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晩餐
しおりを挟む「折角帰れるチャンスだったのにぃ!!」
用意された部屋に、悲鳴のような声が響き渡る。
「な!ん!で!食事に誘われてんですか!確実に俺らが今日のメインディッシュじゃないですか!団長が姿焼きにされても俺知らないですよ!」
若干の後ろめたさは、意外と余裕のある部下の冗談にかき消された。
ははっと笑うジークフリートに、「笑い事じゃないんですよ……!」とジョルジュが頭を抱える。
「世の中には獲物をわざと油断させて絶望に落として楽しむ悪い奴もいるんですよ!折角命が助かったんだから帰りましょうよ!」
「その理屈なら、今帰ろうが後から帰ろうが変わらないじゃないか」
「ここで夜を明かすのは嫌ですよ……!晩餐って行ったら確実にお泊まりコースじゃないですか……!もう俺一人で帰っていいですか?最初その流れでしたよね?」
「船は一つだ。お前が帰ったら俺が帰れない」
嘆くジョルジュの肩に手を乗せる。
「食事をしてこの国を探るだけだ。圧倒的な力を持ちながら、こちらからの交渉に何の見返りも求めない国。ヴラドから仕掛けた先の大戦では、ヴラドは一週間で我が国を殲滅したと語り継がれている。だが領土も財も全て手に入れられた筈なのに、騎士一人と引き換えにそれを放棄した。しかも今回は、騎士すら要らないと。何故なのか、俺は気になるんだ」
「まあ……はい、」
「この国の真意を探りたい。もちろん、お前の身に危険が及ぶような深追いはしない。それでも危ないと感じたらすぐに逃げろ。ただ俺は、自身を捧げるつもりでここに来たんだ。助かった命は、少しでも国の利になるような情報を掴んで帰りたい」
嘘ではない。九割七分はそれが理由だった。
ただ、それとは別の感情が、微かにあったというだけで。
ジークフリートの言葉に、ジョルジュは神妙な顔をする。
「……わかりました」
そう言う彼の表情は、渋々ではあるがジークフリートの矜持を理解してくれたようだった。仕方ないなあという風に肩を落とし、力なく微笑んでいる。
「俺はてっきり、女王に惚れたのかと思いましたよ~。国では女性に興味がないジークフリート様が、頬を染めて凝視してるから」
「そんなわけがないだろう」
ドキッとしたが、表には出さなかった。
呆れたような表情を作ってみせると、ジョルジュは「ですよねえ」とホッとしたように頷いた。
「女王を観察していただけだ。ただ彼女が吸血鬼……魔族の血を引く、という話も、建国当初から君臨していると言う話もやはり噂にしか過ぎないんじゃないか。ただ可憐な……普通の女性に見えるのだが」
「普通の女性は人間は弱いとかそんなこと言わないです」
「そうだろうか。……そんな顔をするな」
胡乱げな目つきのジョルジュに苦笑して、「心配するな、食事をするだけだ。明日の早朝にはアビニア行きの船の中だ」と肩を叩けば、彼は「本当にお願いしますよ……」と不安そうな顔をした。
◇
晩餐は、日が落ちた頃に始まった。
女王とジークフリートとジョルジュが席につく。給仕は先程のムクルスと呼ばれた小さい執事と、侍女長を名乗るハピィという年嵩の女性だった。
料理はどの品も、精一杯のもてなしと心遣いを感じられるものだった。
「美味しいですね」
警戒していたジョルジュの顔も綻ぶ。ジークフリートも頷いて、「見事ですね」と口にすると、女王はとても嬉しそうに頷いた。
その表情があまりにも無垢に見えて、ジークフリートは一瞬見惚れてしまった。
「料理長が喜びますわ。張り切って用意しておりましたから。アビニアにはもっと多様なお料理があると思いますが、野菜も魚も味が濃くて美味しいでしょう?」
「ええ、とても。農場はどちらにあるのですか?」
「城内の一画に小さな畑があります。それから少し離れた先に広い農地がありまして……そこから海が見えるのですが、よく晴れた日は大陸……アビニアが見えるんですよ」
「それは……是非、見てみたいものです」
横から『フラグを立てるな』と言わんばかりのジョルジュの視線を痛いほどに感じたが、無視をする。
そこへムクルスがワインボトルとグラスを持ってやってきた。既に赤ワインが注がれているグラスは、女王の前に置き、残り二つの空のグラスはジークフリートとジョルジュの前に置かれる。
「ワインはお好き?」
ジークフリートが頷けば、ワインが注がれた。どこか薔薇の香りを思わせるような芳醇な香りが漂う。口に含むと重みと渋みが味わい深い。上物のワインだった。
酒を飲まないジョルジュは牛乳を頼んだようだ。ここにくる途中の牧場で育てた新鮮なものらしく、牛乳が好きな彼はやや嬉しそうだった。
「このワインは美味しいですね。どちらの物ですか?」
「この城から少し離れた場所に、葡萄畑があります。そちらで作っている物ですわ」
我が国は輸入はしておりませんので、と女王は微笑んで、自身もワイングラスに口をつけくいっと飲み干した。
女王のグラスにワインを注いでも良いかと聞くと、彼女は微笑んで首を振った。
「いえ。これは、ワインではありませんので」
横のジョルジュの、フォークを動かす手が止まる。口数少ない彼が、妙に強張った笑顔を女王に向けた。
「そ、それは……トマトジュース、ですか……?」
「あ……これは、」
「陛下の美貌と若さを保つ特製のカクテルです。材料は、秘密とだけ」
控えていたムクルスが歯を剥き出しにして微笑んだ。
ひ、秘密かあ……と声を震わせながら、ジョルジュが意を決したように、もう一度口を開いた。
「へ、陛下はお幾つなんですか……?」
「おい。女性に年齢の話を聞くなんて失礼だろう」
厳しい声音で咎めると、女王のおっとりとした声が響く。
「いいえ。最初に年齢を感じさせるような事を言うムクルスが悪いのです。でも、そうですね、おそらく……ご想像よりは上でしょうね」
微笑む顔は、艶やかだった。
ジークフリートとジョルジュは、同時に息を呑む。
それから貝のように口をつぐみ食欲すらも無くなった様子のジョルジュはともかく、ジークフリートと女王の話は弾んだ。
女王はジークフリートの国の話を聞きたがった。それから、騎士として訪れた様々な土地の話も。
多種多様な人種が集まるアビニアの市場、冬に凍る広い湖、深い深い緑の森、赤い岩場と砂でできた灼熱の土地。
女王はいつも、海の果ての大陸を眺めては見たこともない土地に思いを馳せていたのだと言う。
「いつもあの大陸の向こうには何があるんだろうと想像しておりました」
遠くを見るような瞳で、女王が呟く。
「お話を聞いて、ますます想像が広がりますわ。けれども実際は、もっともっと素敵なんでしょうね」
女王である彼女が望めば、すぐにでも大陸へ渡れるだろう。
アビニアとて、誓約を結んでいる以上同盟国のようなものだ。彼女が来訪すると聞いたら、怯えながらももてなすに決まっている。
何故行かないのか、という疑問は口には出せなかった。
少し寂しそうな顔を見せる彼女に不躾なことを聞いて、傷つけたら嫌だなと思ったのだ。
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