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文通
しおりを挟む船の修繕が終わるまで、ヴラドに滞在することになったジークフリートとジョルジュは、変わらずに城にとどまることになった。
アビニアへの連絡はどうしようかと思案したが、文を届けられる伝書鳩がいるということで、船が壊れたこと、誓約が無事結べたこと、船が直り次第ジークフリートも国に帰ることを書き記し、ムクルスに手紙を託した。
船員たちは船に残り、急ピッチで修繕を進めるという。
心配だったが女王の指示で船にはこれ以上襲われないよう、周りに大きな柵のような物を焚き海洋生物が苦手とする篝火をつけた。見た目は少々物々しいが出入りは自由だ。
あと一ヶ月。
生まれて初めて「何もすることがない」状況に、ジークフリートは困惑をした。
◇
「のどかですねえ」
城の庭園の一画に、何故かトマト畑がある。
日差しを浴びて熟れた赤い実が艶やかに輝いているのを、慣れた手つきでジョルジュはパチンと鋏で収穫していく。
「真剣に切ってくれよ」
そう渋い顔をしてジョルジュに注意を促すのは、料理長であるウォルフだった。兄と同じ銀髪を短く刈り上げた彼は、厳しい顔をしてジョルジュを厳しい瞳で見ている。
「陛下に召し上がって頂く大事なトマトだ。丁重に丁重に、傷一つつけるんじゃねえぞ」
ジークフリートはトマトの苗木にたっぷりと水やりをしながら、ウォルフとルガルは兄弟でも雰囲気が随分違うな、と感じた。銀髪と八重歯は一緒なのだが。
「どうせジュースにするなら潰すでしょうに……」
「そういう問題じゃねえ。陛下の口に入るものには少しの不備もあっちゃいけねえ。少しくらい、これくらい、そんな概念は一切許さん」
ウォルフの真剣な眼差しに、ジョルジュが「こわ……」と呟いて丁寧に恐る恐るトマトを収穫していく。
クラーケンに船が襲われてから、三日。暇を持て余したジークフリートが城にいる者の手伝いをしている内にわかったことは、この城に仕える者ーーいや、この国に住まう者は、全員が異常なほど女王を尊敬していると言うことだった。
「だけど、本当に女王陛下がトマトジュースを飲んでいるとは思いませんでしたよ。何かカクテルとか言うから」
「陛下はお酒を飲めないことを気にしてらっしゃるからなあ。半人前の証だって言って」
「へ~、そんなことを気にするんですねえ。俺はてっきり美貌と若さを保つために生き血を飲んでるもんだと……つめたッ!何するんですか団長!」
「馬鹿なことを言うな」
他国の王族にそんなことを言うなんて、下手したら外交問題に発展することをわかっているのだろうか。
ましてや彼女に聞かれでもしたら傷ついてしまうじゃないかと、ジークフリートは苦虫を噛み締めるような顔つきでジョルジュを見た。ウォルフも呆れたようにため息を吐く。
「おい、滅多なことを言うんじゃねえ。もし陛下に聞かれたらどんなに気にされることか、ただでさえ悩んでおられるっていうのに」
「まあ、私の話?」
心臓がどくんと鳴った。
女王が急に現れて、皆一様に飛び上がる。その様子を見て彼女が怪訝な顔をした。
「あら。なあにその反応。もしかして私の悪口?」
「まさか!俺が陛下の悪口を言うなんてこと、死んでもありゃしませんぜ」
「知ってるわ」
自分で日傘を差し、くすくす笑う彼女には、船の上でクラーケンを強く見つめていた面影が全くない。
あれから彼女と会うのは久しぶりだった。魔術を使って体に負荷がかかったのか、体調が良くないと言って彼女は自室でずっと休んでいたのだ。
「殿下がお手伝いをなさってると聞いて驚いて飛んでまいりましたの。まさか殿下にお手伝いをして頂くわけには参りませんわ。ゆっくりお休みください。お暇でしたら王宮の図書館でも案内しますわ」
「いえ、私も動かなくては体が鈍ってしまいます。……それに、ただ休んでいるだけ、というのは慣れないのです。どうぞお構いなく」
女王から目を逸らして答えた。クラーケンと戦う彼女を見てから、彼の気持ちは制御できないものに変わってしまっている。
「そうですか……」
彼女が困ったように微笑む気配を感じた。
「殿下が城の者に良くしてくださって、とても嬉しいですわ。それと私を気遣ってくださって、ありがとうございます」
そう言って彼女がジークフリートに手渡したのは、真っ白い封筒だった。また心臓が跳ねる。
「ムクルスに内緒で出てきてしまったから、もう戻りますね。それでは今日は、夕食で会いましょう!」
そう言って足早に去っていく後ろ姿に見惚れながら、ジークフリートは指先の手紙の重さを噛み締めた。その顔をまじまじと見たジョルジュが、呆れたような感心したような、どちらともつかない声を上げる。
「すげえ。二十八歳の騎士団長がしていい顔じゃない」
「言うなジョルジュ。好きな女って言うのは男にとっては特別なんだ。お前にはわかんねえだろうが」
「わかりますよ。俺可愛い女の子は全部特別ですから」
「それは特別って言わねえんだよ」
三日間で随分仲良くなったジョルジュとウォルフのふざけ合いを聞き流しながら、ジークフリートは急いで水やりを終え、自室へと一目散に戻った。
封筒を開き、言葉を選ぶように書かれた文字を眺める。ふわりと鼻腔をくすぐるのは、女王の香りだ。
女王と手紙のやり取りは十通目になる。一番最初のやりとりは、クラーケンの退治をしたあの日の夜だった。
◇
城に帰ってすぐ、女王の様子を見たムクルスは厳しい目をアダムに向けて何も言わずに女王を部屋に連れて行った。
ジークフリートの目には元気そうに見えた女王だが、ムクルスから見た彼女は違ったようだ。
夕食の席に着いたジークフリートとジョルジュに、女王は姿を見せない。執事のムクルスが表情を隠さず淡々と説明した。
「陛下は体調が優れませんので、部屋でお休みになっております」
「体調が悪いとは……クラーケン退治で怪我でもされたのか」
「いえいえ、大したことでは。少々お疲れが出たご様子ですが、どうかご心配なく」
やはり自分一人ですぐに片をつけなければならなかった。
自責の念に駆られるジークフリートを見て、ムクルスは少し悩んだ様子を見せながらも「手紙を頂けたら陛下もお喜びになるに違いない」と言った。
体調を気遣う手紙を書き、ムクルスに託した。返信は不要と書いたがすぐに返事がきた。
止め時もわからず、止めたいとも思わず続けている手紙だが、彼女も嫌ではないらしい。
人柄が伝わってくるような筆跡と文章に心を掴まれながら、ジークフリートは十通目の手紙に目を通した。
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