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帝国編

黒の軍勢

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 人が魔物になる。そんなセンセーショナルな現実はフツウ国の人間に恐怖と混乱を簡単に齎した。
 そんな中でも工兵と結は黙々と町の再建を進め、ピーちゃんはそんな人々の心を癒そうと、人々を見舞っていた。
 今日は雨が降っていてじっとりとする湿度の中、最後の一軒を仕上げた結は、顎に溜まった汗をタオルで軽く拭うと、後ろに控えた工兵に向き直り、ニコヤカに声をかけた。

「みんな、お疲れ様」

「「お疲れ様です」」

 工兵もその声に返事を返し、頭をさげる。
 実際、工兵達が5人一組でする作業を結は一人でこなし、作業が遅れた工兵のヘルプもしていた。
 工兵達はそんな結に感謝し、尊敬もしていた。

「今日で作業は終わり、今日は打ち上げだ~」

 下手をすると工兵にも住民の恐怖が伝染しそうな中、結の明るさが支えになってここまでこれた。
 その日の夜、結国の人間は土で出来た屋敷の大広間に集まり、結が異次元自宅から取り出した大量の酒と食事を楽しんでいた。

 結国の屋敷だけがワイワイと賑わい、フツウ国の人間は新しく建てられた自宅に引きこもり、町は静かな状態だった。

「姫も人が良い、この国の人間は感謝を知らぬ」

 白い顎鬚の初老の工兵はそう言い始めると、周りの工兵もそれに続いた。
 この一ヶ月にわたる復興支援を行う中、食料は受け取るが、此方の問いかけには答えない。
 完成した家には住むが、此方に寄り付かない。
 そんな状況にイライラしていたのも事実だろう。

「確かに同じ市民が魔物になったのは怖かっただろうが、此方に協力しないのはおかしいだろう」

「そうっすね、俺も明日朝帰れると思うと清々するっす」

「姫もこの一月かなり頑張られたと思う、さっさと帰ってゆっくりしていただこう」

 そう言って溜まった愚痴を出し切りながら工兵達の夜は更けていった。
 

 次の日、誰も見送る事無く結達は岐路に着いた。
 抜けるような青い空にハンググライダーが渡り鳥のように群れを作って飛んでいた。

「姫!フツウ国首都側に黒い軍勢の様なものが見えますが」

 白い髭の工兵がそう報告するが、他の工兵達は嫌そうな顔をして「ほっとくべし」と声を上げた。
 結は少し悩むが、工兵たちに顔を向けると。

「私が様子見てみるよ、皆はりゅーちゃんに連絡を入れて。チュータツさんも居るから」

 その言葉に不満そうにするが、結にじっと見つめられ、渋々高速モードに切り替えて飛び立っていく。

「さて、私も行きますか」

 そう言って黒い軍勢の方へと飛んで行った。

 黒い軍勢は鈍色の鎧を着て、皆一様に死人の様な顔色でフラフラとしながら歩いていた。

「う~ん気持ち悪いな」

 空から見下ろした結はゾンビ映画を思い出して、浄化魔法を歌に乗せ歌おうとした時。

「おや?結国の姫君がまだ残っていましたか?」

 結が目を向けた先に、整いすぎた美しい蝙蝠の翼を背中に生やし、タキシードを着た男が飛んでいた。

「腐った軍勢を率いるのは、汚泥に咲く一輪のバラ、キユ・ヴァンピールさ」

 身体をそらし額に右手を当てたポーズをするキユ。
 結は思わず噴出し、呆れたように笑い転げた。
 それも気にした風も無く、ニヤリと笑い長い前髪を払い上げると。

「ふ、全ての女性をとりこにする僕・・・ああぁ神は僕にこの世で一番美しいと言う試練を与えたのだ。
 だから、君も僕に恋をするのはわかるよ、さぁ僕の胸に、グハ」

 うっとおしくなり結は浄化の魔法を込めて歌を歌うと、黒い軍政は塵となってその人数を減らして行き、キユは自慢の顔がやけどしたように爛れ、器用に空中で悶え転がる。

 しかし、軍勢の半分が突如モンスターに姿を変える。
 が、結の歌にあっけなくもとのゾンビに戻り、塵となって消えていく。

「な!ずるいぞ!僕は怒だよ。
 悪い子にはオシオキが必要だよね」

 そう言って巨大な黒いオーラを放つ斧を何処からともなく取り出し、振り下ろす。
 結はその斧をするりと交わすと、キユに的を絞り、歌を強める。
 
「お、覚えてろ、美しいこの僕を傷つけた罪は償ってもらうからな」

 そう言って蝙蝠の姿に変わり猛スピードで飛び去っていく。

「はやい・・・チュータツさんに帰ったら注意するように言っておくか~」

 こうして結は国への帰路に着いた。

 夕日が半分沈んだ頃、結国首都は朱の色に染まっていた。
 街中は夕飯のため買い物をする人々の姿がみえ、日常の生活が溢れている。
 そんな光景に何処かホッとした結は王宮に戻った。

「ただいま~りゅーちゃん聞いてよ~」

 結が執務室の重厚な扉を開けると、書類に埋もれたりゅーちゃんが疲れ果てた顔を上げて、結を涙目で見つめた。

「結・・・たすけて・・・」

 そう言ってぱったりと机の上に倒れ伏してしまった。

「閣下、次の書類をお持ちしましたぞ」

 結が振り返ると、そこには40代の柴犬族が大量の書類を抱えて入ってきた。
 
「全く閣下は昔から書類仕事が苦手ですな・・・おや?結様良くぞお戻りで」

「えっと・・・誰?」

 結が戸惑いつつ、軽く首を捻ると、柴犬族は朗らかに笑い

「ははは、結様ワタクシです、チュータツですよ」

 あの老人老人したチュータツが今は40代に見える・・・何が起きたのだろう?と不思議だったが

「どうやら結様の庇護下に入ると、絶頂期の肉体に戻るようですな」

「はぁ!?そんな話聞いたことないよ、それにレベルも上がってるはずない・・・」

LUCテイマー4 LUCの確立であらゆる者をテイム可能。
         テイムした者を絶頂期で留め最大限に強化する。

「みゃ!ってか凄!」

 その後、結は疲れを癒す間もなく、増え続ける書類を1日と半日で片付けてしまい、りゅーちゃんは結を尊敬の目で見ていた。
 その後やっと今回の件を報告すると、りゅーちゃんは少し目を閉じ、考えるようにイスに深く腰を降ろした。
 チュータツは、非常に申し訳ないように頭を下げ、ひたすら謝罪していたら、りゅーちゃんに

「煩い!考えがまとまらんわ!」

 と怒られ、尻尾を股の間に巻いて、直立不動でりゅーちゃんの後ろに立った。
 りゅーちゃんは机に肘を突いて組んだ手で口元を隠しながら再び目を閉じた。

”ゲン○ウ?”
 結は首をかしげた。

 黒の軍勢など謎は残ったまま時間が過ぎていった。
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