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第7章 平穏は遥か遠く

293話 余談 惑星オリンピアの昔話

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 昔々、オリュンポス大陸南端の小都市にケラウロスという若者がおりました。若者はこの世界で最も大きなを支配する王国で働く事を夢見ていました。その理由はお姫様。オリュンポス国王の長女メティスは一目見た誰もが求婚をする程の美しさと聡明さを持ち合わせていると評判でした。

 彼は懸命に自らを鍛え上げ、遂にオリュンポスの兵士となりました。しかし運命か、それとも必然か、その日を境に世界が大きく変わります。

 ケラウロスが兵士となった日の夜、一筋の流星がオリュンポス大陸のはるか北に落下しました。それから程なく動物とも植物とも違う異形の生物、魔物が現れ始めたのです。国王ウラノスは腕利きの兵士達に魔物の討伐と流星の調査を命じました。"勇敢なる者"、勇者の称号と共に数々の特権を授かった調査隊は、大勢の者達に見送られながら北に向け旅立ちました。

 一月後、調査隊員達は見るも無残な姿となって帰還しました。その余りにもむごたらしい有様は、身に付けた服やアクセサリが無ければ判別がつかない程でした。危機を感じ取った国王は世界中に調査を呼びかけました。程なく、大陸中から沢山の戦士が集まりました。彼等を等しく勇者と呼び称えたウラノスはある約束をしました。

「流星と共に出現した魔物とその元凶を解決した者に娘との婚姻を認め、更に莫大な報酬も与える」

 約束を胸に勇者達はこぞって北へと旅立ちました。しかし、誰も生きて帰ってきませんでした。世界が絶望に包まれます。一部の王族や貴族は資産を持って逃げ出しましたが、みんな魔物に襲われてしまいました。もぬけの殻となった馬車や船があちこちに打ち捨てられる光景に誰もが恐怖し、家に閉じこもる様になりました。

 大陸から人々の生きる意志が消えかけた頃、遂にケラウロスが北に向かう事となりました。当時の彼は他の勇者達と比べると余りにも未熟だった為に調査隊への参加を許されませんでしたが、その時にはもう志願する者はおりませんでした。絶望に負けず、北への調査隊に志願するケラウロスの熱意を聞き入れた国王は彼を2000人目の勇者として認め、北へと送り出しました。

 ※※※

 旅立ったケラウロスは行く先々で勇者の動向を集めながら慎重に北を目指し、程なく次の目的地アイギスへと辿り着きました。この都市には勇者の物語において欠かす事の出来ないもう一人の主役、"ヘラ=デウス"がいます。魔物達を避け、最小限の戦いでしのぎながら漸くアイギスに辿り着いたケラウロスは泥だらけで、路銀も物資も何も残っていませんでした。しかしヘラは快く歓迎しました。彼もその好意に感謝し、事態の解決を彼女に約束します。

 そんな矢先、ケラウロスの後をつけた魔物達が都市へと侵入してきました。彼は疲れた身体で勇敢に戦いましたが、その時に不思議な出来事を経験します。魔物の攻撃が外れ、反対に彼の攻撃は相手の急所に当たってしまうのです。そうして彼は魔物の群れをたった1人で討伐すると、そのまま倒れてしまいました。

 次に目を覚ましたケラウロスは、見慣れない部屋にいました。とてもごうかで、ベッドもふかふかで良い匂いがします。慌てて飛び起きたケラウロスの元にヘラが姿を見せました。彼女は言います。

「貴方の強く気高い精神への恩返しです」

 彼は知りました。この部屋は彼女の部屋で、今まで寝ずに看病を行ってくれたのだと。急いで飛び退き頭を下げるケラウロスにヘラは続けます。

「暫く滞在して頂いて宜しいでしょうか。我が都市アイギスにはもう戦える者がおりません」

 ケラウロスは彼女の頼みを快く引き受けました。

 ※※※

 アイギスに滞在してから30日ほどが経過しようとしていました。魔物達はその後もアイギスを攻め落とそうと何度も群れを成して襲ってきましたが、全て失敗に終わりました。

 ケラウロスが全ての敵を倒してしまったからです。市民の誰もが彼の栄光を称えますが、彼は決して自慢しませんでした。分からなかったからです。"どうして自分にこんな力があるのか、どうして自分は傷一つ負わないのか"。しかし、この後に彼はその理由を知る事となります。

 切っ掛けはヘラや市民の体調でした。彼が戦えば戦うほどに弱っていったのです。何かあるとケラウロスが尋ねてもヘラは微笑むばかりで何も答えてはくれません。彼は考えた末、魔物の姿を見たと一旦領外へ出た後こっそりと戻ってきました。

 そこで彼は見ました。ヘラを中心に祈りを捧げる市民達の姿を。祈る度に苦しむ彼女達の姿を。たまらずケラウロスは飛び出し、問い質しました。

「幸運の星に祈りを捧げているのです、貴方が無事に戻りますようにと」

「幸運の星とは何だ?」

「遥か昔、この星に降り立った名もなき神の使いがデウス家に与えた力です」

「どうして黙っていたのだ?」

「貴方に生きていて欲しかったからです」

 この言葉に彼は覚悟を決めました。急ぎ流星が落ちた地を目指し、元凶を討伐すると全員に宣言しました。ヘラは言いました。

「誰も戻ってきませんでした。それでも向かうのですか?」

「必ず生きて戻って来る」

 ケラウロスは引きません。ヘラは、ならば自らも同行したいと彼に申し出ました。当然、誰もが必死で引き止めます。如何に強力な力を持とうとも、か弱い女性が戦場に立てる筈もないと。ですがヘラも引きません。星の力とケラウロスの勇敢な精神が合わされば元凶を解決できると引き下がりません。

 彼女の説得を諦めたケラウロスは早期決着を決断、早馬を借りて一気に流星の元まで駆け抜けます。長く短い旅路の折、2人は荒れ果てた幾つもの都市や村を見ました。何処を見回しても無残に破壊された建物の痕跡が辛うじて形を残すばかりで人の姿はありません。心が痛むような光景に2人は互いを励まし合いながら北を目指し、そして遂に流星が落ちた地に辿り着きました。

 流星が落下した場所には大きな爆発の跡がありました。周囲をみれば薙ぎ倒された木々や吹き飛ばされた岩石が見え、衝撃の激しさを物語っています。そして、中心には不思議な建造物が立っていました。

 この中に全ての元凶がいる。2人はおくする事なく進みます。建造物の中はとても不思議な光景が広がっていました。床を見れば全く見た事も無い素材で出来た通路が、天井を見れば不思議な光が幾筋もの線となって周囲を照らしています。

 壁に描かれた紋様は今まで見た事が全くなく、扉があれば近づくだけで独りでに音もなく開きます。見た事もない光る机や空中に浮く椅子、果ては魔物が中に浮かぶ透明な筒など幾つもの部屋に幾つもの奇妙な光景を通り過ぎた最後、2人はとても大きな空間を目にします。あでやかに彩る木々からは鳥がさえずり、花々には蝶が舞い、足元を見れば澄んだ水が川の様に流れる、まるで楽園の様な場所でした。その中央に男がいました。男は言います。

「良くここまで来た。運が良いのか悪いのか。だが、ココで死ね」

 ケラウロスはその言葉に震えました。今まで戦って来た魔物が赤子に思える程に、男の放つ気配が尋常ではなかったのです。正しく、魔の王と呼ぶに相応しい存在です。

 男が羽織ったマントをひるがえすと同時に建物全体が振動しました。戦いの気配にケラウロスも剣を構えます。しかし、男はその姿を笑いました。彼は震えていました。今までに遭遇した事のない圧倒的な力を前に、戦う気力を無くしそうになっていました。しかしそんな彼を後ろからヘラが一喝します。

「しっかりしなさい、貴方は勇者でしょう!!人々を救い、そして貴方の願いをかなえるのでしょう?」

 ケラウロスはその言葉に自らを恥じ、気合を入れると自らの内から湧き上がる勇気と共に男目掛けて突進しました。

「情けない、女の応援がななければ戦えんのか!!」

 男は言葉と力でケラウロスを容赦なく攻め立てます。その腕が光ると同時に幾筋もの雷光が走りました。しかし、ケラウロスに当たりませんでした。

「貴様、何をした!?」

 男は驚きましたが、攻撃の手は緩めません。ケラウロスも応戦、男が撃ち出した雷光を自らの剣で受け止めながら斬りつけますが、やはり攻撃は届きません。不思議な力で守られているようで男には傷つけられないのです。一見すれば互角ですが、圧倒的な攻撃力の差は覆しようがありません。男は高らかに笑い、そして勝利を宣言しました。

「人に俺を傷つける事など出来ん。神の御業を知れッ!!」

 自らを神と名乗った男が全力の一撃を放つと、今度はケラウロスに当たってしまいます。彼は大きく吹き飛ばされました。痛みと疲労で立ち上がることも出来ません。絶体絶命の危機となった彼の目にヘラの姿が映りました。

 祈りを捧げるヘラはとても苦しんでいました。ケラウロスの心にとても強い思いが湧き上がります。"死んで欲しくない、生きていて欲しい"と、彼は何時の頃からかそう考える様になっていました。ケラウロスは立ち上がり、剣を大きく頭上に掲げ叫びます。

「この勝利を君に捧げる!!」

 彼が死力を振り絞り男に突撃すると、男は笑いながら特大の雷光を放ちました。ケラウロスはその雷を剣で受け止めましたが、余りの威力に耐えられず粉々に砕け散ってしまいました。ですがケラウロスは止まりません。

 再び、奇跡が起きました。剣が砕けようとも、雷がその身を貫こうとも、挫けないきょうじんな意志に雷が共鳴し、新たな剣へと姿を変えたのです。ケラウロスは雷の剣を男目掛けて振り下ろしましたが、やはり見えない不思議な力に阻まれてしまいました。男が不敵な笑みを浮かべると、両の手が輝き始めました。再び訪れた絶体絶命の危機に、今度はヘラが叫びます。

「命を賭けて貴方を守ります!!」

 その叫びと同時に雷の剣を阻んでいた不思議な力が突如として消え去りました。男は驚く間もなく自らの雷に焼き尽くされ、消滅しました。

 ※※※

 それから10日後、オリュンポス国王ウラノスは魔物とその元凶である謎の男、魔王を退治したケラウロスとヘラを盛大に称えました。末端の兵士であるケラウロスと一地方都市の領主ヘラの活躍は瞬く間に広がり、真の勇者、英雄の誕生を誰もが祝いました。ウラノスはケラウロスに言います。

「約束通りメティスとの婚姻を認めよう」

 しかしケラウロスはそれを丁重に断りました。彼は言いました。

「私にはもう決まった相手がいます。此処に、私の隣におります」

 彼はウラノスに向け、隣に立つヘラを紹介しました。ヘラもその申し出を喜んで受け入れました。ウラノスとメティスは残念がりましたが、しかし英雄の決断を尊重しました。そして国内の一等地に住居を与え、同時にアイギスの住民を自領内に転居させました。

 ヘラはもう一つウラノスに願い事を申し出ると、自らの家系の墓を領内のとある場所に移設しその近くに小さな小屋を建てました。それは一族を弔う為の施設です。余談となりますが、この小さな建物は代を経る事にごうかになっていき、そしてある時起きた大地震を機に巨大な大聖堂へと改装されました。

 その建物の名はパルテノン大聖堂。現在、姫が婚姻の儀を執り行う神聖な場所はこの時代に産声を上げました。やがてケラウロスとヘラはウラノスの申し出を受ける形でオリュンポス国王となりました。

 これが、以後2000年の繁栄を約束する惑星オリンピアを守護する幸運の姫誕生の瞬間であり、オリンピアは姫の加護の元で更なる繁栄を謳歌する事になるのです。

 この物語は、英雄ケラウロスとヘラがある神と邂逅するところで終わりを迎えます。その神は流星の代わりに空を浮かぶ巨大な鋼鉄の船に乗って現れました。その名を"アマテラスオオカミ"と名乗った新たな神と共に惑星オリンピアは新天地、宇宙へと旅立ちます。

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7章終了
next → 8章 運命の時、呪いの儀式(仮)
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