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盲目乙女は拗らせ剣士に愛されたい
4.魚と剣と乙女回路
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家から出て、きっちり十日目。
クロウ一人でならもっと早く到達することが出来たけども、キアラに合わせて余裕のある日程でここまでやってきた。おかげで旅慣れないキアラの体にそれほど負担もなく、目的地まで到達する事が出来た。
「うわぁ、すごい……海って綺麗だね。兄さん、私のペースに合わせてくれて、ありがとう」
嬉しそうに笑い、初めて見る海の美しさにキアラは目を輝かせて砂浜に下りる。柔らかな砂の感触に足を取られながらも、細かな砂粒を楽しみながら磯の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「もしかして……あれ?」
浜に着いてキョロキョロ見渡していると、太陽の光に反射する不自然な塊が、遠目にうぞうぞ動いているのが見える。初めての討伐で少し怖気づくキアラが聞くと、クロウは無言で頷いた。
そこから少しずつ近付いていくと異様にギラつく大きな厚みのある鱗と、ギョロリと飛び出した目玉を持ち、奇声を発する魚のような魔物がうじゃうじゃと蠢いている。大きさはまちまちで、小さなものから、両手で抱える程の大きい個体も混じっていた。二十匹まで確認したが、途中で数えるのが面倒になったクロウは、どうせ全滅させるからと数の確認を放棄する。
甲高い鳴き声と共に、ぬめぬめした液体をぶち撒けながら動くグロテスクな物体を見たキアラは、思わず涙目で震え上がってしまう。今すぐ逃げたくなる衝動をぐっと堪えて、邪魔にならないようクロウの後方で援護することにした。
クロウからは「魔物が近くに飛んできたら風で切り刻んで、キアラに近寄らないようにしてくれればいい。出来れば回復に集中してほしいけど、まずは自分に集中してくれ」(つまり足手まといになるな)と言われているので、とりあえず自分の身は自分で守ろうと、キアラは深呼吸をして気を引き締める。
そんなキアラの前方で、クロウは剣帯に差してあるニ本のうち一本の柄に手を掛けた。彼はいつもニ本を帯刀しているが、二刀流というわけではない。 クロウはちらりと、後ろで緊張した表情のキアラを見て、魔物との距離を測る。一匹なら大した強さではないけれど、初めて魔物と対峙するキアラには十分過ぎるほど危険だ。異性として見る気はないが、クロウは素直に好意を示してくるキアラのことが決して嫌いではない。なるべくなら、危ない目には合わせたくないとも思う。
だから一人で来たかったのに、と心の中で呟き、クロウは小さな溜め息をひとつ吐いて蠢く群に走り寄った。駆けてくる存在に気付き、攻撃的に飛びかかってくる魔物をまずはニ匹まとめて横凪にして、回転させた刃で近くにいた魔物を上から両断する。更に、迫ってきた魚もどきをそのまま返す勢いで下から斬りあげて、また刀身を回転させる。それだけの動作で解体された魔物が十匹近く切り身になって、砂に着地する前に灰のように消えていく。その様子にキアラは一瞬ポカンと見入ってしまった。
魔物と呼ばれる生物には心臓のような核があって、それを破壊することで完全に消滅させる事ができる。事前にクロウからそう聞いていたけれど、実際目の当たりにするとなんだか感心する。その一瞬の隙に、いつの間にか近くにいた魔物がキアラに飛びかかった。
間に合わない! と血の気が引いた瞬間、飛んできた魔物は目の前で切り身になって消滅する。
「気をつけて」
「……はいっ」
いつも通り無愛想な表情なのに。どこか焦ったような声で助けてくれたクロウに現況も忘れて、一気にキアラの脳内乙女メーターが振り切った。
(格好いい! 王子様? 騎士様? 好きな人が格好良すぎてつらい……!!)
盲目フィルターと乙女メーターのおかげで、魔物の気持ち悪さも、数の多さも全く気にならない。クロウが驚くほど急激に落ち着いたキアラは、とりあえず自分の周りに鎌鼬状の風をいくつか並べて、クロウにだけ集中する。キアラのサポートが安定したおかげで、傷ができたと思えばすぐに消えてゆき、クロウも俄然動きやすくなった。複数の魔物たちが砂中や空中をまるで泳ぐように向かってくるが、剣技一筋で積み上げてきたクロウは強い。どれだけ攻撃に出ても器用に致命傷を躱すクロウにキアラが回復を施し、合間をすり抜ける魔物には風で切り刻んで援護する。初めて組んだとは思えない絶妙な連帯感により、最後の一匹を地に沈めるまでに、それほど時間はかからなかった。
とはいえ、砂浜という足場の悪さと日差しで、思った以上に体力は削られてしまった。全て倒す頃には、特にキアラは立ち上がる事が出来ず、少し躊躇したクロウに抱かれて木陰に降ろされる。その逞しい腕は意外なくらい優しくて、暑さに霞むキアラの頭は余計にくらくらとした。
「あ、りがと……兄さんすごい……体力あるね」
「毎年のことだから。魔法で暑さを軽減してるとは言っても、あんなところでへたってたら熱中症になる」
そう言って腰を下ろしたクロウは荷物から水筒を取り出し、一つをキアラに渡す。へたる体に回復を施して疲労を軽減したキアラは、隣に座って水を飲むクロウをチラチラと盗み見しながら、水筒に口を付けた。
(兄さん格好良すぎてやばい……めちゃくちゃ強いし、何あれ戦ってるところ初めて見たけど剣士って格好よすぎない? 鍛錬中も格好よかったけど! これは贔屓目だから? 汗も血も息の乱れ具合も、めちゃくちゃえっちなんですけど、水飲んでるだけなのに格好いいんですけど、何しても格好いいんですけど、うわあー来てよかった! 本当に来てよかった!!)
恋する乙女の思考回路はどんな時もつよい。初見でグロテクスさに恐怖した魔物の事など、もう記憶にない。血に濡れた兄さんも素敵……と恐ろしく危険な思考に辿り着いてから、キアラはクロウの顔や腕にある傷にやっと気が付いた。
「血?! これ兄さんの血?! 返り血じゃなくて?! ごめんね、すぐに治すから!」
実際、急いで治療する程の傷でもない軽い裂傷が数カ所だったが、いつもと変わらない表情のクロウにキアラは思わずため息をつく。
「気付かない私が悪いんだけど、兄さん痛くないの?」
「ちょっと痛いけど、我慢できない程ではないし……」
「なんで我慢するの~!」
何のために私がいるのと、ぷりぷり怒りながらもキアラの魔力でクロウの傷はみるみるうちに塞がっていく。
「驚いたな……さっきも思ったけどすごいな。ここまで上達してるとは思わなかった」
「本当? 私、役に立ってる?」
「ああ、正直助かった。今度から近場の討伐もついて来る?」
「うれしい! 兄さんには私がいなきゃダメ?」
「いや、そこまでじゃないけど……」
「魔法の勉強頑張ってよかった! 兄さん大す…」
き……と言いかけた口をクロウの手のひらで押さえられ、キアラは目を開いて動きを止めた。
「そろそろ報告に行こうか」
何もなかったかのように、最後に一口水をこくりと飲み込んで立ち上がったクロウは、固まるキアラに見向きもしない。
「ほら、早く行こう」
呆然として立ち上がれないキアラに手を差し伸べることもなく、クロウは荷物を背負って颯爽と町の方へ歩いて行く。
好き、だなんて今まで何度も言っては流されることが日常で、その先を期待した事はなかった。けど、聞きたくないとばかりに拒否されるとは思わなかった。
「今までだって相手にされてなかったし、平気……何ともないし……」
自身の回復魔法で癒えたはずの身体をとても重く感じながら、キアラも後を追って町へと歩き出した。
クロウ一人でならもっと早く到達することが出来たけども、キアラに合わせて余裕のある日程でここまでやってきた。おかげで旅慣れないキアラの体にそれほど負担もなく、目的地まで到達する事が出来た。
「うわぁ、すごい……海って綺麗だね。兄さん、私のペースに合わせてくれて、ありがとう」
嬉しそうに笑い、初めて見る海の美しさにキアラは目を輝かせて砂浜に下りる。柔らかな砂の感触に足を取られながらも、細かな砂粒を楽しみながら磯の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「もしかして……あれ?」
浜に着いてキョロキョロ見渡していると、太陽の光に反射する不自然な塊が、遠目にうぞうぞ動いているのが見える。初めての討伐で少し怖気づくキアラが聞くと、クロウは無言で頷いた。
そこから少しずつ近付いていくと異様にギラつく大きな厚みのある鱗と、ギョロリと飛び出した目玉を持ち、奇声を発する魚のような魔物がうじゃうじゃと蠢いている。大きさはまちまちで、小さなものから、両手で抱える程の大きい個体も混じっていた。二十匹まで確認したが、途中で数えるのが面倒になったクロウは、どうせ全滅させるからと数の確認を放棄する。
甲高い鳴き声と共に、ぬめぬめした液体をぶち撒けながら動くグロテスクな物体を見たキアラは、思わず涙目で震え上がってしまう。今すぐ逃げたくなる衝動をぐっと堪えて、邪魔にならないようクロウの後方で援護することにした。
クロウからは「魔物が近くに飛んできたら風で切り刻んで、キアラに近寄らないようにしてくれればいい。出来れば回復に集中してほしいけど、まずは自分に集中してくれ」(つまり足手まといになるな)と言われているので、とりあえず自分の身は自分で守ろうと、キアラは深呼吸をして気を引き締める。
そんなキアラの前方で、クロウは剣帯に差してあるニ本のうち一本の柄に手を掛けた。彼はいつもニ本を帯刀しているが、二刀流というわけではない。 クロウはちらりと、後ろで緊張した表情のキアラを見て、魔物との距離を測る。一匹なら大した強さではないけれど、初めて魔物と対峙するキアラには十分過ぎるほど危険だ。異性として見る気はないが、クロウは素直に好意を示してくるキアラのことが決して嫌いではない。なるべくなら、危ない目には合わせたくないとも思う。
だから一人で来たかったのに、と心の中で呟き、クロウは小さな溜め息をひとつ吐いて蠢く群に走り寄った。駆けてくる存在に気付き、攻撃的に飛びかかってくる魔物をまずはニ匹まとめて横凪にして、回転させた刃で近くにいた魔物を上から両断する。更に、迫ってきた魚もどきをそのまま返す勢いで下から斬りあげて、また刀身を回転させる。それだけの動作で解体された魔物が十匹近く切り身になって、砂に着地する前に灰のように消えていく。その様子にキアラは一瞬ポカンと見入ってしまった。
魔物と呼ばれる生物には心臓のような核があって、それを破壊することで完全に消滅させる事ができる。事前にクロウからそう聞いていたけれど、実際目の当たりにするとなんだか感心する。その一瞬の隙に、いつの間にか近くにいた魔物がキアラに飛びかかった。
間に合わない! と血の気が引いた瞬間、飛んできた魔物は目の前で切り身になって消滅する。
「気をつけて」
「……はいっ」
いつも通り無愛想な表情なのに。どこか焦ったような声で助けてくれたクロウに現況も忘れて、一気にキアラの脳内乙女メーターが振り切った。
(格好いい! 王子様? 騎士様? 好きな人が格好良すぎてつらい……!!)
盲目フィルターと乙女メーターのおかげで、魔物の気持ち悪さも、数の多さも全く気にならない。クロウが驚くほど急激に落ち着いたキアラは、とりあえず自分の周りに鎌鼬状の風をいくつか並べて、クロウにだけ集中する。キアラのサポートが安定したおかげで、傷ができたと思えばすぐに消えてゆき、クロウも俄然動きやすくなった。複数の魔物たちが砂中や空中をまるで泳ぐように向かってくるが、剣技一筋で積み上げてきたクロウは強い。どれだけ攻撃に出ても器用に致命傷を躱すクロウにキアラが回復を施し、合間をすり抜ける魔物には風で切り刻んで援護する。初めて組んだとは思えない絶妙な連帯感により、最後の一匹を地に沈めるまでに、それほど時間はかからなかった。
とはいえ、砂浜という足場の悪さと日差しで、思った以上に体力は削られてしまった。全て倒す頃には、特にキアラは立ち上がる事が出来ず、少し躊躇したクロウに抱かれて木陰に降ろされる。その逞しい腕は意外なくらい優しくて、暑さに霞むキアラの頭は余計にくらくらとした。
「あ、りがと……兄さんすごい……体力あるね」
「毎年のことだから。魔法で暑さを軽減してるとは言っても、あんなところでへたってたら熱中症になる」
そう言って腰を下ろしたクロウは荷物から水筒を取り出し、一つをキアラに渡す。へたる体に回復を施して疲労を軽減したキアラは、隣に座って水を飲むクロウをチラチラと盗み見しながら、水筒に口を付けた。
(兄さん格好良すぎてやばい……めちゃくちゃ強いし、何あれ戦ってるところ初めて見たけど剣士って格好よすぎない? 鍛錬中も格好よかったけど! これは贔屓目だから? 汗も血も息の乱れ具合も、めちゃくちゃえっちなんですけど、水飲んでるだけなのに格好いいんですけど、何しても格好いいんですけど、うわあー来てよかった! 本当に来てよかった!!)
恋する乙女の思考回路はどんな時もつよい。初見でグロテクスさに恐怖した魔物の事など、もう記憶にない。血に濡れた兄さんも素敵……と恐ろしく危険な思考に辿り着いてから、キアラはクロウの顔や腕にある傷にやっと気が付いた。
「血?! これ兄さんの血?! 返り血じゃなくて?! ごめんね、すぐに治すから!」
実際、急いで治療する程の傷でもない軽い裂傷が数カ所だったが、いつもと変わらない表情のクロウにキアラは思わずため息をつく。
「気付かない私が悪いんだけど、兄さん痛くないの?」
「ちょっと痛いけど、我慢できない程ではないし……」
「なんで我慢するの~!」
何のために私がいるのと、ぷりぷり怒りながらもキアラの魔力でクロウの傷はみるみるうちに塞がっていく。
「驚いたな……さっきも思ったけどすごいな。ここまで上達してるとは思わなかった」
「本当? 私、役に立ってる?」
「ああ、正直助かった。今度から近場の討伐もついて来る?」
「うれしい! 兄さんには私がいなきゃダメ?」
「いや、そこまでじゃないけど……」
「魔法の勉強頑張ってよかった! 兄さん大す…」
き……と言いかけた口をクロウの手のひらで押さえられ、キアラは目を開いて動きを止めた。
「そろそろ報告に行こうか」
何もなかったかのように、最後に一口水をこくりと飲み込んで立ち上がったクロウは、固まるキアラに見向きもしない。
「ほら、早く行こう」
呆然として立ち上がれないキアラに手を差し伸べることもなく、クロウは荷物を背負って颯爽と町の方へ歩いて行く。
好き、だなんて今まで何度も言っては流されることが日常で、その先を期待した事はなかった。けど、聞きたくないとばかりに拒否されるとは思わなかった。
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