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記憶、戻りました
しおりを挟む突然私の脳髄に流れ込んできた光景は、私の知らない『私』の記憶だった。
◇
生温い夜風を浴びて、コンクリートで舗装された道を歩く。殺人級の繁忙期が明けた愛しき金曜日の夜、社畜の私は上機嫌でるんるんと家路を辿っていた。明日から久しぶりの二連休!
ビールを買った。つまみも買った。カルビ弁当もシュークリームもお茶もポテチもカップラーメンも買った。土日は一歩も外に出ないための食料だ。私に自炊という選択肢はあり得ない。簡単便利。市販品しかもう勝たん。
そんな最高な休日に思いを馳せながら歩道を歩く。
そして家まであと少しというところで、眩しい光と、激しい衝撃を受けて。
ーーそこで途切れた記憶は、前世の私のものだ。
「……僕も残念だと思っている」
呆然と目を見開いて固まっている私に、今しがた婚約破棄を申し出てきたオークリー様がそう言った。ハッと我に帰って彼を見ると、彼は目を伏せて握った自分の手をじっと見ている。
「……仕方ないんだ。君にだってわかるだろ? 貴族の結婚は愛だけではやっていけない」
そう、今は婚約破棄の真っ最中。てんやわんやの我が家に急にやってきた婚約者ーーいや既に元?ーーのオークリー・アビントン様が「婚約を破棄したい」と予想通りに言い出した。
まあそうなりますよねえと頷こうとした時に、ふっと脳裏に(婚約破棄ってウェブ小説か乙女ゲームみたい)と聞き覚えのない言葉が浮かんで、あららウェブ小説や乙女ゲームって何のこと……と思った瞬間、先程の前世の記憶がぶわっと浮かんだ。
社畜として頑張ってきた人生で、数ヶ月ぶりの二連休を目前に死んでしまった、前世の私。
我ながら可哀想すぎて涙が出てくる。
せめて、せめて最期に晩酌だけは楽しみたかった……。
「……っ、すまない、ミア。僕だって君のことを……!」
「その手をどうするおつもりで?」
急に立ち上がって腕を伸ばしたオークリー様を、私の護衛騎士のギルバートが冷ややかな声で制した。
「……ッ!」
「誠意があなたにあるのならば、どうか今すぐお帰りを」
視線に殺意を漲らせたギルバートが、半ば無理やりオークリー様を追い出すのをおざなりに見送った。
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