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第一話 エメリィ・フォンストの回想

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「エメリィ・フォンスト。悪いが俺はお前を愛することはない」

 金銀の装飾が施され、無駄に金がかけられたのが見てわかるだだっ広い部屋にその声はやけに大きく響いた。

 つい先ほど夫となったばかりの青年――ジェード・アロッタ公爵閣下に告げられた私は、困惑せざるを得なかった。
 最初は聞き間違いかと思った。しかしこちらを見つめる彼の瞳は真剣そのもので、嘘にも冗談にも見えない。

 数秒かけてやっと彼の言葉の意味を理解した私は、結婚したばかりの花嫁にそんな非道なことを言える彼の神経の図太さに驚いたし、何より失望した。

(――ここなら幸せになれるかも知れないと思っていたのに)

 胸の中に広がる絶望感を噛み締めながら私は、今までの出来事――この状況に陥ったそもそもの理由を思い返していた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私、エメリィ・フォンストは悪女だと言われている。
 家族を虐げ、散財し、たくさんの男たちをたぶらかし……。まともな貴族令嬢ではあり得ない悪行の数々を聞けば、そう呼ばれるのも仕方のないことなのだろう。
 しかしそれは全て作り上げられただけの真っ赤な嘘。実際の私は、生家のフォンスト伯爵家から一歩も出してもらえずに何年も何年もずっと孤独と虐待に耐え抜いて来たのだった。

 幼い頃は幸せだったと思う。
 父はあまり家にいなかったけれど、女伯であった母や使用人たちはいつでも私に優しかった。大好きな婚約者もいて、いずれ彼の元へ嫁ぐのだと信じて疑わない純粋な子供であった。
 しかしそんな人生が激変したのは七歳のある日。母が病気で急逝したのだ。

 悲して悲しくて仕方なかったその時――しかしさらに大きな不幸が訪れた。

 母が死んでたったの三日後、彼女の死を悼む様子など全くないままに父が二人の人物を屋敷へ連れて来たのである。
 それが後に継母となる女性と、義妹のジルであった。

 ジルは私の父と同じ瞳の色をしていた。
 その意味は当時の私にはわからなかったが、今ならわかる。――父は不倫していたのだった。入婿の分際で、母に仕事を全て押し付けて自分は遊び回っていた。
 そして邪魔な母がいなくなった途端に、愛人の女性とその娘を屋敷に上げたのであろう。なんとも醜悪な話だった。

 それから私の地獄の日々は始まる。
 まず取り上げられたのは母の形見のアクセサリーだった。ジルが「お義姉様はずるいわ。それをちょうだい」と言っただけで、私の物がなんでも彼女の手に渡っていき、かと思えばすぐに飽きられて捨てられていく。
 それを見ることしかできないのがどれほど辛かったか、今でも鮮明に覚えている。

「お義姉様にそんなドレスはもったいないわ。わたしがもらってあげるからお義姉様はこのボロでも着たらいかが?」
「お義姉様、ひどいわ。お義姉様だけが日当たりのいい部屋だなんて。お義姉様なんて薄汚れた物置部屋で寝てちょうだい」
「何よ、その態度。気に入らない。そんな目で見てくるならこれからは同じ食卓につきたくないわ。床に這いつくばって食べればいいのよ!」

 いくらそんな風に非道なことを言われても、ジルに意見することは許されなかった。
 もちろん継母に言ってもダメで、ジルを庇護し私を卑下するだけ。何か口を開けばすぐに打たれる、罵られる。もちろん父親は助けてくれず、関わりたくもないのか一言たりとも話しかけてくることはない。

 私に優しくしてくれた使用人たちはみんな辞めさせられた。
 私が大好きだった婚約者は、婚約者や私の意思関係なしに奪われ、義妹のものにされた。そしてすぐに「飽きたわ」と言ってジルは彼をゴミのように捨てる。
 その時ばかりは激昂したが、その後三日間何も飲まず食わずで狭い納屋の中に閉じ込められ、それ以来抵抗する気が失せてしまった。

 何をしても無駄だ。屋敷の敷地から一歩たりとも出ることはできず、まるで家畜のように残飯を床に這いつくばって食べる日々が続いた。
 十年。そう、十年だ。十年も私は我慢に我慢を重ね、継母やジルが煌びやかなドレスを着て舞踏会に出かけている中ずっとずっと孤独に生きて来た。

 だから私はこの婚談を、天からの救いの糸だと思った。

 二十八歳になるというのに独り身であり、様々な良からぬ噂が囁かれている公爵閣下。
 ジェード・アロッタ卿からの婚約話が、『フォンスト伯爵令嬢』宛てに届いた。
 本当はジルと婚姻するつもりだったのだろうが、生憎彼女は「いくらイケメンでも悪い噂がある男なんて嫌だわ」と言って駄々をこねる。しかし結婚すれば大金がもらえ、散財で経営が苦しくなっている領地にはその資金が必要だ。
 そこで代用品としてエメリィが嫁ぐことになったのだった。

(――これ以上に嬉しいことなんてあるでしょうか?)

 公爵の噂なんてどうせつまらない嫉妬から生まれたものだろう。
 ここから逃げ出せる。それだけで、私はこの話を受けた時に心の中で喜んで飛び跳ね回った。実際には飛び跳ねていない。喜んでいると知られればなかったことにされるだろうから。
 クズたち家族は私への嫌がらせのつもりで話を持って来たのだ。内心を悟らせてはいけなかった。

「本当に行かねばなりませんか」

「お義姉様にはちょうどいいお相手じゃなくて? 果たしてお義姉様は、化け物閣下の元で長生きできるかしらねぇ」

 ジルはそう言って、ふふふと嗤っていたっけ。
 その日のうちにフォンスト伯爵家を追い出され、私はアロッタ公爵家へと馬車で向かうことになった――。



 きっと幸せになれると、信じていた。
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