ガリバーの孫

つなざきえいじ

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ガリバーの孫

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小さな町の港の酒場に、船乗り達が集まっています。

「みんな! 今日は、めでてえ進水式だ!
遠慮しねえで飲んでくれ!!」

ヒゲ面の船長ジャックが、ニコニコ顔で、仲間達に酒を振舞っています。

「ジャック!
あの船、結構金が掛かったんじゃねえのか?」

一人の船乗りが尋ねます。

「おうよ! 大枚はたいた新造船だ!!
どんな荒海だって乗り越えていけるぜ!!」

ジャックは、嬉しそうに店の外を眺めます。
窓から見える海には、進水式を終えたばかりの真新しい小型の外洋船が浮んでいました。


しばらくして、一人の男が店に入ってきました。
身長は、ジャックより少し高いぐらい。
真っ黒に焼けた肌に、引き締まった筋肉…。
栗色をした短髪が似合う精悍な顔つきの青年。
左手に大きなカバンを持っています。

「おう、兄ちゃん!
このあたりじゃ見ねえ顔だな。
何者だい?」

興味を持ったジャックが声をかけました。

「俺かい?
俺は、冒険家のカイン。
よろしくな。
えーっと…。」

「おう! すまねえ。
挨拶が遅れちまったな。
俺は、ジャック。
こちらこそ、よろしくな!」

そう言って、二人は握手をしました。

「カイン!
今日は、俺の船が無事進水式を終えたんだ!
よかったら酒をおごらせてくれよ!!」

「そいつはめでたいな。
よろこんで、ご馳走になろう。」

二人は酒を注文するとテーブルに着きます。

「冒険家って言ったな…。
いったいどんな冒険をしてきたんだ?」

「…色んな所に行って来たが、10日程前に小人の国から帰ってきたところさ。」

「小人の国だって!?」

ジャックが、驚きの声を上げます。

「なんだ、なんだ…。」

「小人の国へ、行って来たって!」

「嘘だろ!?」

周りの船乗り達もカインの話に興味持ち、ジャックとカインのテーブルを囲むように店中の人間が集まりました。
そしてみんな口々に、小人の国の話が聞きたいと、カインに願います。
カインは、酒で喉を潤すと話し始めました。


「ここから東に200km程離れたところに、オオミナトって街がある。
この街を起点に真っ直ぐ南の海に向かっていると、真っ黒な雲の塊が見えてくる。
その雲に突っ込むと、中は嵐だ。
何時間も、何時間も、打ち寄せて来る大波に、耐え切れなくなった舵は壊れ、マストは折れ、船はボロボロに…。
仲間達は、海に投げ出され、残った俺も死を覚悟をした時、不意に嵐の雲を抜けたんだ…。
そして見えてきた島が、小人の国ってわけさ。」


「何で、わざわざ嵐の中へ入って行ったんだ!」

「そうだ、そうだ!」

「信じられねえなあ。」

カインの話に船乗り達はケチをつけます。
するとカインは、内ポケットから一冊の手帳を取り出すと、テーブルの上に置きました。

「これは、俺の爺さんの航海日誌さ。」

手帳には、『ガリバー航海日誌』と記されていました。

「ガリバーって、あのガリバー旅行記のガリバーか!?」

「あんなの、おとぎ話だろ!?」

船乗り達のざわつきは、収まりません。
すると

「まあ皆、カインの話を聞こうじゃないか。」

と、ジャックが皆を静めました。


「俺は、小さい頃から爺さんに、色んな冒険話を聞かされて育ったんだ。
子供の頃は、それを信じていたんだが、大人になって、とんだホラ吹き爺さんだと思うようになった。
で、2年前、爺さんが亡くなって、遺品の整理をしていると、この航海日誌が出てきたんだ。
俺は、半信半疑で日誌に書かれている最初の冒険に出かけた。
すると、爺さんの話が嘘で無かった事が分かったんだ。
小人の国への冒険もここに書かれている、だから雲の塊に…、嵐の中に飛び込んだのさ。」

カインは、話を続けます。

「嵐でマストも舵も壊れた船は、流されるまま小人の島に漂着したんだ。
すると、小人達は大歓迎で俺を迎えてくれた。
俺が、ガリバーの孫だと知るとさらに大歓迎。
なんでも昔、爺さんに助けられた事を憶えていて…、って言うか町の真ん中に爺さんの銅像が立ってたよ。
歓迎会は、1週間も続いてね。
楽しかったな~。
その間に、小人達が壊れた船から小船を作ってくれたんだ。

別れの日、小人達は、船一杯の宝をくれた。
何でも、爺さんには凄く世話になったのにお礼が出来なかったから、代わりに孫の俺にってことだった。
遠慮なく宝を貰い、小人の国を後にしたってわけさ。」

カインの話が終ると、店はシーンと静まり返ります。


しばらくして、一人の船乗りが、カインに質問しました。

「そんな小船じゃ、帰りの嵐を越えられねえぞ!」

カインは答えます。

「小船しか通れない嵐のトンネルが在って、小人の国から外の世界へと海流が流れているんだ。
その海流に乗っていれば、3日程で人間の国に着くってわけさ。」

そう言ってカインは、航海日誌をめくります。

「ほら、ここに爺さんが書いているだろう。」

カインが指差した日誌には、確かに嵐のトンネルの事が記されていました。


別の船乗りが尋ねます。

「船一杯の宝ってのを見せてくれよ!
そうすれば信じるぜ!!」

カインは答えます。

「大事な宝をそうそう見せられねえよ。
宝で新しい船を買うことにしてるしな。」

この言葉に、どうしても宝が見たい、ジャックが飛びつきました。

「だったら、俺の船を買わねえか!
それだけの宝があれば十分、釣りがくるぜ!!」

「船って言うのは、あの船の事かい?」

カインは、窓から見える船を指差します。

「ああそうだ!
出来立てホヤホヤの新造船だぜ!」

「うーん…。」

カインは少し考えると…。

「やめとくよ。
少し前にも同じようなことがあってね。
そいつは、俺の宝が見たいだけの奴だったんだ。」

「そんな奴と一緒にしねえでくれよ…。
よーし、ここに居る全員が証人だ!
俺は、カインに船を売る!
海の男に、二言はねえ!!」

ジャックは、店中に響くような大声で宣言しました。
この言葉にカインの心が動きます。

「分かった!
俺の宝全部で、あんたの船を買うよ。
それで良いかい?」

「た、宝全部だって…。
もちろん、文句はねえが…。
お前さんは、それで良いのかい?」

「俺は、早く次の冒険に行きたいんだ。
冒険に宝なんて、かえって邪魔なだけでね。」

そう言ってカインは、カバンの中から小さな皮の袋を取り出しました。
そして中身をテーブルの上に出します。

「んっ!?
…こりゃあ、砂金じゃねえか?
これだけで、中古の外洋船が楽に買えるぜ…。
それで、残りの宝は何処に有るんだ?」

ジャックは、ニコニコ顔です。

「それで全部だよ。
なにしろ、貰ったのは小人の船一杯の宝だからね。」

カインの言葉に、ジャックはポカンと口を開け、あっけにとられます…。


ワッハッハッ…。

店に居た船乗り達が、一斉に爆笑しました。

「こいつはいいや!
約束、守れよジャック!」

「やったじゃないか、ジャック!
大儲けだな…。
ハーッハッハッ…。」

「海の男に、二言は無いんだよな!!」


ジャックは、ワナワナと震え、真っ赤な顔で、

「…ち、ちくしょう…。 わかった約束だ。
俺の船を持って行け!」

と言いました。
カインは、まんまと船を手に入れたのでした。

「それじゃ、俺はまた冒険に出かけるとしよう。」

そう言って、カインは店を出て行きました。



「冒険だって…、ワッハッハッ…。
とんだペテン師も居たもんだ!」

「俺、小人の国を信じてしまったぜ。」

「あんな真面目な顔で話されたら、騙されちまうよな…。
ジャックみたいに…。
ワーッハッハッ…。」

店は、カインの話題で大賑わいです。
騙されたジャックは、悔しい顔で、何気なく砂金を見ました。

「…うん?」

良く見ると、砂金の中に十字架の形をした物が有ります。
他にも皿や壺のような物が…。

不思議に思ったジャックが、虫眼鏡で良く見ると砂金だと思っていたのは、小さな金貨でした。
金貨の表面に、小人の王様が描かれています。
ジャックが目を凝らして見ると、その顔は笑っていました……。
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