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第三十五話 可憐なる鬼の尋問
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「……はは、そんなことが。ワードン伯爵家の夫人が直々にやって来るとは」
「公爵様、そのように笑われるものではありません。でもまあ、ワードン伯爵にとって彼女は使い捨ての駒にしたかったに違いないのでしょうが。あの子豚さんは可哀想な方です」
報告のためにハーピー公爵家へやって来たグレースは、公爵と談笑していた。
話題はもちろんあの子豚夫人――ジュリア・ワードンについて。先ほど公爵邸の地下牢に運び込んだばかりの彼女である。
「では、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「もちろんです、公爵様」
グレースは公爵の言葉に笑顔で頷く。
そして、あの後……つまりはワードン夫人が降参宣言をした後のことを語り始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「許じてぇ……許しでぇっ」
「だからお許しする方法はきちんと教えて差し上げましたでしょう? ワタクシは嘘は吐きませんよ?」
部屋に響くのは、女の醜い泣き声とグレースの静かな笑い声だけ。
それはグレースが買い取った屋敷の一室、彼女が普段は物置にしている場所で行われていた。
炎がボワっと燃え上がり、女の身を焼きこがしていた。
その度に女は悲鳴を上げてのたうち回る。そしてそれが収まるとすぐ、グレースが問うのだ。
「これを首謀したのはどなたですか? 名前を知っているだけ全ておっしゃってください」
「し……知らないでずわぁ。あたくじ、何もぉ………………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「知らないということはありませんよね? もちろんワードン伯爵様が関与していらっしゃるのでしょう? それからハドムン殿下あたり? しらを切るだけ無駄ですよ。さあ、おっしゃいなさい」
「だからぁ……あだしはぁ……ぎやああああああああああ!」
ワードン夫人が「知らない」と答える度、グレースは無言で黄金の炎を放っていた。
これは相手の命を焼き尽くすことなく、激痛だけ与えるというまさに痛めつけるためだけに存在する魔法。あまりやりすぎるとショック死してしまうので手加減が必要だが、そこのあたりもしっかりグレースは手加減できるのだ。
子豚夫人にしてみれば、永遠の激痛が襲って来るわけだから、地獄でしかなかった。
「やめでぇ……っ。許じてって、言っでるのにぃ」
泣きながらなのでまともに喋れていない。しかしそれをいちいち指摘することもなく、グレースは手を緩めることはなかった。
その姿はまさに可憐なる鬼だった。
栗毛を揺らして愛らしく微笑む少女。しかしそれが一人の女に猛烈な拷問を与えているのだから、もしも他に人間がいたら驚いて腰を抜かしたに違いない。
しかしここにいた他の者たちは全て焼き払ってしまった後なので、グレースとジュリア・ワードンの二人だけである。そいて、彼女への尋問は延々と繰り返された。
「ここまで『知らない』の一点張りでは困ったものですね。せめて命令されたのが誰なのか、くらい話してもいいんじゃありません?」
「い……いやぁ。許じでぐだざびっ」
「ですからそれを話せば楽になれると言っているではありませんか。脳みそまで豚のようでワタクシ、今とても呆れかえっております。魔力がもったいないですから早くしてください。もしも魔力切れになったら、魂すら焼き払う青い炎に変えてしまいますよ? これの何千倍も辛く、あなたの存在は跡形もなく消えてしまいますが、それでよろしいですね?」
「あぁあうああうあううううあああああ」
「狂うことは許しません。狂気などに身を委ねようとした罰ですよ」
今度は赤い炎で、本当の意味で彼女の体を炙った。
また、悲鳴が上がる。その鬼の尋問はいつまでもいつまでも終わらない……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そして結果、ワードン伯爵家が大量の報酬と引き換えにグレースの捕獲を要請され、それを受けたのだと判明いたしました。要請を行ったのは王家ではなく、王太子の婚約者であったと夫から聞いている、と子豚さんはおっしゃっておりました。得られた情報は以上です」
「よくやってくれたな。それにしても苛烈すぎではないかね? いくらなんでも女性にそこまでの仕打ちを躊躇なくするとは、グレース嬢……いいや魔道士グレース殿はどうやら加虐趣味のようだ」
「まあ、加虐趣味だなんて」公爵の言葉にグレースはくすくすと笑った。「これくらい当然のことではありませんか? 向こう側はこちらを殺す気だったというのにこちらは尋問だけで済ませた、この事実だけでワタクシがどれだけ生やさしいか、公爵様にはもちろんおわかりになるでしょう?」
もっとも、少し尋問――もとい拷問を楽しんでいたのは事実なのだが、それではあまりにも品位がないと思われるので口にはしない。
公爵は愉快そうに笑って話を戻した。
「では私はワードン伯爵家に揺さぶりをかけよう。大伯爵とはいえ、所詮は格下だ。我が公爵領からの輸出を全て停止すれば相手は怯むだろう」
「はい。できれば没落させるくらいにはよろしくお願いいたします」
これは復讐ではない。穏やかで幸せな暮らしのための、害虫駆除。
まあ少し手間はかかりそうだが、心休まらない日々を過ごすよりはよほどマシだ。
しかし少し疲れてしまった。セイドの元に行って、少しばかり彼の顔を見たい気分になった。
「ではワタクシ、これにて失礼いたします。また訪問させていただきますね」
「ああ、また来てくれよ」
こうしてグレースは公爵邸を去ったのだった。
「公爵様、そのように笑われるものではありません。でもまあ、ワードン伯爵にとって彼女は使い捨ての駒にしたかったに違いないのでしょうが。あの子豚さんは可哀想な方です」
報告のためにハーピー公爵家へやって来たグレースは、公爵と談笑していた。
話題はもちろんあの子豚夫人――ジュリア・ワードンについて。先ほど公爵邸の地下牢に運び込んだばかりの彼女である。
「では、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「もちろんです、公爵様」
グレースは公爵の言葉に笑顔で頷く。
そして、あの後……つまりはワードン夫人が降参宣言をした後のことを語り始めたのだった。
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「許じてぇ……許しでぇっ」
「だからお許しする方法はきちんと教えて差し上げましたでしょう? ワタクシは嘘は吐きませんよ?」
部屋に響くのは、女の醜い泣き声とグレースの静かな笑い声だけ。
それはグレースが買い取った屋敷の一室、彼女が普段は物置にしている場所で行われていた。
炎がボワっと燃え上がり、女の身を焼きこがしていた。
その度に女は悲鳴を上げてのたうち回る。そしてそれが収まるとすぐ、グレースが問うのだ。
「これを首謀したのはどなたですか? 名前を知っているだけ全ておっしゃってください」
「し……知らないでずわぁ。あたくじ、何もぉ………………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「知らないということはありませんよね? もちろんワードン伯爵様が関与していらっしゃるのでしょう? それからハドムン殿下あたり? しらを切るだけ無駄ですよ。さあ、おっしゃいなさい」
「だからぁ……あだしはぁ……ぎやああああああああああ!」
ワードン夫人が「知らない」と答える度、グレースは無言で黄金の炎を放っていた。
これは相手の命を焼き尽くすことなく、激痛だけ与えるというまさに痛めつけるためだけに存在する魔法。あまりやりすぎるとショック死してしまうので手加減が必要だが、そこのあたりもしっかりグレースは手加減できるのだ。
子豚夫人にしてみれば、永遠の激痛が襲って来るわけだから、地獄でしかなかった。
「やめでぇ……っ。許じてって、言っでるのにぃ」
泣きながらなのでまともに喋れていない。しかしそれをいちいち指摘することもなく、グレースは手を緩めることはなかった。
その姿はまさに可憐なる鬼だった。
栗毛を揺らして愛らしく微笑む少女。しかしそれが一人の女に猛烈な拷問を与えているのだから、もしも他に人間がいたら驚いて腰を抜かしたに違いない。
しかしここにいた他の者たちは全て焼き払ってしまった後なので、グレースとジュリア・ワードンの二人だけである。そいて、彼女への尋問は延々と繰り返された。
「ここまで『知らない』の一点張りでは困ったものですね。せめて命令されたのが誰なのか、くらい話してもいいんじゃありません?」
「い……いやぁ。許じでぐだざびっ」
「ですからそれを話せば楽になれると言っているではありませんか。脳みそまで豚のようでワタクシ、今とても呆れかえっております。魔力がもったいないですから早くしてください。もしも魔力切れになったら、魂すら焼き払う青い炎に変えてしまいますよ? これの何千倍も辛く、あなたの存在は跡形もなく消えてしまいますが、それでよろしいですね?」
「あぁあうああうあううううあああああ」
「狂うことは許しません。狂気などに身を委ねようとした罰ですよ」
今度は赤い炎で、本当の意味で彼女の体を炙った。
また、悲鳴が上がる。その鬼の尋問はいつまでもいつまでも終わらない……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そして結果、ワードン伯爵家が大量の報酬と引き換えにグレースの捕獲を要請され、それを受けたのだと判明いたしました。要請を行ったのは王家ではなく、王太子の婚約者であったと夫から聞いている、と子豚さんはおっしゃっておりました。得られた情報は以上です」
「よくやってくれたな。それにしても苛烈すぎではないかね? いくらなんでも女性にそこまでの仕打ちを躊躇なくするとは、グレース嬢……いいや魔道士グレース殿はどうやら加虐趣味のようだ」
「まあ、加虐趣味だなんて」公爵の言葉にグレースはくすくすと笑った。「これくらい当然のことではありませんか? 向こう側はこちらを殺す気だったというのにこちらは尋問だけで済ませた、この事実だけでワタクシがどれだけ生やさしいか、公爵様にはもちろんおわかりになるでしょう?」
もっとも、少し尋問――もとい拷問を楽しんでいたのは事実なのだが、それではあまりにも品位がないと思われるので口にはしない。
公爵は愉快そうに笑って話を戻した。
「では私はワードン伯爵家に揺さぶりをかけよう。大伯爵とはいえ、所詮は格下だ。我が公爵領からの輸出を全て停止すれば相手は怯むだろう」
「はい。できれば没落させるくらいにはよろしくお願いいたします」
これは復讐ではない。穏やかで幸せな暮らしのための、害虫駆除。
まあ少し手間はかかりそうだが、心休まらない日々を過ごすよりはよほどマシだ。
しかし少し疲れてしまった。セイドの元に行って、少しばかり彼の顔を見たい気分になった。
「ではワタクシ、これにて失礼いたします。また訪問させていただきますね」
「ああ、また来てくれよ」
こうしてグレースは公爵邸を去ったのだった。
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