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第7章 平穏は遥か遠く

292話 そして、夜が明ける 其の13

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 不意に、笑い声が途絶えた。同時、部屋の端からカラカラと瓦礫が石製の床を叩く音が幾つも鳴る。肆号機シゴウキに敢え無く吹き飛ばされたスクナとタケルが立ち上がった。怒りに燃える2つの視線が壇上の肆号機を射抜かんばかりに睨み付けるが、壇上から見下す悪意と敵意の権化は意に介さず。

「以前とは、まるで違う」

「身体構造その他諸々、何も変化が無イのに以前とはまるで違う。本気ではなかった……のか?」

「ウフフ、どうだって良いじゃないですか。さて、目障りな障害の一つは片付けたので、後は仕上げですね」

 不気味、奇怪、薄気味が悪い。明確な変化は見た目だけだというのに、2人掛かりで全く歯が立たない強さを見せた肆号機の笑みは、理解不能な強さに機械的で無機質な表情が加わった事で無数の不快感を呼び起こす。しかも、"仕上げ"ときた。詰まるところ、これまでは前座だと言っている。

 直後、タケルとメタトロンが何かに気付くと窓の外を凝視した。彼等が見たのは両開きの大窓の向こう、闇の中に灯る小さな輝き。優しく明滅する星とは違う何かは、1つ、2つと夜空に彩りを添え始める。

「周囲1キロ以内に複数の転移反応を確認。これは……」

「もしかして面倒くさくなった、とか?」

「既に起動しているところを見るに、そうだろうな」

「ちょっと!?冷静に言ってる場合じゃないでしょ」

「さて、どうするか。望む情報は得られたが、しかしこのままでは全滅は免れんな」

「それ以前に、広域殲滅破壊兵器を打ち込めば旗艦もタダでは済まない。正気か!?」

「だから?何?ウフフ、アハハハハッ。これなら逃げられないでしょう?逃げてもいいんですよ?逃げられるならば、ね。それにぃ……」

 直接的で、ストレートな手段。悪意に満ちた言動とねめつけるような視線が四者を貫く。コレが仕上げ、完成した絵図。旧会議場を取り囲む灰色の光から転送されつつある物体は"超"広域殲滅破壊兵器。

「忌々しい。逃げたらその先でも同じ事をすると、そう言いたいのか?」

「嫌だわ人間って、怖いコト平気で思いつくのね?せっかく苦労して民意を都合良く誘導したのに、そんな事する訳ないじゃないですか。簡単に手放しませんよ、あんな便利なモノ」

 怖いと、そう言いながらせせら笑う態度を見れば、そんな殊勝な感情などありはしないと誰だって考える。軽薄な言葉に視線を戻したタケルは一層険しい表情で肆号機を見上げ、スクナは"白々しい"と苛立ち混じりに呟いた。

「その言葉、やはりここに至る全てはスサノヲの影響力を奪う為か」

「となればアナタは守護者側って訳ね。現状、スサノヲの影響力下落で利益を得るのはアイツ等だけ。いえ……そう、後はザルヴァートルもかな。神の敷いたルールと監視はさぞ邪魔だったでしょうし」

「そうか……そうだな」

「あら、もしかして?」

「いや、別に」

 肆号機の物言いは部外者のメタトロンとリリスに真実の一端を垣間見せる。敵は守護者、スサノヲは利用されていた。自然、武器を握る手に力が入る。

 が、裂帛の如き気迫を発しながら、一方で動かない。全てを予測する肆号機の性能の正体は恐らく単純な演算能力と思われるが、何故以前はその力を発揮しなかったのか。以前は出来なくて、今回は出来るようになった理由は何か。その根源が分からねば、上限が分からねば次の動きも決められない。

 対する肆号機は極めて上機嫌。相も変わらず厭味ったらしい笑顔を貼りつけたまま旧会議場の最奥から全員を嘗め回すと……

「さて、時間です。誰かさんのせいで私も時間が無くて」

 無情にもタイムリミットを告げた。その顔に笑みはない。挑発だ。"掛かってこい"というストレートな挑発。待てば殲滅兵器に巻き込まれる今の面子に躊躇も、正体不明の性能を推測する時間さえも無くなった。誰もが、誰に了承を取るでもなく一斉に飛び掛かった。

 真っ先に飛び出したのはスクナで、その僅か後にメタトロンが続く。高い能力を持つ2人が率先して前衛を引き受けるその背後にタケルが立ち、肆号機の攻撃から全員を守るべく防壁を展開する。

 その更に後ろではリリスは既に魔導の詠唱を開始していた。先の戦闘よりも更に長大な詠唱から放たれる一撃は、一体どれだけの被害が出るか想像すらつかない。彼女の身体と魔導衣に刻まれた紋様が周囲のカグツチを無尽蔵に吸収、魔力へと変換し、白く輝き始める。

 出会ったばかりの面子がまるで示し合わせた様に、淀みなく己が役割を決断、現状で打てる最善手を打った。が、肆号機は連携を圧倒する。

 灰色の光から無造作に取り出した巨大な銃を片手で軽々と操りながら最前列を容易く止めるとそのまま一足飛びでタケルを強襲した。前衛を守りつつ、更に自身を守る必要性に駆られたタケルはその場に釘付けとなるが、それでも己が身を挺しリリスを護る。同時、詠唱が終わった。強大な魔導を行使する為に周囲のカグツチを掻き集めた彼女の体内には膨大な魔力が溢れんばかりに滾る。

「ラスト・メ……グッ!?」

 しかし言霊は半端なところで途切れた。リリスが放った渾身の一撃、極大の光弾も本来の軌道を僅かに逸れ、肆号機を掠めながら議長席背後に置かれた女神像諸共に壁を抉り取り、一瞬の後に桁違いの衝撃波を生み出すに終わった。"何が起こった?"と、混乱する視線は直ぐにその理由、リリスに纏わりつく人影に気付いた。その正体は惨殺された市民の亡骸。辛うじて人の形を維持する肉塊が、まるで生きている様にリリスの華奢な首を締めあげる異様な光景。

「クソッ、どうして動く!?」

「落ち着きたまえ。君の戦闘経験の少なさから判断すれば無理もない」

「魔導に関する造詣ぞうけいもな」

 動揺するタケルをメタトロンとスクナが冷静に諭す。心臓が動いていなければ死んでいる、つまり動かないと考えるのは常識。そんな当たり前の話に、展開する者が無害と判断した物質全てが突き抜けるという防壁の仕様が重なった結果。文字通り全てを遮ってしまえば、何も見えない聞こえない上に窒息してしまうからだ。

 最悪の可能性を見過ごしていたが故に敗北の切っ掛けを作ることとなったタケルをスクナが慰め、メタトロンは冷静に状況を分析しつつ魔導を妨害した肉塊をリリスから引き剥がす。

「ゴホッ……ゴメン、迂闊だった。死人が転がっている戦場なら死霊操術ネクロマンシーを疑うべきだった」

「しかし、とうの昔に失伝したと聞く。その可能性まで考慮しろと言うのは中々に困難だと慰めておこう。特に、現状ならば尚の事だ」

 痛恨の極みと吐き捨てたリリスに慰めの言葉は届かず。彼女が語ったネクロマンシーとは、死者を操る禁忌の魔導。亡骸に残るカグツチの残滓を吸い上げ、増幅させた後に再び戻す事で死体を操る異端の魔導。死者が生前の強烈な意志により死後も動く、ククリと呼ばれる現象とは真逆の禁術。

「ウフフ。全部その通り、拙い連携で私を止める事など出来ないんですよ。そして、ありがとう。私の思う通りに動いてくれて。どうします?まだ続けます?それとも逃げますか?良いんですよ。但し、逃げられるならば、ね。私はアナタ達と道連れなんて御免ですので、ではサヨウナラ」

 何らの傷さえ負わせられず、一方的にあしらわれた傷口を肆号機は抉る。僅か1分にも満たない戦闘で状況はさらに悪化し、歯止めがかからない程に追い詰められた。攻めあぐねる彼等に出来る事は精々睨み付けるだけ。一方、肆号機は悠然と灰色の光から戦場を去った。

 後に残されたのは物言わぬ骸と灰色の残光を眺めるタケル、スクナ、リリス、メタトロンだけとなった。が、敗北の後悔を反省する時間も、無辜の死を悼む時間も無い。全員が、再び示し合わせた様に中庭へと駆けだした。旧会議場が如何に頑丈と言えど、超広域殲滅破壊兵器を前にすれば紙切れに等しい。僅かな可能性に掛け、彼等は逃げる。

 ※※※

 外に出た全員が見つめる先、遥か上空には地上に対し水平に開いた灰色の穴が見え、更にその奥からミサイルの先端が覗いていた。その弾頭こそが超広域殲滅破壊兵器そのものであり、爆発すれば周囲1キロ程度の範囲に存在するあらゆる物質を原子レベルまで分解消滅させる。

 特筆すべきは歪んだ努力の末に実現された小ささで、握り拳程度の大きさでも十二分な破壊力を有するどころか、そのサイズ故に転移、転送も容易に行えると言う特徴があげられる。当然その危険性は連合中に周知され、製造禁止となっているのだが、力を持たない同盟惑星の一部地域では密かにこれを製造配備、恫喝と政治取引の材料として利用している為に根絶には至っていない。

 しかしそれでも問題は無かった。神が健在ならば、あるいは不在だとしても神が築き上げた監視網が健在ならば星外に漏れる事など無かった。守護者達だ。奴等が監視網に意図的な穴を開けたから、あんな代物が兵器で旗艦内で使用されるのだ。

 周囲を見渡せば専用弾頭に取り換えられたミサイルが数十、数百と確認でき、一部に至れば灰色の光から半分ほど姿を覗かせている。もう暫くもすれば灰色の光から完全に姿を現し、次にそのまま疑似重力に引かれ落下、地面に激突する。そうなれば周囲数キロの全てが消滅する。

 かと言って逃げる暇も手段も無い。スクナが使用した特製IDは破壊され、リリスの転移魔導も当人の疲弊により使用不可。全員が打つ手なしとばかりに呆然と上空を見上げる中、無慈悲な灰色の流星が1つ、また1つと夜を切り裂き始めた。

 ※※※

 悍ましい報道が旗艦を駆け巡ったのはその直ぐ後、まるで全てを見計らったかの様なタイミングだった。

 76区域内を震源とする強烈な揺れの原因は市民達を誘拐したスサノヲ達と黒雷とで行われた戦闘によるもので、市民は既に殺されており、苛烈になる戦闘に業を煮やした守護者側がスサノヲ殲滅の為に止む無く超広域殲滅破壊兵器を使用して76区域諸共に消滅させたという、恣意的で強引な内容だった。

 こんな話、少しばかり冷静に考えれば有り得ないかやり過ぎだと思えるのだが、日を追うごとに悪化する現状に業を煮やした市民は守護者と姫に傾倒しており、こんな出鱈目な嘘を容易く信じてしまう、信じさせてしまう土壌を形成していた。

 唯一の朗報と言えるのは、76区域を丸ごと失った事で手数料収入を失ったエクゼスレシアの代表が比較的冷静に事の推移を見守ると言った事くらいか。しかしココまでくれば些細な差でしかなく、スサノヲと英雄達の置かれた状況は手の打ちようが無い程に悪化、挙句に一切合切全てが全て塵と化してしまった。デモが守護者の扇動である証拠も、エクゼスレシアとの協力関係も、何もかもが消え去った。

 私は報道から目を背ける様にベランダに向かい、空を見上げた。一面を闇に塗り潰すキャンバスは、その端に白を滲ませ始めていた。

 夜が、明ける。

 明るい、希望に満ちた朝。だけど、私はそう思えなかった。あの悍ましい白色は、積み上がった数え切れない絶望と犠牲を生贄に、何かが生まれる予兆だ。
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