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11:王子殿下、ヤンデレ力を発揮する。

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「ふえ? 王子様……?」

 吹っ飛ばされたダコタ様が目をぱちくりさせて驚いています。
 私も、自分を抱きしめるこの方がスペンサー殿下というのは信じられませんでした。どんなご都合主義であればこんな窮地に現れることがあるのでしょうか? 不思議です。

「ダスティー、危なかったね。邪魔なうじ虫は僕が排除しておくから、君は心配しないでいいよ」

「あ、はい。…………!?」

 今、うじ虫って言いました!?
 相手は仮にもこの国の聖女、ダコタ様。いくら平民出身とはいえ、この国のために日々神に祈ってくださる大切なお役目のある方です。どうしてそれをうじ虫などと言えるのでしょうか。
 スペンサー殿下、ちょっと引いてしまいましたよ。

 彼の灰色の双眸が怒りに燃えています。
 ダコタ様は私を傷つけようとした。彼に殺意を抱かせるのはそれだけで充分だったことでしょう。

「お、王子様。これは違うの。ダコタはただ……」

「言い訳は無用だ。直ちにここを出て行ってもらおうか」

 形勢逆転。
 先ほどまで超有利だったはずのダコタ様は、王子殿下の剣幕にブルブル震えていました。
 こうなると可哀想に見えて来てしまいますね。殿下には手加減をお願いしたいところですが。

 と、その時でした。

「スペンサー様ぁ! あたくしをほったらかしにして遊び呆けるとは何事ですの!?」

 開きっぱなしだったドアから転がり込んで来た人影。
 美しい銀髪縦ロールに宝石のような赤い瞳。彼女は間違いなくリーズロッタ公爵令嬢その人だったのです。

 どうしてリーズロッタ様までここに!?

 状況を整理しましょう。
 王子争いをしていたお二人が殿下を取り囲む形で揃ってしまったわけであります。
 しかも、このクズ令嬢を狙って。

 空気が一気にピリピリしたものに変化します。
 殿下を睨みつけるリーズロッタ様。ダコタ様に迫る殿下。震えるダコタ様。――そしてそれを傍観する私。

 一触即発、というかもう戦いが始まってしまっているようでした。

「リーズロッタ、執拗いぞ!」

「執拗いのはスペンサー様でしてよ! 例え国王陛下が認めようとも婚約破棄などあたくしが認めませんわ! スペンサー様はあたくしのものですもの、そんなゴミクズに渡してなるものですか!」

「ゴミクズ!? ダスティーのことを悪く言ったら許さないぞ!」

「あらまあスペンサー様、騙されてしまっていますのね。その女がどんなに汚らわしいゴミクズなのかをご存知ありませんの? 人の婚約者を奪うような泥棒猫ですのよ!?」

 ここまでゴミクズと連呼されていますと、さすがの私も傷付きます。
 でもあながちリーズロッタ様のおっしゃっていることは間違っていないような気がして反論できません。

「王子様、目を覚まして! ダコタのこと可愛いって言ってくれたでしょ? その女は悪魔の子なんだ! だからダコタと幸せになろう」

「ダコタ、ずるいですわよ! あなただって汚らしい泥棒猫ですわ」

「今は休戦協定中でしょ!? そんな言い方ないじゃん!」

 リーズロッタ様とダコタ様の間でも火花が散ります。
 完全に状況に取り残される私。何か言った方がいいとは思いますが……何を言ったらいいのやら。
 余計に三人を怒らせてしまうような気がして口をつぐんでいました。

 王子殿下が、唾を飛ばす公爵令嬢と聖女に向き直り、私を抱いたままで声を荒げました。

「ダスティーのことを悪く言う奴は誰であろうが許さない! ダスティーは僕の全てだ、もしもダスティーが嫌がっても僕は必ず彼女と共に死んでみせる」

 死ぬのが目的なんですか!?というツッコミをギリギリで引っ込め、私は青ざめてしまいます。
 私が嫌がっても決して放してはくれない。わかっていたことですが言葉にされることで背筋に冷たいものが走ったのです。

「殿下のヤンデレ力、半端ないです……」

 口の中だけで言って苦笑します。
 殿下は確実に病的です。私の意思など関係ないと言ってしまったその時点で。
 そもそも婚約者を監禁することなんてあってはならないことなんです。いくら危険から身を守るためとはいえ、その目的であれば新しい子爵邸に護衛をつければいいだけなのですから。

「この泥棒猫! スペンサー様をハニートラップで引っ掛けた罪、捌いてやりますわよ!」
「クズ令嬢、ダコタがこの手で掃除してやるぅ!」

 殿下のヤンデレ発言に、さらに加熱するお二人。
 包み隠さぬ敵意を向けられ、私は恐怖しました。視線だけで殺されてしまいそうでした。
 神様。もういいでしょう。お許しください。ですからどうか、どうか、

「私を、助けてくださいっ……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「大丈夫ですよ、ダスティー様。俺が今からお助けします」

 声がして、ふと背後を振り返りました。
 するとそこには一人の少年が立っていて――。

「オネルド!」

 私はあまりの嬉しさに涙を流さずにはいられませんでした。
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