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83 どっちつかずのまま、時は流れて冬になる

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 俺は逃げた。逃げたけれども、もちろん翌朝には学校だから、顔を合わせざるを得なくなる。
 ちなみに「体がだるい」と言って、明希にはダニエラを連れて先に登校するように言っておいたので、通学途中に何かトラブルが起こることはなかった。

 ……しかし教室の前までやって来ると、中からとんでもない会話が聞こえてきた。

「聞いてくださいっ、サキ、イワン様とチューしたんですよ!」
「…………そんなことを大っぴらに言うな。あれはその、事故だ」
「事故なんかじゃないってわかってるくせにー。それでダニエラ様の方はどうでした?」

 嬉しそうに目を輝かせながらはしゃぐサキは、満面の笑みでダニエラに話しかけている。

 後で知ったことだが、彼女はシスコン野郎と恋仲――この表現が正しいのかはいまいちわからない――になったことに浮かれているらしい。まさかシスコン野郎のイワンが妹以外に唇を許すなど思っていなかったので驚愕した。
 しかし今はそんなことはどうでもいい。

「……結果は」

 言いづらそうに、視線を逸らすダニエラ。
 ダニエラが見たのは明希の横顔だった。そしてその視線に気付いたのかそれ以前に話を聞いていたのか、明希がダニエラの方を向く。

 明希はやけに明るい笑顔で、しかも大声で、言った。

「ふぅん、告白、したんだ。誰に? 塁くんとか? いいよね塁くん。お似合いの二人だと思うよ!」

「……っ、アキ様!?」

 ダニエラが悲鳴のような声を上げた時には、もう遅い。
 それまでただでさえサキとイワンの様子を見てざわついていたらしい教室が、どぅっと騒ぎ出した。

 今この学校で一番の注目を浴びていると言っても過言ではないダニエラが、塁に告白した。
 明希はそんな誤解、いいやデマを意図的に生んだのだ。

 俺は呆然として、担任がやって来るまで、教室に入ることができなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ダニエラは塁との関係を全面的に否定しているが、塁がここぞとばかりに周りに言いふらすせいで、本当のことのように学校中に噂が伝わってしまうまでに三日とかからなかった。
 塁は他の男子ともそれなりに付き合いがいい。だから絡まれるようなことも大してなく、ダニエラと塁は学校公認のカップルということになっていた。

 ――きっとこの話が漏れてしまえばセデカンテ令息とルイス殿下が許さないに違いありませんわ。

 ダニエラの言葉を思い出す。
 あれが本当になってしまった。答えを出すまで逃げることなんて、到底できなかったのだ。

 あそこで明希が何も言わなければ。

 元々といえば教室で話を持ち出したサキが悪いのだが、俺は明希に対してそう思わずにはいられない。
 明希はなんだかんだ言いつつ、俺とダニエラを見逃してくれていた。いわゆる両片想い状態であることを知っていながら。
 でも今回だけは我慢ならなかったのだろう。明希が悪いとは思わないし、彼女の気持ちも理解しているつもりだ。でも、思わず非難がましい目で見てしまっていて。

「……明希」

「何。私に文句でもあるの、誠哉?」

 学校からの帰宅途中。塁のせいでダニエラと帰れず、部活休みの明希と二人きりで歩いていた時、ふと明希が俺に訊いてきた。
 もちろん「何でもない」と誤魔化すこともできる。でもそんな嘘は吐く気にはなれず、俺は正直に思っていたことを口にした。

「ダニエラが、迷惑してるだろ。もっと他にやり方はなかったのかよ」

「なかったよ。なかったでしょ。
 ダニエラさんは私なんかよりもずっと美人だし賢い。メシマズなのは玉に瑕だけど、そんなところもギャップ萌えだし。
 誠哉は結局、ダニエラさんを選ぶつもりでしょ。そんなことはわかってる。でも私、誠哉のこと好きで好きでたまらないからさっ。だから先手を打って、告白したの。キスも、したの。
 メイド服も着て、おもてなしして、誠哉に好きになってもらえるように頑張ったのに。なのにダニエラさんに負けるなんて私、嫌だよ……!」

 彼女の声は今まで聞いたことのないくらい震えていて、静かな熱が込められていた。
 明希は目に涙を浮かべながら歯を食いしばって、俺を睨みつけ、叫ぶ。

「諦めないからね! 私は絶対、諦めないからっ!」

「でも俺は、ダニエラが好きなんだよ!」

 俺も叫び返した。

「明希が告白さえしてこなけりゃ……今頃なんの気兼ねもなくダニエラと付き合えてるんだ! わかれよ。小学生の時の戯言にいつまで拘ってるんだよ! 俺より魅力的な男なんて、もっといるだろうが……!!」

 悪いのは、全部俺だ。
 明希との口約束を忘れて、彼女にその時の思い出を引きずらせていたのも俺。明希の告白の返事をしなかったのも、ダニエラの告白を受けなかったのも他でもない俺自身。
 だというのに、ダニエラの横に常に塁が付き添っているのを見る度にどうしようもなく苛立ち、ダニエラを独占したくなる。彼女を俺のものにできなかったのは明希のせいだと身勝手な怒りを募らせてしまっていたのだった。

 そんな俺の怒りを一身に受けた明希は。
 困ったような笑みを浮かべて、肩をすくめた。

「いないよ。私には、誠哉以外なんていないのに。
 ……誠哉はちっともわかってくれてないんだね。残念だよ」


 その後、俺たちはずっと無言だった。
 その日から俺と彼女の関係はギクシャクしたものになり、教室でも料理部の中でさえ「彼女は僕のものだから」と塁に止められてダニエラと気安く会話することさえでいない俺は、孤立していくことになる。

 そして季節は移ろい、いつの間にか冬が到来していた。
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