4 / 7
第1章 萌芽
4 そのころファルメニウス公爵家では…
しおりを挟む
「大丈夫かしらねぇ…。ウチの夫…」
そういう割にはのほほんとしつつ、ママンが呟く。
「ん~、危機回避能力はピカ一だから、大丈夫でしょ。
周りに手練れもたくさんいるし~」
私ものほほんとしつつ、答える。
「ですが…これで本当にうまくいくのか?
私は…お父上が心配ですよ…」
義息子であるギリアムの方が、よっぽど心配そうだ。
今日は…久々に、家族3人でまったりとお茶を飲んでいる。
春のうららかな日差しの中…庭には花が咲き誇り、蝶々が飛んでいる。
正に…絶好のピクニック日和。
ただ、色々忙しくて、ピクニックにはいけないから、大自然よりよっぽど自然あふれる公爵邸の庭で、家族水入らずのお茶会を催しているのさ。
「私もギリアム様同様、心配ですよ。
リッケルト様は…ちょっと歩くとすぐ転んで、泣き出すような方ですから…」
パパンとママンの離宮付きの執事である、サイファスは…やっぱりちょっと心配そう。
まあ…ウチのパパンのせいで、サイファスは薬箱を常に携帯するようになったそうだからな。
「あら…それは安全が確保されている場所だからよ。
そうじゃ無ければ…結構やるのよあの人…昔からね」
ママンはそんなサイファスを安心させるように、お茶を飲みつつ優雅に話す。
「まあでも…ようやっと重鎮たちも帰ってくれたし、ダイヤの件も片付いたし…。
今回の計画はほぼノータッチだから、久々にのんびりできるぅ~」
ああそうそう。
ヒルダ夫人とイザベラは、ダリアが精神病棟に移された後、ファルメニウス公爵家から家に帰っていった。イザベラにはヒルダ夫人が死んだあと、一定額の年金が、死ぬまで支給されるようになっているから、こっちもダイヤに寄生してこなきゃ、私はどうでもいい。
ダリナとグレリオは…男爵位をそれぞれ貰って、僅かばかりの領地も貰ったから、そっちに移ったらしい。国から…誰が指名されるかはまだわからないけど、その人がいつ入ってきてもいいように、準備するためだそうな。
アンナマリーとその家族は、元の邸宅に戻って今…家や家財を売るための、大整理に勤しんでいるようだ。アカデミー側では…人手は欲しいわけだし、採用試験自体も…割とすんなり突破したよう。
まあ、貴族であるなら、答えられて当然の内容だったらしいからね。
アルフレッドはアンナマリーに家庭教師をつける気らしいが…落ち着くまでは待った方が良いと思うんだけどなぁ…。
「だがフィリー。
アカデミーとサロンの件は、それなりにどうするか、原稿を作っておいた方が良いと思うが?
時間はすぐ過ぎ去るし、何が起こるかわからんぞ」
ギリアムの言う事も最もだけどさ、
「ま~ね。でも…ちょっと羽を伸ばさないと、おかしくなっちゃうよ。
いざって時は、ギリアムが作ってよ」
「わかった!!では、私がフィリーの為に作った、様々な愛の詩を織り込んで…」
「それはいらない」
きっぱり言い切ると、ちょっとしょげおった。
本当に面倒くせぇ。
「でもなんか…意外だわ」
ママンが私を見て言う。
「アンタにファルメニウス公爵夫人が務まるなんて、夢にも思わなかった。
てっきり…平凡な人と一緒になって、平凡な生活を送ると思っていたから…」
「ん~、私もそれが希望だったんだけどね…」
刺激的な人生って、楽しいかもだけど、疲れんのよ。
「なら私が爵位を捨てて…」
「だからそれは、やめぃ!!国からストップがかかるし、だいたい投げ出せないもの多すぎ!!」
「私は逃げるのも得意…」
「今大丈夫なんだから、とりあえずストップ!!」
めっ!!…と言って叱ると、素直にいう事聞いてくれるから助かる。
「でも…アカデミーで講演するのも、サロンで話をするのもいいんじゃない。
私は教育を受けたからこそ、大抵の人はアンタみたいになれないって、わかってるからね」
ママンが少し…遠い目をする。
「ま~ね」
多分ツァリオ閣下が言ってきたのって、それもあると思うんだよね。
「まあ…夢を大きく持つのは、いい事だがな。
リスクはしっかりと頭に入れてやるべきだ。
それがないと、最悪、世をはかなんで自殺するか、世の中のせいにして他者に迷惑をかけるだけになる。
ダリア夫人やジェルグ卿がいい例だ」
「そーですよね…」
まあ…どこまで喋るかは、年齢層にもよるから、それで調整するか…。
「ひとまず…休暇を楽しみましょう。
お父様は心配だけど、なるようにしかならないわよ、今回は」
「そうねぇ…」
こうして私たちは…春爛漫の中、まったりとした休暇を過ごすのだった…。
-------------------------------------------------------------------------------------------
「アルフレッド様。
アンナマリー嬢の家庭教師になる件は、お断りさせていただきます」
言葉を発するのは…アイリン夫人より少し年配であろう、あきらかに上位貴族のご婦人だった。
そこは…デラズヴェル男爵家の中…。
アルフレッドはファルメニウス公爵家での話し合いののち…アンナマリーに優秀な家庭教師をつけるべく、文の家柄で一番優秀な人間を選び、打診した。
そして今日…アルフレッドと共に、そのご婦人…ベティニア夫人がアンナマリーに会いに来たのだった。
そして、そんなベティニア夫人をアンナマリーとその家族が、お出迎えし…応接間に通したところで、第一声がコレだった…。
「ま、待ってください、ベティニア夫人!!何も見ないうちからそんな…」
アルフレッドが当然、納得いかないと言いたげだが、
「見た上で!!言っております!!」
ベティニア夫人も引かない。
「まず!!先ほど出迎えた時の、お辞儀の仕方はまだしも、体幹がぶれている!!
10歳未満の子供ならまだしも、18歳にもなってソレでは、今から鍛えなおしたところで直る保証がない!!まずそれを、わかっていますか!!」
扇子でビシッと、アンナマリーに指摘…。
「え…あの…その…」
困惑したアンナマリーが、言葉に詰まると、
「そして何より、その顔です!!」
すかさず厳しい声が飛ぶ。
「上位の夫人にとって、何より大切なのは、表情を相手に読ませない事です!!
少し自分の至らなさが発覚したからと言って、そのような表情をするなど、言語道断!!
満足な教育を受けられなかったとしても、表情の練習はしっかりとして、身に付けている方、いくらでもいますよ!!」
「も…申し訳ございません…」
すっかり委縮した状態で、その言葉だけ紡ぎ…震えるアンナマリー。
ベティニア夫人はそれにため息をつきつつ、
「この際ですから、申し上げますがね、アルフレッド様…」
扇子を開く。
「最近…マナー講師の間でも、問題になっているんですよ。
オルフィリア公爵夫人が…一切の学のない状態で、あれだけの偉業を成し遂げたから…。
自分も頑張れば、それに続けると思っている人…。
でもね。そんな単純な問題じゃありませんよ」
鼻から下を隠し、言葉を紡ぐ。
「私は偶然、まだ男爵令嬢であった頃のオルフィリア公爵夫人が…アイリン夫人のサロンに来た時、ちょうどご招待されていましてね。その現場に居合わせたのですよ…」
アンナマリーが思わず顔を上げた。
「確かに作法は粗削りでしたがね。
何より堂々としていて…貫禄がありました。
ファルメニウス公爵夫人を名乗ったとて、不思議はないと…皆に思わせるぐらいの…ね。
実はあの場には、アイリン夫人も手を焼いている問題児が来ていましてね。
その方々が王立騎士団員の夫人を痛めつけていたのですよ。
それを…オルフィリア公爵夫人は見事に庇いつつ、痛めつけていた人間達を逆に追い詰めました」
「その時分かったんですよ…。
オルフィリア公爵夫人という人物は…上に立つ者が何を要求されるのか…わかっていると。
収穫祭のウェリナ嬢の件とてそうです。
全くオルフィリア公爵夫人の非ではない、いちゃもんのような状態であったとしても、あの方は…衆人環視の元、半裸で鞭打ちになる決心をしていましたよ。
その気概が…並みいる夫人たちに認められているのです」
「だから…エマ夫人だけでなく、クァーリア夫人も…アイリン夫人だって、頭を下げてお付き合いさせてください…に、なるんです!!」
ここまで言い終わると、勢いよく扇子を閉じ、
「先ほど私は、アナタの体幹や表情がどうのと言いましたけどね!!
アナタにオルフィリア公爵夫人程の気概があれば!!
そんな些細な事など気にせずに、教えたいと思う人は大勢現れます!!」
「アナタは…ガルドベンダ公爵夫人になるという意味が、分かっているのですか!!
人の上に立つ家に、嫁ぐことの意味が、本当にわかっているのですか!!
頭でわかっていても、態度で示せねば、誰もアナタにかしずきません!!
極論を言えば…アナタは人に頭を下げさせるだけの、器も魅力も無いんです!!」
「では…これで私は失礼いたします、アルフレッド様」
ベティニア夫人は振り返ることなく、馬車まで一直線に帰ってしまった…。
ちなみにこの方は…エマ、クァーリアと並ぶ、この国のマナー講師3本柱の1人である。
誰に対しても、臆することなくしっかりとダメと言えるため、この人に師事すると…本当に皆に一目置かれる存在になれる。
「これでわかっていただけましたか?アルフレッド様…」
そう言って歩み出たのは、イボンヌ夫人だった。
「ウチの娘は…オルフィリア公爵夫人のようにはなれません。
私は…社交界で表情をそのまま出すのは、マイナスだから訓練するよう言いましたが…。
満足にできなかった…いえ、やらなかったのです。
アカデミーで、行儀作法の筆記の試験こそ、成績は良かったですが…。
実技になると、それが引っかかって、あまりいい成績はもらえませんでした。
この子には、上位の夫人をやるのは無理です。
そもそもウチは夫も私も、娘を大事にしてくれる家なら、上じゃなくてもいいと言っていたのです」
「何卒…お諦め下さい」
エドガー卿も、深々と頭を下げる。
だが…。
「勝手に決めないで!!何もやらないうちから、そんな事言ったって、諦められるわけない!!」
アンナマリーが両親に激しく言うも、
「いい加減にしなさい!!!
だいたいアナタ…表情の練習もそうだけど、社交界にだって、積極的に出なかったでしょ!!
回りくどい言い回しや、ファッションの話しかしない場所は、嫌いだって言って!!
上位の夫人になったら、社交界での地位がものを言うの!!
なんの下準備も、心構えも出来ていない状態で、やれるわけがないでしょう!!
「そんなのこれから、一生懸命やる!!」
「今からやってもモノにならないって、言われたばかりでしょう!!
無理に社交界に出たって…みんながアナタをそういう目で見るの!!
性格なんか関係ない!!それがわかってるの!!?」
「どうして…」
アンナマリーが涙をためた目で、両親を見る。
「どうして私に協力してくれないの!!
今まで…私のやりたいことは、いつも応援して…見守ってくれたじゃない!!」
すると…両親は暗い顔はしたが、しっかりとアンナマリーを見つめて、
「……オルフィリア公爵夫人が言ったでしょう?
これは…一歩間違えば、アナタが取り返しのつかない事になりかねないの。
だから…おいそれと賛成も協力も出来ないのよ」
アンナマリーは…そんな両親を見て、暫く震えていたが…振り払うように、その部屋を出てしまった。
そして向かった先は…自分の部屋だった。
ベッドに倒れ込んで、泣きじゃくった。
いくばくかの時間が経ったのち、
「お嬢さま…。大丈夫でございますか?」
そう話しかけてきたのは…アンナマリーの乳母だった。
「……大丈夫じゃない。でも…アルフレッド様のお見送りがあるから、お支度…」
「アルフレッド様はお帰りになりました」
「え?お見送りは…」
「もう出られましたので…」
乳母は…申し訳なさそうな顔をする…。
おそらくイボンヌ夫人が、知らせなくてよいと言ったのだろう。
「そんな…」
アンナマリーは…しばし泣き止んで放心していたが、
「……出かける」
ポツリと言った。
「アルフレッド様を追いかけるのは…」
「違う!!そうじゃない!!」
アンナマリーの必死さに、乳母はただただ…次の言葉を待つしかなかった。
そういう割にはのほほんとしつつ、ママンが呟く。
「ん~、危機回避能力はピカ一だから、大丈夫でしょ。
周りに手練れもたくさんいるし~」
私ものほほんとしつつ、答える。
「ですが…これで本当にうまくいくのか?
私は…お父上が心配ですよ…」
義息子であるギリアムの方が、よっぽど心配そうだ。
今日は…久々に、家族3人でまったりとお茶を飲んでいる。
春のうららかな日差しの中…庭には花が咲き誇り、蝶々が飛んでいる。
正に…絶好のピクニック日和。
ただ、色々忙しくて、ピクニックにはいけないから、大自然よりよっぽど自然あふれる公爵邸の庭で、家族水入らずのお茶会を催しているのさ。
「私もギリアム様同様、心配ですよ。
リッケルト様は…ちょっと歩くとすぐ転んで、泣き出すような方ですから…」
パパンとママンの離宮付きの執事である、サイファスは…やっぱりちょっと心配そう。
まあ…ウチのパパンのせいで、サイファスは薬箱を常に携帯するようになったそうだからな。
「あら…それは安全が確保されている場所だからよ。
そうじゃ無ければ…結構やるのよあの人…昔からね」
ママンはそんなサイファスを安心させるように、お茶を飲みつつ優雅に話す。
「まあでも…ようやっと重鎮たちも帰ってくれたし、ダイヤの件も片付いたし…。
今回の計画はほぼノータッチだから、久々にのんびりできるぅ~」
ああそうそう。
ヒルダ夫人とイザベラは、ダリアが精神病棟に移された後、ファルメニウス公爵家から家に帰っていった。イザベラにはヒルダ夫人が死んだあと、一定額の年金が、死ぬまで支給されるようになっているから、こっちもダイヤに寄生してこなきゃ、私はどうでもいい。
ダリナとグレリオは…男爵位をそれぞれ貰って、僅かばかりの領地も貰ったから、そっちに移ったらしい。国から…誰が指名されるかはまだわからないけど、その人がいつ入ってきてもいいように、準備するためだそうな。
アンナマリーとその家族は、元の邸宅に戻って今…家や家財を売るための、大整理に勤しんでいるようだ。アカデミー側では…人手は欲しいわけだし、採用試験自体も…割とすんなり突破したよう。
まあ、貴族であるなら、答えられて当然の内容だったらしいからね。
アルフレッドはアンナマリーに家庭教師をつける気らしいが…落ち着くまでは待った方が良いと思うんだけどなぁ…。
「だがフィリー。
アカデミーとサロンの件は、それなりにどうするか、原稿を作っておいた方が良いと思うが?
時間はすぐ過ぎ去るし、何が起こるかわからんぞ」
ギリアムの言う事も最もだけどさ、
「ま~ね。でも…ちょっと羽を伸ばさないと、おかしくなっちゃうよ。
いざって時は、ギリアムが作ってよ」
「わかった!!では、私がフィリーの為に作った、様々な愛の詩を織り込んで…」
「それはいらない」
きっぱり言い切ると、ちょっとしょげおった。
本当に面倒くせぇ。
「でもなんか…意外だわ」
ママンが私を見て言う。
「アンタにファルメニウス公爵夫人が務まるなんて、夢にも思わなかった。
てっきり…平凡な人と一緒になって、平凡な生活を送ると思っていたから…」
「ん~、私もそれが希望だったんだけどね…」
刺激的な人生って、楽しいかもだけど、疲れんのよ。
「なら私が爵位を捨てて…」
「だからそれは、やめぃ!!国からストップがかかるし、だいたい投げ出せないもの多すぎ!!」
「私は逃げるのも得意…」
「今大丈夫なんだから、とりあえずストップ!!」
めっ!!…と言って叱ると、素直にいう事聞いてくれるから助かる。
「でも…アカデミーで講演するのも、サロンで話をするのもいいんじゃない。
私は教育を受けたからこそ、大抵の人はアンタみたいになれないって、わかってるからね」
ママンが少し…遠い目をする。
「ま~ね」
多分ツァリオ閣下が言ってきたのって、それもあると思うんだよね。
「まあ…夢を大きく持つのは、いい事だがな。
リスクはしっかりと頭に入れてやるべきだ。
それがないと、最悪、世をはかなんで自殺するか、世の中のせいにして他者に迷惑をかけるだけになる。
ダリア夫人やジェルグ卿がいい例だ」
「そーですよね…」
まあ…どこまで喋るかは、年齢層にもよるから、それで調整するか…。
「ひとまず…休暇を楽しみましょう。
お父様は心配だけど、なるようにしかならないわよ、今回は」
「そうねぇ…」
こうして私たちは…春爛漫の中、まったりとした休暇を過ごすのだった…。
-------------------------------------------------------------------------------------------
「アルフレッド様。
アンナマリー嬢の家庭教師になる件は、お断りさせていただきます」
言葉を発するのは…アイリン夫人より少し年配であろう、あきらかに上位貴族のご婦人だった。
そこは…デラズヴェル男爵家の中…。
アルフレッドはファルメニウス公爵家での話し合いののち…アンナマリーに優秀な家庭教師をつけるべく、文の家柄で一番優秀な人間を選び、打診した。
そして今日…アルフレッドと共に、そのご婦人…ベティニア夫人がアンナマリーに会いに来たのだった。
そして、そんなベティニア夫人をアンナマリーとその家族が、お出迎えし…応接間に通したところで、第一声がコレだった…。
「ま、待ってください、ベティニア夫人!!何も見ないうちからそんな…」
アルフレッドが当然、納得いかないと言いたげだが、
「見た上で!!言っております!!」
ベティニア夫人も引かない。
「まず!!先ほど出迎えた時の、お辞儀の仕方はまだしも、体幹がぶれている!!
10歳未満の子供ならまだしも、18歳にもなってソレでは、今から鍛えなおしたところで直る保証がない!!まずそれを、わかっていますか!!」
扇子でビシッと、アンナマリーに指摘…。
「え…あの…その…」
困惑したアンナマリーが、言葉に詰まると、
「そして何より、その顔です!!」
すかさず厳しい声が飛ぶ。
「上位の夫人にとって、何より大切なのは、表情を相手に読ませない事です!!
少し自分の至らなさが発覚したからと言って、そのような表情をするなど、言語道断!!
満足な教育を受けられなかったとしても、表情の練習はしっかりとして、身に付けている方、いくらでもいますよ!!」
「も…申し訳ございません…」
すっかり委縮した状態で、その言葉だけ紡ぎ…震えるアンナマリー。
ベティニア夫人はそれにため息をつきつつ、
「この際ですから、申し上げますがね、アルフレッド様…」
扇子を開く。
「最近…マナー講師の間でも、問題になっているんですよ。
オルフィリア公爵夫人が…一切の学のない状態で、あれだけの偉業を成し遂げたから…。
自分も頑張れば、それに続けると思っている人…。
でもね。そんな単純な問題じゃありませんよ」
鼻から下を隠し、言葉を紡ぐ。
「私は偶然、まだ男爵令嬢であった頃のオルフィリア公爵夫人が…アイリン夫人のサロンに来た時、ちょうどご招待されていましてね。その現場に居合わせたのですよ…」
アンナマリーが思わず顔を上げた。
「確かに作法は粗削りでしたがね。
何より堂々としていて…貫禄がありました。
ファルメニウス公爵夫人を名乗ったとて、不思議はないと…皆に思わせるぐらいの…ね。
実はあの場には、アイリン夫人も手を焼いている問題児が来ていましてね。
その方々が王立騎士団員の夫人を痛めつけていたのですよ。
それを…オルフィリア公爵夫人は見事に庇いつつ、痛めつけていた人間達を逆に追い詰めました」
「その時分かったんですよ…。
オルフィリア公爵夫人という人物は…上に立つ者が何を要求されるのか…わかっていると。
収穫祭のウェリナ嬢の件とてそうです。
全くオルフィリア公爵夫人の非ではない、いちゃもんのような状態であったとしても、あの方は…衆人環視の元、半裸で鞭打ちになる決心をしていましたよ。
その気概が…並みいる夫人たちに認められているのです」
「だから…エマ夫人だけでなく、クァーリア夫人も…アイリン夫人だって、頭を下げてお付き合いさせてください…に、なるんです!!」
ここまで言い終わると、勢いよく扇子を閉じ、
「先ほど私は、アナタの体幹や表情がどうのと言いましたけどね!!
アナタにオルフィリア公爵夫人程の気概があれば!!
そんな些細な事など気にせずに、教えたいと思う人は大勢現れます!!」
「アナタは…ガルドベンダ公爵夫人になるという意味が、分かっているのですか!!
人の上に立つ家に、嫁ぐことの意味が、本当にわかっているのですか!!
頭でわかっていても、態度で示せねば、誰もアナタにかしずきません!!
極論を言えば…アナタは人に頭を下げさせるだけの、器も魅力も無いんです!!」
「では…これで私は失礼いたします、アルフレッド様」
ベティニア夫人は振り返ることなく、馬車まで一直線に帰ってしまった…。
ちなみにこの方は…エマ、クァーリアと並ぶ、この国のマナー講師3本柱の1人である。
誰に対しても、臆することなくしっかりとダメと言えるため、この人に師事すると…本当に皆に一目置かれる存在になれる。
「これでわかっていただけましたか?アルフレッド様…」
そう言って歩み出たのは、イボンヌ夫人だった。
「ウチの娘は…オルフィリア公爵夫人のようにはなれません。
私は…社交界で表情をそのまま出すのは、マイナスだから訓練するよう言いましたが…。
満足にできなかった…いえ、やらなかったのです。
アカデミーで、行儀作法の筆記の試験こそ、成績は良かったですが…。
実技になると、それが引っかかって、あまりいい成績はもらえませんでした。
この子には、上位の夫人をやるのは無理です。
そもそもウチは夫も私も、娘を大事にしてくれる家なら、上じゃなくてもいいと言っていたのです」
「何卒…お諦め下さい」
エドガー卿も、深々と頭を下げる。
だが…。
「勝手に決めないで!!何もやらないうちから、そんな事言ったって、諦められるわけない!!」
アンナマリーが両親に激しく言うも、
「いい加減にしなさい!!!
だいたいアナタ…表情の練習もそうだけど、社交界にだって、積極的に出なかったでしょ!!
回りくどい言い回しや、ファッションの話しかしない場所は、嫌いだって言って!!
上位の夫人になったら、社交界での地位がものを言うの!!
なんの下準備も、心構えも出来ていない状態で、やれるわけがないでしょう!!
「そんなのこれから、一生懸命やる!!」
「今からやってもモノにならないって、言われたばかりでしょう!!
無理に社交界に出たって…みんながアナタをそういう目で見るの!!
性格なんか関係ない!!それがわかってるの!!?」
「どうして…」
アンナマリーが涙をためた目で、両親を見る。
「どうして私に協力してくれないの!!
今まで…私のやりたいことは、いつも応援して…見守ってくれたじゃない!!」
すると…両親は暗い顔はしたが、しっかりとアンナマリーを見つめて、
「……オルフィリア公爵夫人が言ったでしょう?
これは…一歩間違えば、アナタが取り返しのつかない事になりかねないの。
だから…おいそれと賛成も協力も出来ないのよ」
アンナマリーは…そんな両親を見て、暫く震えていたが…振り払うように、その部屋を出てしまった。
そして向かった先は…自分の部屋だった。
ベッドに倒れ込んで、泣きじゃくった。
いくばくかの時間が経ったのち、
「お嬢さま…。大丈夫でございますか?」
そう話しかけてきたのは…アンナマリーの乳母だった。
「……大丈夫じゃない。でも…アルフレッド様のお見送りがあるから、お支度…」
「アルフレッド様はお帰りになりました」
「え?お見送りは…」
「もう出られましたので…」
乳母は…申し訳なさそうな顔をする…。
おそらくイボンヌ夫人が、知らせなくてよいと言ったのだろう。
「そんな…」
アンナマリーは…しばし泣き止んで放心していたが、
「……出かける」
ポツリと言った。
「アルフレッド様を追いかけるのは…」
「違う!!そうじゃない!!」
アンナマリーの必死さに、乳母はただただ…次の言葉を待つしかなかった。
60
あなたにおすすめの小説
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
まさか私が王族の一員であることを知らずに、侮辱していた訳ではありませんよね?
木山楽斗
恋愛
王城の使用人であるメルフィナには、ある秘密があった。
彼女は国王の隠し子なのである。
その事実は、半ば公然の秘密となっていた。公にされたことは一度もないが、嗅覚に優れた者達はそれを察知していたのだ。
しかし中には、そうではない者達もいた。
その者達は、メルフィナを一介の使用人として考えて、彼らなりの扱い方をした。
それは許されるものではなかった。知らぬうちに王家に牙を向けた者達は、その行為の報いを受けることになったのだ。
誰からも必要とされていないから出て行ったのに、どうして皆追いかけてくるんですか?
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢ミリーシャは、自身が誰からも必要とされていないことを悟った。
故に彼女は、家から出て行くことを決めた。新天地にて、ミリーシャは改めて人生をやり直そうと考えたのである。
しかし彼女の周囲の人々が、それを許さなかった。ミリーシャは気付いていなかったのだ。自身の存在の大きさを。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる