4 / 11
吊り橋効果
しおりを挟む晩餐は和やかに進み、食事が終わろうとした時、ムクルスがこほん、と咳払いをした。
「ジークフリート殿下とジョルジュ殿は、もう明日には発たれるのですか」
「そうなんです。ジークフリート様は目が回るほど多忙の身なので、残念ですが……」
「まあ、そうなのですか……」
間髪入れずに答えたジョルジュの言葉に、どことなく寂しそうに女王が眉を下げる。自分の願望かもしれない。
ジークフリートは胸が締め付けられるような錯覚を覚え、彼は唇を引き結んだ。
そんなジークフリートの心を見透かすように、ムクルスが口を開いた。また歯を剥き出しにして笑う、威嚇にも見えるぎこちない笑顔だった。
「それでは明日、発たれる前に陛下と少し城下を見て行かれませんか?是非他国の方に我が国を見て頂きたい。街の者も皆あなた方を一目見たいと、楽しみにしておりまして」
「願ってもない。是非、ご一緒させてください」
口を開こうとしたジョルジュを制して、ジークフリートは少し上擦った声で言った。
「私も城下を見てみたいと思っておりましたので。陛下が宜しければ」
「本当に、よろしいの?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせる女王に頷いて見せると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
固いパンが喉に詰まったような衝撃を感じる。こみ上げる『可愛い』に窒息しそうになりながら、ジークフリートは手元のワインを一気に呷った。
横のジョルジュの食い入るような視線が、後ろめたい。
◇
「食事だけって言ってたじゃないですか……」
「……あまり探れなかったからな」
ジョルジュの非難がましい眼差しに、少々気まずそうに目を逸らしてジークフリートは答えた。
「どちらにせよ明日、ここを発つ。その前に視察をしたい。深追いをするつもりはないがまだ探りきれてもいないし、国のためにあと少し、耐えてくれ」
「国のため」
「そうだ」
「……さすがは団長、と言いたいところですが……騎士の誇りにかけて本当だと誓えますか……」
じとりとした視線に、ジークフリートは口籠もった。
(……誓えない)
嘘ではない。六割は国のためだ。
しかし突き動かされるような衝動に駆られて頷いたのは、確実に残り四割の理由だった。
晩餐前は、国のために……というのが理由の九割だった。だから平気な顔ができた。
しかし今となっては、国のためになるからと正当化して邪な気持ちを誤魔化すのは、人として、騎士として、許されることなのだろうか?……そんな訳が、ない。
そう思うと後ろめたさが邪魔をして、言い訳すらも上手くできない有様である。
そんなジークフリートを見て、ジョルジュは「まさかとは思いますが……」と胡乱な目つきを向けた。
「……惚れましたか」
「ま、まだそこまでじゃない!!」
一気に頬を染めるジークフリートにジョルジュは「うげっ」と呻き、生きた毒蛇にじゃれつく子犬を見るかのような目で彼を見て、「まじすか」と青ざめた。
「やっぱり!女か!国の利のため云々かんぬんかっこつけて結局女か!そういうの良くないです!」
「……す、素敵な女性だと思っただけだ。それに視察に彼女の同行は関係ない。俺は彼女ではなくあの執事が一緒だとしても承諾していた」
こほん、と咳払いをする。
「それに彼らからは殺意……敵意は感じないし、女王陛下が吸血鬼の末裔だとも思えない。ま、まあ例え吸血鬼であったとしても彼女の麗しさには全く変わりはないのだが……」
もちろん警戒はしている。しかし女王の愛らしさとは関係なく、彼らは無害だとジークフリートの第六感が告げている。
もしも友好が結べたのなら、他国に向けてこれ以上の抑止力はないのだが、と頭の片隅で冷静に思う。
「彼らは無害だと、俺は思っている。しかし万が一の時は、当初の予定通りお前だけ……」
「ジークフリート様……恋は目を眩ませます。その気持ちはわかりますがね」
ジョルジュが憐れみの眼差しを向けて、ジークフリートの言葉を遮り、聞き分けの悪い子供を諭すかのような口調で語り始めた。不敬ではないだろうか。
「女王の吸血鬼アピール、凄かったじゃないですか……。生き血を飲んでは数百年生きてるアピール、あれは力の誇示です。つまりいつでもお前らの血を絞ってやるという脅迫です。初対面で脅迫するとかマナー違反ですよ」
ジョルジュの言葉に、ジークフリートはため息を吐いて首を振った。
「きっと酒が苦手なんだろう。トマトかザクロかアセロラのジュースを飲んで、若く見られることが多いという、ただそれだけの可愛らしい話じゃないか」
「いや馬鹿ー!絶ッ対それは違います。あれは生き血を集めて若さを保っているという猟奇的な自白です!」
「馬鹿はお前だ」
嫌悪感を込めた瞳でジョルジュを見つめると、彼は「いや百人いたら百人思うわ俺は悪くない」とキャンキャン吠えた。嘆かわしい。騎士道精神と共に、人道教育と言葉の裏を読みすぎない教育もするべきだった。国に帰ったら、騎士団全員、もう一度精神から鍛え直さなければならない。
「それにあの顔色悪い執事、街の者がみんな俺らに会いたがってるとか言ってますけど、港で見た連中は命知らずがとかすぐ後悔するぜとか何とか言ってましたよ。めっちゃ嘘吐かれてるじゃないですか……ほら、危険」
「街の者は照れ屋なだけかもしれないだろう。もしくは我々に攻撃的な者だけが集まったのかもしれない。海の男は気が荒い者が多いと聞く」
「なぜそんな意気揚々と処刑台に向かうんだ……」
ジョルジュが頭を抱えて、視察が終わったら絶対に帰りますからね!と宣言した。
◇
「……あんな人だったかな……」
ジョルジュがポツリと呟いた言葉は、黄昏ているジークフリートには届いてないようだった。
用意された部屋には大きな窓とベランダがある。物憂げにベランダに出て波が蠢く夜の海を眺める彼の後ろ姿は、完全に恋を覚えたての少年だ。二十八の男のくせに……。
ジョルジュ命と金と女性が大好きだ。
というか、人生で大切なものはそれだけだと思ってる。
そんなジョルジュにとって騎士とは、まあまあ高給で女にモテる良い仕事、でしかない。国にも王にも上官にも命を捧げる気なんて毛頭ないし、有事の際には王を置いても逃げると思う。
しかしそんなジョルジュでも、ジークフリートは特別な上官だった。
王族でありながら、騎士を志した彼はジークフリートをこよなく愛する父王の強い反対をねじ伏せて騎士となった。だが、ずば抜けた実力を持ちながらも上……王からの圧力で、長らく一階級も昇格することはできなかった。
しかし彼は弱音を吐かず鍛錬を行い、実力のみで王への忖度を撥ねつけ、近衛騎士団のトップに立った。もはや伝説だ。ジークフリートをモデルにした小説や歌劇や芝居が、庶民の間では人気を博しているらしい。
格好いいな~と、ジョルジュも思う。鍛錬は地獄みたいだしこちらにまで高潔さを求めてくるので、上官としては最悪だったが。騎士の精神で飯が食えるか。
女にモテるところも羨ましい。そのくせ浮いた噂の一つもない。
ーー目の覚めるような美女でも、有力な貴族の娘でも、金塊風呂ができるようなやり手の富豪女性でも、誘いらしき誘いは全て断っていたのになあ。
この世で彼の手に入らない女性はほぼいないだろうなと思うのに、彼はよりにもよってヤバい女に惚れてしまった。
確かにびっくりするくらい美人だが、数百年以上生きてるっぽいババアである。年上が好きとかいう次元じゃない。冴えない壺でも国宝に変わる年だ。
何故、彼女だったのか。
ジョルジュはその答えを知っている。
ーー吊り橋効果、という奴だ。
吊り橋のような不安や恐怖を煽る場所で過ごした異性には、恋愛感情を抱きやすくなってしまう。
命の危機のドキドキを、恋のドキドキと錯覚したのだ。恋愛初心者のジークフリートなら全然あり得る。
(……その勘違いの恋愛感情で、これ以上巻き込まれたら嫌だなあ……)
金に釣られてここに来たが、受け取った大金はまだ使っていなかった。名だたる美女を集めた酒場に行き、俺はヴラドに行ったんだと武勇伝を話して尊敬を集めた上で颯爽と高級シャンパンタワーをして飲めや歌えや酒池肉林、をしていない。ジョルジュは飲めないのだが、狙いは美女達からの尊敬の眼差しなのだから問題がない。
しかし、これで死んだら怖がり損だ。
もしも明日、彼が帰らない素振りを見せたら、首に手刀を落としてでも、連れて帰ろう。
重くて運べなかったら、置いて帰ろう。仕方ない。大事なのは俺はやれることはやったんだという確たる証拠だ。
黄昏ている上官の後ろ姿を眺めながら、彼は決意した。
ジークフリートの背中を取れる者はアビニアにはいない、無論ジョルジュにも無理である、という事実は、忘れていた。
0
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる