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第四話 挨拶回りは一人きりで

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 ――そして翌朝。

「馬車を貸してください」

 私は、馬車の御者にお願い――もとい、命令していた。
 昨日嫁いできたばかりの花嫁の言いように、御者は動揺しているのかしばらくあわあわしていた。しかし数秒後、慌てて首を振る。

「お、奥様。公爵閣下の許可はございますでしょうか。もしないのであれば……」

「私、公爵閣下から好きにしろと言われているのです。きちんと契約書もあります。ですから私の言葉は公爵閣下の意思と捉えてください。さあ、なるべく早くにお願いします」

 こんなことで時間をかけるのは無駄だと思い、公爵閣下にもらった契約書を見せれば、御者はすぐに馬車を用意してくれた。
 私はドレスが汚れないように気をつけながら馬車に乗り込む。公爵邸まで乗って来たフォンスト伯爵家の馬車は私への嫌がらせの意味があったのかして外見だけが良く座り心地が非常に悪かったが、この馬車は正真正銘の最高級品らしかった。

(さすが公爵家は格が違いますね)

 そんなことを考えつつ、私は御者に行き先を伝えて早く出発するよう命じる。
 馬車は風のように走り出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私がこんな朝早くから外出した理由。
 公爵家の者たちはどうせ遊びに出かけるのだろうと思っているだろうが、もちろんそんなことはない。公爵夫人になったのだし顔を広めておかないと――そう思い、貴族たちに挨拶回りをすることにしたのである。

 というのも半分嘘で、実は真の目的は別にあるのだけれど。

「この度アロッタ公爵閣下の妻となりました、エメリィ・アロッタでございます。初めまして」

 そう言って頭を下げるやせぎすの少女を見て、アロッタ公爵家と親しくしているという貴族たちは一体どう思っただろう。

 私は十年社交界に出ていなかったが、無礼は晒さなかった。
 幼い頃に母や使用人たちにきちんと教えてもらったので、最低限の礼儀作法はあるのだ。きっととことん甘やかされて育っていたジルよりは上手いはず。
 ただ残念な点といえば、公爵家の使用人にドレスの着付けをしてもらえなかったせいで若干着崩れてしまっていること。でもまあ、さほど違和感を抱かれない程度には着られていたので気づかれなかったかも知れない。

 私の細い体つきはどう見ても噂の悪女とは大違いであったから、「本当にあの・・?」と疑いの目を向けてくる者も少なからずいた。
 それでも私を汚らわしいものを見る目で見てくる者の方が多かったが。

「公爵様は本日はどうなさいましたの?」

 とある侯爵家の夫人が訊いてきた。
 明らかに私が公爵閣下に愛されていないと分かった上での質問だろう。

「急にお仕事が入ってしまったらしく、私は一人でここへ。閣下はひどくお忙しそうで……」

「あら、そうですの。大変ですわねぇ」

 くすくす、明らかにこちらを見下したように笑う侯爵夫人。
 しかし私は気にしない。だってお飾りの妻であることを嗤われたとて少しも不快に思う意味がないのだ。
 でも私はほんの少し傷ついたふりをして、それから言う。

「公爵閣下はとてもお優しい方なんですよ。私を生家から連れ出してくださって……」

「ご実家では、何か苦労されていたんですの?」

「ええ、ええ。うち、貧乏だったのです。私が贅沢するお金がなくて、本当に嫌でした。女伯であった母が亡くなった年の冬から特に資金難になって、父が領地のお金を使ってどうにかやりくりしていました。
 その上義妹いもうとが病弱でしょう? だからうちの義妹、殿方の愛情を毎夜のように受けてお金を稼がねばならず……。義姉あねとして心苦しかったです。
 ですから私が公爵閣下にみそめられた際は家族共々大喜びでして。私も久しぶりに・・・・・美しいドレスを纏うことができたのです。本当に公爵閣下は素敵な旦那様だと思います」

 最初は私のことを蔑むつもり満々だった侯爵夫人だったが、私の話を聞くうちに顔色が変わっていくのがわかった。
 なぜなら私が今言ったのは、実家――フォンスト伯爵家の領地資金横領、そして義妹の男関係の暴露、それから私がしばらくドレスさえ着られていなかったということ。
 つまり、言葉上はオブラートに包んではいるが、その実内情の告発であった。

 けれど私は自分でそれに気づかないふりをして、「自慢のようなことをして申し訳ございませんでした」と言って席を立つ。
 夫人はすぐに気を取り直して私を見送ってくれたが、彼女の内心は私が話した話の内容でいっぱいだっただろう。

 継母が「女ってほんとに人の不幸を見るのが好きよねぇ」と他人事のように言っていたが、この侯爵夫人も類に漏れず噂好きのようで、この分だと明日には貴族界中の噂になっているに違いない。

 これこそが私の一人きりで挨拶回りなどに出た真意。
 伯爵家の黒い噂をばら撒き、日の目に晒す。計画を練った末に最良と思えたのがこの方法だった。

「元は母のものだった生家を潰すのは少しばかり心苦しいですが」

 そんなことを言いながらも、私はさらに複数の貴族家に立ち寄り、告発活動を続けた。
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