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第8章 運命の時 呪いの儀式

305話 終焉の幕が上がる

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「覚悟は良いかッ」

「死にたくなければ引っ込んでいろ」

 大聖堂のど真ん中から低く、ドスの利いた声が戦場を両断した。戦場に遍く視線が、声を捉えようと動き……

「避けなさいッ!!」

 直後、女が叫んだ。タナトスだ。言葉に、視線の先の光景に守護者達の顔から血の気が引く。が、もう遅い。

画竜点睛がりょうてんせい

 声の先、視線の先には煌々と輝く大太刀を構えた男が、4文字の言霊|(特殊な発声法に特定の単語を組み合わせる戦技)と共に身の丈ほどもある武器を構える光景。

 言葉と共に周囲が震え、周囲に渦を巻く未知の粒子、カグツチが中心に引き寄せられる。白いシャツの下に薄っすらと走る光の筋が身体から手を経て指から柄へと消えゆく。濃度上昇に伴い、カグツチが力を解放する。男の、イズナの意志に呼応し物理法則を無視した力を発現させる。

 彼は、そのまま太刀を横凪に振り払った。光り輝く刀身は真白い剣閃を生み、凄まじい衝撃を伴いながら扇状に広がると、守護者の一団をまるで雑草の様に薙ぎ倒した。数は確認できないが、軽く見ても100以上は巻き込んでいる。

震天動地しんてんどうち

 攻撃はまだ続く。続けてもう1人が同じく4文字の言霊を発した。やはり周囲が震え、同時にカグツチが渦を巻く。濃度上昇により大聖堂周辺は仄かに白む。渦はより大きく、激しさを増しながら男の身体に吸収される。イヅナと同じく幾つもの光の筋が現れ、武器を握る両の手へと集中し、掌を経て武器に吸い込まれる様に消失する。

 もう1人の男、ワダツミが巨大なランチャーの引き金を引く。放たれた真白い弾丸は轟音を上げながら一直線に大聖堂を横断、守護者達が最も集まる場所で巨大な衝撃波を生みながら大爆発を起こした。此方も敵側の被害は甚大、一撃目の倍以上を巻き込んだ。

 衝撃と轟音が過ぎ去った後には、数百以上の守護者と我が身を盾とした3機の黒雷が地に伏す光景が広がる。僅か2回の攻撃の戦果にしては上出来だ。が、2人共にアレでまだ加減している。全力ならば数倍以上の巻き込めただろう。

「スゲェな」

「コレが、スサノヲの力……」

 剣閃は防壁を装備した黒雷を両断し、白い弾丸は防壁を展開した守護者達ごと吹き飛ばした。現スサノヲが制御し得る最大の文字数による必殺の戦技は、アイアースの言葉を受けて高まった守護者達の士気を容易く挫くと同時に圧倒的な戦力差を幾分か縮めた。

 その力を間近で、且つ初めて見たアックスは呆然自失となる。一方、過去に敵対したスサノヲの本気を垣間見た白川水希は臍を噛んだ。脳裏に過るのは戦いへの準備を積み重ねていた過去だろうか。今の光景をあの時に知っていれば、あるいは無益な戦いは無かったかも知れないが、所詮は仮定の話で何の慰めにもならない。

「散々世話になったからな。先ずは軽く挨拶だ」

 挨拶と、イヅナは巨大な刃を守護者達に向けながら挑発した。言葉に偽りは無く、彼は息の1つも乱れていない。余裕の態度に、空気が一気に切り替わる。

 巻き込まれた者、運よく難を逃れた者は隊長クラスの底知れない戦闘力と破壊力に圧倒され、気圧され、委縮した。数の劣勢を覆すには程遠いが、気勢を削いだだけでも十二分な効果だ。

 しかも、副次効果まである。安全な場所で好き放題に罵っていた市民の声がピタリと止んだ。神と共に旗艦の安寧秩序を維持してきた一翼の力を理解してくれたのだろうか。自分達はあの力に守られてきたのだ、と。あるいは単純な恐怖か。

「怯むなッ」

 動揺が広がる戦場に、年季の入った熟練守護者の声が響いた。熱の籠った低い声が激を入れ、委縮しきった精神を鼓舞する。確かに委縮はした。したのだが所詮は数合わせで入隊した有象無象ばかり。正式な試験を経て入隊した守護者は誰一人として狼狽えていなかった。しかも、広がった動揺も瞬く間に終息する。各々が銃や剣を構え対面するスサノヲを睨み付け、取り戻した勢いと共に飛びかかろうと手に、足に力を籠める。

 ドン――

 が、またしても気勢を削がれた。今度は夥しい数の援護射撃がスサノヲと守護者を両断した。爆撃の如き攻撃は戦場を抉り、一部の運が悪い守護者とその周辺を容赦なく吹き飛ばす。戦意を取り戻しかけた守護者の群れは混乱し、檄を飛ばした老守護者は"狼狽えるな"と怒号を飛ばすが、止まぬ攻撃に飲み込まれる。

 程なく、攻撃が止んだ。同時、睨み合う両者の間という目立つ位置に1人の男が空から降り立った。ルミナと同じような光景は嫌でも視線を攫う。その顔に守護者達は怨嗟と憤怒に顔を歪め、一方のスサノヲ達は遅れて到着した男の背中に歓迎の声を浴びせる。

「ヨォ、遅かったじゃねぇか?」

 戦場のど真ん中、タガミが気さくに声を掛けるその先に立つのはタケルだ。神魔戦役から遡ること一年以上前にロールアウトされた連合最新鋭機の式守シキガミ。人ではない彼は人と関わる中で獲得した意志の赴くまま、劣勢極まる戦いの最前線に身を投じた。誰もが見惚れる程に整った美しい顔つきに加え、立つ場所が場所だけに嫌でも目立つ。

 無事だった。スクナが生きていたように、彼も76区域の消滅から逃げ延びていた。

「遅れて済まなイ……やはりお前か、タナトス」

 タケルの視線は一点を凝視する。戦場という場で心底から楽しそうに笑うタナトスから視線を逸らさない。笑う。女は、それでも笑う。守護者の気勢が削がれ狼狽える姿にも、憤怒に燃えるタケルの表情を見ても、死地からの生還さえも想定内と嘲笑う。

 その余りにも不気味な態度は味方である守護者でさえも不快感を示し、スサノヲ達を相変わらずだと呆れさせ、怒らせる。余裕なのか、それとも性分かは定かではないが、タナトスは敵味方双方から向けられる視線と感情を理解しながら、それでも態度を変える素振りを見せず。

「御機嫌よう」

 女は白々しく挨拶した。

「覚悟して貰おう」

「アラ、そんな事言っていいの?そもそも製造を指揮したのは私よ?対策していないと思う?」

「その可能性を考えなイと思うか?」

「ウフフッ、そうなの。でも残念、なーんにもしていないわ。本当よ?だから、無駄に時間と手間を使わされただけよ。ご愁傷様」

「何方でも構わん。覚悟しろ」

 互いが互いの思考を良く理解している。故に入念な検査を依頼したタケルも、敢えて何もせず最小限の労力で翻弄したタナトスも一切動じない。

「ハァ、可愛くないわ。彼とは大違い、つまらない男」

「伊佐凪竜一か?彼とも接触したのか!!」

「えぇ。ガラクタや端役以下の有象無象共とは違ってとても……ウフフッ、情熱的だったわよ彼」

 タケルの態度をつまらないと吐き捨てた女は一転、昨晩の出来事を熱っぽく語った。やはり笑みを浮かべているが、先ほどとは明らかに違う。恍惚、もしくは陶酔。一部を誇張し、更に肝心な部分を省略した物言いは、妖艶な笑みと相まって情事を連想させるが、実際には殺し合っていただけ。機微や他者との関係性に疎いタケルであってもその程度は理解しているようで、挑発染みた言を鼻で笑った。が……

疾風迅雷しっぷうじんらいッ!!」

 後方から怒気が混じった女の声が響き、時を同じくして彼の傍を突風が吹き抜けた。全員が唐突に聞こえた声に気を逸らした次の瞬間には、陽光を反射する鈍色の輝きがタナトスの首筋目掛けて突き進んでいた。誰も、視認はおろか反応さえ出来なかった。"速い"、と誰かが叫んだ。が、正直そんなレベルではない。

 戦場の視線が一点に向かう先、タナトスの眼前に銀色の髪を後ろで束ねたルミナの姿。彼女が手に持つ鞘から滑り落ちる様に刀身が引き抜かれ、言葉通り神速の如き勢いでタナトスの首をねようと突き進む光景。しかし、実現せず。

 防いだ。カグツチの勢いと、極限まで上昇させた身体能力から繰り出す抜刀術をタナトスは完璧に防ぎきった。女の右手には何時の間にか包帯状の布でぐるぐるに巻かれた刀が握られていた。鞘とルミナの斬撃が衝突する鋭い金属音が大聖堂にあまねく響く。その音に、少し遅れて発生した衝撃波に、何より余りにも異様な光景に周囲が飲み込まれる。

「ウフフッ」

 女は、やはり笑っていた。全てを両断しかねない程のカグツチが籠められた冷たい刀身にも、真逆に怒りの滾る視線で睨み付けるルミナの視線にも全く動じない。

 一方、ルミナは攻撃の手を緩めない。抜刀術が防がれるや刃目掛けて鞘を力一杯に叩きつけ、更に攻撃の勢いのままぐるりと一回転しながら回し蹴りを叩き込んだ。

 今度は、吹き飛んだ。三連撃は想定外だったらしく、タナトスは大聖堂方向へと地面を転がる。粉々に砕け散る鞘としなやかな動きに合わせて美しく揺れ動く銀色の髪が、戦場に芸術の如き景色を描く。

「貴女もまぁ随分と……分かりやすい位に情熱的ね」

 しかし即座に復帰した。想定外の攻撃の筈が軽やかに体勢を整え直すタナトスの仕草は、歴戦の戦士を想起させる程に流麗。余裕か、あるいは想定内……ではない様だ。ルミナを真っ直ぐ見つめる顔からは笑顔が消え、代わりに酷く冷めた無表情が貼りついている。初めての想定外。奸計を用いようが衰えない意志の強さを、英雄の力を侮ったと、鉄面皮の如き無表情が女の心中を語る。

「覚悟しろ」

「最初からしているわ」

 ルミナの言葉に、タナトスが反応した。語るのは本音か、それとも偽りか。

「何を企んでいる?」

「さぁ、ね。知ってるんでしょ?」

「それ以外にもある筈だ」

「そう……そうかもね。でも、知っていてもどうにもできない」

 以後も2人は睨み合い、腹の中を探り合う。しかし、人には人の内面を見る機能は無い。いや、仮にあったとしてもあの女の奥底を覗き見る事は出来ない。そんな、確信がある。さりとて動かない。いやい動けない。先の一撃でルミナも理解したに違いない。あの女を止めるには全力でも難しい、と。

 どうにもできないと、そう嘲笑ったタナトスの口の端が僅かに歪んだ。心の奥底も、実力も、何もかもが未知数で不明。それでも勝てる筈だ。彼女の体内には神代三剣の一振りが眠っているのだ、負ける筈がない。しかし、それでも一抹の不安が頭に残る。
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