかし、やはり1人だけは違う。明らかに別格な男が出す淡々とした指示は、動揺する黒雷を瞬く間に正気へと戻した。驚き、戸惑ったのはほんの僅か。

 黒雷は降下しつつも散開しながら中庭へと軽やかに飛び降りた老兵を取り囲んだ。相手は1人、ならばもう一度一斉射撃を行えばよい。今度こそはと、冷静沈着な男の声とと共に黒雷の周囲に灰色の光が灯る。撃ち尽くした武装を地面に投げ捨て、新たな武器を装備する。が、老兵は不敵な笑みを浮かべながら口元を動かした。何かを言っているが小さくて聞き取れない。

『後ろを見ろ、だと!?』

「大当たり」

 読唇術でスクナの言葉を読み取った男がその意図に気付いた時にはもう遅く、女の声をかき消す轟音と白い雷光が黒雷を貫いた。補充した武装は根こそぎ破壊され、巻き込まれる形で大きな損傷を負った腕部諸共に無数の破片となり地面に落下した。
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