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第二十七話 彼と二人の休日
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「いらっしゃいませ、セイド様。お待ちしておりました」
――翌朝。
海辺の小さな屋敷まで迎えに来たセイドに微笑んだグレースは、いつになく輝いていた。
サラサラの栗毛を風に靡かせ、空色の切長の瞳がキラキラと光り輝いている。
しかしそれだけではない。色白の肌からはなんとも言えない甘い香りが立ち、素のままでも美しい彼女をさらに優美に飾るのは、リボンがあしらわれた華やかな黄金色のドレスだった。
「――綺麗だ。そんなドレス、いつの間に買ったんだい」
「あら、お褒めいただき嬉しいです! ワタクシ、この日のために美しさを磨いたのです」
「この日のためにって……つまり一日でってことかい?」
「はい! 今日の日を昨日より心待ちにしておりましたから!」
ドレスや香水などの化粧品はなかなか町で売っていないので男爵夫人と掛け合い、交渉した末に手にすることができた。
半日で整えなければならなかったので苦労したが、セイドの綺麗だという一言だけでグレースはこれ以上ないほどに歓喜した。今までは誰に褒められてもここまで有頂天になることはなかったのに、これが恋の病というやつなのだろうと頭の片隅で考える。
あまりの豪勢さに言葉もないセイドだが、彼はすぐに気を取り直すと言った。
「そんなに綺麗な君の隣に並び立つと僕はみすぼらしいな」
「いえいえっ、そんなことありません! セイド様の全てが美しい。ワタクシが夜空に浮かぶ満月でしたらあなた様は白昼を照らす太陽のごとき素晴らしさだと思います」
そもそも自分を満月に例えるとは相当の勇気が必要だが、つまりグレースはそれくらいに自分の容姿に自信がある。
そしてそれと同等、いやそれ以上に、セイドへの褒め言葉であった。
彼はそれを理解したのだろう。途端に苦笑を浮かべる。褒められるのがあまり好きではないのかも知れなかった。
「それで、今日はどこへ?」
「町歩きをしたいと思います。あの、セイド様はこの町のご出身ですか?」
尋ねると、彼はゆるゆると首を振った。
それならちょうどいい。昨晩練りに練った計画通りに進めることができそうだ。
「では、町の名所を巡ることにいたしましょう。オーネッタ男爵夫人から情報を集めました。さあさあ、早く参りましょう!」
二人での町歩き、すなわちデート。
名所を巡り、たくさんの思い出を作って、そして。
――彼にこの胸の想いを伝えるのだ。
グレースはドキドキしながら、しかしその高揚を表に出さないよう必死になりつつ、セイドとの楽しい休日のひとときを過ごそうと決めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
町がキラキラ輝いて見える。青空はどこまでも美しく、まるで二人を祝福しているようだった……。
などというのはグレースの思い込みでしかないのだが、彼女は跳ねるようにして上機嫌で町を歩いていた。
「セイド様。あちらのお店のお菓子が美味しいと聞きました。少し行ってみませんか?」
「うん、いいよ」
「セイド様。あちらの洋服店などいかがです? セイド様にぴったりなお洋服が見つかるかも知れません」
「うん」
「セイド様セイド様。あちらに可愛いアクセサリー店が! せっかくなので指輪なども買っていただきとうございます」
「…………それは」
「あっ、あちらに素晴らしい花束! あれをワタクシたちの思い出にいたしましょう!」
「買いすぎだろ」
とうとうセイドのツッコミが入ってしまうくらいには浮かれていた。
結局全部買ってもらい――というか、実際に金銭を出したのはグレースだったが――、グレースの機嫌はさらに良くなっていく。
その一方で金はあっという間に減って行ったが、彼女はまるで気にしていなかった。
そうやって買い物を楽しみながら、グレースは横目でセイドを見る。
「そろそろ帰ろうか」と彼が言い出す前に、次の予定を入れなくては。せっかくの休日、思う存分楽しむつもりである。
「では次は、お花畑へ行きましょう」
セイドの腕を引き、黄金のドレスを揺らしながら走るグレースであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ああ、言えないっ!
グレースは内心悶えていた。笑顔の仮面を貼り付けて彼とそれとない話をし、花を摘みながらも、内心は嵐のように荒ぶっていたのだ。
手にするこの花を差し上げて、気持ちを伝えるだけ。たったそれだけだ。
ここは男爵夫人に教えてもらった一番のスポットであり、ここで告白すれば恋が叶うというのも聞いている。一面の白い花が揺れていてとても綺麗な場所だ。
だのに、今もうわずった声でてんで違う話をしており、重要なことを口にする勇気が出なかった。
「ワタクシ、昔はある程度のお金持ちの家で生まれ育ったんです。ですから――」
「今日はいい天気ですね。この時がずっと続けばいいのに」
「この花、可愛らしいとは思いませんか? この花の花言葉は……」
グレースは本気で自分を殴りつけたくなる。
気持ちを伝えるなんてとても簡単なことのはずなのに、全然思い通りにいかない。
いつしか夕暮れ時になり空が茜色に染まって、帰る時間が近づいてしまっていた。
結局、言えたことといえば、
「またこの花畑に来たいですね」
という、照れ隠しのような言葉だけだった。
目標だった告白をできぬまま、グレースの人生初デートは終わってしまったのである。
そうしてその日も、いつも通りに「また」と言って別れた。
グレースの恋に何の進展もないままに。
――翌朝。
海辺の小さな屋敷まで迎えに来たセイドに微笑んだグレースは、いつになく輝いていた。
サラサラの栗毛を風に靡かせ、空色の切長の瞳がキラキラと光り輝いている。
しかしそれだけではない。色白の肌からはなんとも言えない甘い香りが立ち、素のままでも美しい彼女をさらに優美に飾るのは、リボンがあしらわれた華やかな黄金色のドレスだった。
「――綺麗だ。そんなドレス、いつの間に買ったんだい」
「あら、お褒めいただき嬉しいです! ワタクシ、この日のために美しさを磨いたのです」
「この日のためにって……つまり一日でってことかい?」
「はい! 今日の日を昨日より心待ちにしておりましたから!」
ドレスや香水などの化粧品はなかなか町で売っていないので男爵夫人と掛け合い、交渉した末に手にすることができた。
半日で整えなければならなかったので苦労したが、セイドの綺麗だという一言だけでグレースはこれ以上ないほどに歓喜した。今までは誰に褒められてもここまで有頂天になることはなかったのに、これが恋の病というやつなのだろうと頭の片隅で考える。
あまりの豪勢さに言葉もないセイドだが、彼はすぐに気を取り直すと言った。
「そんなに綺麗な君の隣に並び立つと僕はみすぼらしいな」
「いえいえっ、そんなことありません! セイド様の全てが美しい。ワタクシが夜空に浮かぶ満月でしたらあなた様は白昼を照らす太陽のごとき素晴らしさだと思います」
そもそも自分を満月に例えるとは相当の勇気が必要だが、つまりグレースはそれくらいに自分の容姿に自信がある。
そしてそれと同等、いやそれ以上に、セイドへの褒め言葉であった。
彼はそれを理解したのだろう。途端に苦笑を浮かべる。褒められるのがあまり好きではないのかも知れなかった。
「それで、今日はどこへ?」
「町歩きをしたいと思います。あの、セイド様はこの町のご出身ですか?」
尋ねると、彼はゆるゆると首を振った。
それならちょうどいい。昨晩練りに練った計画通りに進めることができそうだ。
「では、町の名所を巡ることにいたしましょう。オーネッタ男爵夫人から情報を集めました。さあさあ、早く参りましょう!」
二人での町歩き、すなわちデート。
名所を巡り、たくさんの思い出を作って、そして。
――彼にこの胸の想いを伝えるのだ。
グレースはドキドキしながら、しかしその高揚を表に出さないよう必死になりつつ、セイドとの楽しい休日のひとときを過ごそうと決めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
町がキラキラ輝いて見える。青空はどこまでも美しく、まるで二人を祝福しているようだった……。
などというのはグレースの思い込みでしかないのだが、彼女は跳ねるようにして上機嫌で町を歩いていた。
「セイド様。あちらのお店のお菓子が美味しいと聞きました。少し行ってみませんか?」
「うん、いいよ」
「セイド様。あちらの洋服店などいかがです? セイド様にぴったりなお洋服が見つかるかも知れません」
「うん」
「セイド様セイド様。あちらに可愛いアクセサリー店が! せっかくなので指輪なども買っていただきとうございます」
「…………それは」
「あっ、あちらに素晴らしい花束! あれをワタクシたちの思い出にいたしましょう!」
「買いすぎだろ」
とうとうセイドのツッコミが入ってしまうくらいには浮かれていた。
結局全部買ってもらい――というか、実際に金銭を出したのはグレースだったが――、グレースの機嫌はさらに良くなっていく。
その一方で金はあっという間に減って行ったが、彼女はまるで気にしていなかった。
そうやって買い物を楽しみながら、グレースは横目でセイドを見る。
「そろそろ帰ろうか」と彼が言い出す前に、次の予定を入れなくては。せっかくの休日、思う存分楽しむつもりである。
「では次は、お花畑へ行きましょう」
セイドの腕を引き、黄金のドレスを揺らしながら走るグレースであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ああ、言えないっ!
グレースは内心悶えていた。笑顔の仮面を貼り付けて彼とそれとない話をし、花を摘みながらも、内心は嵐のように荒ぶっていたのだ。
手にするこの花を差し上げて、気持ちを伝えるだけ。たったそれだけだ。
ここは男爵夫人に教えてもらった一番のスポットであり、ここで告白すれば恋が叶うというのも聞いている。一面の白い花が揺れていてとても綺麗な場所だ。
だのに、今もうわずった声でてんで違う話をしており、重要なことを口にする勇気が出なかった。
「ワタクシ、昔はある程度のお金持ちの家で生まれ育ったんです。ですから――」
「今日はいい天気ですね。この時がずっと続けばいいのに」
「この花、可愛らしいとは思いませんか? この花の花言葉は……」
グレースは本気で自分を殴りつけたくなる。
気持ちを伝えるなんてとても簡単なことのはずなのに、全然思い通りにいかない。
いつしか夕暮れ時になり空が茜色に染まって、帰る時間が近づいてしまっていた。
結局、言えたことといえば、
「またこの花畑に来たいですね」
という、照れ隠しのような言葉だけだった。
目標だった告白をできぬまま、グレースの人生初デートは終わってしまったのである。
そうしてその日も、いつも通りに「また」と言って別れた。
グレースの恋に何の進展もないままに。
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