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19:クズ令嬢と執事、駆け落ちする。

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「……ダスティー様、お目覚めになりましたか」

 気がつくと、そこは薄暗い部屋の中でした。
 どうやらどこか、宿のような場所です。随分と貧素な作りをしており、とてもとても貴族が宿泊する場所とは思えません。
 きっと平民の旅人が使うものなのでしょうね。

 寝ぼけた頭を動かし、今私が一体どういう状況に置かれているかを考えます。
 確か私は、スペンサー殿下の部屋に監禁されているはずでした。しかし……。

「オネルドが城から連れ出してくれたのですね」

「はい。まあ、なんとか」

 私が横たわっているベッドのすぐ傍で佇んでいたオネルド。
 よく見ると彼の腕は、ところどころかすり傷があるように見受けられました。どうしたのでしょう?

「ああこれは、逃げる時にちょっとヘマをやらかしまして。でもダスティー様が守れて良かったです」

「……すみません、私のせいで」

 本来、貴族が使用人に謝るなんてあってはならないこと。
 でもいいのです。もはや私は、罪人も同然ですから。

 王子殿下が決め、国王陛下にも認められた婚約関係。
 それを一方的に破棄してしまった。しかも、殿下より身分が遥かに下の私から、です。
 当然ながら慰謝料やら何やらを支払わなければならないでしょうし、家の没落は確定。
 私はとんだ罪人なのです。

「――両親には、合わせる顔もありませんね」

「ご主人様たちはダスティー様のことを心配なさっていましたが」

「それでもです。きっと両親だって、私が無事にスペンサー殿下と結婚することを望まれていたでしょう。なのに私がそれを無碍にしてしまった。情けない話ですが」

「それなら俺も同罪です。ダスティー様のことが気になって連れ戻してしまっただなんてとてもとても言えないですよ」

 私たちはもはや帰る場所はないのです。
 オネルドに訊くとどうやらここは平民の街の宿屋らしいのですが……ここに長く留まるのも難しいでしょうね。
 何しろオンボロですから。

「――さて、どうしましょう?」

 オネルドにまで責任を負わせてしまった。
 しかし彼は優秀な執事です。もしかすると、他の貴族家で雇っていただけるかも知れません。
 けれども私はといえば、何もできることがありませんから。家事などは少しできますが、しかしそれ以上の能はないのです。侍女として働くことはおそらく叶わないでしょう。

 私はどこかで野垂れ死ぬ運命しかないのかも知れません。それか、体を売って生活するか……。
 と、そんなことを考えていたその時でした。

「駆け落ちしましょう」

 オネルドがわけのわからないことを言い出したのです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「駆け落ち……って、でもそれは」

 その言葉は、過去に幾度か耳にしたことがありました。
 とある伯爵家の夫人が、突如として使用人と姿を消したり。とある男爵家の令息が、侯爵家の令嬢と共に失踪したり。
 つまり私の印象としては、男女一組になって家出をする……といったイメージなのですが。

 オネルドは本気なのでしょうか?

「俺はダスティー様をお支えしたい。例え子爵家に戻れないとしても、俺はダスティー様といたいのです」

 オネルドの真剣な黄金の瞳を見て、私は躊躇いました。
 一体何を言えばいいのか。胸がドクンドクンと激しく音を立てて私を責め立てます。

「……でも、あなたは将来有望ですから。伯爵家へ紹介して、執事にしていただいてはどうでしょう。確かあそこ、ちょうど前の執事がお辞めになったと言っていたではありませんか。私は一人でなんとでも生きていけますよ」

 これ以上オネルドの迷惑になるわけにはいかない。
 私はなんとかして一人で生きるつもりです。誰にも手間はかけさせません。
 なのに、

「ダスティー様の夢は、確か平民スローライフとおっしゃっていましたよね」

 オネルドの言葉に私はぎくりとしました。
 前に一度だけ、彼に明かしたことがあったのです。もしも子爵家が没落したら、緑豊かな農村で静かに暮らしたい、と。

「そのスローライフ、俺も入れてくれませんか。ある程度のことなら俺でも力になれます。……お嫌ですか?」

 つまり彼は、どうしても私について来たいのでしょうか。
 けれども彼を縛るわけには。私は戸惑いました。もしかして義務感のようなものを抱かせてしまっているのかもしれません。

「嫌ではありません。ですがっ」

「――俺はダスティー様のことが好きです」

 その瞬間、私は思い切り抱きしめられていました。
 驚いて恐る恐る上を見上げると、すぐそこにオネルドの顔があります。そして私はやっと理解しました。

「ずっとダスティー様のことが好きでした。幼い頃から。でも俺は見合わないと思って……だけど」

 そっと、唇が近づいてきます。

「もう手放したくない。あんな男に盗られるくらいなら、俺が奪います」

 柔らかな感触が触れ合った瞬間、私の頬は猛烈に熱を帯び始めました。
 私……私、この人と。オネルドと、キスをしたのです。キスをしてしまったのです。

 まさかオネルドが私を好きでいてくれたなんて。
 それに気づけなかった自分を少し腹立たしく思いました。けれど今はそんなことはどうでも良くて。

 嬉しすぎて目から涙が溢れてしまい、止まらなくなります。
 ああ、私は本当にクズで情けない女ですね。

「は私もあなたを愛しておりました。――オネルド」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうして私たち二人は、誰にも知られぬまま――そして愛の赴くままに、駆け落ちをしたのでした。
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