女王陛下と生贄の騎士

皐月めい

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わんこのように無邪気なこども

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 遮光性の高い分厚いカーテンを開くと、初夏の真っ白な強い光が降り注ぐ。夏の日差しだ。
 起き上がってはいるものの、ベッドの上で半分眠っているようなジョルジュは日差しを浴びてぼんやりしている。

「なんか頭が混乱するほど爽やかな朝ですね……」

 それは俺のセリフだな、と思いながら、ジークフリートはジョルジュを見た。

 ジョルジュのベッドには彼が持ってきたニンニクや十字架が彼を囲むように飾られている。
 何かの儀式の生贄のようなその光景と、初夏の朝日とのコントラストはなかなか直視し辛いものがあった。

「出る前に片付けるんだ」
「もちろん、肌身離さず持ち歩きますよ」

 何故か誇らしげに胸を張るジョルジュを、ジークフリートは何とも言えない気持ちで見つめた。


 ◇


 ジークフリート達が軽い朝食を終え、馬車に乗るために外へ向かうと既に玄関ホールには女王が待っていた。
 彼らを見て目を輝かせた彼女の頰が、上気している。今日を楽しみにしてくれているのだろう。

「おはようございます!よく眠れましたか?」

 日差しよりもまぶしいではないか……。
 心を打たれて何も言えず、頷くだけのジークフリートを、横のジョルジュが何とも言えない顔で見ていた。

「陛下、日に焼けてはなりませんよ。日差しはお肌の大敵です。アダム、必ず日傘を。なるべく日陰を通るように」

 執事のムクルスが、しつこいくらいに女王とアダムに声をかける。女性は白肌を守るために、並々ならぬ苦労をするものだと以前母から聞いたことがあるが、それはこのヴラドでも一緒なのだろう。女性はかくも大変なものか。

 彼女は首から手首までを覆い隠すようなデザインのドレスを着ていて、手袋まで身につけていた。見た目は涼しげなブルーだが、暑くはないのだろうかと心配になる。
 しかし確かに、守らねばと使命感に駆られるのも無理はないほど、彼女の肌は淡く輝く真珠のように綺麗だった。

「やっぱり日を浴びると……」

 小声で何かを言いかけたジョルジュを、ジークフリートはぎろりと睨みつけた。


 ◇

「あれが農地です。横には牧地があって、羊や牛を飼っています」

 馬車を止めて降りると、吹き抜ける風が心地よかった。小高い丘に広がる緑の牧地に、広がる青い空が爽快で、さらに牧地の果てには海が見える。水平線の奥、大陸であろう影がぼんやりと見えた。

「近づけばもう少しよく見えますわ。でもまずはぜひ、農地と牧地をご覧頂けますか」

 城内にいる時よりもややはしゃいだ様子の女王が歩き出す。アダムが後ろから、日差しの一筋も当てはしないと言うように、日傘をしっかりと差してついて歩いた。
 広い農地だが、少し歩くと作物の管理に精を出す農民が見えた。長い銀色の髪を一つに結んだ体躯の良い男性が、しゃがんで作物の様子を見ている。

「あそこにいる男性は、この農地を管理するルガルといいます。ウォルフ……城の料理長の兄です」

 女王がそう説明していると、こちらに気づいたルガルと呼ばれた男が、一瞬ぽかんとした後にすごい速さで駆け寄ってきた。

「へ、陛下!こんなところに!事前に仰って頂ければ日陰やもてなしを用意しましたのに……!」
「前触れもなく押しかけてごめんなさいね。でも、ルガルがいつも通り頑張っているところが見たかったの」

 女王がそう言うと、ルガルという男は「確かに事前に知らせて頂くと……緊張してしまいますねえ」とゆるく笑った。歳は三十代半ばだろうが、口元から覗く八重歯が彼をやや愛嬌のある顔立ちに見せている。

「ジークフリート殿下、ジョルジュ様。先ほども申し上げましたが、彼はルガルといってこの農地を管理しています。王城の食材はほぼ、ここで作ったものなのです」
「そうですか。今朝も頂きましたが、全て美味しく頂きました。私はアビニアから参った、ジークフリートと申します。こちらは供のジョルジュ」

 ジークフリートが挨拶をすると、ルガルは恐縮して何度も頭を下げた。

「私なんかに勿体ないお言葉で……野菜と動物以外に何もありませんけど、景色は良いのでぜひ見てくだ……おっと」
「じょおうへいかー!!」

 幼い子どもの声に振り向けば、ふわふわの銀髪を揺らして駆け寄る三、四歳くらいの子どもが二人見えた。男女の双子の兄妹だろうか。背丈も顔立ちもそっくりで、二人とも父譲りだろう八重歯が見える。瞳をキラキラと輝かせた子供たちは、飛び跳ねるように女王の前に並んだ。
 子供の名前は、女の子がウルヴィ、男の子がヘジン、とそれぞれ言うらしい。

「おひさしぶりです!へいか!」
「あそびにきてくれたんですか!?」

「いいえ、今日はお友達を連れてきたのよ!この素敵な場所を見てほしくって」

 女王がそう言うと、子供たちは驚いたようにジークフリートとジョルジュを見る。警戒するように彼らを見た後、ジークフリートのマントを見て子供たちの顔がパッと輝いた。

「……きしさまだ!」
「すごい!ほんものだ!」
「お前たち、失礼だよ。子供はあっちでお母さんの手伝いをしてきなさい」

 ルガルが嗜めるが、子供たちの耳には全く入っていないようだ。すごいすごい、と大興奮して、ジークフリートやジョルジュの周りをぐるぐると回っている。

「すみません、本当に……。ヴラドの者にとって、騎士は憧れなものですから」
「そうなのですか?」

 少々驚いて尋ねると、「島の者はみーんな騎士の物語を聞いて育ってますよ」とルガルはふんわりと微笑んだ。

 どんな物語かを聞こうと口を開きかけた時、興奮した子供達が、ジョルジュの手を引っ張り「乳搾りをしましょうよ!」と口々に誘った。
 女王がそれは良いわね、と同意すると、意外と子供の世話に慣れているジョルジュは両手に二人を抱っこして、牛舎に向かって走り出す。

 清潔に整えられた牛舎内では、牛がのんびりと草を食んでいる。
 女王にあわせてゆっくり進んだジークフリート達が牛舎の前についた頃には、ルガルや子供達やジョルジュがはしゃぎながら乳搾りを始めていた。

「アダム、あなたも行ってきなさいな。好きでしょう?」

 牛舎内に入らず入り口の外で待つ女王がアダムに声をかける。彼は表情を変えずに首を振った。

「いえ。私は傘をお持ちします」
「良いから行ってきなさいな。日傘は私が……いえ、殿下、持ってくださいますか?」

 女王の微笑みに「もちろんです」と、かろうじて動揺せずに答えることができた。
 睨みつけるようなアダムの視線に心配を和らげようと、「日差しは決して当てませんよ」と言うと、なぜか彼の眉間の皺はますます濃くなった。

「アダム、牛舎はすぐそこよ。私は動かないから、是非牛舎から私のことを見ていてちょうだい。あなたにも楽しんでもらいたいし、殿下からアビニアのお話も聞きたいの」

 女王がそこまで言うと、ようやく彼は渋々と頷いた。
 一瞬睨みつけるような視線をジークフリートに向け、牛舎の中に入って行った。



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