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13.小さな違和感

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「ああんナツったらいつの間に……! アイネちゃんがナツの彼女になるなんてミルカも嬉しい! あれ? でも悩みって……もしかしてうまくいってないの?」
「いくわけないよぉ。片想いだし」
「絶対大丈夫! 待って、ナツのこと呼んだげる」
「え、呼ぶって……」
 
 藍音が了承する前に、興奮気味のミルカはスマホを耳に当てている。小さく聞こえる電子音は呼び出し音だ。耳をすませば五回目のコール後、小さく「何?」と聞こえた声は確かにナツのもので、心臓が痛いほどに跳ね上がった。
 
「あ、ナツ? 今ねカフェにいるんだけど……、うん、そうそう駅前の。すぐに来て。え? そんなの知らないよぉ。とにかく待ってるから早く来てね」
 
 会話は聞こえなかったけど、強引に話を取り付けたことはわかる。
 あのナツに対して強く出られることが羨ましくもあるが、藍音だってミルカの彼氏である幼馴染に対してはかなり強く出ることが出来る。むしろ圧もかけられる。
 そう思えばごく自然なことのようにも思えた。
 
「ナツ、今から用意するって。早く来ないかな。アイネちゃんを見たらびっくりするよぉ。ああん楽しみすぎるぅ」
 
 きゃっきゃと喜ぶミルカは心の底から藍音を応援してくれているようで、少しの気まずさと申し訳なさを覚える。だってナツと恋人になるなんてあり得ない。それこそ奇跡にも近しいことだ。
 力なく笑う藍音を励ますよう、ミルカは再度手を握った。
 
「ナツは優しいし、いい奴だから。もしアイネちゃんを泣かせたらミルカが懲らしめてあげる!」
「ありがとう、気持ちは嬉しいけど……」
「ミルカがソウマ様と一緒にいられるのはアイネちゃんのおかげよ。だから今度はミルカが力になりたいの」
 
 遠慮しようとする藍音の言葉を遮り、じっと見つめるミルカの瞳は思っていたよりずっと真剣だ。
 天使の蒼真と悪魔のミルカ。種族を超えた関係を良く思わない者もいる。藍音だってそれは当然だと思っていた。天使と悪魔はそもそもお互い毛嫌いしているから。
 
 だけど天界に連れ戻され塞ぎ込んでいる幼馴染をどうにかしてやりたくて、ミルカに接触したのが彼女との出会いだ。それからは仲良くやっている。
 しかし蒼真以外に執着などしない彼女がこんなにも藍音を気にかけてくれるなんて予想外だった。
 
「ナツのことならなんでも教えてあげる! それにミルカね、ナツにも幸せになってほしいの。大好きな二人が付き合うなんて、すっごく嬉しい」
 
 藍音だって応援してくれる気持ちは嬉しい。なのにミルカがナツのことを口にすればするほど、憂鬱な気分が少しずつ増していくのはなぜだろう。
 彼女の心は蒼真が占めていて、他に入る隙間なんかこれっぽっちもないのに。


 ナツの話にお互いの近況、それにミルカの尽きることない惚気話。いつもなら楽しい会話も今日はどことなく気が乗らない。
 いいなあ、なんて本気で羨んでいる自分に気づき、小さなため息をついた藍音は手元のドリンクを飲み込んだ。

 果実のジュースはもうすっかり水っぽくなっている。
 氷で薄まった赤はあの夜のカクテルとは違う色だ。
 同じようにストローを咥えていたミルカがパッと顔を上げ、視線を店内の入り口に向けた。
 
「ナツ!」

 手を振るミルカにつられ、藍音も視線を移す。そこにはナツがいて、驚いた顔でこちらを眺めていた。
 こんな時間帯に会うことは初めてだけど、彼の様子はいつもと同じに見える。
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