女王陛下と生贄の騎士

皐月めい

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憧れの騎士(アメリア視点)

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「は~!美味しい!やっぱりウォルフが作ったトマトジュースは最高ね!」

 先ほどは、味わう余裕もなかったトマトジュースを、少々お行儀悪く一気に飲み干してグラスを置く。
 ようやくホッと一息ついて、表情をゆるめるアメリアに、ムクルスが「お疲れさまでございました」と頭を下げた。

「ウォルフ自ら育てあげた有機トマトですからな。それも朝採れですから、美味しいでしょうとも」
「お二人にも飲んで頂きたかったけれど……お酒を飲めないなんて知られたら、女王として恥ずかしいものね」

アメリアは肩をすくめた。
彼女はお酒の類がどうも苦手で、正式な晩餐でもアルコールを飲むことができない。

「何が恥ずかしいものですか。陛下がそう仰るのなら、内緒に致しますがね。恥ずかしいことではありません」

 ムクルスが、両目をつぶる下手くそなウインクをした。

「ふふ、ありがとう。はあ、それにしても今日は緊張したわ……何せ他国の方と会うのは初めてですもの。そして少し、喋りすぎてしまったわね……」
「なんの!話好きな女性は宝だと、スコット様は仰っていましたぞ」

 ムクルスが快活に笑う。人見知りの彼は、それでも張り切って久しぶりの来客に笑顔を見せていたのだけれど、自然な今の笑顔の方がずっといいとアメリアは思った。

「ムクルス、今日のおもてなしは完璧だったわ。ただすこーし笑顔に力が入りすぎていたかもね。今の笑顔のほうが素敵よ」
「これはお恥ずかしい。些か歓迎の気持ちが強過ぎましたな」

 恥じらうムクルスにアメリアは笑った。

「でも笑顔がないよりは良いわよね。これで少しは我が国が恐ろしくないと、わかってくだされば良いのだけど」

 ヴラドは他国との交流がない。
 ヴラド王家が代々闇の魔術を使うことが、他国から恐れられる要因なのでは、とムクルスが推測していた。

 アメリアにとっては闇の魔術は、とても便利で生活に欠かせない、謂わばナイフやフォークのような位置付けなのだが、確かに魔術を人に向けたら惨たらしく死んでしまうだろうし、どんな建物だって全壊する。
 使い手の倫理観がわからない以上、怖がられるのも無理はない。

 というわけでヴラドは不本意にも、ほぼ鎖国状態となっている。

 アメリアは、それを変えたかった。
 ヴラドは小さいながらも豊かな国で、美しい自然もある。食べ物も美味しい。温かい泉もあって、疲れを癒すのにはぴったりの島だ。
 ぜひとも他国の人々に訪れてもらい、観光大国の看板を掲げるまでにフレンドリーな国になりたい。

 だから今回大国アビニアの、王子であり英雄と呼ばれる騎士、ジークフリートに来てもらえたのは僥倖だった。
 誓約がなくとも戦争なんてする気はないけれども、来たいという申し出を断る理由は全くなかった。いつまででもいて、ぜひヴラドの素晴らしさを目に焼き付けて国に帰ってもらいたい。
 そして「ヴラドは良いとこ一度はおいで」と啓蒙してほしい。人気が高いらしいジークフリートの言葉は、きっと説得力があるだろう。


(……それにしても、ジークフリート様は想像よりもずっとお綺麗な方だわ)

 男性に綺麗というのはおかしいだろうか。けれど黒い髪に青い瞳は、見惚れてしまうほど美しかった。
 そして彼は想像上の騎士よりもずっと寡黙で、けれど優しい表情をしていた。

 アメリアははーっと長く息を吐いて長椅子に寝そべった。その様子にムクルスが顔を顰める。

「陛下、お行儀が悪いですぞ」
「今日は許して。気が抜けたの。……ねえムクルス、騎士様って素敵ね。あのわくわくするお話の数々、あなたも聞いたでしょう?」

 うっとりとするアメリアに、彼は仕方がないと言う様に微笑んで、頷いた。

「物語で読んだ通り。本当に、素敵だわ」
「彼らは日々主と決めた方のために、鍛えておりますからな。私とおんなじ。それは魅力的でしょう」
「まあ、ムクルスってば」

 はっはっは、うっふっふ、と部屋に笑い声が響く。

「ムクルスのおかげで明日は国を案内できることになっあわ。ヴラドの良さを思う存分思い知って頂きましょう!」
「ええ!ただ、陛下は世界で一番魅力的な女性ですから、如何なる時も必ずアダムと同行してくださいね。まあアダムの方が離れないでしょうけれど」
「まあ、ムクルス。騎士様なら大丈夫よ。騎士道というものがあるのですから。それに……」

 楽しげに話していたアメリアの顔が曇った。

「私はもう、二十四歳。まさか独身の、それも女王がこんな年齢とは思わないでしょうけれど、一目見たら良い年なのはわかるでしょう?流石に魅力的だと思われることはないと思うわ……」
「ご冗談を。今日の彼らをご覧になりましたか?ジョルジュ殿は青ざめておられた」
「えっ、どうして?」

 何か粗相があったのかと、口元を手で抑えるアメリアにムクルスはニヤッと微笑んだ。

「ジークフリート様がアメリア様に見惚れておられたからです。アビニアの誇りである騎士団長が陛下の魅力に骨抜きにされたらどうしようと、思案していたのでしょう。ヴラドの王配になられたら困るでしょうからな」
「またムクルスの執事バカが始まったわ……」
「事実です。このムクルスの目は誤魔化せません。いいですか、もし明日求婚されたとしても頷いてはなりませんよ。友人から、というのもダメです!人となりを知るためには、まずは半年間の文通は必須です」

 アメリアは白い目で、真剣な顔で馬鹿げたことを言う執事を見た。ムクルスは身内贔屓がひどいのだ。
 いや、それを言えばヴラドの民の九割が、代々女王贔屓が凄いのだが。

「スコット様も、カーミラ様に求婚する前は最低でも二日に三通は手紙を送っていましたよ。何十匹もいる伝書鳩が全て疲弊しきって、鳩が可哀想だからと結局三ヶ月でこのムクルスを振り切りカーミラ様からスコット様に求婚されたのですが……陛下、それは絶対にいけませんよ」
「お父様はその頃からお母様が大好きだったのね……」

 長椅子に横になったら眠くなってきてしまって、アメリアは大きな欠伸を一つする。ムクルスが「明日のためにも早くお休みくださいませ」と微笑んだ。

「そうね。明日は早いもの。ああ、どこにご案内しようかしら?」
「アビニアが見える農地、それから市場はいかがでしょうか。港からも近く、美しく活気もあります。我が国の陽気さをアピールできる良い場所かと」
「そうね、そうしましょう……」
「はっはっは、とりあえずベッドにお入りください。歯磨きも忘れずに」
「子ども扱いはよしてちょうだい」

 失礼しました、とムクルスは口を抑えて、憮然とするアメリアに恭しく礼をする。

「……ゆっくりお休みくださいませ、陛下」
「ええ、お休みなさい。あなたもゆっくりと休んでね」

 ムクルスが微笑んで、アメリアの部屋から出る。
 幼い頃から彼女の教育係を任されてきたこの執事は、アメリアの良き保護者であり良き相談相手でもあった。
 彼女が憧れているものも、寂しさも、叶えられない夢の話も、ムクルスは全て知っている。

「あなたの夢が叶うことを、心から祈っております」

 部屋の中の彼女に聞こえないよう小さく呟いて、ムクルスは軽い足取りで親友であるウォルフとハピィの元へと向かった。


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